1縁談
私はミュリアンナ・ベネット辺境伯令嬢。シガレス国のベネット辺境伯の娘だ。
と言っても私は父と血の繋がりはない。
5歳の時母が結婚した相手だ。私は母の連れ子で父の名は知らなかった。母は結婚もしていないのに子を宿したらしい。
詳しい事は誰も教えてくれなかったのでそれ以上の事は私は今も知らないけど。
とにかく母のリーシャは隣国ロガワロ国のフューデン辺境伯の娘で国境挟んだベネット辺境伯家とは昔から行き来がありその縁で結婚をしたらしい。
未婚でおまけに子供までいる女を引き取ってくれたベネット家にフューデン辺境伯。私のおじい様はきっと大層感謝した事だろう。それに邪魔者が追い払えたってね。
なのに母は結婚してすぐに流行り病で亡くなった。
父、コーエンは厳しく冷たい人で口数も少ない人だった。
まあ、これは私の印象だけど。
きっと私は父には疎まれたのだろう。無理もない子供だけ押し付けられたのだから。
小さなころに植え付けられた感情は大人になってもなかなか抜けないのだと思う。
今も父は苦手だ。
その代わりと言ってはおかしいかもしれないが、10歳上のバグショットと5歳上のヒックスと言う兄様がいて私をすごく可愛がってくれた。
ああ、それから侍女のネネと護衛として雇われていた彼女の弟ペスヒルも私をとても可愛がってくれた。
そのおかげで私は寂しい思いをせずに育った。
バグショット兄様はすでに結婚して子供もいて奥さんのダリアと甥っ子のシモンと一緒にベネット辺境伯領で幸せに暮らしている。
ヒックス兄様は王都ブルトワの騎士隊に入っていて私にしょっちゅう会いに来る。
私が王立学園に入った年ベネット家は何百年に一度かと言うようなひどい天災にあい財政が一気に傾いた。
辺境であり、亡くなった兄様たちの母は王の姉ということもあり王家に救済を求めたがその王家も経済的に苦しい状況だったらしい。
そんなところに手を差し伸べてくれたのがレーヴェン公爵家だったと聞いている。
レーヴェン公爵家は代々宰相を配する家柄で領地は広大な農地を持ち稀代な鉱山も持っていてとても裕福な家柄だった。
コーエン・レーヴェン公爵の目的は嫡男アッシュと私との婚姻。
兄様は反対したが父は願ってもいない申し出をすぐに受け入れたのだろう。
きっと父は私をベネット辺境伯家の役に立てるのが当然と思っているのだろう。
それも無理のない事。血の繋がらない私をここまで育ててくれたのだから。
決して求められている訳でもない。
でも脳の中に沸き上がる声が聞こえる。
無償ではないはずだ。対価を支払うべきだ。それが当然だろう。
胸にぽっかりではないが隙間風が吹くような寂しさと諦めがあった。
そして私はアッシュ・レーヴェンと婚約した。
この時、私は王立学園の1年生でアッシュは3年生だった。
彼は美しい金色になびく髪を持ち深紅の瞳を持つ眉目秀麗な男だった。
どうしてレーヴェン公爵家が辺境のベネット家を救済してくれたのかという事はすぐにわかった。
彼は頗る女にだらしない男だからだ。こんな男と結婚しようと言う相手がいないほどひどいらしい。
私だってこんな男と婚約するのはすごく嫌だった。
でも、私はベネット辺境伯家の養女とはいえ元は父の名もわからない私生児なのだ。
こんな私が公爵家に嫁げるのだから不満などこぼしてはいけない。