14思い出して
その夜、なかなか寝付けなかった。
ひと悶着の後やっとベッドに入ると何だか頭が痛かった。
何か忘れているような。でもそれが何だったか胸の奥が悶々としたようなもどかしい感じがした。
そして真夜中ようやくあることを思い出した。
アッシュに襲われて恐怖に落ちた時私は子供の頃こんな恐い思いをした事を思い出したのだ。
あれは確か母が結婚してベネット辺境伯に来てすぐの頃だったと思う。
まだ5歳だった私の記憶があいまいなのは仕方のない事だろうが、何かの集まりで多くのお客様が辺境伯の屋敷に来ていた。
私ははしゃいで走り回っていたと思う。
兄様や同じころの年の‥あの場所にルカ様もいた。
そうだあれはルカ様だった。まだあの頃は美しい深緑色の二つの双眸を持っていた。
思えばあの日初めてルカ様と出会った。そして私はあの時からルカ様が好きになっていたんだと思う。
あっ!そうだ。
あの夜、屋敷が何者かに襲われた。”とにかく早く逃げろ!”と大きな声がして、母が私を連れて兄様達や他の子供たちと一緒に屋敷の奥の部屋に隠れたと思う。
真っ暗な屋敷の奥の部屋に押し込められてヒックス兄様とルカ様、他にもいとこだったか2人いたと思うが誰だったは覚えていない。
「大丈夫だ。何かあれば俺がやっつけてやる」そう頼もしい事を言ったのはルカ様だった。
彼は脇差を私に見えるようにしてこくんと首をおり安心しろと合図した。
「ルカ様は頼もしいわね。でも、安心して父様達が守ってくれるから」
母がそう言ってみんなを安心させた。
その直後だった。
いきなり扉が蹴破られた。
「ここに女がいるぞ!」
薄暗い中でその姿は悪魔のように見えた。大きな体躯。剣は月明かりに光って恐ろしく見えた。
とっさに男が母を見た事に気づいた。
「かあしゃま!」
私は母の前にかぶさるように抱きついた。身体が勝手に動いていた。
「クソッ!」
なぜかいきなり男が私の襟首をつかんで引っ張った。
「ぃやぁぁぁ~」私は恐ろしさで悲鳴を上げた。
「その手を放せ!」そう言ったのはヒックス兄様だったが前に飛び出したのはルカ様だった。
「うるさい!クソガキが」
ルカ様は脇差を抜いて男に向けた。男は私を放り出しルカ様の方を向くと力いっぱい蹴り飛ばした。
ルカ様の身体が宙に浮いてそのまま廊下の向こうに落ちた。
「ぎゃぁぁぁ~」
ルカ様が恐ろしいほどの悲鳴を上げたのは同時だった。
すぐに大人の男が駆け付けて私達は救いだされ男は捕まった。
男たちはロガワロ国を荒らしまわっていた夜盗だったと聞いた気がする。
きっと貴族の集まりで金目のものがあると思っての襲撃だったのだろう。
その翌日私はさらに恐ろしい光景を目にしたのだ。
ルカ様が薄暗い部屋に寝かされ片方の目に包帯をした姿だった。
突き飛ばされた時運悪く脇差の刃先が目に当たったらしい。
「うわぁぁぁぁん、ルカしゃまがけがしちゃのはわちゃしのしぇいにゃの‥」
私はものすごいショックを受けてルカ様が自分を庇ったせいだとひどく興奮して泣き止めなかったと思う。
何日もそれが続いて母が困って私はその時の記憶を消してしまったのだろうか。
私の脳内には今まであの日の記憶はすっかり抜け落ちていた。
多分アッシュに襲われた恐怖が引き金になって私の記憶を呼び起こしたらしい。
私とんでもない事をしたって事?
いや、すべては夜盗のせいだけど、でも、私が余計なことをしなかったら‥
私にも責任があることは変わらない。
遠い昔ルカ様に好意を寄せていたなんて、学園で初めて会ったんじゃなかったんだ。
でも、ルカ様も兄様もそんな事一言も教えてくれなかった。まあ、私の中であの日の事はなかったことになっていたのだから仕方がないけど‥
私これからどんな顔してルカ様に会えばいいんだろう?
出目は最悪で、ルカ様の目を奪って、おまけに結婚してて…ああ、それ余計だ。
私はその夜人生で一番最悪な気分になった気がした。