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わすれもの  作者: emanon
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電車が揺れる。

 高校のとき、通学のために毎日乗った路線だ、もう少しいけば通った高校が、さらにいけば、実家が見える。景色はそのころと大して変わっておらず、開発が進んだ形跡もない。

 わたしは、ぼんやりと車窓から外を眺めている。

 瓦屋根が太陽を反射し、ギラギラと光る。外は汗が吹き出るような暑さだろう。それに比べ、車内は冷房が効いていて快適そのものだ。

 築50年くらいの中途半端に古い家屋がポツポツと立ち並ぶ。人がごった返すような都会でもなく、かといって自然溢れる田舎でもない。それがわたしの故郷。

 「変わってないなぁ」

 ふと、つぶやいた。 一人でくらしはじめてから本当に独り言が増えた。

 いつぶりだろうか。成人式以来だから、前の帰省から四年になるだろう。

 仕事が忙しかったという理由もあるのだけど。特に用もなかったし、放任主義だった両親も何も言ってこなかった。

 でも、今回は、わざわざ有給をとってでもこなければならない理由があった。

 車窓の景色が流れていく。

 前のほうから高校が見えてくる。

 太陽の熱気で空気が歪み、校舎が揺らいで見える。久しぶりに見る母校だ。

 夏休みの真っ最中で、汗と砂埃にまみれながらグラウンドを駆け回る後輩達がいる。

 当時、バスケ部に在籍していた私も、夏休みは毎日学校に通い、死ぬほど汗を流したものだ。

 ――懐かしい――

 車内アナウンスが停車を告げる。

 気が付けば、荷物を手に立ち上がっていた。



 

 電車を降り、むわっとした熱気に顔をしかめる。クーラーに慣れた身には厳しい暑さだ。 

 自動改札などという洒落た物はまだない。駅員さんが健気に切符を確認していた。乗客は涼しい車内でのうのうとしているのに、この炎天下の中で立ちっ放しの業務。本当に頭が下がる。

 こんな小さな駅などさっさと自動化して無人駅にしてしまえばいいんじゃないかとつくづく思う。

 改札を抜け、外に出る。

 そこにあるのは、変わらない風景だった。

 部活の帰りにみんなで食べに行ったラーメン屋。外装はところどころ塗り替えられ、修繕の跡がみえるが、のれんの名前は変わっていない。

 電車が来る時間まで暇を潰した本屋。立ち読み防止用のビニールが無いのが有名で、開けっ放しの入り口からは何人かの学生服が見える。

 ふと、思い出した。

 そこそこ活気がある駅前から、住宅地帯のほうへ続く小道へと入る。そこにあるのは小さな公園。

 申し訳程度の遊具と一つきりのベンチ、街灯が一本。いかにも、余った土地を申し訳程度に加工しましたという風情だ。

 手入れもろくにされていないようで、ところどころ雑草が目立ち、ブランコや、ジャングルジムのペンキは剥げ、赤錆が浮いていた。

 ベンチに腰を下ろす。木目がむき出しで、よく言えば味がある。悪く言えば古臭い。

 どうして忘れていたのだろうか、あの頃のわたしの事を思えば考えられない。

 わたしは、思い出してしまった。

 あの人とよくここで話をした。練習の愚痴、先生の悪口。進路のこと、受験のこと。

 時間が過ぎるのを忘れて、帰りが遅くなり、両親に怒られたこともあったっけ。

 わたしの脳裏をよぎる、たくさんの思い出

 それと、ただ一つ残してしまった忘れ物。

 取りに行かなきゃいけない。

 わたしは、六年ぶりの通学路を歩き始める。

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