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6夜会当日


 王家主催の夜会当日。

 アッシュ様は昨夜帰ってこなかった。

 私は侍女のネネに支度をしてもらい夕方の夜会の仕度に取り掛かった。

 「ほんとにひどいです。あんな旦那様など!」

 ネネは長年私に仕えてくれている侍女だ。

 結婚した私について来てくれてずっとそばにいてくれる。まるで母の代わりのような、いや、そんな事を言うとネネが可哀想か。仲の良い姉と言っても過言ではない。

 私はいつも彼女に助けられている。

 そんな彼女は帰ってこなかった夫にひどく苛立っている。

 もう、ネネったら、それは私の役目よ。でも、うれしい。ほんとにどうしようもない男だと思いつつ。

 「いいのよ。ネネの言いたいことはよくわかってるわ」

 「ですが、大事なパーティーの日に帰ってこないなんてひどすぎます」

 「ええ、でもあの人同伴は出来ないって言ってたし‥」

 「どうせあのわがまま王女の子守りなんですよね。まったく。いい年をして何を考えてるんだか‥里帰りしたって言っても、ただ第2妃が出来たことが気に入らなかっただけなんですよ‥ほんとに高貴なお方って言うのは‥」

 「フフフ。ええ、そうよね。ありがとう」

 こうやって私の気持ちを代弁をしてくれて気遣っている事がうれしい。


 ネネは私のコルセットの紐を引っ張る手に力が入る。

 「ぐふっ‥ちょ、ネネ。きつすぎ」

 「す、すみません。でも、奥様がどれほど美しいかわからせてやりたくて‥」

 姿見に移った私の全身を見てネネがため息を漏らす。

 「そう?」

 はっと桜色の瞳を見開いて見せた。ココアブラウンの髪は緩めに結い上げ耳元の髪はクルンとカールしている。

 母の色とは違う瞳と髪色にきっと父の色を受け継いだのだろうが‥とため息をつく。

 二重のはっきりした目に筋の通ったすっきりとした鼻に形の整った唇。まあ、貴族の中では目立った美人でもないがそんな見れない顔でもないとは思う。

 最高級のシルクとチュールレースをあしらった瞳と同じ色の桜色のドレス。

 デコルテからの覗いた鎖骨の上と耳元にはシャンパンガーネットという桜色の宝石とパープルスキャボライトという薄紫色の宝石が組み合わされた美しいネックレスとイヤリングを付けた。

 この宝石はフューデン辺境伯領でも取れる希少な宝石だと聞いた。たったひとつの母の形見だった。お揃いのブレスレットもあるが今日はつけない。

 ただ、不思議なのは母の瞳や髪色ではない。母は濃い茶色の髪色で瞳はヘーゼルブラウンだった。祖父も同じだった。

 まあ、フューデンで取れる珍しい宝石だからなのだろう。

 余計な事を思い出したと首を軽く振って俯いていた顔を上げた。

 今日の装いも私だけのためのドレスだ。

 決して夫であるアッシュ様の色など絶対に纏いたくはないのでこれで満足だった。


 「完璧です。ミュリアンナ奥様」ネネはわざとレーヴェンを使わない。その意味さえうれしく感じてしまう。

 「そう言ってくれるのはあなただけよ。でも、うれしい。さあ、パーティーに行かなくちゃね。はぁぁぁぁ~」

 「大丈夫です。自信持って下さい。ミュリアンナ奥様の美しさはこの国一番ですので」


 お世辞だと分かっていても、そうやって励ましてくれる人がいる事がすごく心強かった。


 レーヴェン公爵家の馬車に乗り王宮に向かう。

 護衛に手を取られて馬車を下りる。

 ちなみに私の護衛はベネットから一緒に来てくれたペスヒル。彼はネネの弟で本当に私に尽くしてくれる信頼できる従者だ。

 「奥様大丈夫ですか?」

 「ええ、ありがとうぺスヒル。行ってきます。あなたも御車と一緒に食事でもして来て」

 会場の中に護衛は入れない。私はぺスヒルに銀貨を握らせた。

 「ありがとうございます。お帰りを待ってますので」

 「ええ、頑張って来る」

 私はふふっと笑みをこぼして入り口をくぐった。

 すでにたくさんの人が会場に入っていた。

 王宮の会場はいつになく煌びやかに見えた。

 幾重にも重なるシャンデリアの輝く、磨き上げられた大理石の床。 

 その先に視線を伸ばすと我が夫であるアッシュ様がいた。

 いつになく緊張した面持ちが逆に整った顔立ちを際立たせているように見えた。

 どうやらリベラ王女の腰ぎんちゃくとしてリベラ王女のすぐ後ろに控えているせいらしい。

 ちらりと目を合わせると夫はバツが悪そうに目を伏せた。

 ふん、どうせ悪いとも思っていないくせに。


 国王陛下の挨拶が終わり貴族たちの挨拶も無事終わった。

 「皆、今宵は楽しんでくれ」国王陛下の一声で音楽が始まった。

 皆、それぞれパートナーと組んでダンスが始まる時間だ。

 私はパートナーである夫アッシュ様を待った。だが、彼は動くことを許されないらしいのか一向に動く気配がない。

 仕方がない。私は邪魔にならないよう壁際に下がった。

 まあ、いつもの事だと思うが、今夜それをされると言うのはさすがに心が折れた。

 悪態をつける気力がない。一番の気がかりは周りの貴族に何と言われるかだ。

 でも、そんな顔を見せるわけには行かないとぐっと背筋を伸ばして顎をグイっと上げた。


 何とか気持ちを奮い立たせようと頭の中では今度制作しようとしている馬車の事を考え始める。

 顔は前を向いているが周りの景色は全く遮断された。

 ベネット辺境伯領は酷い天災に見舞われたせいであちこちの山が崩落した。崖崩れなども多く発生していまだ手が付けられていない場所がたくさんある。

 街はすでに活気を取り戻しているが国境沿いの道や街道を外れた場所などまだたくさんの修復が必要なところがあった。

 そこで頭が痛いのが道なき道の物資の運搬だった。普通の馬車では行ける場所が限られていてその先は人に雇るしかない。

 これではいつになったら修復が終わるかわからない。

 道をならすのは馬に垂直に立てた鉄の板を引かせる方法を思いつきそれがうまく行った。

 今、考えているのがたくさんの荷物を安定して運べる頑丈な馬車だった。

 幸いベネット辺境伯領では馬車を作っていてその技術は持っている。それを改良すればと考えているところだ。

 とにかく車輪の安定が‥

 そうだ!車輪を増やせば良いかも。それに荷台を低くして安定させれば‥うん。これいいかも!

 私はふっと顔を上げた。


 中央に国王夫妻が位置に着くとダンスが始まった。

 それに合わせるように王女リベラがアッシュ様に手を引かれダンスの輪に入る。

 「うそ‥」

 アッシュの顔をじろりと睨みつける。

 彼がその視線を反らし王女と向かい合わせになり手を取った。

 ああ、ファーストダンスを踊る気なのね。

 もうどうでもよかった。

 

 




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