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「ラブ……レター?」
「そうです。面と向かって言う勇気は無かったし。あの頃は携帯なんてなかったから、古典的かなって思いながら、一晩かけて頑張って書いたんですよ」
わたしの声はさっきまでと変わらない。センパイはそんなわたしをじっと見つめている。
「書いたまではよかったんですけど、決心がつかなくて、いつか渡すために部室に隠していたんです」
センパイは何も喋らなかった。
「今日はコレを取りに来たんです。センパイがここに居たのは丁度良かった。六年越しのラブレター受け取ってください。」
わたしはセンパイにその封筒をゆっくりと差し出した。あの頃のわたしだったら、恥ずかしくでこんなこと出来なかっただろう。
センパイは、何も言わず、受け取ってくれた。
「中身はわたしのいないところで読んでくださいね。恥ずかしいから」
沈黙を守っていたセンパイの口がゆっくりと、ためらいがちに開かれる。
「俺、実は、おまえのことが……」
センパイは言葉を失った。わたしが人差し指でセンパイの唇をふさいだからだ。
実は両想いなんじゃないか、なんとなくそんな気はしていた。でも、あの頃は思い切りがたりなかった。
「ストップです。センパイ。そこから先は言わないでください」
わたしは彼に背中を向け、窓を見た。日が暮れかけている。橙の光が部室を照らしていた。
あの頃も練習が終わった後、この光のなかで、こんな風にセンパイと話をしていた。
でも時間は流れ、わたしは変わってしまった。
「ごめんなさい。そういうつもりで渡したんじゃないんです。ただ、あの頃の気持ちに決まりをつけたかったから……」
――もったいなかったな。あの頃、今みたいにできたらよかったのに――
自分の中では、全部終わったつもりだけれど、そう思ってしまった。
わたしは、背を向けたまま、つぶやくように言った。
「わたし、結婚するんです」
「そうか……相手は?」
しばらくの沈黙の後、彼は口を開いた
「センパイの知らない人です。優しい人ですよ。もう、式場とか日取りとかも決まっています」
「そう」
わたしは背中を向けたままだ。センパイの顔を見ることはできない。そして、わたしの顔もセンパイに見られることはない。
別に、結婚相手に不満は無いけれど。でも、あの頃、ちゃんと渡せていたら。また別の「今」があったのかもしれない。
「いろいろ、変わったし、これからも変わっていくんだな」
センパイがつぶやくように言った。
どこか遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。
憎らしいほどに、学校というのは変わらない。人だけが時の流れに流されていく。
しょうがないんだ。と、自分に言い聞かせた。
足元にしまい忘れたバスケットボールが一つ、所在無げに転がっている。なんとなく、両手で拾い上げる。
手元の感覚からおそらく女子用の六号だろう。何年もボールに触っていないというのに、表面のゴムはまるで指に吸い付くようによく馴染んだ。
「センパイっ!」
わたしは、ボールを抱き、思い切って振り返った。
「あのときみたいに、シューティング、やりませんか?」
――このままこんな雰囲気で別れるのは嫌だ。わざとらしくでもいいから、何とかしよう――
そんなつもりで明るく言ったつもりだったが、成功していたかどうかはよくわからない。
「ああ、やろうか」
センパイもボール入れから男子用の7号ボールを取り出していた。




