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熱いコーヒーに琥珀色の蜂蜜を


 【呪痕の指輪】 人ならざる者を強く惹きつける力があると囁かれる指輪 着用者は敵の注目を引き寄せる。 とある孤独な魔女は叶えたかった 自らの存在証明を


 【薄汚れた石板】 発掘されたがどの年代に彫られたか未だ不明な石板 アルテミス星域で扱われた古い言語であるポプタ語にて内容は綴られていた。 かつて呪いを退けた魔女達がいた からくり仕掛けの鎧を纏い 戦場を音よりも速く駆けて往く 時代に似つかわしく無い技術を操る者達 恐らく宇宙最古の魔女達の物語だろうと

 


 緑花複合商社には眠る事の無い部署があると言う。


 社員達にそれは何処かと尋ねると商品開発部門の事を皆一様に悪い夢を見た様な顔をしながら口にするのだ。


 私は死神部隊として雑草の様に現れる呪縛者とデーモンを叩き潰す仕事があるので関わる事は無いと最近まで考えていたが…。



 数週間前に港町アルケーからの帰路の道中でポロっとコンフェの奴に電化製品の利便性の話をしたのだが基地に帰投するなりスネイルに大量の書類を押し付けて商品開発部門の扉を潜り、何日も出てくる事は無かった。



 道中で渡された国王直筆の私の外出許可証を渡されたので実質暫くは出動要請があるまでの予想外の休日となった。




 ◆◇◆◇



 【社員寮共用調理場】にて…。



 私の朝は誰よりも早い、眠る必要はシステム更新時以外は基本的に無いが人としての自覚を忘れない様にする為に睡眠を取っているのだ。



 食って動いて仕事して…そして夜になったら寝る。


 これが人間だろう?


 それにウンザリしている人もいるだろうが私にとっては凄い有難いプログラム…いや、習慣か…。



 まぁ私には口が無いので他の誰が食事をしている姿で食事と言う行動を代替しているんだが今日は残念ながらコンフェはいないので宇宙人仲間のカーミラにご飯を作らせて頂く事にした。



 ベッドで静かに寝息を立てているカーミラを起こさない様に玄関を開けて共用の調理場へ向かう。


 身体から排出される僅かな熱が朝ぼらけの空に白い狼煙を上げて消えてしまう。


 調理場にはまだ誰もおらず静かな音が伸びては耳鳴りの様に消えるのを感じながら装甲板の隙間に隠していた調理器具と食料庫から拝借してきた食材を作業台に置き、調理場の離れにある薪を手に取りマデューラのエネルギー刃で着火して竈の中に放り込む。



 薪が割れ、寒空に木霊するのを聞きながらフライパンの大きさを調整して油を注ぐ。


 今日は風が澄んでいて気分が良いのでイギリス風のご機嫌な朝食だ。


 特別な調理法は無くただ油で食材を揚げるだけであるがこれが美味い! …と言った友人は天の川銀河内の企業勤務だが元気だろうか。


 彼曰くイギリス領の貿易宇宙ステーションで美味しい物を食べたいなら朝食を3回取れば良いと言っていた気がする。


 …イギリスにも美味しい料理があるだろうと言うと彼は勿論あると言いながら中華料理店とインド料理店を紹介してくれたなぁ…。



 ふと湧き出した昔の記憶に心を寄せていると油の熱の上昇をセンサーが感知したので作業台に置いていたベーコンを投入すると気泡が油から押し出されて宙へと弾ける音を奏でて食材の水分や油分を奪い、香ばしい匂いが辺りに漂う。



 最初こそ水分を含んだ気泡であるが故の大きな揚げ音は水分が抜けていくと乾いた小さな音に変わってしまう。



 大きなカロリーに対して何て儚い姿なのだろうか…。


 ベーコンはカリカリが一番美味しいだろうしな…ふにゃふにゃでしょっぱいのも好きだが…。


 ベーコンが揚がったのならば次は卵に缶詰から取り出したコーン、そしてトマトを揚げて皿に盛り付ける。



 最後に耳を切り落としたパンを揚げて…。


 イギリス風ご機嫌朝食の完成だ。



「ふあぁぁ…、おっは~ヘラルド〜」


「丁度良い所に来たなカーミラ! ご飯出来てるぞ!」


 眠そうな画面の目を擦りながらカーミラがやって来たので椅子に座らせて朝食を載せた皿を差し出す。


「朝っぱらから元気過ぎでしょアンタ…」


「まあな。 私の視床下部は夜を知らないからな…まぁ、視床下部無いんだがなガハハハハッ!」


 胸の装甲を叩き、胸を張るると呆れた様子でカーミラがジト目で此方を見つめながらフォークとナイフで器用にパンにベーコンと卵を乗せて頬張る。



「アンタの冗談は笑って良いのか分からないんですケド…」


「笑え笑え! 笑うのは身体に良いからな!」


 笑うのは心身に良い効果があるって見た事があるからな…取り敢えず笑うのがベストだなきっと。


「アンタ人格制御システムがまた不具合を起こしてんじしょ…修正パッチ送っとくわ」


「サンクス…マジ助かる」



 《ゲストユーザーからの受信を確認。 …安全性を確保。 修正ファイルを適用…。 適用が完了しました。 数件の致命的システム損傷情報をゲストユーザーに送信。》


 修正ファイルが適用されると同時に頭の奥が澄み渡っていくのと同時に歯痒い感覚に襲われて私は思わず首の後ろの擦っていた。


 何だろうな…システム情報が書き加えられるとむず痒いんだよなぁ。 痒くなる皮膚なんて無い筈なんだが。



 この星に来てから五感の幻覚が顕著なって仕方ないんだよな…原因なんて思い当たる節も無いし。


 まぁ死にはしないだろうから深刻に考えなくても大丈夫だろう。



「良し。 暫くは大丈夫な筈…戦闘次第だけどね」


「助かる…。 話は変わるがカーミラはこの後は仕事か?」


 朝食を頬張りながら修正ファイルを作ってくれたカーミラに尋ねると一瞬の間の後にナイフとフォークを動かす触手の動きが止まる。


「あ、あ〜…何だっけな? あ! そうそう商品開発部門の仕事の応援に行くんだったわ」


「あーそこか…」 


 コンフェが籠って何かしらの事をしてるであろう場所と同じ所か。


「あの部署は何の開発してるんだろ…あそこ」


「あの部署は医療品・食料品以外の商品全般って感じ…。  他の部門の部署と違ってみんな死んだ目で栄養剤を啜りながら発掘されたアタシの時代の製品を分解して今の技術で再現してるらしいよマジで」


「おぅ…なんかヤバそうだな」



 言葉だけでも漂うブラック感がえげつないな。 コンフェの奴大丈夫か…?


 いや、まあ…心配した所でどうにもならないだろう。 コンフェは頑固だし、一度始めた事は最後までしっかりやり切るタイプだから絶対に休むように言っても休まないだろうしな。


「ごちそうさま。 じゃあ着替えて行ってくるネ!」


「行ってら〜…」


 最後の一口を口にしたカーミラは手を合わせて席を立ち、部屋で作業服に着替えて職場に向かって行く。


「あ、そうだカーミラ!」


「なに!?」


「もし出来ればコンフェの様子を見といてくれ! アイツ数日間も籠りっぱなしなんだ!」


「オッケー!」



 去り際に私はカーミラにコンフェの安否を託し、食事の片付けに取り掛かり始めた。


   近くの洗い場で食器を洗う際に感じる水の冷たさを誤魔化すように上を見上げると昇り始めた太陽がとても眩しく暖かった。









 ◇◆◇◆



 洗い物が終わり調理器具を懐…もとい装甲板の隙間に小さくしてしまい込み、出勤していく社員を見送った後は暇が出来てしまったので当ても無く私は敷地内を彷徨っていた。


 暇は退屈な物だと最近まで思い込んでいたが今日という日で考えを改める事となった。


 広大な社員寮の周りは実に様々な物があり、エルフ達が手塩を込めて作ったであろう家庭菜園やドワーフが避難壕跡を拡張して設置した酒蔵等が至る所にあった。


 中にはトレーニングジムの様な器具が置かれていたりもしていた。


 初めてゆっくりと敷地内の散策して気づいたが緑花の敷地は地上部分も基地の跡を再利用してるんだな…道理で広く頑丈な室内を持つ建物が多い訳だ。


 「買い物にでも行こうかな…」


 別棟の社員寮から聞こえるカーテンを開けて仕事に行く準備する者や逆にカーテンを閉めて床に就こうと準備する者の様子を窓越しに盗み見る、歩いていると生活臭をも感じ取り買い物欲が心で芽生えたので敷地の外縁部に聳える緑花の大型店舗に向かおうと舵を切ろうとすると、私の聴覚センサーが懐かしい鋳鉄の擦れる音を拾った。


 「この重い金属音はアイツか…?」


 「…む? おお! ヘラルドじゃないか!」


 久しく聴いていなかった鋳鉄の独特の音に足が自然と音の発信源に進み、社員寮の通路を抜けて大型の鍛錬用の器具が置いてある場所に出る、すると其処にはサルヴァに入国した後に別れたグウィンが鎧を着込んだ状態で数tも有るであろうバーベルを担いでスクワットしていた。


 コレはう〜ん…バケモンかな?


 「どうだヘラルド? この星での生活は」


 「まぁボチボチ楽しませて貰ってるよ」


 私を見るなりグウィンはバーベルを降ろし、お互いに歩み寄り力強い握手を交わした後に話題が近況の報告になる。


 「空気も美味いし、空を見上げて気持ち良さを感じる事が出来るなんて思わなんだ」

 


 「ソイツは良いことじゃないか。 そう言えば聞いたぞ? 何でも自由に身体を縮める事が出来る様になったとか…」


 何だもう知れ渡ったのか…人の耳に戸は立てられないって奴だな。


 「そうなんだよ。 斯々然々あってな太陽の王女の加護の御力で色々出来る様になったんだ」


 そう言って私が4メートル前後から2メートルちょっとの身長に縮まるとグウィンは表情の伺えない兜越しからも分かるような驚いた様子を見せた。


 「何かの冗談だと思っていたが本当だったのかよ…。 しかも太陽の王女の加護だって!? あれは最高位の聖職者が持つ物、一体どうしたらそんなもん授かるんだよ!?」


 「いや〜なんて言うかなぁ…成り行きと言いますか、ポッと出と言うか…」



 余りにも凄い気迫に圧倒されて儀式の余波で意識を失って太陽の王女に出会った事までの経緯を事細に話すと頭を抱えたと思ったら近くに置いていた荷物から使い込まれた手帳や文献を取り出し、小声で独り言を漏らしながら考え込む様子を見せる。


 「ヘラルド? 太陽の王女の加護はコンフェドール様以外の誰かに話したか…?」


 「いや? 誰にもどんな力で身体を縮める事が出来る様になったかまで詳しくは聞かれてないから話してないな」


 「そうか…ソイツは運が良かったのかもな」


 「そんな凄いのかコレ?」


 深刻そうな口振りに思わず自身の身体を触るが別にこれと言った違和感等は無い、強いて言うなら自身の身長を見誤って頭を色んな場所でぶつけてしまう事か…?


 「凄いなんてもんじゃない。 ヤバいと言った表現の方が正しくてな…贖罪の女神と同格の神様からの加護だぞ」


 「あぁそうなの!? じゃあアイツとお揃いになれたって事か…そりゃあ良い貰いもんだったなぁHAHAHA!」


 「んな事言ってる場合か!? デメリットを考えろよデメリットを」


 う〜ん? デメリットなど無くないか? コンフェとお揃いならデメリットなんて無いだろ。


 デメリットなんてあるのか? と言うのが表情に出ていたのかグウィンが何やら夥しく書き込まれた文献を見せてくるので内容を確認する。


 えぇ…何々? 【宗教入信率の人口数年鑑】?


 「グウィン。 コレは一体?」


 「題名の通り。 宗教入信率の年間の情報を集計した緑花の文献商品だ。 …因みに銀貨4枚で販売中だ」


 「はぇ~そうなんか」


 目を凝らして良く見ると大国から聞いた事の無い小国までの人口数の内、信仰している主な宗教の種類と割合が書き連ねられていた。


 【サルヴァ王国】は贖罪の女神であるベルカを信仰する贖罪信仰が一番多く、次に多いのは太陽の王女を信仰する太陽信仰で3番目に魔物である竜の原型となる存在、太古の時代に存在していた古竜を信仰とする古竜信仰。


 どの種族よりも長寿であり魔法に長けたエルフの国【プラジュナー】は自然と近い生活の為か太陽信仰が一番多く、次に贖罪信仰、3番目に古竜信仰。


 砂漠と遺跡が豊富な国【ナシュタム】は古代文明と親密な為に古竜信仰が一番、次に太陽信仰で3番目に贖罪信仰。


 最後に鍛冶に長けた種族であるドワーフの国【アグニスカ】は鍛冶を神聖だとする鍛冶神信仰が一番多く、次に太陽信仰で3番目に贖罪信仰の順と言う統計結果の様だな。

 

 

 …ちょいちょい出てくる小国は読み飛ばすとして、鍛冶信仰は理解出来るが古竜信仰ってなんだ? 


 畏怖が故の信仰なのか?


 「古竜信仰? トカゲがそんなにも怖い感じなのかコレ?」


 「古竜の信仰は自然信仰的なアレだ。 祈りと座禅の悟りの果てに古竜と同格の存在へ到達しようとする者達の宗教だな」


 成る程、仏教的な感じか。


 命の果てに頂きに並び立つ…実に人らしい宗教だ。


 「私の星にもある宗教と似た宗教があるとは驚きだ」

 

 「そうだったか。 …因みに古竜信仰は研鑽を重ねると竜の様な姿に変態したり技が使える様になるのだが…ヘラルドの方の宗教もそんな感じなのか?」


 「何それ怖い。 狂信者はいるが変態する様な宗教は無いわ流石に」


 前言撤回、この星の宗教は地球とは似て非なるもんだな…幻覚か未だに定かじゃないが神様に直接会えてしまう様な距離感であるのは良い点とは思うが。


 「そちらの宗教は精神的な支えとしての側面が強い様だな。 此方は自らの力の研鑽としての側面が強いが」


 「魔力がある星と無い星じゃそうなるみたいだなやっぱ」


 「宇宙は広いのだなヘラルド」


 「あぁ。 そう遠くない未来、この星の文明も宇宙へと飛び出して活動出来る様になれるさ」


 私の住んでいた地球だって宇宙に出れたんだ。 魔力とナノマシンがあるこの星は絶対に地球よりも強大な宇宙共栄圏を築く事が出来る様になるだろうな。


 …地球の二の舞に成らない事を祈ろう。


 「話は戻るがグウィン。 太陽の王女の加護を私が持ってると何が不味いんだ?」

 

 「そうだった。 何がヤバいかと言うと太陽信仰は国によって贖罪信仰よりも信者数が多い、だが加護を授かるのは神に寵愛される聖女唯一人だ」


 「加護を授かるのは女性だけなのか?」


 「過去には男性もいたが近代では女性だけだ」


 神様って本当に面食いだな。 地球の神様と一緒だ。


 「女性では無く兵器の身体を持つ私が加護を持つのが異常事態って事か…」


 「加護を女性以外が持ってる事自体は問題無いが…問題なのが太陽信仰の加護持ちが2人なのがマズイ」


 「…う〜む、別に良い物が沢山あっても良くないか?」


 プラス掛けるプラスはプラスのままだしな。 別に問題無さそうだが思ったより深刻そうな雰囲気がグウィンから醸し出しているので本当にヤバいのか?


 「本来加護を授かるのは宗教毎に大体1人の人間種なのだ。 今では例外中の例外となった獣人であるコンフェドール様の時でさえ沢山の血が流れたんだ。 太陽の加護持ちが2人になったと大衆が知れば派閥が割れて最悪宗教戦争になりかねん」


 「ソレは…確かに不味いな…」



 うわぁ…やっぱり宗教があるなら宗教的な対立もあるか…何故人は愚かなんだ。

 

 「この星の人間も信仰の違いを尊重出来んのだな…」


 「そちらの星もか…全く業の深い生き物だな我々は」


 偏見迫害。 何時かは折り合いをつけなければならない日がこの星でも何時かは来るのだろうな。


 …私はあくまでも部外者でしか無いから、私はコンフェの心の拠り所になれる様に頑張るとしよう。


 「良し! もうしみったれた話は辞めだ。 取り敢えずこの加護については慎重に扱うよ」


 「そうだな…暗い話は筋肉に悪いしな」


 そう言いながらグウィンは兜を被った状態で器用に近くに置いていた荷物から取り出した栄養剤を一気に飲み干し、荷物を背負う。


 「ヘラルドはこの後は時間は空いてるか?」


 「そうだな…空いてるぞ。 昼までだいぶ時間があるしな」


 「久し振りに骨のある奴と戦いたいと考えていてな、丁度お前に会えたから良い機会だと思わないか?」


 そうだなぁ…たまにはaaa…久しく人の血を見てイナイシなァ。



 「此処で殺るか?」


 「いや、敷地内の備品を壊すと給料から天引きになってしまう。 王都の方に冒険者や傭兵向けに開放されている場所があるから其処に案内しよう」


 外出許可証も出た事だし良いかもな。 緑花の店舗以外の商品も見て回りたかったからな。



 「王都か、良いね」

 

 「だろ? 早速行こうかヘラルド。 彼処には強者が惹きつけられるから沢山闘える良い場所だぞ」


 

 それはそれは楽しみだ。 唯でさえグウィンレベルで手を焼いたんだ…一体どんな強者が跋扈しているのだろうか。


 


 



 ◆◇◆◇


 【王都エディラ=フィーヴァ通り】


 

 清々しい風の吹く青空の下、私はグウィンに誘われて人混みを避けながら王都へ来ていた。


 此処は王都エュ゙ディゥ゙ラ。馴染みの地球言語で発音するとエディラ。


 その都の中でも私とグウィンが立っているのは緑花の所属では無い一般の冒険者や傭兵の組合(ギルド)がある通りの一つフィーヴァである。


 あちら此方から金属を叩く音や革を加工する音。 冒険者や傭兵向けの店舗、遺物や発掘品等の値打ち物を売買する商人達の露店や中には高位の冒険者や傭兵向けの店舗も軒を連ねていた。


 肌を貫く熱気。


 賭博で全財産を賭けた様な手に汗握る感覚、きっとこの通りでしか味わえない雰囲気だろう。


 このフィーヴァ通りには野心や熱に惚けた者達の視線が絶えず行き交っていた。


 そんな者達の熱に当てられた若者はきっと目指すのだろう…破滅か尽きぬ賛美と栄光か、死ぬまで目覚める事の無い夢が此処にはあった。

 


 「すっげーな…活気と言うか熱気と言うか」


 「そうだろう。 此処は王都の中でも一際規模がデカいから利用する人間も多いからな」


 「何だか胸が高鳴るな…心臓無いけど」


 通りを埋め尽くす様な人集りの大多数は武装しており金属や革製の防具の擦れ黒ずんだ姿を見るにこの星の戦士は命を賭けて日々を生き抜いているみたいだな。


 数十キロもの重量を着込みながらも私の目に映る人達はそれを感じさせない表情を見せている。


 

 やっぱりこの星の人類は地球の生き物とは似て非なるものだな…。


 

 「だいぶ歩いたがこの通りの何処で手合わせするんだ?」


 「そう慌てるな。 もう直ぐ見えて来る筈だぞ」


 

 鍛冶師と値段を交渉する者や露店で買ったであろう食べ物を美味しそうに頬張る者達を横目にグウィンに行き場所を尋ねるが勿体振り、時折顔見知りに挨拶をしながら大きなその背中が揺れる。


 

 「意外と料理を売っている露店が多いんだな。 飲食店は余り見かけないが…」


 「この通りを利用する者は定着せずに仕事に向かう故に買食い出来る店が大半だ。 店を構えているのは大体が宿屋や鍛冶屋、依頼等の遠出で使う道具や怪我や病気の治癒で使うポーションを売る雑貨屋とか魔法具店だな」


 「何でもあるんだなぁ…。 あ! なぁなぁグウィン、彼処で沢山売ってるのは何だ?」


 

 グウィンの背中を付いて歩いていると通りの混雑具合よりも一際大きな人集りが出来ており、その中心では料理人と商人が忙しそうに代金を受けて取ってはパイ生地に何かを包んだ様な食べ物を客に渡している姿が見えた。


 

 パイ生地の香ばしい匂いと牛?豚? に似た匂いがスパイスと混ざり、道行く人々の合間を抜け食欲を掻き立てる。


 

 「ん? アレか。 フィーヴァ通り名物【ミテリス・ミートパイ】だ」


 「ミテリスミートパイ?」


 ミートパイかぁ…成る程。


 ミートパイにしては不思議な匂いが混ざっているが…もしかして魔物の肉を使っているのか?


 

 「起源を辿ると肉屋が傷んだ屑肉を処理したいが為にパイ生地に詰めて焼いたのを売り始めたのが起源らしい、最近は魔物の肉をランダムに入れた運試し料理として根強い人気があると聞いている」


 「運だメシ…か。 面白いじゃないか」



 人集りを良く見ると大半が野郎や怖い物見たさが伺える年齢の子供達が楽しそうに買い込んでいる様だ。


 耳を澄ませてみるとミートパイの中身について駄弁る声が聞こえる。


 「お! 今日はミノタウロスの肉じゃねぇかぁ! やりぃ〜」


 「はぁ!? この肉ゴブリンの肉じゃねぇかふざけんなぁッ!?」


 「ぐぁぁあぁぁ!! こ、この肉…腐ってやがぁるぅ!!!」


 「何だ…この…何だ?」

 

 「肉汁が多過ぎる。 修正が必要だ」


 「運試し何て慣れちまえば簡単なモンよ」


 「お互い、下らない運試しに手を出す者同士。 だからこそ負ける訳にはいかんよな…お、ドラゴンの肉だ…今日は付いてるな」


 「私は負ける勝負はしないわ…牛肉、か」


 「さっさと食っちまおうぜ兄貴。 実入りの良い依頼が入ってるし」


 「まぁ慌てるな弟よ。 功を急ぐと大抵碌な事が無いからな。 …シーサーペントの肉、案外悪くないじゃないか」


 「肉汁が多過ぎる。 相棒、対処を」


 「うるせぇな。 黙って食え」


 

 微笑ましいネェ…。



 「ハハハッ。 今度コンフェの奴と一緒に来ても良さげだな」

 

 「フフ…きっとあの御方の事だ、お前となら何処だって喜ぶだろうさ」


 「そうだと良いな」


 

 今更ながらにコンフェとちゃんとした外出をした記憶が無い。 外に出る時は大体が戦闘、若しくは戦闘後の後始末の手伝いや復旧の視察だったもんなぁ。


 

 アイツは何処に行けば一番喜ぶだろうか? う〜む…分からん、分からん。


 

 「ヘラルド。 そろそろ目的地だぞ」


 「お! やっとか!」


 コンフェの喜ぶ事を考え続けながらもグウィンと他愛も無い世間話をしつつフィーヴァ通りを行来する人々の流れに身を任せていると前方に古めかしく見える材質で聳え立つ闘技場が姿を現した。


 地球にも戦争で更地になってしまったがローマにフラウィウス円形闘技場と呼ばれた古代建造物があったな。


 《システム解析完了。 魔法…魔術的要因による空間拡張を検出しました》


 地球との違いと言えばコレだよな。 恐らく視界を埋め尽くす程の巨大な闘技場はコンフェの自宅や会社の様に私の予想よりも遥かに広い空間となっている事だろう。


 思わず私は生唾を飲み込んで、身を震わせる。 ここならば多少羽目を外して闘いを存分に楽しむ事が出来るに違い無いそうに違いない筈だ。

 

 「凄いな…!」

 

 「だろ? 普段は年に何回か一大行事として闘技場を埋め尽くす程の人数が闘いを観る為に国中から集まるんだ。 それはもう凄いもんで緑花の社員総出で警備や進路誘導をしなければならない程だ」

 

 この大きさだ。 きっと観客席も凄い数が設置されてんだろうな。


 闘う奴も闘いを観る奴もこれ以上無い思い出になるのだろうな、私でさえ闘技場に入場しても無いというのに目を閉じる、すると観客席を埋め尽くす観客の姿と歓声がハッキリと其処に本当に有るかのように錯覚してしまう。


 「もしかしてあの闘技場が目的地か?」


 「正解(そう)だ。 開放されている今は観客席は誰にでも使える様になっている上、事前に予約すれば腕を磨く場所として使える。 緑花が会社として健康向上週間の為に今週の予約を買い取ってるからな…良い機会だと思わないか?」


 「だな」

 


 闘技場の周りには行事が行なわれていないのに関わらず屋台が多く建ち並び、多くの市民が集まっていて行事への醒めぬ熱狂が今も闘技場前の広場で渦巻いていた。


 そんな感情が沈殿する広場を泥濘から足を取られないかのような足取りで進んで闘技場の入口に繋がる広場を恐れず進んで行く。


 「いかんな…最早闘気を抑えられん」


 「見なくても分かるぞグウィン。 市民の方々が滝を割るように避けてるからな」


 戦闘欲を抑えられなくなったグウィンの身体からは誰もが見て分かるほどの熱が奔り、火の粉が舞う姿が見えて広場に集まっている人々が一斉に闘技場への道を空けてしまう程である。


 グウィンを見て驚き、私を見て膝が笑い出してしまっている者まで出る始末。


 

 きっと直ぐに観客席が埋まるだろうな。

 

 

 「もう辛抱ならん! 走るぞ! 」


 「ちょ!? 待てよ!?」



 身体から溢れる熱を撒き散らしながら駆け出すグウィンを私はブースターを吹かし、飛び込む様に入場する事となった。





 ◇◆◇◆


 【闘技場控え部屋】


  薄暗くもあるが壁に刻まれた魔方陣からの光が良い塩梅で空間を照らし、昂ぶった心を鎮めてくれる。


 最初こそ直ぐにでも手合わせをしようと息巻いていたが闘技場の職員に古代遺物等の銃火器の使用は辞める様にと慌てふためきながら止められ、控え部屋に案内された。



 どうやらこの闘技場の控え部屋は職員の説明によると準備の為の部屋だけでは無く武器の貸し出しや販売までしているのだそうだ。

 


 体格の良い者向けの短剣から特大剣、鉤爪や大弓等が揃い踏み…だが今見せられた物のどれもがピンと来ない。


 或いは熱を感じないと言うべきか。


 「…うむ。 悩むなぁ」


 「アンさんの目が生き物由来じゃねぇから言い難かったが、今見えるモンに気になる武器が無いと見た」


 「…やっぱ分かるか爺さん」


 「おうよ。 何十年もぼけっと仕事してた訳じゃねぇ…」


 「正直なぁ今ある物に熱が…な」


 重心から息遣いまで、この職員の爺さん只者じゃないな。 明らかにアレフ殿と同じ…修羅場を潜り抜けた強者の匂いを感じる。


 …機会があれば是非とも手合わせ願いたい。



 「良く分かったな。 此処に出して有る武器はどれも最近打ったばかりの新品だ…魂が、【戦技】が刻み込まれてねぇんだわ」


 「戦技?」


 私の目の内側の感情を察し当てた職員の爺さんはそう話す。


 戦技…どうやら未だこの星には知らない力が有るようだ。


 「何だアンさん戦技を知らねぇのかい。 戦技っちゅうのはな、その武器が持つ最も力を発揮する動作に熱が見える奴が乗算させられる技のこったい…」


 「魔法や魔術とは違うのか?」


 「いんやぁ違う。 あんな上品な力じゃねぇが…かと言って呪いや混沌の様な下劣な物でも無い。 武器が持つ魂…若しくは血と涙の結晶が具現化した力とでも呼ぼうかね」


 「研鑽で得る確立された技の再現って感じか?」


 「良い解釈じゃないか。 それ忘れるんじゃぁネェぞ…きっと今からアンさんは扱える筈さ。 ちょと待ってな…」


 そう言って爺さんは関係者用の扉を潜り、暫くすると私から見ても粗布に包まれた特大剣をカウンターへやけに慎重な面持ちで置かれる。


 「こ、コレは一体…」


 「正直言うとアンさんの様な彼方からの使者に見せるモンじゃぁネェのは分かっていたんだがな。 でもやっぱりコレしか無い…と、そう考えちまった」


 粗布が取り除かれると現れたのは黒く薄汚れ、呪いの残渣によって濡れそぼった赤かったであろう布が刀身全体に巻かれた特大剣だった。


 鍔の一部は欠け、心無しか刃も輝きを喪っている様である。


 「何時誰が置いていったのかも分からん。 この闘技場で働いていた先代の森人(エルフ)も首を振る始末だ…しかも此奴は柄を握ろうとする者を悉く拒絶した」


 「物が…拒絶?」


 「見てろよ」


 爺さんが特大剣の柄を握った瞬間に慟哭にも似た金切り声を上げ、建物内では起こり得ない筈の暴風が吹き荒れ始める。


 壁に掛けてある旗は激しく揺れて固定されていない物は部屋の隅に吹き飛ばされ、武具が激しく震え鳴る。


 「武器がこんな力を…凄いじゃないか」


 「此奴が異常なだけで似たようなのがこの星には沢山あるんだ…じゃあ離すからな」


 爺さんの冷や汗であろう汗が魔力の光に照らされ、暴風がその照らつく汗を宙へチラチラと散らせていく。


 力の奔流に耐えられずに爺さんが柄から手を離すと特大剣は何事も無かった様に暴風が止み、部屋は荒れ果ててはいるが静寂と優しい魔力の照明が空間へ再び降りる。


 そんな光景を私は不気味だが何処か惹かれ、どうしても目が離せなかった。 …魂…かな、心の奥底の欠けた歯車が噛み合う感覚と言えば良いのだろうか。


 私はこの武器を初めて知った筈なのに昔から扱っていた様な…そんなデジャブを感じるんだよなぁ…。


 …本当に初めて見たんだよな俺、いや私。


 「爺さん決めたよ。 私は此奴を従えて見せる、絶対に」


 「見せた奴ァがこう言う事を言っチィめぇまうのは厚かましいつゥのは分かってるんだが…アンタ、深淵に呑まれんなよ」


 「無論だ」


 カウンターに置かれた特大剣の柄を握らない様に注意しながら刀身を指の腹で押さえ、背中の武器ハンガーに固定する。


 すると何処か悠久の先で…鐘が鳴り、闇を孕んだ様な狼の鳴き声が聞こえた気がする。


 …多分気の所為だろうな。 ませたガキのノートの落書き台詞みたいで何か恥ずかしい。


 忘れた方が良いなコレ…うん。


 「爺さん。 此奴は幾らだ? 白金貨2、3枚位か?」


 此奴の代金を払う為、財布を取り出そうと懐に手を伸ばそうとするがその手は爺さんに制止されてしまう。


 「金ェ何か要らねぇよォ…だが、見せて貰うぜェ…深淵に抗いながらその特大剣を振るうのを。 代金を取り立てるのは彼方からの使者様が呑まれて惨たらしく死んでからでも遅くネェからな…カカカカッ!」


 「酷っでェ言い草だなオイ!? でもそれも面白いなぁアハハハッ!!」


 

 爺さんのとんでもない言葉に思わず笑い、控え部屋のドアに手を伸ばす。 …が、大事な事を思い出してしまった。


 「そういやぁ此奴は名前とかあんのか?」


 「あん? 名前かァ…。 確か古株達からは【狼嵐の封牢剣】何て呼ばれてたなぁ…」


 封牢…か、果たして何が封じられてるのやら。


 まぁ詩的な意味でもヤバい奴が文字通りの意味で封印されていても私のやる事はただ一つ。 良き闘争を演じるだけだ。


 闘争を好き好んでいる訳では無いが、aaa…性じゃないしねハハッ!


 でもやるんならマジでやった方がお互いに楽しいだろう?


 「じゃあそろそろ行くわ。 あんがとな爺さん」


 「おう! 全力で楽しんでこい!」


 荒れ果てた部屋を片付けながら冷や汗を拭い、それを誤魔化す様に張り上げられた声を背に部屋を後にする。


 廊下に出ると先程の部屋の生暖かさは無くヒンヤリとした石造りの床が伸びていて、足を進める毎に身体の部品の隙間を冷たい風が抜けていく。


 試合場の光が近くなるにつれ、反響する足音に混じって大勢の人集りのざわめきが薄暗い廊下に絶えず木霊する。


 足踏みをする様な音は人の足音か、或いは私の鼓動か。


 

 …凄く気分が悪い。


 アイツの事は好きだが…凄く怖い。


 誰かとマジに何かをするのは根暗な私の心は楽しく無いと改めて実感するとは思わ無かった。 電子的擬似アドレナリンの高揚に身は震え、楽しい筈だと私では無い誰かがざわめいて囁く。


 確かにその通りだ。


 …楽しいだろう。 然し私は自分で始めた事には責任を持たなければならない、持たないといけないに決まってる。


 その性が原因で雁字搦め。 私は感情でしか動けない。


 だからこそ…イエスマンな私自身が私は世界一嫌いだ。


 「眩しいな。 …ちゃんと私が踊れるか心配だ…」


 影を指す脳裏とは裏腹に、舞台から地下空間へと差す光が意識を独り善がりの感傷から現実へ引き戻す。




 今更ウジウジしてても仕方ない、今は全力で楽しもう。


 【戦技】とやらも私にも使えるか試せる良い機会だ、この特大剣の手綱も握れるか確かめないとな。






 


 【闘技場第一戦闘領域・遺跡群】



  《中規模の時空間差異を確認》


 会場から溢れる歓声と光に思わず手で遮りながら入場する。 すると視界に辺り一面に広がる青空に砂、そして乱立する砦であろう名残を残す古城が広がっていた。


 「何て広さだ。 地球では滅多にお目にかかれないなこりゃ」


 「驚いたか? しかもこの闘技場は今の環境の他に複数の環境が用意されているんだ」


 初めて見る闘技場の内部を隅々まで見ていると向かい側からグウィンが入場し、此方に歩み寄りながら教えてくれる。


 「ふむ…」


 一体どんな仕組みだ?


 手で地面の砂を掴むとサラサラと指の間から流れ落ちていくのを見るに幻影…でもなさそうだな。


 空気も空も本物だとしか考えられない。



 一時的な座標移動技術…か?


 だとすると此処も星外文明の名残なのかもしれないな。


 「なぁグウィン。 観客席は此方からは見えない様になっているのか? どうも他の人の姿が見えないのだが」


 「ん? ああそうだった、お前は闘技場に来るのは初めてだったな」


 すっかり忘れたよと言いたげな仕草をしたグウィンが懐から投げナイフを手に取る。


 「投げナイフがどうしたって言うんだ」


 「まぁ見てろよ…フッ!」


 振り被り、真っ直ぐ投射されたナイフは二百三百と伸び、千を超えて見えなくなる。


 「どんだけ広いんだよ。 見えなくなっちゃったぞ」


 「まぁそうだろうな。 だって此処は闘技場の中では無く、違う場所なのだからな」


 「やっぱり魔法やら魔術とかのあれか」


 「正解。 此処は転移技術で用意された開放型の会場だ。 観客は闘技場の観客席に座りながら魔術で全方位から好きに観る事が出来るし、闘う奴は人の目を気にせず心置き無く闘える。 そんな場所はサルヴァ王国だけなんだぞ?」



 「こんな場所が何箇所もあってたまるか!」


 「それもそうだなぁハハッ!」


 指を立てて自慢げなアイツに思わずツッコミを返しながら背中の封牢剣を抜き、ゆっくりと距離を空ける。


 砂を横に流す風に刀身に巻かれた薄汚れ濡れそぼった赤い布が揺れる事に何も言わずグウィンも間合いを取り始めた。



 「悪いがグウィン。 戦技とやらの練習台になって貰うぞ」


 「フッ、余裕ぶっこいているとあの時みたいに蹴り上げてやるさ…」


 言ってくれる…だが最後までギブアップしなかった奴の勝ちなんだ。 どんな手も使ってやるさ。


 《メインシステム戦闘モード起動》


 中段で剣先を向ける構えの私に対し、大盾を突き出し初撃の動きを見辛くする構えでグウィンも臨戦態勢となり緊張が張り詰め、横風に煽られた砂埃が互いの緊張を伝える。


  

 「「・・・・ッ!!」」


 

 風の一鳴きが開戦の狼煙を上げ、ブースターによる爆発的な推力も相まって封牢剣の切っ先は風と砂粒を裂いて唸りながらグウィンの鋳鉄の鎧を穿かんとする。


 だが切っ先は鎧を穿く事は無く大盾の表面を滑り、左脇へと力が逃げてしまい私の体勢もつんのめる。


 それを優秀な戦士が見逃すはずも無く。


 「フッゥッッ!?」


 「近接武器の扱いは疎い様だなっ!」


 大鉈では無く大盾が叩き伏せんと振り下ろされたのを咄嗟に後へと転がり避け、反射的に封牢剣で兜に斬りつけるが濡れそぼった赤い布は刃を隠し、鈍い衝撃音を響かせるに留まる。


 「…何なんだ今のはぁ?」


 「お前硬すぎだろっ…」


 頭を殴られたと言うのに何とも無さそうなグウィンに驚愕しつつ此方に右上から斜め左下へ叩き下ろされる大鉈をブースターで避け、再び中段の構えて間合いを推し量る。


 …不味いな、このままでは私は力を発揮出来ずジリ貧だ…。


 クソッッ…戦技何てどうすれば扱えるんだ。 考えろ…きっと何かしらの切っ掛けがある筈なんだ。


 

 「随分と及び腰だなぁヘラルドぉ…?」


 「勝手に言ってろ。 殺さずに人間をどう半殺しにするか考えてんだ…よッッ!」


 「な!? ゥゴッォッ!」


 構えからの攻撃に見せ掛け、ブースターでそのままの勢いを乗せてグウィンの身体を大盾ごと蹴り飛ばす。


 蹴り加減が強過ぎたのか勢い良く吹き飛んだグウィンの身体は古城の外壁を貫き、直上の尖塔が地響きと共に砂埃の中へ消えていく。


 砂埃が収まらぬ状態にも関わらずに封牢剣の切っ先を向け続けていると火の粉が雨風の様に吹き始める。


 「おい! もう降参なんて言わないだろう!」


 「バカ言え…ヘラルド、お前はまだ戦技を扱えん様だな…」


 「何だグウィン。 飛び方も知らん雛に嵐の中を飛んでみろとでも言うつもりか〜?」


 武器の持つ潜在的な力がある事を初めて今日知ったと言うのに随分と手厳しいな。


 この封牢剣もうんともすんとも言わん…。


 「金属の図体な雛がいるかよ。 戦技を扱える様になれる手っ取り早い方法が有るぞ」


 「それは誠か、…ッッ!!」


 装甲に当たる砂粒が硝子に変わり始めた事に今更気付いた時には手遅れだった。


 「それはその身に戦技を撃ち込まれる事だッ!!」


 「コレは不味ッッ」


 「戦闘技法拡張!! 【憤怒の祈り】!!!」


 砂埃の中で渦巻く煉獄の中心で身体から怒りとも取れる炎を噴き上げながら大盾を捨て、両手にて下段で構えられた大鉈は真紅よりも深く、そして全ての色を飲み込む炎を宿していた。


 

 足が液状の硝子に捕られて自慢の速さを封じられた隙を見逃される筈も無く、下段から地面を抉る様に振り上げられた大鉈は怨嗟の炎で地形ごと私の身体と視界を焼き尽くす。


 

 装甲は黒く焼け溶けていく感覚と揺らぐ筈の無い意識が炎の中に消え逝く中で…。



 私は確かな力の根幹を垣間見た。

 



 

  黒よりも深く絡みつく闇泥の先、呪縛者に取り囲まれ蹲る騎士が握るは赤い封が巻かれた鈍色に輝く刀身の封牢剣、次第に騎士の周りを暴風と共に深紫が混じり始めていき其れは爆発的に呪いを地面を舐める様に這い出した。


 その呪いに後退る呪縛者達を苦悶叫びを上げながら獣の様に攻撃を避け、飛び掛かり斬り伏せる騎士の姿がハッキリと混濁している意識に刷り込まれる。


 私は呪いに蝕まれて狂乱と化したその騎士と確かに視線が合わさり囁きを聞いた。



 「誰かは知らないが私から離れてくれ…」 


 「もう直ぐ私は飲み込まれてしまう。 深淵は何としても阻止しなければならない…」


 「済まないベルカ…私は、何も守れなかった…」



 その声に意識と名ばかりの襟首を掴まれ引き戻されている最中に理解した。


 戦闘技法拡張…魔法や魔術、そして戦技の使い方を。


 

 《不明の人格表面化現象を確認。 精神分裂抑制信号強度上昇》


 《イェソド機能拡張…近接武器補正並びに魔術・魔法回路、開放の為。 メインシステム戦闘モード再起動中…》

 

 

 「駄目押しさせて貰うぞヘラルド」 


 「……」


 戻りつつある意識の輪郭に身体が追いつけない私にグウィンは魔力で造り出した弓に魔力の矢を番える。


 「宵闇照らし射抜け。 魔法【キルラドの矢】」


 「…□■□□」


 蒼炎色の弓から放たれた魔力の矢は残光を宙に引きながら高速で私の心臓目掛けて迫る。


 《完了。 メインシステム戦闘モード起動》


 その声に連なる様に幾重にもブレた意識の輪郭が戻ったのと同時に人格基盤を駆け巡るナノマシンが最適な技術を提示し、導かれる様に空いている左手を矢を迎え撃つ為に向ける。


 「闇霊カアスよ…溶けゆく光と共に生を拒絶せよ。 魔法【レイスの障壁】」


 空間が揺らぎ赤い波紋が私の左手を起点に生まれる。 神々しくもあり、忌々しくもある深淵とは血色の違う呪い。


 呪いを呪う力…良いじゃないか、私の様な屍の山を踏み締めるロクデナシに。



 「ヘラルドお前…随分と匂い立つ呪いを漂わせるじゃないか!」


 「こっからが本番の様だなグウィンッッ!」


 レイスの障壁は魔力の矢を揺らぎの虚空に隠したのを見て、驚きながらも左手に魔方陣を展開しながら憤怒を滾らせた大鉈を構え直し肉薄するグウィンを迎え撃つ様にブースターで一気に音の壁を越え、大きく振り被る。


 「魔術【ロウリィの脆槍】!!」


 「戦技【木枯らし】…ッ」


 放たれた灰色の魔力の槍を寸分のタイミングで握り潰し、封牢剣に力を込めて風の力を呼び込み纏わせる。


 奴は防御に自信が出たのか大きく大鉈を振り上げた為に胴体が無防備となったのが見えた。 反撃を覚悟しながら空きになった腹部に戦技によって風が纏わり付いた刀身を叩き込む。


 「ガァバぁィァッッ!!??」


 「人様の装甲を丸焦げにした罰だ」


 斬れ味は無いが速度と戦技の力が乗算され鋳鉄の鎧を大きく歪ませて火の粉を撒き散らしながら古城の方角へと吹き飛んでいくので飛翔し、追撃の手を伸ばす。


 「…未だ引き出せてないか、お前の力を」


 握る封牢剣の風鳴と共に渦巻く風は何処か本調子では無いと鳴いていると感じ取った私は強く握り直し、目線をグウィンが古城を再び壊しながら吹き飛んで行った先に目線を向け加速する。


 

 砂漠の肌から突出し、風化して消え逝く運命にある古城の瓦礫を石畳を蹴り、身体をずらして避けてグウィンを追い掛ける。


 「チッ…何処まで吹き飛んで行ったんだアイツ」


 「グウィンッ! 死んでたら返事してくれ〜!」


 足を止めて周囲を探すも砂埃が立つこの場所はグウィンが作り出した瓦礫の山に加え、古城の入り組んだ設計が追撃の行く手を塞ぐ。


 

 耳を澄ませ、封牢剣を構えて摺り足で瓦礫や古城の構造上の死角に注意を払って移動していると突如後方の壁から熱源反応が現れ、咄嗟に飛び退く。 


 寸での所で壁が十字に赤熱したと視認した瞬間にはグウィンが外壁ごと大鉈で斬り裂いて肉薄し、私は知覚外ではあったが焦りを隠し迎え撃つ。


 「死んだら返事出来んだろ」


 「俺は出来てるぜ?」


 肉厚な刀身から繰り出される重い一撃一撃をあえて避けずに力の指向性を刀身で滑らせて曲げ、致命傷のみを確実に反らして反撃のタイミングを待つ。


 「身体は痛いが心地良さを感じる素晴らしき瞬間。 この尊い刹那が分かるかヘラルド?」


 「さぁ…なッ! ただ単にお前が幾ら有効打撃を与えても気持ち良さによがる変態なだけだろ」


 視界に映るは集中の果てから入り込む緩慢な時の中、装甲の破片が鋳鉄の鎧や私自身の身体で宙に跳ね返り、熱で溶けて消えて行く様は夏空の線香花火であった。 


 「そうだな…そうかも知れん! 戦技【炎雷・甲】」


 

 「全く清々しい戦闘狂だよお前は! 戦技【風化凄風】」


 憤怒の火を滾らせた大鉈に電撃が付与され余波で飛び散る雷が古城の壁を削り私の装甲を這い回る。 一方で封牢剣には圧縮され震える程の風と共に水を孕む。


 上段から私の身体を断ち切らんと炎雷を纏う大鉈が振り下ろされるが封牢剣は柄頭を起点にグウィンの喉元へ押し出す様に繰り出した突きがお互いの刀身の腹を滑り火花を散らす。


 

 行き場を失った炎雷と高圧の水を纏う風のエネルギーが混ざり合うのを拒絶し、急速に膨らんだエネルギー爆発に踏ん張りが効かず、思わず封牢剣の刀身を地面に突き刺して耐える。


 「生身じゃバラバラになってたな…クソッ。 視界が悪くてアイツが見えねェ」


 

 蒸発して辺りを白く霞める水分と爆発の余波でまう砂嵐が寸分先まで見通せない視界を作り出す。


 「センサーから場所を特定出来ん、厄介だな魔力は」


 高温と電流に当てられたセンサーが出鱈目を吐き出すので諦めて視界と勘をフル回転させ、体勢を深く落とし封牢剣を片手で背中に回し構える。



 宙に舞う水分を伝う散りつく電流に咄嗟に左手に魔力を流して魔方陣を放つ。


 「気分上がってるかァッ! ヘラルドォォ!!」


 「ッ!? 化け物かよオマエェッッ!!?」


 光の筋を道筋に残しながら飛び出てきたのは人間か私は一瞬疑わずにはいられなかった。


 ひしゃげた鋳鉄の鎧から夥しい出血を流しながら私の元に踏み込んで来たグウィンに思わず虚数的恐怖を抱き身体が強張る。


 「ま、魔術【ミディールの慟哭】!!」


 「小手先の技術など効くかァァあァ!」


 歪に溜まる様な暗い衝撃波で抑え込もうとするがグウィンの左手で上空に受け流されて上空の雲だけを掻き消すに留まり、大きく開いた黒焦げた装甲に手を添えられる。


 「し、しまっ!?――」


 「混濁する呪いに救済を。 魔法【狂騒鈍麻】」


 


 ■□■…。 ■■■□□。



 あぁ…空って。

 


 ……青いんだなぁ。


 



 ◆◇◆◇



 微睡みに似た幾重にも似たブレる視界が段々と戻り、息詰まった咳をしながら目に映る情報を酸欠の末期患者の様に生きる為に手繰り寄せる。


 「アイツ本気で手加減無くぶっ飛ばしやがって…まぁ…お相子様だからしゃーないか」


 目の前に映る煉瓦状の防壁に私が突き破ったであろう無残に開いた大穴から砂埃と共に防壁の一部が崩れ落ちてゆく。


 …正に今の私の――。


 

 アンタまさか少し腹パンされただけで心が折れたとか言わんよねぇ…?


 …笑止。 ここで息詰まりではならん。 我等悠久の地獄を逝く同志、童子の屍を幾度と踏み締めた罪人。


 今更十字架を下ろして何処を彷徨うと言うのだ。


 

 誰よりも自由に生きると決めたのでは? …諦めるのは自由だが此処まで進めた物語を破棄するとは、悲しきかな。


 


 「今は私だけの身体だと言うのに好き勝手言いやがって…まぁ事実であり、グウの音も出ないが」

 

 ひしゃげた装甲から流れるオイルや冷却液が床に積もる砂を黒く濡らし、掌に纏わり付いているを見て私に焦燥や恐怖は無く、少しばかりの安堵があった。



 「そうか…未だ生きていて良いのだな」


 

 掌付いたオイル混じりの砂汚れを床に擦り付けながら立ち上がると損傷を負った部品が立ち上がった事によって引き延ばされ私の黒い血と基幹部品を保護する装甲が落ち、ボタボタと床を汚す。


 「次の接敵が勝負の決め手になるな…」


 

 自らが開けてしまった古城の大穴から身を乗り出そうとするとグウィンが居るであろう場所から空を埋め尽くす程の火の矢が私目掛け放たれた。


 「老骨に鞭を打った報い…高く付くからな…魔術【ウォルニールの聖光】」

 

 

 深部装甲が崩れて剥き出しになったジェネレーターに手を当てて魔方陣を這わせ、封牢剣を突き刺す。



 「あァぁ…ヴゥウゥン゙ン゙ン゙ン゙ゥ゙ゥ゙ッッ!!」

 

 身体では無くもっと人間性の深い場所…魂を憎悪にかき混ぜられる苦痛に悶えながら胸から封牢剣を引き抜く。


 「…■□□■■?」


 その刃に有るのは薄汚れた赤い布を揺蕩わせ、刃を剥き出しにしたのは純粋な魔力の産物とは到底思えない…当て嵌まる全てを拒絶する底抜けた太陽の光に似た何かだった。


 

 「ハハハッ…大義を持つ憤怒を背負う者の相手はやっぱり厳しいなぁ…」


 

 空を覆い尽くす火の矢は古城の遺構を破壊しながら眼前に迫る。


 だが不思議とジェネレーターは唸り、緋色のエネルギーを撒き散らしながら流れる冷却液を蒸発させ、毒性の白煙が大穴から空へ昇っていく。


 「だがな…あの娘の為に生きたいと…やっと思えてきたんだッ!」


 

 地面を砕き大気を裂く速度で最短距離を駆ける。


 始まりは一宿一飯の恩義だった。 あれよあれよと言う間にあの娘の家に転がり込み雇って頂いた…最初こそ給料を貰い、気ままに散財すれば窶れた心を癒せると思っていた。


 だがあの娘の出生を、その背負う茨巻く十字架の重みを知ってしまった。 この苦痛と重みはあの娘が背負う物では無い物の筈だ。


 「…」



 悍ましい怒りの呪詛を吐き出しながら無数に振り注ぐ火の矢が身体中を裂き、無い筈の痛覚が悲鳴を上げる。


 「…私は誰にも負けない。 あの娘の最強、希望でいたいから」

  

 本音はカッコつけたいだけ…何て打ち明ければあの娘はきっと笑ってくれるだろうな。



 「来いよヘラルドォォ!! 俺とお前、最初で最後の生前葬だぁァ!!」

 

 「あぁッ!? 最高速度でぶった斬るぞグウィン!!」


 永久とも思えた地獄の火の矢の雨を抜けると周辺をマグマ溜りに変えてしまう程の熱を帯びたグウィンが仁王立ちで立ちはだかる。


 正面切手の戦いに持ち込みたい様だな。 aaa…面白えェッ! 



 「業火の一陣! 烈火の裁定!…時は残火に猛り爆ぜる、開帳せよ! 戦技【獄門・断裂斬】ッッッ!!!」


 

 高く掲げられた大鉈が膨大な熱エネルギーの極光を撒き散らし、大気を爆発的に膨張させながらプラズマ化した蒼炎が天に昇っていく。


 そして振り下ろされた大鉈から放たれたプラズマの極光と蒼炎の斬撃が空気と地面を焼き尽くしながら最高速度に到達した私に迫る。


 「緋色の心臓、蒼き外殻。 老いぼれと荒んだ子供は血と泥に塗れ三千世界に不名誉を叫ぶ…後に退路なし、嵐となり足掻こう。 戦技【鎌鼬】」


 ウォルニールの聖光を纏う封牢剣を左斜め下から右斜め上に斬り払い、光を混じらせた風の斬撃でグウィンの渾身の一撃を相殺するがそれでも防ぎ切れない刃にも似た高熱の余波を左腕を犠牲にして防ぎ、焼き切られた左腕をグウィンに向かって蹴り飛ばしてさらに加速する。



 「いい加減降参してくれんか!? 勝負の結果は目に見えているだろうッ!?」



 「良いことを教えてやろう。 地球には雲外蒼天と言う諺があるのだよ!」


 《メインジェネレーター損傷。 活動限界です》


 「10秒だけ持たせろ…」


 《ジェネレーター出力人為的オーバーロード開始。 10…9…》


 「戦技【老狼・山彦剣脚】」


 

 勢いを殺さずに地面に降り立ち駆ける。 銃弾を避ける程に老練した狼の様に左右に足を運びながら封牢剣を持ち直し、右横に構えながら肉薄し骨を斬らせる。



 《8…7…6》

 

 「何時の時代も英雄とは生き意地汚い物だな! 戦技【這い寄る火蛇】」


 迫る私に向かって切り払われた大鉈から這うように現れた火の蛇が大口を開ける。 避けなければ手痛いダメージを負うだろう…。


 だが既に痛みは超過した。 この程度、何だと言うのか。



 「色褪せた魂に愛と呪いは混じる。 即ち不変なり」


 「なッ!?」


 大口を開けた火蛇を突き破り抜け、自らが放った戦技で僅かに視界に捉えるのが遅れたのを見逃さずに私はグウィンの脇腹を鎧ごと封牢剣の切っ先で斬り飛ばす。


 「グァブぁッッ!!?」


 「痛かろう…降参を勧める」


 膝を突き溢れ出る血を片手で押さえながらも戦意の衰えない視線を向けるグウィンに切っ先を向ける。


 《5…4》


 「降参? …否、勝利は譲らんぞヘラルド」


 「だよな…次の一撃で終わらせよう。 恨みっこ無しだ」


 互いに得物を戦いを見届ける全ての生命に捧げる様に掲げる。


 死闘の淵で掴んだ封牢剣の真価。


 「停滞は腐敗、流動は破邪。 古き友は薪となり約束を待つ、風は新たなる灰を鐘の音にて繋ぎ止めた」


 其れは嵐、大樹を倒す自然其のものだった。 


 大敵を、嵐だけが大樹を打ち倒す。


 「戦火は未だに衰えず憤怒の賛美を待つ、落葉の道は無く、ただ太陽だけが見えていた。 憤怒とは絶望を焚べる王の名だった」


 あちら側は太陽だった。


 唯の太陽では無い、呪いを祓う絶対的な聖属性の域を超えて莫大な熱を抱えたエネルギーだ。


 溢れ出るエネルギーにより徐々に私の身体を構成する金属が蒸発していく。



 《3…2…1》


 振り下ろされたのはほぼ同時であった。


 「戦技【古き友の約束(ストームルーラー)】!!」

 「戦技【最初の罪(ファースト・シン)】!!!」


 


 《0。 メインシステム強制終了》




 ◆◇◆◇

 

 【プラター大陸サルヴァ王国諜報隊調査報告書】より抜粋。



 《神話の戦い、現実なり》


  如月の時期もそろそろに昼間は温かい頃合となりまし…いや、辞めよう。 俺ぇはおべっかの長ったらしい文章は嫌いだ。


 …知ってんだろサルヴァの親っさん。 お互いに良い歳だが言語の対話より肉体言語が性に合ってんのは…建国を成した後、去る俺を引き留めて闘技場の一介の職員にしてくれて数千年…おっと、この部分は2人だけの秘密だったな、添削しとくよ…。



 …で、だ。 本題に入ろうか。 俺ぇは見ちまったよ、正確には見惚れたよ。 まさか人の可能性が彼処までとは…グウィン・タワーズは俺と親っさんが手塩を掛けて憤怒の騎士に育て上げ、このプラター大陸で叶う奴はいないと信じて疑っていなかったんだ…が、今日其れが崩壊した。


 ヘラルド・RF(ルフ)・ガトウ…素性から経歴まで不明の自称元人間のロボットと言う種族を名乗るアイツ。

 

 闘技場でグウィンとの手合わせでやって来たんだが魔術や魔法…戦技さえも知らないド素人。


 しかも話す言葉節々に一人を相手にしているのでは無く複数人…恐らく予想よりも大人数と話してる感覚だ。 多分戦士としては余りにも危険領域…精神に問題を抱え過ぎてるぜアレは。


 緑花複合商社の社長の役職を若くして退いた狂気とも言える才能を持つ獣人の嬢ちゃんが従えってんだから驚きだな。


 目には目を歯には歯をとは言うが狂気に狂気をぶつけて何とも無いのが不思議だなコリャ…。


 話しは戻るがアイツはやべぇ…戦いが始まって直ぐに知らない筈のこの星の固有技術。 其れを息を吐く様に使い熟しやがった…戦いの中で成長するってレベルじゃねぇ…アレは、アレは始めから知ってやがったとしか思えねぇよ。


 

 見知らぬが確かに古臭さを感じる剣術を使いながら一流の魔法使いや魔術使いが命を賭けて使う技をごく自然に扱い出した。


 魔術や魔法を詳しく知らない素人だと言うのに…だ。


 しかも奴はグウィンとの手合わせを死闘まで昇華させちまった…アイツがあんなに嬉しそうなのは久しいよ。


 一進一退の末、ほぼ引き分けだったが…ヘラルドは勝っちまった。


 俺まで観客と一緒に血が沸き立って歓声を上げちまった…こんなにも感情を揺さぶる出来事は久し振りで楽しかった。


 …親っさんにも直で見せたかったよ…。 最後の大技勝負は神話の戦いを再現したみたいでよぉ…。 グウィンが先に倒れ、最後まで立っていたヘラルドが剣を再び掲げてから事切れちまった。



 そんで決着が付いた2人が闘技場に転移技術で帰還した気絶した2人を調べようと近付こうとしたら大人数の緑花の医療部隊が転移して2人を回収していきやがった。


 この闘技場は決闘者だけの転移を許す設計の筈なんだがな…恐らく高度な転移技術だなありゃ。


 高度な転移技術を扱えるのは数千人に一人だと言うのに緑花は一体何人…何千人の魔法使いや魔術使い、技術者を抱え込んでいるのやら…。


 大国の全てが放った諜報員の消息途絶は当たり前、過激な貴族を扇動しても次の週には離れの廃墟で内臓の全てを丁寧に床に並べられちまう始末だ。

 

 何なら俺の家のテーブルに切り落とされた耳が丁寧に並べられてやがった。


 プラター大陸の経済圏を掌握されている以上は尻尾振るしかねぇな。


 奴等は寛大な御心で小国を幾つも買い漁れる規模の支援をしてくれるが悪意には容赦無く、擬似的な経済封鎖を一商会が出来てしまう…全くあの娘もやりおるわ。


 …取り敢えず関係は現状維持に努める事を勧めるよ親っさん。

 

 




 ◇◆◇◆


 【スネイル閣下の社長室】

 


 「…で、貴方達はあんな事になったと」


 「うん、まぁ…そうだな」


 「うむ…」


 現在私とグウィン絶賛説教タイム中。


 どうやら闘技場での騒ぎを聞き付けた職員一同によって最後の大技勝負で瀕死になった私達は回収され、治療を施されたようだ。


 「私は常々その他職員の模範となるよう貴方達に再三伝えていますよね――」


 お陰様でぶっ飛んだ左腕が切断される以前よりも調子が良い。


 何なら身体中の調子が良い…多分怪我の功名? っつう奴だなガハハッ。


 「ヘラルド? 貴方ちゃんと話を聞いてましたか?」


 「ん…? あぁ! 聞いてたぞ。 闘技場が大盛り上がりだったんだってなぁ! ハハハッ」


 身体の修理中に末端の技術職員から聞いた話だと私とグウィンのせいで闘技場は勿論、その周辺はお祭り騒ぎとなった様だ。 しかもこのお祭り騒ぎに火が付いた剣闘士の集まりが急遽国から許可を貰い、臨時の闘技大会を行う程の騒ぎになったとか…。


 「全ッ全然聞いていないじゃないですかッッ!!」


 執務室が揺れる程の怒鳴り声をスネイルが上げ、失いかけた理性を取り戻す様に乱れた髪を櫛で直しながらズレた眼鏡を弄り、頭を抱える。


 「今回の貴方達二人の治療費や鎧と装甲、部品諸々で白金貨三千枚。 金貨! 金貨三万枚分の費用が掛かったんですよ!!?」


 「「それはスマン」」


 思わずグウィンと声が重なる。


 …ちょ~と、はっちゃけ過ぎたかな? まぁ楽しかったからノ〜プロブレム。


 あんなに身体が動かせるとは私自身思わなんだ。


 「別に給料から差し引いても良いのだぞ?」


 「そうですよ社長。 何ならボーナスからでも…」


 ウンウン…グウィンもそう思うか、何て考えていた私達を見て再びスネイルが頭を抱える。


 「そういう問題じゃ…。 ハァァァ…もう良いです。 コンフェドール様が心配せぬよう火消しはしましたが次は始末書を書いて貰いますから覚悟、しといて下さい。 …ではもう行きなさい」


 

 眼鏡を取り、疲労の煮詰まった目を揉みながら山積みの書類と睨めっこし始めたので頭を下げて執務室から退出する。


 「「もっと怒られるかと思ったな…」」


 掃除したての廊下から漂う濡れた匂いが火照った頭を冷やし、心中のざわめきが腹の底に落ちて消えて行く。


 「緑花の中で私に敵う者等いないと思っていたんだがな…完敗だよヘラルド」


 「いや〜…アレは引き分けじゃねぇかな」


 「そうか? お前がそう感じたならそうなんだろうな」


 頭が冷えたのは私だけでは無い様で修復された全身鎧に巻き付けてある腰のポーチから煙草を取り出してたが直ぐに仕舞い込んでしまっていた。


 何と無くお互い心此処にあらずな感覚のままに踵を進め、廊下やロビー、ガレージに倉庫…当ても無く歩き続け、何だか浮ついた足裏が痒い。


 「なぁヘラルド」


 「…何だ?」


 「私…いや、俺は今まで敗北と言う敗北は片手で数えられる位なんだ」


 「おぉそりゃ凄いな。 私なんか人生の大半の敗北を語る為に本を執筆出来る程度には敗北しているぞ?」


 ドイツ程では無いが敗北続きの人生を語るには相当分厚い本が出来る自信がある。


 …て言うかグウィンの奴、相当手合わせの結果に色々と思う所があるらしいな。


 手合わせの前こそ戦いたくないな…等と考えていたが結局の所楽しかったし、別に引き分けで良いのになぁ…。


 

「んだよ、落ち込んでんのかグウィン?」


 「あぁ違う違う。

父と母を少し思い出してな…」


 外の廃材置き場に出て暫く彷徨き、お互いに手頃の廃材を寄せて座る。


 人の気配は無いが昼下がりの肌寒く穏やかな静けさが心地良い。


 「お前の父君と母君か」


 「とても強い戦士と聞いている。 俺なんかよりもな」


 「お前より強いってそれ本当に人間か?」


 お前より強いとかどんな戦闘民族だよ。 私なんか瞬殺されるわ。


 「失敬な純血の人間種だよ。 ハーフじゃない」


 「へぇ…会ってみてぇな」


 「もう会えんよ…」


 少し俯いたグウィンは腰のポーチから再び煙草を取り出して火を点け、兜の下顎の金具を下げてから煙草を咥え、紫煙をゆっくりと長く燻らせる。


 「…ふぅ。 両親とまだ幼かった俺が住んでいたのはロンドールの首都から比較的近い炭鉱街だった…両親は守衛隊の隊長・副隊長の役職に就いていた。 元は剣術の高みを目指す者同士、それはもう腕が立ったそうだ」


 「…」


 「然しある日を堺に境に不審死が起きるようになった。 身体が黒い膿に覆われる者、身体や臓器が異常に増殖して死んだ者。 …今思えばこの時に皆、街を放棄するべきだったんだ。 そしてある日突然、廃坑から化け物共が溢れ出した」


 「深淵、か」


 「そうだ。 俺があの化け物が呪縛者やデーモンと呼ばれていると知ったのは随分先の話だった…、両親を含む守衛隊は溢れ出る呪縛者やデーモンの侵攻を遅らせるので精一杯だった。 住民はデーモンや呪縛者によって惨たらしく殺されると新たな呪縛者と成り、未だ生のある者を襲った。 守衛隊は1人また1人と深淵に堕ちていき、最後には俺の目の前で溶鉄の身体を持つデーモンに破れ、呪縛者にその身を貪り食われた。 泣く暇も無かった…ひたすら逃げた。 靴が脱げ、足裏が血だらけになっても逃げ続けた…朝昼晩、今が何日か分からなくなる位な」



 「そうだったのか…成る程、な」


 悲惨。 それも飛び切りの…コンフェドールの奴以外にも被害者はいて当然か、こんな広い大陸なのだから高齢の者や文献を調べればもっとこう言う話は出てくるんだろうな。


 「その後は…どうしたんだ」


 「…そうだな」


 グウィンは最後の一息を払い、吸い殻を踏み潰し、新たな煙草に火を点ける。


 「逃げ続けた俺が辿り着いたのは今いるサルヴァ王国…今より未だ発展途上だったがな。 城門の前で体力の限界を超えていた俺は衛兵に事の顛末を伝え、数日間意識を失っていた…次に目が覚めて直ぐに国王の御前に通されて詳しい話を聞かれた。 そして直ぐに後の世に大国と成る国によるロンドールの封印戦争が始まった…」


 「それって…お前」


 「まぁ待て。 俺は深淵の最初の生き残りとして国王の騎士の一人として戦った。 正に死に物狂いに…多くの犠牲の果て、ロンドールを水底に封印する事が出来たって訳だ。 その後はまぁ…何やかんやあってコンフェドール様の下で働かせて貰ってるよ。 騎士より此方で傭兵稼業をしてる方が羽振りも良いし、何より呪縛者とデーモンをブチ殺せるからな」


 

 …明らかに数百年単位の語りじゃない。 少なく見積もっても数千年、数万年の話だ。


 …お前は人間か?


 「年、幾つだよ…お前。 何が目的で此処に」


 「…フゥゥゥ。 別に悪い事は考えていない、唯の似た境遇故の同情心かも知れん」


 二本目を一息で吸い切り、噴煙の様な紫煙を吐き出して踏み潰した吸い殻を広い上げてから暫く見つめてから二本目の吸い殻と一緒に手の平で燃やし尽くした。


 僅かな灰が風に攫われて消えて行く。


 

 「ヘラルド。 あの娘はな、希望なんだ」


 「希望…」


 「人類史で初めての獣人の聖女。 たくさん血が流れたさ…まぁ変革にはそれ相応の血が流れて然るべきだが」


 

 「コンフェが聖女である事と希望、何の関係があるんだ?」


 そう聞くとグウィンは立ち上がり、空を見上げて空に指を指す。


 私も釣られて空を見上げるとそこには呆れる程綺麗な青空が広がっている。


 「昔から有る、在り来りな民謡のお伽噺だ。 …緋色の心臓を持ち、蒼き衣纏う者、何れ彼方の星から参らん…そして嵐の王と成り、呪い赦す獣…伴侶なりて黒霧(深淵)を祓わん。 …コレは俺の叔父よりも昔から有るお伽噺だったんだ」 


 空へとグウィンの指先から舞う火の粉が昇り、二人の人間と成り幻と消える。


 「そのお伽噺の獣がコンフェの奴だって言いたいのか?」


 「そうだ」


 「しかし、お伽噺はお伽噺…だろ?」


 やんわりと否定するとグウィンは腕を下ろして此方に身体を向け、兜越しからも分かる真っ直ぐな視線が私の視覚に刺さる。


 「我々人類はもう、ソレに縋るしかないのだよ。 例え若い者の意思が蔑ろになるとしても、幾度の深淵の氾濫を経て…その度に滅びに向かっている星の、この現実に」


 諦めと自責、一つまみの弱い者への侮蔑が入り混じった溜息が兜から漏れ出していた。


 強き者でさえどうしようも無く無力で、縋るしか無い…最早根本的に壊れているのかも知れない。 そうでなければ若者が犠牲になる世界を彼の様な絶対的強者が暗に肯定しないだろう。


 「希望か、私から見ればアイツは…身長が馬鹿に高くて身の丈に合わない才能に縛られた…唯の若者だよ。 それに君だって私から見れば唯の人…機械の私よりも立派な人間さ」

 

 「ヘラルド。 …お前は、優しいんだな」


 「別に私は優しく無いさ。 大人に成り切れなかった碌でも無い私は君の意見の全てを肯定は出来ない、が複雑に縛られた者の気持ちは分かっているつもりなんだ」

 

 廃材の山に風が吹き込み、流れていく錆と機械油の匂いに嗅覚センサーが反応する。


 「私はあの娘の為にせめてもの救いが有る終わりに向かう為の物語を探す。 全ての呪いの根源が封印された都市か、はたまた星由来の物かは未だ分からんが」


 そもそも、だ。 呪い自体が星自体の意思ならばこの星で産まれた者は抗えないかも知れない、私にも出来る事には限りは有るのでコンフェの願いを叶い切れない可能性もある。



 「終わりに向かう為の物語か、確かにその選択肢はあるかもな…」

 

 「まぁな。 だけど人として僅かな希望を諦めて仕舞うのは勿体無いぞグウィン?」


 立ち上がりながらそう言いってグウィンの肩を叩き、背を向けて寂しい手を紛らわす為に廃材を捏ねくり回す。



 …少し言葉を選ぶべきだったかな、何だか恥ずかしい。


 「済まんなヘラルド。 変な話に付き合わせて」


 「気にすんな。 私達はもう友達(戦友)だろ?」


 「それもそうだな。 所謂お互い様って奴か」


 「せやせや」


 振り返り、目を見る限り…ちょっとは荷が降りたのかな? 本当の年齢は結局の所教えてくれなかったけど。


 「そういやグウィン。 明日の予定は空いてるか?」


 「明日も休暇だから空いてるが」


 なら丁度良い。 地球流のコミュニケーション術を披露してやろうじゃないか。



 「私は沢山の肉を調理しとくからグウィンは沢山のお酒と人を呼んどいてくれ! 演習場近くで集合な!」



 「お、おい! いったい何が始まるってんだ!?」


 

 どんなスパイスや肉を買うか考え、浮き足立つ脚を抑せず駆け出そうとすると困惑したグウィンの声が聞こえたので上半身を捩り、顔を少し向ける。


 「何ってお前…バーベキューに決まってんだろ? さぁ忙しくなるぞ~ウハハハッ!!」

 

 「あ! ちょ、おい!」


 

 よッッシャァ!! aaa…何を買おうかなぁ!? 牛肩肉は外せんよな、後は地球には居なかった魔物の肉も調理してみてぇ…噂によると一癖も二癖も有るなんて絶対に面白美味いだろ!


 

 確か緑花の直営店なら私にも社員割引が適用されるし、あ…そうだ。 薪とかソーセージとかも買うか…あ〜後々セレンディとジャイトには何かお菓子でもうんと買ってやろう。


 

 



 


 ◆◇◆◇



 

 【ラルカナル演習場・宿営地】


 食材から薪、道具を揃え終えた頃には昇っていた太陽は既に落ち、夜の帳が降り始めていた。


 

 だが幸いにもバーベキューの仕込みには丁度良い静けさが演習場の一角を満たしていて巨大なオフセット・スモーカーがより一層存在感を主張している。


 バーベキューとは神聖な儀式の様な物で、使う薪から味付け、そして完成までに厳格な拘りを皆持っているのだとか。


 私の中の一人は勝手につまみ食いをしようとして親父さんにぶん殴られたりビール瓶でぶっ飛ばされたらしいので相当なルールがある様だ。


 主人格である私は中央部スタイルしか知らないのでアレだが肉に岩塩や胡椒などのスパイスを刷り込み、全ての準備が終わるまでに数時間も掛かってしまった。 此処から数十時間の調理を経て提供するのだから凄いもんだ。


 

 薪に火を焚べて出た煙と熱が燃焼室から長い調理室を通り、炙られた肉はゆっくりと硬い繊維が解れて旨味を余す事無く閉じ込める。

 

 コレが美味く無い筈がない。



 「フフフ…きっと皆喜ぶだろうなぁ。 お菓子も沢山買ったし後はお酒があれば完璧だ」


 人工的に作られた夜空では無く本物の夜空は小さな煌めきが明滅とし、幻想的だ。


 叶う事なら両親にも見せたかったな…。

 

 

 《システムより報告。特定の魔力反応増大》



 肉がゆっくりと蒸し焼きになる音を聞きつつ火の番をしていると見知った気配が二つ、後方から魔力を伴って現れる。



 「ヤッホ〜ヘラルド。 もう準備中なん?」


 「ふぁぁぁ…疲れたニャァ゙ァ゙ァ゙…」


 「カーミラにコンフェじゃないか…夜更かしは明日に響くぞ?」


 振り返ると其処に居たのはまだまだ元気そうなカーミラと大きな隈に疲労によって眠そうな眼をしたコンフェの姿があった。


 

 こんな真夜中に女子二人で出歩くとは関心せんな。


 「流石に四徹目だから寝るニャよ。 流石にこれ以上は死ぬ」


 

 「ヘラルドあそこマジやばい。 数百人が真夜中から朝方まで仕事して昼から夜まで仕事してるんよ」


 「は? 何その新手の拷問」


 商品開発部門ヤバすぎやろ…だからコンフェの奴栄養剤臭いのか。


 「そこまでして何を作ってるん?」


 「電化製品の回路を魔術で再現して量産する体制を整えてる所らしいよ。 因みにアタシは魔術回路の最終検査を、ベルベルは回路を流れる魔力量の最適化と設計修正をこなしてるって感じ」


 「大体約数千種にゃね。 カーミラちゃんのお陰で奇跡的に短期間で仕上げる事が出来たよ」


 「成る程…ん?」


 数千種類ある電化製品を短期間で? …また無理したのか。 恐らく四徹目も嘘だろうな。



 「あんまり無理すんなよコンフェ」


 「…分かってるにゃ。 引き際は把握してるつもり」


 私とコンフェ、お互い暗がりで光る瞳を持つ者同士であるが故に気持ちが瞳越しに伝わる。


 「…そういやぁカーミラ、コンフェ」

 

 「「どったの?」」


 後ろから現れた時から気になっていたんだよな。

 

 「お前ら何かめちゃくちゃ仲良くなってね?」


 「そう? 割と最初からずっ友って感じだったよ。 ね、ベルベル〜?」

 

 「うにゃ。 お互い機械弄り好き、仲良くならない訳ないにゃ〜」


 そう言いながら乳繰り合う二人。


 そういやそうだったな…お互い個人で兵器製造出来るレベルの技術者だったわ。

 

 「そりゃ良かった。 仲良し一番って言うしなぁ」


 「そりゃそうにゃ。 仲良くしてた方が自分の知らない技術を知れる可能性が高くなるし」


 「そうそう、技術交流を円滑にするにはお互いを深く知る事もマジでぎゃん大事よ」


 「ハハハッ、お前達がそう言うならそう何だろうな」


 

 う〜んこの頭まで機械弄りに支配されよってからに…まぁ、全身機械の私が言えることじゃないけども。


 「話も早々に部屋に戻って寝たらどうだ? 明日はバーベキュー。 皆が飲み食いしてる楽しい時間を寝過ごしちまうぞ」


 

 万が一寝過ごしても二人の分はちゃんと残しとくけどね。


 「えぇ~大丈夫っしょ」


 「問題ニャイでしょ? だって…」


 二人は私の問いに顔を見合わせ、はぐらかす様に眠たげにのほほんとしながら私にすり寄って来る。


  「「ヘラルドが起こしてくれるでしょ?」」


 「aaa…俺頼みかよッ!」


 いきなりすり寄って来たから何かと思ったらそうゆう魂胆かいな。


 「構わんが…俺の手は血塗れてるぞ? 良いのか?」


 誰かの為に鴉となった者、そんな高潔な人間に殺戮人形である私が非常時では無いのに安易に触れて良いのだろうか…。


 等とそう考えているとカーミラの触腕がペタリと私の頭を這う。


 「ネガティブ過ぎん? ヘラルドは考え過ぎなんよ。 人間誰しも誰かを傷付けてしまう生き物なんよ」


 「贖罪の道すがらにある愛や戯れ、それもまた十字架の思し召しニャ」


 「ハハ…そうだと良いな…」



 燃焼室からチラつく炎がコンフェとカーミラの心配そうな顔を照らし、薪の爆ぜる音が静かな夜空に消える。



 「やっぱり夜更かしは暗い感情が表面化していかんな…よっこらしょっと」


 「ちょわ!?」


 「ブニャァ!?」


 感情を振り払うように私は身体の大きさを戻してコンフェとカーミラの二人を掴み、膝の上に座らせる。


 

 「アンタ女性の扱いは慎重になさいよ。 あ、火の近くにずっといたからホカホカになっててウケるんですけど」


 「あ〜ぬくぬくでい、意識がヤバいニャ――」


 比較的自身の身体の状態を把握しながら働いていたカーミラは私の突拍子の無い行動に文句を言う体力がある様だ。 しかし強がって無理し過ぎたコンフェは文句を言う前に温かくなっていた私の身体に頭を擦り付け、尻尾を絡ませながら一瞬で意識を手放してしまった。


 「「瞬で寝おった!?」」


  

 頼みから無理すんなよ、お前が居なきゃ私は…。


 「はぁ全く此奴は…カーミラ、何か飲むか?」


 「何があるん?」


 「ココアと珈琲があるぞ」


 追加装甲の隙間に手を入れて弄り、インスタントのココアと珈琲の袋を引っ張り出す。


 非番の際に発掘品の保管庫に放置されていた物を詰め込んでいたのが功を制したな。


 「珈琲にしよっかな。 まだアンタとお喋りしたいし…」


 「私とか? 話下手だから面白い話は出来んぞ?」


 カーミラが喜びそうな話題を考え、思考を巡らせながらココアを仕舞って薬缶と金属製のコップを取り出す。


 薬缶もコップも使い込まれて表面が剥げてはいるが大切にされていたのだろう、保管庫に有ったそれをどうも私は捨てる事が出来なかった。


 前の所有者には悪いが大切に使うので許して欲しい。


 「別に面白い話じゃなくてアンタの事が知りたいだけ」


 「私の、か」


 魔術で水を生み出して薬缶を満たし、熱くなっている燃焼室の上部に置く。 


 私の身の上話かぁ…群であり、個でもある私の記憶は最早途方も無い年月を戦場で擦り減らしているが為に酷く擦り切れている。


 何を話したら良い物かな。


 「私は昔、何処にでもいる様な宇宙戦闘艦の乗組員だった。 最初こそ私は軍学校で陸兵に成れる様に努力していたんだがね…教官の勧めで水兵として経験を積む事になった。 だが私が成熟する前に戦局は歯止めが効かなくなり、戦火は銀河中に広まって…もう誰もが戦い続ける理由も分からない地獄が続いた」


 「アンタ本当に軍人だったんだ…」


 何かを感じ取った様でカーミラは此方を見上げていた視線を薬缶の方に移し、私に這わせていた触手を引っ込めて身体を深く預けて来る。


 「まぁな…話を戻すぞ? 長い長い地獄の戦争は終わりは見えず、ある日基地に帰還する為に航行していた私の所属艦は運悪く敵艦と鉢合わせしてしまった。 今思えば待ち伏せされていたのだろう…そっからは乗組員全員が決死の覚悟で戦った。 被弾して破片と火災が渦巻く血溜まりの艦内を走り回り、皆持ち場でその役目を全うした…艦外に放り出され帰らぬ者、火災に悶え死ぬ者、被弾した際に飛び散った破片によって挽き肉になる者も居た。 確かな地獄がそこにはあった。 …何とか基地に帰還した時には動ける乗組員は半分以下、私も満身創痍で集中治療を要した」 


 「だからその身体に?」


 「いや…もう少し先だ。 はい、火傷に気をつけて」


 沸騰し、蒸気の鳴き声を上げる薬缶を燃焼室から引き上げてコップに珈琲の粉を入れてからゆっくりとお湯を注ぎ込み琥珀色の蜂蜜を回し入れる。 


 伸びて来た触手が掴み易い様にコップの持ち手を向けて渡す。


 「で、だ。 基地で治療を受けていた私は暫くの間、戦場を離れられると思っていた…然し其れは私の傲りだった。 私達の帰還が原因で基地の位置が曝露してしまい敵の生物兵器が基地に撃ち込まれ、恐らく私は…私以外は…死に絶えてしまった。 最悪なのは私のいた場所が治療施設の最深部で、尚且つ空気の流入口が別であったが為に孤立してしまった事だ。 そこから終わりの見えない孤独に私は精神を擦り減らし、致死量の鎮痛剤を手に取ってしまった。 現実から目を背け、逃げたんだ私は…」


 「その罰だろう。 気が付けば私はこの忌々しく呪われた身体を操り、再び戦場に身を埋める羽目になった」


 逃げ出す者は何も得ず、罰だけを背負わされるのは当然の報いだろう。


 「自分の身体…今も嫌い?」


 「う〜む。 どうだろうな」


 燃焼室からチラチラと漏れる光がカーミラの横顔を照らす。 コップに口を付け視線は此方に向かず、然し何処か不安気な雰囲気を瞳に映し出していた。


 「案外悪く無いと今は思っている。 人間は生きていれば大抵の事には適応出来てしまう物でな、同じ様な境遇の仲間がいたから居場所はあった」


 死ぬ事の定義を失った呪い、死を見失った輪廻の呪いに縛られた兵器群。 其れが我々だったな。



 「アンタみたいのが沢山いたわけ?」


 「当然。 量産機である私達は死んだ人の数だけいるのさ…幾ら死んでも泣いても笑っても、戦場で戦い続けた。 地獄の先には地獄があったんだよ。 そして記憶が擦り減る程の歳月が経過し、やっと…やっと戦争は終わったんだ。 コレで漸く我々は報われると思っていたんだがな…現実は非情でな、政府は人の心を移植した人型兵器を黒歴史として闇に葬ろうとした」



 きっと今も戦友達の亡骸は宇宙や名も無い惑星で朽ちながらも彷徨っている。


 「赦せる訳が無かった…死を奪った上に故郷で眠る事さえも奪おうとした彼等を。 戦後処理の混乱に乗じて武装した生き残りとなった我々は故郷の地で人権を取り戻す戦いに挑んだ…修理中で意識をシャットダウンしてた私を除いてな」


 「アンタだけ…?」


 「aaa…俺はドベだったからさ、泥沼の市街地戦を繰り広げられている最中に子供を拾ったんだ。 銃弾が飛び交う中だと言うのに泣き枯れた砂まみれの顔で彷徨う姿に何だか居た堪れなくなってな…数日間掛けて仲間の居そうな野営地に戻る事を私は独断したんだ、プロトコル違反を承知の上でな」


 私達ハービンジャーの役割は主力部隊の先駆けと成って道を指し示す事にある。 来た道を戻る事があってはならない…これを破ると最悪廃棄処分であり、良くて人格データの書き換えが実行される。


 「無人機が来たら隠れ、夜が来れば廃墟や遺体から拝借した食料を与えてあやしながら子供を寝かせた。 腹を満たして寝る子供を見て私は始めて軍規に背いて良かった何て思っちまったよ…野営地に着くまでは。 数日間の後退の末に私は野営地に到着し…人間の兵隊に後は任せるだけだった筈だったんだがなァ…aaaあの娘は、、あの娘はァぁ私に縋りながら泣き汚れた頬に新しい泣き汚れを作りながら泣いて謝ったんだ。 一瞬の間理解出来なかった…胸に埋め込まれた爆弾を見るまでな」



 人伝にしか聞いた事の無い良くある在り来りな事象、人間爆弾。 私と言う人格が遭遇するのは最初で最後であって欲しい物だ。


 手の平を血が溢れ出る程に爪を食い込ませ、泣いて謝ってきたあの娘を私は一生忘れる事は無いだろう。 …忘れてなるものか。


 「私を中心とした爆発による死傷者38名。 独断専行による代償はデカかった…兵器として人的権利を要さない私は修理の後に人格データの消去が予定されていたが運悪く終戦し、その混乱で修理が遅れた事で私だけが歴史の終わりから取り残された。 修理が終わった頃には既に首都は燃え、最後には戦友達ごと衛星砲で焼き払われてしまって…私は事実上最後の人格データを保有する人型兵器で有り、そして最後の人型兵器となってしまった副産物として人格データの復元の為に保存されていた戦友達の人格の全てを抱える存在となってしまった」



 どんな時も混濁する人格だが表面化する人格はある程度人数が絞られる。 然しそれらを除外しても保有する人格は述べ数万人…我ながら良く狂わない物だ。 或いは既に狂っているか。


 「最後には焼けた母星で再編された政府によって再編された評議会の決定によって私は銀河外へ追放と成り今に至る…と言う訳だ」



 少々話疲れた…カーミラの持つコップも丁度空になった様だし切りが良さそうだ。


 「有難うヘラルド。 …美味しかったよ珈琲」


 「済まんなカーミラ。 面白い話出来なくて」


 差し出されたコップを受け取り、魔術で綺麗にしてから懐に仕舞う。


 夜は一層更け、火の光で背中に深く貼り付いて揺れる。


 「ううん大丈夫。 寧ろ何で話してくれたの?」


 申し訳無さそうに此方を見上げて覗いて来るがな…別に大それた理由は無いのだよ。


 「aaa…え? いや、聞かれたからには何処まで話したもんかなって…だから取り敢えず覚えてる事全部話しちゃった」


 「はい? そんなノリで誰もが竦んで話したがらない、陽だまりの端っこの影の話をアタシに話してくれたワケ?」


 「おん」


 「えぇ…」


 まあまあそんな顔しないで下さいよォ…。 人間何てそんなモンですよ、aaa…別に本当の苦しみなんて理解して貰わなくても良い。


 きっと其れは迷惑だろうし苦痛を伴うのは目に見えているだろうから。



 「アンタってさ、嘘が下手っぴだよね」


 「そうか? まだ何も嘘付いてないぜ」


 不味い、顔に出てたかな…まあ顔なんて無い様なもんだけど。


 「嘘ばっかり…分かるわよ、この星に今の所アタシ達二人だけだよ宇宙人は? 孤独感を感じてアタシだけが強がって生きてるわけじゃないなんて、、アンタほど修羅場を潜り抜けて無いけど分かるンだわ…」


 首元に伸びた触手が首飾りに触れて絡まりながら空の星を指す。


 俯いた顔からは表情は伺えず、雲に隠れた月が齎した宵闇が彼女の真意を読めなくしてしまう。


 「六千兆光年先、ガヴィア銀河系第5惑星。 そこがお父さんとお母さんの故郷…年中雪が降るせいで星なんて誰も見た事の無い世界だったんだって」


 再び見上げた空には揺れて明滅する星々が映る。 きっと肌寒いのだろうな…。


 「だから人々は星の見える場所を目指して旅立った。 何十年…或いは何百年、沢山の惑星入植船が犠牲になって漸く、この星を見つけた。 最初の頃は星々の煌めきと暖かな気候を胸一杯に謳歌し、文明を急速に発達させていたんだけどある日、科学者達は見つけてしまった…都市ロンドールの地下深くに眠る万物の終わり、その神秘を」


 「不老不死に憧れた人々は神秘を盲目的に研究し、其れを物にしようとした…だけど得る事が出来たのは果てし無い争い。 新たな故郷は雪では無く死体が振り積もる星になり、その代償は愚かな人間達によって歪に歪められた神秘によって滅び去る事だった。 …アタシを除いて」


 「まだ独りぼっちと決まった訳じゃないだろ? 現にお前と言う例外がいるんだし」


 奇跡や偶然かどうかは兎も角として父の愛と高度な星外文明がカーミラを生かしたならば可能性は十分にある筈だ。


 再利用可能な兵器群がその証明になるだろうしな。


 「お父さんとお母さんの居ない世界なんて…独りぼっちと何も変わらない」


 「カーミラ…」


 深い孤独は猛毒とは言うが自分が抱えている孤独よりも茨が食い込むような深い孤独は私でも堪え難い。


 「でもアタシは立ち止まるつもりは無いわ。 アタシ達が遺した負債が呪いに縛られている以上、大人達が背負わなければならない十字架は最後の債務者であるアタシが黒く焼き尽くすべきだし。 歴史の負債が子供の足を引っ張る等あってはならないのだからね…」


 

 コンフェとカーミラを落とさぬ様に気を付けつつ燃焼室の扉を空けて薪を放り込む一瞬、火の光が大きくなりカーミラの表情を映し出した。


 諦め…とは違う、逃れられない運命に窒息しかかってるのを自覚して変に冷静になってる表情だろうか。


 「なぁカーミラ…」


 「…何?」


 思い詰めるカーミラを潰さない様に優しく手で包み、貼り付いている触手ごと胸に寄せて振り向かせる。


 

 特に嫌がられる事も無く静かに薪の燃える音と光がその事実を夜空に伝え、胸元でお互いの部品が擦れて少しこそばゆい。



 「私が言えた事では無いがな…カーミラ、余り自分を責めるな。 その罪はお前を縛る為に有る訳じゃない」


 「で、でも」


 「でも。 じゃないよ」


 髪を指で掻き分けて目線を確りと合わせる。


 揺れる瞳に感じる形容し難い感情、其れは誰もが持ち得る母性…若しくは父性なのかもしれない。


 兎も角、私は其れを彼女に…十字架を背負わたくない。 だってそれはどうしようも無い大人、人で無しが飲み干さなければいけない物だから。


 「呪いは私達大人が墓場に持って行くと相場が決まっている。 お前は唯一人の私の同胞…死んで欲しくない、君が居ないと私は本当に独りぼっちになっちゃうからさ」


 「…。 ヘラルド」


 「何だ?」


 「アンタは嘘付いてでも何もかも背負い込んで苦しくないの? それに…大人達が憎くないワケ?」


 

 憎くないと言うと嘘になるが…まぁ誰かが復讐の舞台を整えてくれるのであればするだろうな。


 それが戦友達への手向けになるのなら。


 「憎いよ…でもね、復讐よりも大事な事が出来ちまった」


 「復讐よりも大事な事…」


 理由は沢山あれど一番は…。


 「コンフェとカーミラ、二人の傍に居る事だ。 人工管理では無い素晴らしい自然の数々に貴き覚悟を持つ者達、思わず復讐を隅に置き愛さずにはいられない」



 まさか地獄の果ての更にその先にこんなにも美しくて貴い笑顔を見せてくれる人に出会うとは思わなかった。


 「一目惚れとは一時の気の迷い何て言う人もいるが、これが所謂運命の相手と言う奴なんだろうな。 コンフェの事が好きで堪らないし、カーミラの事も愛おしくて堪らない」


 右膝で眠りこけるコンフェの長髪を撫でる。 寝顔は宝石の様で…本当に愛おしい。


 「aaaハハハッ…私は見たいんだ。 人の可能性って奴を」


 「フフッ…アンタまさか他の人にもそんな謳い文句言ってんじゃないでしょうね」


 「まさか。 そんな事したら君とコンフェに頭をレンチでぶん殴られるのは分かり切ってるからな」


 「ついでにジェネレーターの部品をぶっこ抜くから覚悟しときなさいよ?」


 「お〜怖い。 肝に銘じとくさかい、堪忍してや」


 

 カーミラの思い詰めた表情が和らぎ何時もの凛とした表情を見せてくれる。


 …憂いた表情を綺麗だがやっぱカーミラは明るい表情が一番だな。


 「…流石に明日に響くから寝たらどうだ?」


 「ねぇヘラルド…」


 「ん?」


 

 抱き締めていたカーミラが手の平から抜け出し、装甲をよじ登り眼前に迫る。


 「急に居なくなったり…しないよね?」


 「安心しろ。 まだ死ぬつもりは無いからさ、約束するよ」



 寄せられた額に自らの薄っぺらい頭部パーツを合わせて約束を交わす。



 守れやしないと言うのに…。


 私と言う人間は結局の所、何かを失う事を恐れて心に自ら鍵を掛ける事しか出来なかった。



 安堵し、深い眠りに落ちて行く二人を私は目覚めるまで抱き締め続けた。 何時か来るかもしれない別れに恐怖して…無い筈の歯を目一杯噛み締めて。



 二人が目覚めるまで、口の中は鉄の味が滞留し続けていた…そんな気がするのだ。






 ◇◆◇◆






 夜が明けて太陽が頂上に近づきつつあるこの時間、天気は快晴で良い風がそよぐ最高のコンディション。


 私とグウィンが焚き付けた酒盛り好きな奴等や慰安を目的にリーダーのマレー殿とグダング殿を筆頭とした技術者達も呼んでいたので親子連れの皆様も沢山集まり、机と椅子が足りなくなったので困っていると参加者達がテキパキと魔術や魔法で作り上げて頂いてしまい、何だか申し訳無いと思いつつ着々と準備が終わっていく。



 活気は上々…こっから挽回させて貰おうか。


 

 「オマエラァぁァッッ!! 肉が食いたいかァァァッッッ!!!!」



 「「「ウォォォオォォ!!!」」」


 「旨い酒がぁ…飲みたいかァァァッッ!!!」


 

 「「「飲みてぇぇェェェッッ!!!!」」」



 「お酒じゃぁ!」


 「儂らが飲み尽くしてやるわい!!」


 「蒸留酒! 醸造酒! 混成酒ゥ!!」


 「やれやれ…ドワーフはコレだからいけない」


 「もっと上品に喜べないのですかな?」


 「んぅん〜…ワインにはチーズ、チーズもありますかな?」


 「ウヒヒィ…今日は飲める、飲めるぞォ!」


 「うるせぇェッ! 儂はもう辛抱堪らんのじゃぁ!」



 男性陣の熱狂的な喜び様…奥様方から普段はキツく言われてんだろうなぁ…。


 大騒ぎの男性陣とは対照的に会場の後方を陣取る奥様方の集団からは呆れと愚痴話に花が咲いていらっしゃる。


 クワバラクワバラ…。


 「ちびっ子達よ! お菓子を腹一杯食べたいかぁァァッッ!!」


 「「「うわァァァッ!!」」」


 「甘いのも塩っぱいのも食べたいかぁァァァッッッ!!!」


 「「「ウォォォオオォォッッ!!!!」」」


 

 雄叫びとも奇声とも言える歓声と共に大量のお菓子に群がって行く子供に素早くジュースを分け与えてながら大人達には大きな金属プレートに数十時間じっくり調理した肉や野菜、コーングリッツを沢山載せて渡して行く。



 恐らくコレが私の人生において史上初であり、最高の忙しさとやり甲斐が両立した日になるだろう。


 仲間達と共に宇宙艦隊に殴り込みに行った時のほうが緩かった気がするぞ。



 

 「コンフェ! カーミラ! どうだ料理の味は?」


 「乙ゥ〜。 肉がめちゃんこホロホロでマジで美味。 そして何よりワインが美味い!」


 「エヘヘぇ…肉汁を吸わせたコーングリッツがコレまた美味いんニャよねぇ~」


 

 肉を食べながら酒を片手に大騒ぎする野郎共を背に女性陣にも飲み物と料理を載せた金属プレートを渡し終わったのでコンフェ達のいる席に向かうと其処には既に酔いが回り、出来上がった二人が楽しそうに片手間に空き瓶を指の腹で転がして喜んでいた。


 二人の間にはジャイトとセレンディがおり、時折だる絡みされているのか私が近づいてきたのに気づいて助けて欲しそうな視線を向けて来る…。


 

 何か済まんなぁ…酔っ払いの相手させてたみたいで、色々と鬱屈が溜まってたみたいだから勘弁してやってくれ。


 「そりゃあ良かった。 一応レシピ通りに作ったんだが不味いって言われたらどうしようかと思ったよ」


 「アハハッ。 ヘラルドの手料理が不味いってあり得るの? 心配性なアンタが?」

 

 「大丈夫にゃよ。 ヘラルドの手料理なら何でも美味しいよぉ~…」


 「…んもぉベルカ様ぁ、お酒臭いです」


 「お姉ちゃんバームクーヘン取って…」


 

 酔っ払いから助け出す為にお菓子を頬張るセレンディとジャイトを指で摘んで肩に乗せ、お菓子が積まれた大皿を渡す。


 「皆、喜んで参加してくれているのだな…」


 周りを見渡せば楽しそうに他愛も無い話や世間話に花を咲かせる者、肩を抱き合い歌い出す者や机から料理を退けて腕相撲を始め出したグウィンやグダング殿達などが会場全体に熱を帯びさせ渦巻かせていた。


 「此処におったかヒヨっ子共…」


 「アスター教官。 貴方もいらっしゃったのですね」


 「あれ!? 教官がにゃぜ此処にぃ!!?」


 「アスターさんもこう言った行事に出るってマジ意外〜」


 最高潮の盛り上がりを見せる会場を眺めているとアスター教官が葉巻を咥え、酒瓶を携えて此方に歩み寄って来る。


 深く被る古めかしい軍帽のブリムを濃い紫煙が伝って空に伸び、使い込まれた作業服と星章付きの外套は彼が唯の死に損ないでは無いと…その足運びと所作がそれを証明していた。



 「儂はコレでも熱がある場所は好きだ。 鈍くなった心を正してくれる、後は何より酒と摘みがあるのだからな」


 

 「んにゃ!? あぁ〜おしゃけぇ…」


 「あぁ〜アタシまだあんまり飲んで無いんですケドぉ…」


 大きく紫煙を吐き出した教官は空いていたもう片方の手でコンフェから酒瓶を引っ手繰り、一気に飲み干して濡れた髭を拭う。



 アレフ殿とは違う親子関係とは絶妙に違う師弟関係の様な信頼が垣間見えるんだよなぁ。


 俺…いや、私にもそんな人がいたのかも知れないな。


 「…高くて良い酒だ。 部下が羽目を外し過ぎていないか見に来て正解だったわい、料理も悪く無かったしな」


 「お褒めに預かり光栄です。 其れでこそ作った甲斐があるってもんですよ」

 


 「そんな堅い返事は不要だヘラルド」


 お酒を取り戻そうと教官に絡み出すコンフェとカーミラを往なしながら顔を此方に向け、鷹の眼の如く優しく強い視線で私を見据えてくる。


 「今回の祝い事で皆、希望を蝕む呪いに疲弊していた心に安らぎを得た。 皆を代表して礼を言わせてくれ」


 「祝い事何てそんな…ただ私は皆に料理を振る舞いたかった、唯それだけの事」


 私の悪癖である突発的衝動であり、好奇心を抑えきれないだけの未熟な精神故である。


 「時に何気無い行動が大勢の心に様々な影響を及ぼす。 卑下するなヒヨっ子…お前は良い事をした、素直に喜べ」


 「私には勿体無い程の有難いお言葉ですよ教官」


 甘くて苦い紫煙が穏やかな風に揺れ、名残惜しそうに空の深い器へと溶けていく。


 「改まった言葉は辞めんか…儂らは今や死神部隊、未来の為が故に縛られる者同士…年齢や身分などは最早火の無い灰と同じ。 だからこそ過度な敬語は不要なのだ」


 

 「それもそうで…いや、そうだな教官。 我等は死神、泡沫の夢…その一泡に映る一欠片かも知れん」


 「うむ…刹那を楽しみながら迷わず進め。 あの小娘(コンフェ・ドール)に集う者に一飯千金を違えぬ者はおらん。 これからも挫けずに腕を振る舞え、何故なら貴様は人間なのだからな」


 「そうか…、あぁ! aaa…アハハハッそうに違いない!」


 そっか…アンタにも私は人間だと最初から認められていたんだな。


 なら答える他無いじゃないか。 正しき死が為に、そして私が人として生き続ける限り…彼女の笑顔とこの星で生きる者達の為の先駆者(ハービンジャー)となろう。


 


 【呪縛の王冠】 多くの悲劇を齎し 呪縛者やデーモンを産み出し続けている深淵 生の呪いの中心であるマヌスの王冠 一人の亡者は深淵の奥底で眠る呪いの王冠を手に取った それは神々の時代を終わらせ 人の時代を齎した


 【カリンの錫杖】 神々の時代 岩の巨人の戦士である竜機兵達と古竜達が戦い続けていた時代 その最中に生まれた小人であり その最初の小人であるカリンの旅の為の錫杖。 当ての無い旅はまだ見ぬ人の時代の為であり 亡者と成り果てても続いたと言う そうして王冠を見つけ 悲願は果たされたが故に 後の時代まで遺恨を引き摺る事になるとは夢に思わ無かったのだろう 

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