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わすれもの  作者: emanon
4/5

「ラブ……レター?」

 「そうです。面と向かって言う勇気は無かったし。あの頃は携帯なんてなかったから、古典的かなって思いながら、一晩かけて頑張って書いたんですよ」

 わたしの声はさっきまでと変わらない。センパイはそんなわたしをじっと見つめている。

 「書いたまではよかったんですけど、決心がつかなくて、いつか渡すために部室に隠していたんです」

 センパイは何も喋らなかった。

 「今日はコレを取りに来たんです。センパイがここに居たのは丁度良かった。六年越しのラブレター受け取ってください。」

 わたしはセンパイにその封筒をゆっくりと差し出した。あの頃のわたしだったら、恥ずかしくでこんなこと出来なかっただろう。

 センパイは、何も言わず、受け取ってくれた。

 「中身はわたしのいないところで読んでくださいね。恥ずかしいから」

 沈黙を守っていたセンパイの口がゆっくりと、ためらいがちに開かれる。

 「俺、実は、おまえのことが……」

 センパイは言葉を失った。わたしが人差し指でセンパイの唇をふさいだからだ。

 実は両想いなんじゃないか、なんとなくそんな気はしていた。でも、あの頃は思い切りがたりなかった。

 「ストップです。センパイ。そこから先は言わないでください」

 わたしは彼に背中を向け、窓を見た。日が暮れかけている。橙の光が部室を照らしていた。

 あの頃も練習が終わった後、この光のなかで、こんな風にセンパイと話をしていた。

 でも時間は流れ、わたしは変わってしまった。

 「ごめんなさい。そういうつもりで渡したんじゃないんです。ただ、あの頃の気持ちに決まりをつけたかったから……」

 ――もったいなかったな。あの頃、今みたいにできたらよかったのに――

 自分の中では、全部終わったつもりだけれど、そう思ってしまった。 

 わたしは、背を向けたまま、つぶやくように言った。

 「わたし、結婚するんです」




 

「そうか……相手は?」

しばらくの沈黙の後、彼は口を開いた

「センパイの知らない人です。優しい人ですよ。もう、式場とか日取りとかも決まっています」

「そう」

 わたしは背中を向けたままだ。センパイの顔を見ることはできない。そして、わたしの顔もセンパイに見られることはない。

 別に、結婚相手に不満は無いけれど。でも、あの頃、ちゃんと渡せていたら。また別の「今」があったのかもしれない。

「いろいろ、変わったし、これからも変わっていくんだな」

センパイがつぶやくように言った。

 どこか遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。

 憎らしいほどに、学校というのは変わらない。人だけが時の流れに流されていく。

 しょうがないんだ。と、自分に言い聞かせた。 

 足元にしまい忘れたバスケットボールが一つ、所在無げに転がっている。なんとなく、両手で拾い上げる。

 手元の感覚からおそらく女子用の六号だろう。何年もボールに触っていないというのに、表面のゴムはまるで指に吸い付くようによく馴染んだ。

「センパイっ!」

わたしは、ボールを抱き、思い切って振り返った。

「あのときみたいに、シューティング、やりませんか?」

――このままこんな雰囲気で別れるのは嫌だ。わざとらしくでもいいから、何とかしよう――

 そんなつもりで明るく言ったつもりだったが、成功していたかどうかはよくわからない。

「ああ、やろうか」

 センパイもボール入れから男子用の7号ボールを取り出していた。

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