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わたしは滝のような汗をかきながら六年ぶりに校門をくぐった。
久しぶりの高校だ。何もかもが過去のままで、時間が止まったような錯覚を覚える。
生徒用の下駄箱を横目に見ながら来客用の入り口へと向かった。ガラス戸をあけ、据え付けてあるノートに記入する。氏名、それから来校理由。
わたしはすこし考え「元・生徒」と記入した。理由とは違う気がするけれど、大丈夫だろう。
そう、元・生徒だ。ここには時の流れなんて無いのに、わたしの時間だけ進んでしまった。そんな気がした。
上履きでなく、来客用のスリッパを履き、校舎の中へと入った。
ぱたぱたと、わたしの歩く音が響く。校舎の中は静寂そのものだった。
誰もいない校舎をぶらぶらと歩く。なんだか現実味が無い。あの頃と同じに学校があって、わたしが居る。しかし、そのほかのものは何も無い。不思議な感じがする。
暑い中、駅から歩き通しだ。喉が渇いた。
水飲み場にたどり着く。上向きになっている蛇口を一度下向きに直してから、上向きにし、栓を捻る。
水が流れ落ち、シンクに跳ねた。
あふれでる水面に口をつける。割と冷たくておいしい。
長距離走のあと、部活の休憩。学校に通う誰もがこうやって水を飲む。だけど、それはすごく狭い常識だ。水道水を直接飲むなんて普通はしない。飲み物を飲むときはペットボトルか、コップを使うだろう。
――びちびち――
どこかで水の跳ねる音がした。わたしの蛇口ではない。水の滴る口元を拳でぬぐい、顔を上げた。
十メートル程離れた水のみ場、ワイシャツ姿の男が上着に飛沫が飛ぶのもかまわずに顔を洗っていた。
袖を二の腕までまくりあげ、胸元はだらしなく広げられていた。教師のようだ。自分と同じか若干年上に見える。新任か勤めて数年といったところか。古参の教師であれば、元・生徒である自分を知っているであろうし、昔話もできるが、新任では、お互いのことなど知っているはずも……、いや、違う、わたしはこの人を知っている。
「セン……パイ?」
あの頃より痩せ、髪も伸びていたが、面影があった。細かな仕草にも見覚えがある。そういえば、部活の合間にも、トレーニングウェアやユニフォームが濡れるのも気にせず、あんなふうに水をかぶっていたっけ。
白地の服に透けて見える胸筋や鎖骨を、いけないと思いながらもチラ見していたのは人には言えないわたしの秘密。まぁ、あれだ。一方的な片思いって奴だ。
振り返った彼はわたしを視界に認め、
「よ、久しぶり」
と手を上げ、くったくなく笑った。
わたしの心臓が密かにドクンと音を立てた。




