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<R15>15歳未満の方は移動してください。

学校で一、二を争うヒロインが左腕を隠す理由

作者: れぐるす

 お互いがお互いを必要としている関係が好きです。


「おっはよー!」


 良く通る元気いっぱいな挨拶と共に、教室の前の扉から一人の少女が教室に入ってきた。


 彼女の名前は塚本芽衣。


 かなり短いショートヘアーなのでボーイッシュな印象を受けるが、たれ目で、子どもらしさを残した可愛らしい顔立ちをしている。

 身長は平均的で、本人曰く運動に邪魔にならないちょうどいい胸の大きさという事もあり、全体的にすらっとして見える。


 千年に一人の美少女には及ばないかもしれないが、百年に一人の美少女と言っても過言ではないだろう。

 

 美人で性格も明るく、そして、二年生でありながらバスケ部のエース級の実力を持つ芽衣は、この高校で一、二を争うヒロインなのだ。


 男女問わずクラスメイトに挨拶しながら教室内を歩く芽衣。


 しかし、芽衣は自分の席には向かわずに、俺が座っている席の目の前にやってきた。


「今日の放課後、空いてるんだよね?」

「空いてるよ。昨日もLINEで確認したじゃん」

「そうだけどさ、一応ね。空いてるならいいんだよ。じゃ、またね!」


 芽衣は太陽のように眩しい笑顔で俺に手を振りながら、自分の席に向かう。


「いいな~ 俺もあんな美人で明るくて完璧な彼女欲しい~」


 友達の石田が俺の肩を掴み、揺すってきた。


 そう。美人で性格が明るく、バスケ部のエースで学校中の男子の注目を集める芽衣は、俺の彼女なのだ。

 もちろん、ガールフレンドという意味の彼女だ。

 

 太陽のように眩しい芽衣に対して、俺は別に明るい性格ではない。


 身長は平均以上だが、顔だって自信があるわけではないし、勉強も上位一クラスにギリギリは入れないくらいの実力しかない。

 部活は美術部で、運動は当然苦手だ。

 陽キャか陰キャかと言われたら間違いなく後者だろう。


「まあ、恋愛なんてほとんど運とタイミングって言うしさ。俺は一生分の運を使い果たしたんだよ」

「勝ち組のお前に言われても嫌味にしか聞こえないぞ」

「ごめんごめん。でも、石田も徳を積んでおけばいい出会いがあるかもしれないぞ」

「余計なお世話だ」


 石田に頭をグリグリされていると、担任の先生が教室に入ってきた。

 全員が自分の席に戻り、騒がしかったクラスが静かになったところで、朝のHRが始まった。



 恋愛は運とタイミング。


 俺はそう思っている。


 美人で性格が明るく、バスケ部のエースという典型的なヒロインと付き合えたのは、ただ運とタイミングが良かったから。


 イケメンだったからとか、話し上手だったとか、そういった実力で芽衣の彼氏の座を勝ち取った訳ではないことは、俺が一番よく分かっていた。


 飼い猫の話をしている担任の先生の話を聞き流しながら、ちらりと芽衣の方を見る。


 先生の話を聞きながら笑っている芽衣はとても眩しくて、可愛らしい。

 そんな芽衣を見ていると、あんなに明るくて可愛い娘が俺の彼女なのか。と、どこか他人事な感想が頭に浮かんできてしまう。


 それほどまでに、芽衣と付き合っているという事実は俺にとって現実離れしたものだった。



 芽衣の横顔から少し視線を落とすと、彼女の長袖の制服が目に入った。

 もう七月も中盤に差し掛かり、かなり暑い日が続いている。


 芽衣以外のクラスメイトは全員半袖を着ているのに、芽衣だけは長袖のままだ。


 芽衣がいまだに衣替えをしていないことを気にしているクラスメイトはいない。


 芽衣と言えば長袖というキャラクターが出来上がっているのだ。



 しかし、俺は彼女が長袖を着ている理由を知っている。


 彼女が真夏でも長袖の制服を着続ける理由は、左腕のアームスリーブを隠すためだ。

 アームスリーブは、バスケットボール選手がたまに腕に付けているものなので、バスケ部に所属している芽衣が部活中に着けているなら、おかしなことではない。


 しかし彼女は、部活中だけでなく、学校の授業中でも、そのアームスリーブを外さないのだ。


 彼女が夏でも長袖の制服を着る理由は、アームスリーブを隠すため。

 では、芽衣はなぜ、アームスリーブを外さないのか。



 その理由を知っているのは、多分この学校で俺だけだ。

 そして、彼女の左腕のアームスリーブに隠された秘密を俺が知った事が、芽衣と付き合うことになったきっかけだったのだ。




◇  ◇  ◇




「坂口君。まだ帰らない?」


 放課後、美術部の部室で今度のコンクールに出す絵の下書きをしていると、美術部の部長から声をかけられる。


「はい、人を待っているので」


 そう答えると、部長は露骨に嫌な顔をする。


「カノジョを待っているのか、これだからリア充はいやだよ。神聖な美術室を汚すようなことだけはしないでね」

「そんなことしませんって」


 苦笑いしていると、部長が美術室のカギを放り投げてくる。

「帰るときに職員室に返しといてね。それじゃ、ごゆっくり」


 さっきまで不機嫌な顔をしていた部長が、一転してニヤニヤ顔で去って行く。

 部長は芽衣との関係でネガティブな思考に陥った俺の事を応援してくれることもあるし、なんだかんだ善い人なのだ。



 それから俺は、しばらく一人で絵を描き続けた。




 下書きがひと段落し、美術室の天井のシミを見ながらぼーっとしていると、美術室の扉が開く音が聞こえてきた。


 扉の方を見ると、部活終わりの芽衣がふわりとした笑顔を見せながら立っていた。

 彼女は後ろ手で美術室の扉を閉め、かちゃりとカギをかけてから美術室に入ってくる。


「芽衣、部活お疲れ様」

「ありがとう。裕太もお疲れ」


 芽衣は美術室の教卓の上に荷物を置くと、てくてくとこちらのほうに歩いてくる。


「うわぁ、これが次のコンクールに出す絵? なんか、裕太っぽくていいね!」

「俺っぽいって誉め言葉なのか?」

「誉め言葉に決まってるじゃん! 彼女の言う事が信じられないの?」


 芽衣に軽く頭をはたかれてしまった。

 自分の気持ちを素直に伝えてくれるのも、芽衣のいいところだよな。なんてことを考えていると、芽衣が左腕の袖をまくりながら話しかけてくる。


「私は裕太の絵に救われたんだからさ。裕太も自分の絵にもっと自信持ってよ」


 袖をまくった腕には、黒いアームスリーブが着けられている。


 芽衣は黙って左腕を俺に差し出して来た。

 アームスリーブを俺に取ってほしいのだろう。


 俺は黙って彼女のアームスリーブを取り去ると、隠されていたやけどの跡と、消えかけたボディーペイントが現れた。



「また描いて」

「了解。何がいい?」

「可愛いもの」

「ハートとか?」

「裕太は可愛ハートしか可愛いものを知らないの? 私が可愛いもの描いてほしいって言うと、いつもハートしか出てこないじゃん」

「そう言われましても......」

「まあ、私の注文もアバウトすぎたか。じゃあ、お花描いてよ」

「花か...... もう夏だし、ヒマワリはどう?」

「いいね!」


 題材が決まったので、俺は部室に隠してあるボディーペイント用の絵の具を引っ張り出してくる。


「失礼します」

「お願いしますよ、裕太先生」


 そして、スマホで調べたヒマワリの画像を参考に早速芽衣の左腕にヒマワリを描き始める。


 芽衣の左腕に絵を描くことにも、もうすっかり慣れてしまった。

 最初は上手く描けなかったが、最近では紙の上に描くのと同じように描くことができるようになっている。



 ボディーペイントは長くても一週間程度しか持たない。

 そのため、俺は週に一、二回芽衣の左腕に絵を描きながら、芽衣と明日には忘れてしまいそうなどうでもいい話をすることが習慣になっていた。



 なぜ俺が芽衣のやけどを負った左腕に絵を描くようになったのか。


 そのきっかけは高校に入学して一週間ほどが経った日にまでさかのぼる。



 その日、俺はいつも通り、体育館裏の塀を超えて家に帰ろうとしていた。

 この高校の門は最寄り駅とは反対側にあり、体育館の裏の塀を飛び超えるのが最寄り駅に向かう最短ルートなのだ。



 体育館裏に向かって歩いていると、いつもは人がいなその場所から、話し声が聞こえてきた。


 さすがに人目があるところで学校の塀を飛び越えるわけにはいかず、物陰に隠れて様子を見ていると、芽衣が三年生の先輩に囲まれていたのだ。



 漫画やアニメの主人公なら、ここで飛び出して助けていたのだろうが、俺にはその勇気が無く、物陰から覗き見ることしかできなかった。


 少し離れていたのですべての会話を聞き取れたわけではないが、一年生のくせにアームスリーブをして部活に参加するのは生意気だ。と先輩が言っていたのは聞き取れた。


 そのうち、一人の先輩が芽衣を取り押さえ、もう一人の先輩がアームスリーブを無理やり外してしまった。



 アームスリーブを取り払われた芽衣の左腕には、少し離れたところから見ている俺でもわかるほど、はっきりとしたやけどの跡があった。


 先輩たちはようやく自分たちの下事の重大さに気づいたのか、アームスリーブを放り出し、その場に立ち尽くす芽衣を無視してどこかに去って行ってしまった。



 先輩が捨てたアームスリーブが風に乗り、ひらひらと俺の前に落ちてきた。

 俺はさすがに芽衣を放ってはおけず、アームスリーブを拾ってゆっくりと芽衣に歩み寄る。

 芽衣は今にも泣きだしそうな顔をしていたが、俺には涙を見せたくなかったのだろう。


「拾ってくれてありがとう」


 と痛々しい笑顔を見せながら俺からアームスリーブを受け取った。


「別に、拾っただけだよ」


 もっと気の利いたことを言えればよかったのだが、俺にはそんなことはできなかった。


 今俺にできることは何事もなかったように立ち去ることだろう。


 そう判断した俺は、すぐに立ち去るつもりだった。



 しかし、去り際に芽衣の左腕をちらりと見てしまった俺は、そこから目が離せなくなった。


「それ、ボディーペイント?」


 彼女のやけどの跡の間を縫うように描かれていたボディーペイントが、俺の目に飛び込んできたのだ。


「うん。そうだけど、あんまりうまく描けなくて......」


 左腕を隠しながら芽衣はそう言ったが、俺はそうは思わなかった。

 

 やけどの跡を痛々しいモノとして扱うのではなく、それを受け入れて前を向こうとしている。


 彼女のボディーペイントは、俺の目にはそう映ったのだ。



「綺麗だね」



 やけどの跡を見ながらそんな発言をするなど、今思えば不謹慎極まりない。

 しかし、芽衣はそんな俺の失礼な発言を聞いて、しばらくぽかんとした後、くすくすと笑いだした。


「君、変わってるね」

「あ、ご、ごめん。突然。俺」


 今更ながら自分のしたことの重大さに気づき、慌てて謝ろうとすると、芽衣は目元を拭いながら笑い続ける。


「謝らなくていいよ。君の事は知ってるし。坂口裕太君でしょ。絵が上手くて、色々な賞を取ってるから、中学のころから知ってたよ」


 学校で一、二を争うヒロインが、自分の事を認知していただけでなく、フルネームで覚えてくれていたことに驚いた。



 芽衣はひとしきり笑った後にアームスリーブを着け、手を体の後ろに組みながら、一歩俺に近づいてきた。


「ねえ、坂口君って、私より絵上手いでしょ?」

「た、多分。そうじゃないかな」


 俺は思わず一歩下がりながらそう答える。


「じゃあさ、私に描いて欲しいな」

「へ?」

「私の左腕に、絵を描いてほしいの。私がこの左腕を好きになれるように」


 芽衣は真剣な表情で俺の目を見てそうお願いしてきた。


「お、俺で良ければ......」


 芽衣の左腕の秘密を知ってしまった事、そして何より先輩に囲まれていた芽衣を助けられなかったという負い目があった俺は、そのお願いを断ることができなかった。


「ほんと? ありがとう! じゃあ、明日ボディーペイント用の絵の具持ってくるね!」


 芽衣は太陽のように明るい笑顔を見せて、体育館の方へ去って行った。


 芽衣が去ってしばらくしてから、俺はようやく現実に引き戻される。

 

 いつもは明るくふるまっている芽衣が、あのような秘密を抱えていたなど、想像もしていなかった。


 しかし、その秘密を知ってしまった以上、引き下がるわけにはいかない。

 それ以降、俺は芽衣の左腕にボディーペイントを描き続けてきたのだ。



「裕太? ぼーっとしてたけど大丈夫?」


 芽衣の声に反応して顔を上げると、芽衣が俺の目の前で手を振っていた。


「ごめん、ちょっと芽衣と初めて話した時の事を思い出してさ」

「そっか。あの時はありがとうね、裕太に『綺麗』って言ってもらえて、私、とっても嬉しかったんだよ」

「すごく失礼なことを言っちゃったんじゃないかって心配してた」

「私が嬉しかったって言ってるんだから、それでいいでしょ」


 芽衣はまたもや暴君のようなことを言い出した。


「それならいいんだけどさ。はい、これでどう?」


 完成したひまわりの絵を芽衣に見せると、芽衣は嬉しそうな声を漏らす。


「わー! 完璧だよ。ありがとう、裕太!」


 満面の笑みで芽衣がそう伝えてくれたのが嬉しくて、恥ずかしくて、思わず目をそらしながら、ボディーペイントの道具を片付けながら、そっけない返事をしてしまう。


「そっか、ならよかった」

「うん! ありがとう!」


 芽衣はもう一度俺にお礼を言ってから、左腕にアームスリーブを着ける。


 アームスリーブを着けるとボディーペイントが消えやすくなると芽衣に何度か伝えたのだが、彼女はお構いなしにアームスリーブを着けるのだ。


まあ、その分芽衣にボディーペイントを描く回数が増えるので、俺は何も言わずにアームスリーブを着ける芽衣を見守る。


「何? どうしたの?」


 俺の視線に気づいた芽衣が、首をこてんとかしげている。


「いや、何でもないよ。帰ろっか」


 俺はそうごまかして、美術室の電気を消し、鍵を閉めてから、美術室を後にする。


 下駄場で靴を履き替え、校門を目指して歩いていると芽衣が俺の手を突いてきた。

 俺は黙って芽衣の手を摑まえると、芽衣は満足そうな笑顔を見せる。


 可愛いな。と思っていると、どこからともなく「何であいつが塚本さんと付き合ってんだよ」という声が聞こえてきた。


 その言葉に反射で芽衣とつないだ手を離そうとすると、芽衣が俺の手を強く握りしめてきた。


「猫背にならない。私の彼氏なんだから、ピシッと立って歩く!」


 芽衣に叱られ、慌てて姿勢を正すと、「よろしい」と芽衣が満足そうにうなずいた。




 俺が芽衣の彼氏だという事実が、いまだに信じられない自分がいる。


 芽衣の左腕にボディーペイントをし始めてからは一年半近く経つが、芽衣と付き合いだしたのはつい一か月前のことだ。


 俺は芽衣と関わるようになってからというもの、彼女の人となりに惹かれてしまっていた。


 しかし、芽衣が俺に対して恋愛感情を抱くわけがないと思っていた俺は、その気持ちを隠し通すと決めていた。


 あの日もいつものように、芽衣の左腕にボディーペイントをしながら、いつものように内容も覚えていない話をしていた。

 芽衣と話をするのが楽しくて、俺の描いた絵を見て、満面の笑みを浮かべる芽衣が可愛くて、愛おしくて、思わず「好きです」と呟いてしまったのだ。


 呟いてしまってから、俺は自分の吐いた言葉の重大さに気づき、慌てて芽衣の方を見ると、芽衣は夕日に照らされながら、ポカンとした表情を浮かべていた。


「......私も」


 しばらくすると、芽衣が一歩こちらに踏み出しながら、そう呟いた。


 芽衣が一歩進んだことによって、先ほどまで彼女を照らしていた夕日が当たらなくなった。

 真っ赤な夕日が当たっていないのに、芽衣の顔が真っ赤に染まっていた事だけは、今でもはっきりと覚えている。



 しかし、その後は、上目遣いで俺に迫ってくる芽衣に「付き合って下さい」といった事。

 芽衣が真っ赤な顔を手で覆い、指の隙間からこちらを覗きながら「お願いします」と蚊の鳴くような声で呟いた事を、おぼろげに覚えているだけだった。




 今でもふと、芽衣が先輩に囲まれていたあの日、あそこにいたのが俺ではなく、別の男だったら。芽衣はその男と付き合っていたのではないかと考える。


 俺があそこにいたのは運とタイミングが良かったから。

 俺が自分の実力であそこに居たわけではない。



 今日の朝石田に言った通り、結局、恋愛は運とタイミングがモノを言うのだろ。



 そんなことが言い訳なのは自分でも分かっている。

 要は俺が、芽衣にふさわしい人間であるという自信が持てないだけだ。

 グダグダと頭の中でそんなことを考えていると、芽衣がジト目で俺の事を見てくる。


「裕太。今、ネガティブなことを考えてるでしょ」

「そんなことないよ。俺って運がいいな。って思ってただけで」


 嘘はついていない。

 しかし、芽衣に俺が何を考えているか、お見通しだったようだ。


「裕太は、運だけで私と付き合えたと思ってるの?」

「運と、後はタイミングが良かったおかげだと思ってる......かも」


 普段は明るくて人懐っこい芽衣がすごい形相で睨んできたので、尻すぼみになってしまった。


「ふ~ん。それじゃあ裕太は、私が、裕太の運とタイミングが良いところを好きになったって言いたいんだ」


 芽衣は不機嫌そうな表情のまま、プイっとそっぽを向いてしまった。

 今までも俺が余計なことを言って芽衣の機嫌を損ねてしまった事はあったが、付き合い始めてからの一か月間はそんなことは無かったので、焦ってしまう。


 何か言わなければと考えていると、芽衣が俺よりも先に口を開く。


「裕太なんてこの前だって犬の糞踏んでたし、ガチャで推し出なかったとか騒いでたし、運悪いじゃん。それに、私、裕太からの告白どれだけ待ったと思ってるの? タイミングだって全然良くないじゃん」

「えっと......芽衣さん?」


 芽衣に早口でまくしたてられ、その剣幕に面食らっていると、芽衣が頬を膨らませながら彼女の左腕を俺の目の前に持ってくる。


「裕太に会うまで、私はこの左腕が嫌いだった。自分で絵を描いたりして好きになろうとしたけど、できなかった。でも、裕太がそれを綺麗だって言ってくれて、それから私の左腕に絵を描いてくれるようになって、最近は左腕があまりコンプレックスじゃなくなったの」

 長袖をまくり、アームスリーブをゆっくりとなぞりながら、芽衣はさっきよりは落ち着いた口調で続ける。


「私がここまで前向きで、明るくなれたのも、全部裕太のおかげ」


 まくっていた左腕の長袖をもとに戻した芽衣が、もう一度俺の手を握ってくる。


 芽衣が怒っているのか何なのかよく分からず固まっていると、もう一度芽衣に睨まれてしまった。


「だ・か・ら! 私は、裕太が大好きって事! 私の左腕を見ても変な気を遣わないし、いつも上手な絵を描いてくれるし、絵を描きながら私のどうでもいい話に付き合ってくれるし、そんな裕太が大好きだから付き合ったの!」


 芽衣はそう俺に言い放ち、「なんでここまで言わないとわからないの!」と再び顔を背けてしまった。


「ごめん。そこまで言ってくれなきゃわからなかった。ありがとう、芽衣」


 髪が短いせいで、真っ赤な耳が全く隠せていない芽衣にそう伝えると、「別に謝らくいいし......」と弱弱しい返事が返ってきた。


 芽衣は本当に優しい。

 無神経で察しの悪い俺に愛想を尽かさず、しっかりと自分の気持ちを伝えてくれる。

 すぐネガティブな考えに陥る俺を持ち前の明るさで照らしてくれる。


「俺も、芽衣が大好きだよ」


 思わずそう口から漏らしてしまうと、今にも爆発しそうなほど真っ赤な顔をした芽衣が部活バッグを振り回し、俺の腰に直撃させてくる。


「なんで今言うの!」


 今好きだと伝えるのはまずかったのか。

 どうやら勘違いしていただけで、芽衣の言う通り、俺は運もタイミングもそこまで良くないようだ。


 頬をかきながら部活バックを肩にかけなおしている芽衣を見ていると、何やらあたりが騒がしいことに気づく。



 芽衣から視線を外してあたりを見渡すと、多くの生徒たちの視線が俺たちに注がれていた。


 部活動が終わり、下校する生徒が多く通る校門前で、俺たちは先ほどまで手を繋いだり、好きと言い合ったりしていたのだ。

 そんなことをしていたら、目立つのも当然だろう。


 芽衣の友達だと思われる女子のクラスメイトからはニヤニヤと生温かい視線を向けられ、男子からは殺気のこもった視線を向けられる。

 今までの人生で俺が一番視線を集めた瞬間だと言っても過言ではないレベルの人数が集まっている。


「裕太。走るよ!」


 さっきまで顔を真っ赤にさせていた芽衣が俺の腕をがっしりと掴んで、人だかりをものともせず、華麗に抜けていく。

 集まった生徒たちを、まるでディフェンスを躱すようにスルスルと避けていく芽衣の姿は、流石バスケ部のエースだな。と感動してしまうほどカッコイイものだった。






「裕太。もう少し運動したら? さすがに体力無さすぎじゃない?」

「い、いや。め、芽衣が、走るの、速、い、んだよ」


 人だかりを抜けて走ること三分。俺は完全に息が上がってしまっていた。

 途中からは、芽衣に引っ張られるというより引きずられながら、なんとか生徒たちの視線から逃れることができたのだ。


「あ~あ。明日からどんな顔して学校行けばいいのか分かんないよ」

「明日は、土曜日、じゃん」


 膝に手をつき、必死に息を整えながら芽衣に突っ込みを入れると、芽衣がジト目で俺を見下ろしてくる。


「裕太は休みかもだけど、私は部活があるの。さっき友達も見てたし、絶対からかわれるもん」


 芽衣がそう言っている間にも、彼女のスマホから通知音が鳴り響いている。

 きっと、芽衣の友達が、からかいのLINEを送ってきているのだろ。

 それに対して、俺のスマホは相変わらず沈黙を貫いている。

 こんなところでも芽衣との差を感じるが、通知の止まらないスマホを確認しながらため息をついている芽衣を見ると、友達が多くなくてよかったとも思ってしまう。


「土曜日は部活出会えないけどさ。日曜日は休みだから、会わない?」


 芽衣はスマホの電源を落としながら俺に微笑んでくる。

 こういう切り替えの早いところも、芽衣のいいところだよな。なんて思ってしまう俺は、多分、相当芽衣に惚れているのだろ。


「いいね。芽衣、どこか行きたいところある?」

「私、バスケの試合身に行きたい。ちょうど今日、ペアチケット貰ったし」


 バスケの試合か、あんまり興味ないな~ と心の中で思っていると、芽衣が再びジト目で見てくる。


「今、興味ないって思ったでしょ」

「あ、いや......」

「先月、裕太が映画の入場特典が欲しいって言うから、あんまり詳しくない映画に付き合ってあげたんだけどな~」


 そうだった。

 先月、芽衣は俺の映画に、嫌な顔一つせず。いや、それどころか、終始笑顔で付き合ってくれた。

 それに俺だって、バスケに全く興味が無いわけではない。

 

 と言うより、芽衣の好きなものだから、最近興味が出てきたのだ。

 


「分かったよ。今週の日曜日、バスケの試合を見に行こう。俺ルール分かんないから教えてね」

「任せてよ。バスケ部のエースである私が、手取り足取り教えてあげる」


 そんな事を話していると、あっという間に高校の最寄り駅に着いてしまう。


 俺の家は、芽衣の家とは逆方向なので、いつもは駅でお別れだ。


 しかし、今日は芽衣ともう少しだけ話していたかった。


「バスケは三歩歩くと...... サイクリング。だっけ?」


 俺のそんなつまらない冗談に、芽衣はちっちっち。と人差し指をピンと立てて、左右に振る。


「裕太君。違うよ、三歩歩くとね、イカリング。だよ!」


 太陽のような眩しい笑顔を見せる芽衣につられて、思わず俺も笑顔になってしまう。


「そっか。でも、オニオンリングの方が俺は好きかな」

「じゃあ、今から食べに行こうよ。駅前のハンバーガーショップに売ってるはずだよね」


 芽衣は俺の手を引いて、駅の入り口とは反対方向に走り出す。

 もう少し話したいという俺の心の内が伝わってしまったのかは分からないが、とにかく芽衣はもう少し俺と一緒にいてくれるようだ。


「ありがとう」

「こちらこそ、いつもありがとう!」


 特に脈絡もなく芽衣に感謝を伝えると、芽衣に満面の笑みで打ち返されてしまった。


「私ね、左腕のやけどの跡がとってもコンプレックスだったの。それを隠すためにアームスリーブを着けてたの」

「今は違うの?」

「今もやけどの跡を隠すためにアームスリーブを着けてるのは変わらないよ。でも、それは周りのみんなを驚かせないようにするためで、コンプレックスを隠すために着けてるわけじゃないの。裕太の絵のおかげで、今は、自分のやけどの跡を見るのもそこまで辛くないんだ」


 眩しい笑顔の芽衣にそう言われ、俺は思わず目をそらしてしまう。


「そっか、ならよかったよ」


 そっけない返事しかできなかったが、内心、とても嬉しかった。

 絵のコンクールで金賞を取るよりも、俺の絵が芽衣の心の支えになっているという事実の方が、俺に自信を持たせてくれる。



「芽衣、やっぱりやけどの跡の事は友達にも伝えてないんだね」

 さっき校門近くで話していた時も、芽衣は左腕にやけどがあるとは一度も口にしなかった。

 多分、学校では無意識にやけどの事を言わないようにしているのだろう。


「うん、変な気を遣わせたくないからね。まあ、この前部室で着替えている時、うっかりヒナちゃんには見られちゃったけど」

「あ、そうなんだ......」

「心配しないで。ヒナちゃん、言いふらしたりしてないし、前と変わらず接してくれるし」


 芽衣は特に気にしていないようにそう話す。


 芽衣が気にしていなかったことには安心だが、芽衣のアームスリーブの下の秘密を俺以外も知っている事に、少し不安を覚えてしまった。



 芽衣は明るくて、人当たりが良くて、正にヒロインだ。

 例え、芽衣の左腕に大きなやけどの跡があったとしても、芽衣の友達のヒナちゃんのように、芽衣の周りの人は特に気にすることなく受け入れてくれるだろう。


 もしいつかそんな日が来て、芽衣がアームスリーブを必要としなくなったら、俺が芽衣の左腕にボディーペイントを描く必要もなくなってしまう。


 そうなったら、俺は芽衣にとって必要のない人間になってしまうのではないかという不安がゆっくりと、俺の胸の中に広がっていく。


 俺の手を掴んで歩く芽衣をこっそりと盗み見ると、芽衣があきれた顔でこちらを見ていた。


「裕太って、もしかして意外と独占欲強いの?」

「え、何で?」

「私のやけどの跡をヒナちゃんに見られたって言ったら、急に不機嫌になったから」

「いや、不機嫌になった訳じゃなくて。ただ、芽衣がいつかアームスリーブを外す日が来るのかなって考えちゃっただけ」



 こんなのは俺のわがままだという事は分かっているし、アームスリーブを外せる日が来るのは喜ばしいことだ。

 それなのに、芽衣にアームスリーブを外してほしくないと願ってしまうなんて、最低だ。



「大丈夫だよ。裕太が私の左腕に絵を描き続けてくれるなら、私はアームスリーブを外さないから」



 そんな風に自己嫌悪をしていると、隣を歩く芽衣が明るい声でそう言った。

 芽衣の言っていることの意味が分からずポカンとしていると、芽衣はいつもの太陽のような笑顔とは違う、小悪魔のような笑みを見せる。



「だって、アームスリーブを着けておけば、腕に描かれた裕太の絵は他の誰にも見られないでしょ。裕太が左腕に描いてくれる絵は、私だけのものだからね」



 ささやくような芽衣のその言葉に、俺は顔を真っ赤にしてしまう。


 昔は自分のコンプレックスを隠すためだったアームスリーブを、今は俺の絵を独り占めしたいから着けている。

 そんな風に言ってもらえて、嬉しいような恥ずかしいような、そんなむずむずとした感覚に襲われてしまった。


「芽衣の方が独占欲強いじゃん」


 芽衣の顔を見ることができずに目をそらしながらそうこぼすと、「独占欲無いなんて言った事ないと思うけど」と、芽衣がしれっと呟く。


 嬉しくて、恥ずかしくて、未だに芽衣の顔が見れずに俯いていると、芽衣が俺の顔を覗き込んでくる。


「だから、これからも私の左腕に、たくさん絵を描いてね。裕太先生」

「......分かったよ。芽衣が思わず独り占めしたくなるような絵を描き続けて見せる」


 覗き込んできた芽衣の瞳を見ながらそう伝えると、芽衣の頬が少しだけ赤く染まった気がした。


「裕太。カッコいい事言うようになったね」

「え、そうかな?」

「さっきまではあんなにうじうじしてたのに」

「止めてよ、恥ずかしいから」

「あ、そうだ! 私がどっか行っちゃうのが心配なら、私の左腕に『裕太』って名前を書いてもいいよ」


 芽衣はからかうような笑みを見せてくる。


「それはさすがに...... 止めておくよ」

「そっか。まあ、気が変わったら教えてね。いつでも名前を書かせてあげるからさ!」



 芽衣は少し残念そうな表情をしたが、すぐにいつもの眩しい笑顔を見せてくれる。


「......ところで私たち、何で駅からここまで歩いてきたんだっけ?」

「......ああ、そうだ。オニオンリングを食べに来たんだよ」

「そうだった! 裕太よく覚えてたね」



 どうやら俺たちは、本来の目的を忘れて話し込んでしまっていたらしい。

 目的地のハンバーガーショップをとっくに通り過ぎてしまい、駅の前の商店街の端っこまで来てしまっていた。


「戻ろっか」

「そうだね」


 二人で苦笑いをしながら、ゆっくりと歩き出す。


 ちらりと芽衣の左腕を見ると、アームスリーブが見え隠れしている。

 あのアームスリーブの下には、芽衣が独り占めしたいと言ってくれた俺の絵が隠れている。



 芽衣が思わず独り占めしたいと思ってしまう絵を描き続けられるように、明日は絵の練習をしよう。


「お腹空いたな~ 夜ご飯前だけど、ハンバーガー食べちゃおうかな」


 俺の隣で明るい笑顔を見せてくれる芽衣の横顔を見ながら、俺はそう思った。

 裕太君が芽衣ちゃんに描いてあげたヒマワリの花言葉の一つに、「あなただけを見つめる」というものがあります。

 

 芽衣はヒマワリの花言葉を知っていて、裕太がヒマワリを自分に描いてくれたことに内心とても喜んでいますが、あんぽんたんの裕太君は当然ヒマワリの花言葉なんて知りません。

 

 上手く噛み合ってはいないけど、決してすれ違ったりはしない二人です。

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