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焼け跡のパスタ・イオ


 【庇護の騎士名簿】 封印された秘密を守る庇護騎士の誓約者の名簿 何時の時代でもいる 逃げる者を追い 隠された物を暴き それを正義だと恥も知らずに誇る愚か者が 然し誰も暴いた代償を持ち合わせていた者などいなかった。


 【贖罪の聖衣】 祈りの祭事でベルカが纏う聖衣 贖罪の女神であるベルカの伝承に倣い仕立てられたコレは高い抗呪の力を持つ この星で産まれた者は教会にて名を授かる 女神の名を授かった彼女は正しく聖人なのだろう。

 

 基地へ帰投後、私達死神部隊は空中戦での機体とパイロットへの負荷を調べる為に念入りな検査を受けた。


 魔法と古代技術による二重の検査や消毒浴、触診による検査や投薬等を終えて身体を休めたのは任務完了後5時間弱後であった。


 私は大丈夫だったがある程度乗り慣れているコンフェと乗り慣れていないアスター教官の負担は凄まじかった様で療眠区画から2人が出て来たのは凡そ13時間後だった。


 その後は任務が終わったと言うのに基地内は慌ただしかった。コンフェはスネイルと共にサルヴァ国王に港町の復旧支援の申し出をアスター教官は訓練兵や土木・建築系の部署と復旧支援の為の準備を行っており、一応身体には気をつけて欲しいがそうは言ってられない状況なのだろう…。



 そして私はと言うと…。



 ◆◇◆◇


 緑花所有の大柄の種族用社員寮の共同調理場にて。   



「はぁ~身体に染み渡るわ~」


「…」


「ガトウ…お代わり頂戴」


「あぁ…」


 差し出された皿を受け取り朝市で購入した寸胴で敷地内で収穫した人参を使ったスープをよそる。


 濃厚な甘さの人参の特性を余すこと無く活かしたスープは濃厚で身体の芯まで温める筈だ。


「機械なのに料理出来るなんて器用だね」


 黒い強化カーボン素材に似た触手がスープをよそった皿を器用に運んで行く。


「なぁお前…」


「うめ…うめ…何?」


「何ってお前…殆ど記憶を失っているのに良く飯が食えるよな」


「まぁ…ね。 親の顔と名前が分かってるだけ十分何とかなるし? ウジウジしてても仕方ないしね」



 スープを啜りながら彼女はそう答える…嫌、ちゃんと名前で呼んだ方が良いか。


 彼女の名は【カーミラ】アルテミス星系よりも何兆光年離れた星からやって来たと言う機械の身体と腕と手の代わりとなる触手を左右に4本生やした異星人である。


 電子日記に書かれていた娘であり地底湖に沈んでいた機体の搭乗者である。


 基地に搬入された機体の分解の際にコックピット内で仮死状態で発見され、ダメ元で魔法治療を行った所奇跡的に覚醒したのだ。


 然し余りにも永い時間を仮死状態で過ごしてきた影響か研究者達の懸命な記憶治療も効果なく、殆どの記憶が欠落していたのだ。


 そして身元の保護者に誰がなるか話し合いをした結果異星人同士を宛てがった方が都合の良いと結論が出たのだ。


 ……まさか社員寮部屋をプレゼントされてウッキウキで部屋を見に来たらカーミラと同棲する事になるとはドアを開けるまで知らなかったのでとても驚いた。


 まぁ…殆どの時間をコンフェについて回っているので実質彼女の部屋と言って良いだろう。


 偶々コンフェを待つ間に料理の練習がてらキャロットスープを作ったので私は口が無いのでカーミラに試食を頼んだのだが様子を見るに味は問題無かった様で安心した。


「そう言えばカーミラは仕事とかどうするんだ?」


「アタシ? 何かコンフェドール様が機体操縦が出来るのなら是非死神部隊の隊員として働いて欲しいって言われたからさ…契約書にサインしちゃった」


 アスター教官に続いて新しく死神部隊に私と同じ異星人が所属になるとはな。


「食い扶持が出来て良かったじゃないか」


「まあね。 コレで食堂の飯が食えるのは嬉しいけどアタシはアンタの飯が気に入っちゃったんですけど」


「ソイツは嬉しいが私はコンフェと一緒にいる事が多いから部屋の帰った時は沢山料理を作ってやるよ」


「マジ!? 次会う時は肉系の料理が食べたいんだけど出来そう?」


 肉系か…今度ワインを買っとくかな。


「良いぞ。 次は肉料理に挑戦するか…。」


 スープにパンを浸しながら食べるカーミラを他所にそよ風を感じながら空になった鍋を洗い、何を作ろうか頭の中でレシピを探す。


 …今日は風が気持ちいい。


 何か良い事が起りそうだ。


「そう言えばカーミラ…」


「ん〜? どったの?」


「お前の身体は機械の身体だがどうやって食事を楽しんでいるんだ?」


 種族的な特徴なのか触手以外は金属製の身体である彼女の何処に摂取した食べ物を分解する部品が有るのだろうか? 少しばかり好奇心に身を任せて聞いてみると彼女は少し触手の先で顎を掻いて考え込む仕草を見せる。


「え…どうやって食事するかなんて口から摂取するに決まってんじゃん。 回路がオーバーヒートでもした?」


「んなもん分かっとるわ! 液晶の顔部品からどうやって食事してんのか聞いとんねん!」


 触手でぺちぺちとツッコまれたので思わず私もツッコミ返す。


 カーミラの身体は機械の身体であり口を含む顔部品も例外なく機械なのである。


 それなのに平気な顔で食事してる物だから宇宙人何てそんな物だろうと考えていたがよくよく考え無くてもやっぱりおかしい事だろ。


「私の手には食べかけのパンがあるじゃん?」


「おん」


 手に持ったパンを見せてくる。


「そしてこうするでしょ?」


「…おん」


 顔部品の液晶に映る口元にパンが近付けられる。


「コレで…コウよ」


 パンが一瞬の内に消え去った。


「…いやいや。 …何処に消えた?」


「だから食べたんだって…」


「謎だ…。 不思議だ…いや、怖いわ! どんな技術だよ!」


 一体どんな技術なら機械の身体で食事を楽しめるんだよ…チョー羨ましい。


「普通に食べただけだし…」


「その普通の技術が異質過ぎて驚いてるんだ。 普通は

 機械の身体に改造されれば食事は取れんのよ」


「マジ!? 普通食事は量子に分解して味の情報と食感をメインチップで変換して生身の時と欠損無く摂取出来る物だと思ってたんですけど…」


 流石宇宙…地球とは違う技術を見せてくれるな、本当に羨ましいな。




 私だってまた食事をしたい。


「マジのマジよ。 アタシ…いや私もその機能が欲しいぜ、匂いを感じ取れるのに食べる事が出来ないのは悔しいし…」


「流石に技術的に整合性が無いから無理じゃないかな〜…もしかしたら基地内の発掘品の保管庫に食事を可能にするデバイスがあるかもね」


 …確かに大量の発掘品が保管されてるから可能性は十分にあるかな?


 確かに探す価値はありそうだ。 


「ヘラルドは忙しそうだから探しとくよ?」


 満腹になって席を立ったカーミラがそう聞いてくる。


 探してくれると言うならお言葉に甘んじてお願いしとくか…。


「良いのかカーミラ?」


「まあ仕方ないけど今は仕事も無いし勝手に王都まで外出する事も出来ないから丁度いい暇潰しになりそうだから大丈夫よ」


 食べ終わって空になった皿を触手で器用に洗ってくれたカーミラは自室のある上階の壁と手摺りを触手で掴み登りながら此方に顔を向ける。


「何か大勢来てるからそろそろヘラルド仕事でしょ? 何かお土産買えたら買って来てね〜」


 壁をよじ登って自室の前の手摺に肘を付いて煙草らしき物をふかし始めたカーミラの視線の先を追うとハーフトラックや騎馬から騎士の鎧を身に着けた者達が駆け足で私に向かって来る。


「ヘラルド様。 コンフェドール様より港町【アルケー】の復旧支援の為出動要請の件でスネイル社長の執務室まで来て欲しいとの事です」


 復旧支援の為の部隊長らしき騎士がその他の騎士より前に出でて私に進言する。


 そんなにも畏まらくてもと思いつつ彼等の立場を案ずるべきだろうと一応どっしりと構える。


「伝令御苦労。 私は執務室に向かう、持ち場に戻り命令を待て」


「承知致しました。 護衛部隊長メラウ、その他部隊員と共に待機し命令を待ちます。 …ではヘラルド様失礼致します」


「おう」


 メラウと名乗る騎士は頭を下げて隊員と共に騎馬やハーフトラックに戻り、石材で舗装された道を通り抜け基地の出入り口へと向かって行った。


 近代兵器に中世の防具…異質の組み合わせだが絵になるな。


 皆、銃器は所持してはいなかったが僅かに火薬類の匂いがしたのでいざと言う時は恐らく銃器で武装するのだろうな。


 どんな用途かは知らないがその時は人同士で血を流す時なのだろうなと言う予感を感じずにはいられなかった。





 ◇◆◇◆


 【スネイルの執務室】


 基地内の部屋や扉は大きく造られている上に魔法によって拡張されてはいるが私には小さく狭いと言わざるおえない…そもそも私の様な兵器が基地内のガレージ以外を歩き回ってるのが異常だと言われてしまえばそれまでだがな。



「スネイルにコンフェ…何か凄い疲れている様だな」


「当然です。 全ての国の得意先への引き継ぎの挨拶に各組織との復旧支援計画の練り合わせと国王との謁見…疲れない訳無いでしょう」


「沢山寝たから大丈夫だと思ったんニャけどね…やっぱり身体は謁見するのに耐えられにゃいね」



 執務室に入ると執務室のソファーで項垂れる二人の姿があった。


 スネイル社長殿はコンフェが作り繋いだ多くの人との縁を継ぐ事とこれから行われる港町の復旧に対しての謁見。


 コンフェは謁見の為に動いていたが出撃後の体力が十分に戻っていないようだな。


 ……こう見ると普通に元気に動けているアスター教官は体力の化け物か何かなのだろうか? 


 何て考えていると身なりを整えた2人がソファーから立ち上がる。


「…仕事に戻らなければ…ヘラルド? これから貴方には港町の復旧支援の現場に向かって貰います。 復旧支援時の自衛戦力は整えたので大丈夫だとは思いますが万が一が起きてはいけませんのでね」


「一応港町の孤児院とかの状況も見なきゃならニャイから私と一緒に行くにゃ」


「承知した。 コンフェは大丈夫なのか? 孤児院なら私だけでも見て回れるが…」


 私が港町の防衛の保険として向かうのは構わないがコンフェは貴重なパイロットなのだから暫くの間は大人しく療養すべきだろう。


「その通りですよ。 コンフェドール様は大人しく休んで下さい」


「そうだぞ。 身体が資本なんだから無理はいけないんじゃないか?」


「う〜ん…そうしたいのは山々なんだけどね。 孤児院の子供達と約束してるから駄目ニャ」


 インバネスコートを着込んで帽子を被り直したコンフェの目を私は良く知っている。


 頑固者の目だ…とびっきりの、コンフェにとって子供との約束は命より大切なのだろう。


 スネイルもその目に気付いたのか溜息を吐いて溜まった書類に目線を落とした。


「…とやかく言いませんが無茶しないで下さいね」


「分かってるにゃよ。 ヘラルド! 行くよ!」


 スネイルの心配を他所に革靴を軽い足取りで鳴らしながら扉を抜けるコンフェの背を私は追いかけていった。




 革靴の足音が重なる心地良さを感じつつ護衛部隊のいる出入り口へと足を進める。


「なあコンフェ…」


「…何?」


「孤児院の子供達との約束ってどんな約束をしたんだ?」


 廊下を通りかかった職員が慌てて端に寄っていくのを尻目に聞いてみるとコンフェは足を止めずに伸びをして凝り固まった身体を解す。





「まぁ…事業と聖女として各地の宗教施設に連なる孤児院の運営をしてるんだけどアルケーが初めて私が手を加えた場所だったんにゃよ」


 整備区画から絶え間ない喧騒が響くが歩みの音は確りと耳に届く。


「だから年に何回も訪れて私が直接資金運用をしたり子供達の仕事の道筋も整えた。 …多分様々な理由が有れど親を失ったあの子達がとても他人とは感じなくてね…ほっとけ無かったんだニャ」


「はぇ〜偉いなコンフェは…」


「そんな事にゃいよ…私はただそれが利益になると思った、それだけの事ニャ」



 そう言いながらコンフェは基地の出入り口で出迎えている護衛部隊の騎士達に軽い手振りで労いながら帽子を取り、貴賓用に内部を改装されたハーフトラックに乗り込んで行く。


「態々魔法とかがあるのに車両で移動するのかコンフェ?」


 一瞬で移動出来る力があるからそっちを使った方がいい気もするんだがな。


「医者達が魔法とかの身体の負担が掛かる事は控えろって煩いから致し方ないにゃね」


 成る程…此方でもパイロットの扱いは慎重なのか、地球の医学とは違う視点の医療には多少興味がある。


 今度基地の医療従事者に話を聞いてみるのも良い経験になりそうだ。


「了解した。 取り敢えず私は後方から警戒に当たるとしよう」


 並びとしては先頭の3台と後方の4台に挟まれた万が一奇襲を受けた際に護衛対象への狙いを分散させる編隊なのだろう。 


 その周りの騎馬は恐らく脅威の迎撃要員と言った所か。


 まぁ襲って来る者によるがハーフトラックの防護機銃で解決しそうだがそこは言わないお約束である。



「コンフェドール様。 ヘラルド様、アルケーに向けて出立致します」


 装甲車両の分厚い扉を閉めに来た騎士に出発の合図を受けて私を含めた護衛部隊アルケーに向けて基地の敷地を抜け王都の城門を潜り抜け、アルケーへの道程を速くも遅くもない速度で進んで行くことになった。







 ◆◇◆◇




 平原を越え森を抜け山岳地帯を登り降り、湿地帯で足を取られながらも進みまた林がまばらに点在する平地を進む。


 皆んなにとっては見飽きた光景だろうけど私にとっては貴重な時間である。


 風は環境によって匂いと鳴き声を変え、流れる清水は苔と木々の影を呼吸するかの様に照らす。


 森を抜ける陽だまりは飛び跳ねる魚の鱗の一枚一枚を照らして反射し、それを狙う鳥類の毛色を鮮やかさを見せてくれる。


「はぁ…」


 退屈だ。 然しその気持ちはつまらないと言った感情では無く見惚れる物が多過ぎて見切れないと言う意味での退屈だ。


 時折騎馬の休息の為に止まるのだがそう言った時間も貴重な体験だ。


 蹄の音やエンジン音が消えて過敏になった耳は木々の軋みや心のざわめきを教えてくれる。


 …凄く苦しく目眩がするものだ…死んだ戦友達の声が心臓の鼓動のように身体を揺さぶりながら未だ自分達の戦いは終わっていないと。


 …出来るだけ尊重すべきだろう、最もそれを抑える事はしなし出来ないから逆に私がしたい事も戦友達に止めはさせない。


 金属の棺桶に何人詰め込まれようとも私は私だ。




 数度の休息を挟み平地に差し掛かり暫くすると林の向こうで何かが駆けるのが見えた気がしたので騎士達に警戒を促しつつ何が見えた林の方角に注視する。


 すると林を抜けて飛び出して来たのは馬に跨る大きな体格の肉体に赤い肌と額から角を生やした人の様な何かだった。


「近付けさせるな!」


 抜刀した部隊長を言葉を合図に装甲車の動きが止まり周りを固めていた騎士達が騎馬を蹴り次々と飛び出して行った。


「システムあの生き物の解析を」


 《解析開始……解析完了。 直近で保存されたデータバンク内情報から対象が魔物と呼称される分類の一つの種である鬼人(オーガ)と呼ばれる魔物の可能性が高いです》


 魔物か…呪縛者やデーモンと戦っていたから忘れていたがこの星ではありふれた動物とは違う生き物だったか。


 市場や書物の情報から推察するに異星人が持ち込んだ実験動物が大気中の魔力に適応した進化を果たした種類だとコンフェと話した気がする。


「邪魔ダニンゲン!」


 騎乗しながら槍や剣を振るう騎士達を意を介さずに軽やかに馬を操り避け背に差していた両手斧の刃の無い部分で騎士達を吹き飛ばしながらこちらに前進を続ける。


 確か書物にはオーガは武人気質で強者にしか興味を示さないと記載されていたな。


 しかもあの個体は喋れる上に無駄な殺生は好んでいない様だ。


 此方に猛進するオーガに部隊長であるメラウが立ちはだかり剣を構えながら左手で魔方陣を展開する。


「少々ホネのアルヤツが出てキタカ」


「ここは通さんぞ!【ブレス・ファイヤ】ッ!」


 メラウから放たれた火炎放射器の様に凄まじい炎は馬と共にオーガを包み込んだかと思われたがオーガは馬を足蹴りに、炎を跳躍で宙で避けそのままの勢いでメラウに両手斧を振り被った。


 しかしメラウはただ振り被った両手斧を待つのでは無く続けざまに魔術を放つ。


「クッ…やはり避けるか【魔力の盾】」


「我がネラウ強者では無いガ…やるデは無いか」


 振り被られた両手斧を防いだのは金属の盾では無く魔力で練られ形作られた盾だった。


 落下の勢いを殺されたオーガは魔力の盾を蹴り地上に降り立ち両手斧を構える。


「貴様も強いがマダマダ練度が足りんな!」


 重心を落とし地面を蹴り上げて大きく抉り、一瞬で肉薄し構えの動作からの右から斜め左へと始まった重い連撃の数々がメラウの剣の腹で擦れて火花を散らす。


「舐めるな! 【衝撃波】ッッ!!」


「ヌゥッ!?」


 冷や汗を額から飛ばしながらも何とか剣で逸らしてメラウは鎧を着込んでいるとは思えない軽やかな足運びでオーガの猛攻から距離を離すと魔方陣から圧縮された衝撃をオーガに当て、オーガも堪らずに足が浮く程の反撃を受ける。


 飛ばされる身体をオーガは両手斧を地面に突き立て勢いを殺し再び攻撃を仕掛けようとするがその隙をメラウは逃さない。


「氷の力よ宿れ! 【エンチャント・ライフ】ッ!」


 顔の右側から構えた剣の刀身に氷が軋む音を立ててその刀身を伸ばす。


「コイ! ニンゲンッ!」


「ウラァァァ!!」


 咄嗟に振るわれた両手斧を左手で腰から素早く抜いたパリングダガーで受け流す。


「ナニィィッ!?」


 咄嗟だったが故に大雑把に振るわれた両手斧はパリングダガーで受け流された事によって地面に突き刺さり握っていたオーガの身体を無防備に晒してしまう。


 其処にメラウの氷の刃で伸びた刀身が胸から背中を突き破った。



 …決着かと思われた。 実際私もそう思い込んでいた。



「お前の強さには敬意を表する。 …緑花の騎士を相手にな」


「……そうダ、な…。

 緑花のニンゲンだったカ…ナラバッッ相手が悪かったナアぁっっ!!」


 オーガの身体から凄まじいエネルギーを放出される。


「未だ余力を残して!?」


「フンッ!」


 オーガの裏拳がメラウに突き刺さり彼は此方に抵抗出来ずに吹き飛ばされたのを見て咄嗟に私は受け止めた。


「大丈夫かメラウ殿」


「う…グゥ、申し訳ありませんヘラルド様。 下手を打ってしまい…」


「少し休んでいろ」


 ゆっくりとメラウを地面に寝かせて肩からエンフォーサーを抜き安全装置を切る。


「今度はウヌが相手カ…集の強さハ我のモトメルモノでハナイが相手ニ不足はナイ」


 驚異的な再生能力で傷を防いだオーガは此方に歩み寄る。


「これ以上の手出しは見過ごせん…狩らして貰うぞ」


「フンッ、殺ってミロゴーレム」


 お互いに獲物を構えて膠着状態でいると濃い血の匂いが背後から風に乗って鼻を突く。


「少しばかり寝ていたら大変な事になっているにゃね…」


「お、おいコンフェ危ないぞ」


「ア…貴女サマは…」


 背後から歩み出て来たのは自らの利き手を魔法で創り出した青銅の剣で斬り血を滴らせるコンフェの姿だった。


「久しぶりにゃねオージェイ。 叔母様は息災かな?」


「は、ハイ! …後進の育成ニ力ヲ入れテオリます」


 コンフェを見た瞬間に膝を付いたオージェイと呼ばれたオーガに私やメラウ、騎士達は驚きを隠せなかった。


「コンフェ!? コイツと知り合いなのか!?」


「そうニャ。 調薬の技術を教えてくれた優しいオーガのババンガさんの長男坊にゃね」


 膝を付いて頭を垂れるオージェイは何と調薬の教えを授けたオーガの息子だと言うではないか。


 然し其れならばコンフェを乗せた車列を襲った理由は一体…。


「知り合いならば何故オージェイはコンフェを襲ったんだ?」


「ソ、ソレは…ソノ…」


 何処か言い難そうにするオージェイの言葉を代弁するようにコンフェが教えてくれた。




 どうやらオーガには成人の儀があって内容としては親が認めた者と闘う事で初めて一人前と認められるのだとか。


 そしてババンガ叔母様の長男坊であるオージェイは一族の中でも他者と会話する事が少ない為、ババンガ叔母様はそれを憂いて成人の儀の相手に同族のオーガよりも強いコンフェを指名したんだとか。



 此処までの騒動に発展したのはひとえに彼が口下手でコンフェに成人の儀の相手を頼む為にコンフェ以外の相手は無視して突っ切ろうとした結果なんだと…。


 成る程なぁ…いや、頬を赤らめてる場合か! ちょっとは反省しろ!




「まぁそうゆうことにゃね」


「あ〜うん、もうノーコメントで」


「スミマセンでした…」


 一応誰も死んでいないから良しとするか…?


「それでどうすんだコンフェ? 成人の儀とやらに付き合ってやるのか」


「勿論。 ババンガ叔母様には調薬の指南の恩があるしね」


 コンフェが兵器に搭乗して戦うのでは無く生身で戦うのは初めて見るな。


 それを聞いて頭を垂れていたオージェイが緊張した様子で顔を上げる。


「で、デはヨロシイのですか!?」


「うにゃ。 …皆下がれ!」


 メラウを他の騎士に預け、私も騎士達と共に下がり固唾を飲み込み、これから起こるであろう成人の儀を見つめる。



「デはコンフェドールサマ…」


「ドーンと胸を貸してやるニャ」


 オージェイが緊張を隠せずに滲ませながら両手斧を構え、コンフェは血を滴らせる利き手を前に突き出し呼吸を深く落とす。


「誓約の血に誓う…血の生末を、成すべき贖罪の旅路。 血肉を喰らい闇を飲み祓い獣血を聖血に聖血を鋳鉄に、血を形にせよ…【儀血誓約】」


 そうコンフェが詠唱すると滴っていた血が巻き戻るように宙に浮き形を成していく。


 色は赤から灰色に変わりながら鈍い光沢が現れて長く長く伸び、刃さえも形造られていきコンフェの利き手に収まる。



 血によって造られた武器はコンフェの背丈よりも長く分厚い斧槍だった。



 成人男性でも持てぬであろう重量の斧槍をコンフェは軽々と利き手だけで構える。


「行くニャよ…」


 利き手に構え、姿勢を落とし左手でオージェイを見据えると爆発的な助走を乗せてオージェイに振り下ろした。


「フッッ!」


 オージェイはその振り下ろしを左に転がるように避けて握り締めた両手斧を振るおうとすると胸にコンフェの左拳が突き刺さり大きく地面を抉りながら吹き飛ばされる。


「ぐハぁッッッ!!」


「まだまだこれからにゃよオージェイ…」


 ゆっくりと近付くコンフェにオージェイは呻きながらも立ち上がり魔方陣を展開する。


「喰らえ!【岩砕波】!」


 展開された魔方陣が地面に吸い込まれたかと思うと地面が揺れて大小様々な岩がコンフェ目掛けて飛び出して行く。


「ちゃんと魔方陣を展開出来る様になったんだね。 感心したニャ…だけどそれだけでは駄目だにゃ」


 帽子が吹き飛ばされ耳が裂けるが依然としてゆっくりとオージェイに近付きながら最低限の動作で致命傷を避けていく。


「ク…ではコレならどうダ! 【大火球】!」


 雨のようにコンフェに向かって飛んでいた岩が止み、今度はオージェイの手に人の背丈の倍もある火球が現れて地面を焼き尽くしながら凄まじい勢いで迫る。


「良い魔力の練り方にゃ。 だが甘い!」


 大きく斧槍を右後ろで溜め、勢い良く薙ぎ払うと斬撃と突風によって大火球は二つに弾けてコンフェの後方で爆ぜて消えてしまう。


「コの瞬間ヲ待ってイタ!」


「ニャンと!」


 自らが放った大火球を囮にコンフェに肉薄したオージェイは斬り上げからの叩き付け、そして回転攻撃をコンフェに浴びせんとする。


 そんな猛攻にコンフェは思わず斧槍を両手で操り柄で防ごうとするも回転攻撃が腹部に突き刺さり、吹き飛びながら転げ回り何度も地面に叩き付けられる。


 身体を翻して体勢を戻すが刃の当たった腹部は出血こそしていないが丈夫そうなインバネスコートに横線の切れ跡が開いていてコンフェに確かなダメージをオージェイは喰らわせる事が出来たようだ。


 手応えを感じて高揚したのかオージェイは追撃を仕掛けんと距離を詰めて攻撃しようとする。


 だが高揚の勢いで迫るオージェイを静かに見据えるコンフェは上げた足裏に魔方陣を展開し地面を蹴ると嵐の様な暴風がコンフェを中心に巻き起こり彼を再び吹き飛ばした。


「【罪の嵐脚】…。 少しばかり痛かったにゃね」


「グゥ…ば、バケモノめ…」



「化け物? 違う、ニャーは聖女だよッ!」


 斧槍を器用に回してから両手持ちで脇に挟むように構えて姿勢を低くした状態から刃先をオージェイに捉え続け、そして土手っ腹を穿かんと突撃する。


「サスガに馬鹿正直ナ突撃ハ怖くナイ! 岩よ、霊峰なる龍の信仰の果ての頂よ…岩の如き力を我にッ!【龍岩纏い】!!」


 コンフェの突撃を仁王立ちで受け止める姿勢に入りながら詠唱を唱えるとオージェイの身体が硬い岩で覆い尽くされてしまった。


「コノ龍岩纏いをヤブレタ部族はダレもイナイ!」


「…」


 斧槍の切っ先が鈍く光を反射させながら風を切り、コンフェの眼光が赤く後に伸びて行く。


「コ…コイッッ!!」



 …そしてオージェイの土手っ腹を鋳鉄の斧槍が貫く……かと思われたが…。


「はぁぁッ!」



「ウガァァぁッ!?」



 コンフェの斧槍はオージェイの身体に当たる少し手前で大きく斜めに踏み出された足によって身体と共に一回転し、遠心力の乗った斧槍の分厚い刃がオージェイの横っ腹の岩を砕いてその巨体を地面に叩き伏せたのだ。


「まぁ…儀式は合格なんじゃにゃいかな? 集落に居た時よりはね」



「こ、コンフェ…ドール様が…そう仰るならバそうなんでショウ…。 成人の儀にお付き合い頂き有難うゴザイマシタ…」


 息荒く地面に横たわるオージェイは血塗れになりながら満足そうにしておりコンフェは血で創り出した斧槍を血に戻しながら手早く魔術で手当てを始める。 


 コレがこの世界の本来の戦い方って奴なんだろうな、兵器何ぞ頼らずとも勝てそうだ。


 …そうでなければこの星のは滅んでいただろうしな。



「コンフェ? 終わり…で、良いんだよな」


「ん? あぁ! 終わりで良いニャよ! 怪我してない者は怪我の手当てをするニャ、暫くしたら再出発ニャ! 」


 固唾を飲み込み戦いを見ていた騎士達は慌てて怪我をした仲間に手を貸し治療術の力を持つ者が手当てを始めたのを見て私はエンフォーサーの安全装置を切り替えて背中に仕舞う。


 大事な成人の儀とは言えコンフェがただ独り戦わないといけない状況に申し訳ないと負い目を感じずにはいられなかった。


 ならばその埋め合わせに私が出来るのはあれしか無いか…。



「コンフェ。 ちょっと失礼するぞ」


「ん〜? えちょッッ! にゃ、ニャにを!?」


 半ば無理やりに私はコンフェを右手で掴み、落ちないように胸に寄せる。


「お前はちょっと血を流し過ぎだ。 大人しくお姫様抱っこをされているんだな」


「ウニャゃぁ!? ちょッ皆見てるから不味いにゃよ!」


「大丈夫大丈夫。 責任は取るからな」


「え!? …それにゃらまぁ…うん」


 私の手の中で横になって休んで欲しいだけなんだがな…言葉の驚きとは裏腹に暴れる事は無いからやはり血を流し過ぎたのだろうな。


 全く無茶する…。


 そんなコンフェを見ているとコンフェの治療を受けて回復したらしいオージェイが両手斧を支えに立ち上がる。


「お前はこれからどうすんだ? コンフェに付いてくるか?」


 そう尋ねるとオージェイは黙って首を振った。


「ソレもミリョクテキだが…。 叔母に今日の事をホウコクせねばならんからな…それにミズカラノ弱さヲ今日は痛感シタ。 また武者修行にデル」


「そうか…お前ならば強くなれるだろうな、強者から生き延びて折れない奴は強いだろうしな」


「アリがトウ…いつかオマエトモ戦いたい。 きっと今よりも強くナッテまた逢おう」


 差し出された拳に無言で私は片手の拳をぶつける。


「約束は守ろう。 帰りの道中は気を付けろよ」


「アア、デはサラバ…だ」


 魔術で創り出した馬に跨り、遠くなる背中を私とコンフェは見送った。 さて港町アルケーまであと少しだ。


 …流石にもう何事も無く着くよな?





 ◇◆◇◆


 オージェイと別れ再びアルケーに向けて足を進めていると道中では磯の香りと共に焦げ付いた臭いや飛行軍艦の残骸から引火したらしい焦げた木々が多くなり始めた。


 此処までの光景は地球での内戦以来だろうか、最低でも自然が元に戻るには数年は掛かるだろうな…。


 然し自然は強い。 木々の灰を栄養に新たな木々がきっと森を再び作り出し、動物や魔物が豊かな生態系を築けるだろう。


「やっと港町が見えて来たな」


「そうだね。 まぁ…遠目でも被害は甚大にゃのが伺えるニャけどね」


 道をなぞる様に追った視界には黒煙は少くなっているが依然として墜落した飛行軍艦からは煙が上がり倒壊したり火災で崩れた建物が遠目でも見えてしまう。


「今更ながらに…酷いとしか」


「本当に兵器と言うのは遺恨を残す物だねやっぱり…」


 いつの時代、星が違えど兵器と言うのは無ければ無い方が良い発明だな。


「馬鹿と包丁は使い用って奴か?」


「う〜ん? ちょっと使い方違くにゃいかな…飛行軍艦を製造出来る文明が馬鹿の一括りするには難しいかも」


「あー…うん。 それもそうか…少なくとも残骸を撤去するのに兵器を使うのは包丁に当たるかもだがな」


「確かにそうにゃね」


 大型の無人機が慎重に飛行軍艦を解体して運び出す姿や有人に改造された歩行戦車が建物の残骸を引っ張る姿は兵器としては間違っているかもしれないが民衆にとっては正しい使い方だろう。


 私もその使い方が一番良いと思う。


「港町に着いたらどうすんだ? 先ずは領主に会う感じか?」


「領主との話は既に転移魔術(テレポート)でスネイルが会合してるから孤児院と併設された教会に向かうニャよ」


「了解した…今回の騒動で一番怖い目に遭ったのは子供達だろうしな」



 亡くなった方々や残され老若男女への支援等やることは山積みである。



「取り敢えずやっと着いたな。 空では無く地に足着いた移動は中々の物だった」


「何時もテレポートでひとっ飛びだったニャ。 これからは時間があれば2人で冒険するのも良いにゃね」


「自らの足で色んな場所に…か。 良いかもな」



 先頭車両が城門に到達して衛兵と護衛部隊の騎士が言葉を交わすと所々黒焦げている城門が軋み上がり、車列が進みアルケーの中へと到達した。




 《…メインシステムより午後六時をお知らせします》



 アルケーに入った頃には既に日は落ちかけ黄昏が人々の表情を隠していた。 ただそれでも聞こえる復興の音は確かな人の営みを教えてくれる。


「コンフェドール様。 ヘラルド様。 我々は人手の足りなくなった衛兵の代行をスネイル閣下より命じられていますので…」


「道中御苦労だったにゃね。 無理せず職務に励むにゃよ」


「勿体ないお言葉でございます。 では我々は警備任務に移らせて頂きます」


「あぁ頑張ってな…」


 護衛隊長であるメラウが私達の前に進み出て跪きながら申し訳無さそうに口を開く。


 長旅だったのに皆大変だな…騎士の仕事は意外と華やかな物では無いんだなぁ…まあどんな仕事にも言えることだが。



「それじゃあ早速教会に向かうニャよ」


「おう、そうだな…どっちに向かう?」


「瓦礫で分かり辛いけどこっちの…筈」



 護衛部隊が去るのを見送った後私とコンフェは瓦礫の散乱する街並みを歩いていた。


 沈む太陽の残り火に照らされた海の美しさとは打って変わって半ば廃墟と化した街は焦げ臭さが漂い鼻を突き無い筈の表情筋が歪むのを感じる。


「本当に酷いな…」


「…もっと私達が速く駆け付けていれば結果は違ったのかも知れにゃいね」


「もしも話は卑下する事しか出来無いから辞めといた方が良いぞコンフェ。 まぁ…気持ちは分かるがな」


 初動が遅れたのはレーダー技術も何も無いから致し方無いと思っては目に映る光景に後悔の念が浮いて来るな…。


 もしかしたら犠牲も少なくなった筈だしな。


 でも、もうこの話はIFにしかならないし後戻りも出来無いから今は目の前の問題に取り組むしか無い。


「死傷者はどの規模か集計出来てるのか?」


「貧民街を除いた統計なら約数千人…子供を含めて数百人以上が亡くなってる。 手足を失った人や重度の火傷、建物の倒壊や爆風による内臓損傷…酷い状態だね」


「…そう、か」


 言葉が出ないな…或いは出したくないと口が勝手に噤んでしまう。


 忌々しいな兵器って…不幸しか生み出さない最悪の発明品だ。


 …戦後にその認識をまた改めさせられるとはな。 喉に刺さった魚の骨より質が悪い。


「アルケーに有る店はどうだ? 倒壊してしまったか」


「数軒残して後は半壊状態だから何とかって感じにゃね。 そのお陰で臨時の医療支援に回せてる」


「治療施設があるのか?」


「あるよ。 医療知識のある治療師が集まる治療院って場所がね…爆撃で更地になっちゃったけど」


「はぁ…まじか……」


 かなり致命的か…医療施設が無いのは生き物が臓器を失った様な物だ。 これでは救える筈の命が救えなくなってしまう。


「今から向かう教会兼孤児院を臨時の医療施設にしてるから何とかなってるけど何れ限界が来るのは時間の問題。 緑花と各国から医療従事者を回してるけどそれでも手が足りないにゃ」


「私達に何か出来る事を考えないとな」


「そうにゃね。 …私とヘラルドに出来るにゃにかを…」


 瓦礫を踏み越え、大通りを進んでいると大きな建物が血と膿の臭いと共に焦げ臭い風に乗って視界に映る。


 …と言う事はあの建物が教会か。


「この星の教会は大きいんだなぁ…大聖堂かと思ったぞ」


「この教会は元は爆撃された治療院よりも以前に建てられていた旧治療院だったからこの規模にゃの。 大聖堂は離れた場所にあるから旧治療院があるこの教会が臨時の医療施設に選ばれたんだニャ」


 成る程…合理的な決定だな。 古いとは言え治療院としての機能が残っている教会の方が治療師達も動きやすそうだからな。


「はぇ~」


「そもそも教会と聖堂は別物だよ?」


「え!? そうなの!?」


 ずっと建物の規模の違いだと思っていたが違うんだ…。


「ざっくり言うと最高位の役職の聖職者のいるのがカテドラルでそこそこの役職の聖職者がいるのが教会かな? 私は聖女として扱われているけど緑花の仕事が忙しかったからうろ覚えだけどね」


 勉強になるな…まだまだ私の知見の至らなさが露呈してしまったな。


 コレは今度王立の図書館で勉強する機会を貰うべきか…。


「瓦礫を踏み越えてやっと到着ニャ」


「此処が被害が少ないのが唯一の救いだな」


 倒壊した建物の残骸や爆撃の衝撃で捲れ上がった道を進み続けて漸く教会の敷地内に踏み入る事が出来た。


 綺麗だったであろう教会の敷地は今やまだ暖かい灰が積もり、墓に収まりきらなったのか所々で教会の関係者らしき人達が協力しながら地面を掘り返して墓を作っていた。


 そんな彼等の地面を掘る手は私とコンフェが敷地を跨いで来たのを見て止まり、巨体の足元にいる贖罪の女神の名を賜った聖女であるコンフェを見てスコップを放り投げて慌てて此方に駆け寄って来る。


「コンフェドール様。 夜分遅くに教会に来て頂き誠に感謝申し上げます…!」


「患者の容体は?」


「ハッ…既に定員数を超過している上に患者の身体は外部共に内部の損傷が酷く…回復魔法では体力が持たず、かと言って魔術による治療では手が足りない状況であります…」


「…やはり状況は最悪だったにゃね」


 状況を聞いたコンフェは眉を顰めて疲れを紛らわせるように眉頭を揉む。


「…良し、治療術が使える人を此処に集めて…動ける冒険者や傭兵に民衆から全ての人間を…集団詠唱を行うニャ」


「「「御意!!」」」


 コンフェの声を聴いた聖職者達は汚れた服を払うのを忘れて教会の中に駆け込んで行った。


「…ふう」


「コンフェ? 集団詠唱とは一体?」


「ん? あぁ…ヘラルドには教えて無かったにゃね。

 魔法と魔術には集団で単一の物を発動すると範囲や威力を底上げする事が出来るにゃよ…それを今からするってわけ」


 へぇ~そんな裏技が有るのか…何だかコーラスみたいだなぁ。


 と言う事は主旋律を歌う奴と補助に回る奴で魔法や魔術の集団詠唱も役割が分かれるのだろうか?


「私にも何か手伝える事があるか?」


「勿論! コレに私の血が満たされたら空に向けて掲げて欲しいにゃ」


 そう言ってコンフェが魔術で取り出したのは私から見ても大きいと分かる木の根に石で出来た器が嵌められた聖杯の様な道具だった。


「コレに血を流すのか!? お前死ぬぞ!」


「大丈夫。 少しだけだから…満たすわけじゃないしね」


 差も当然の様に言い切るコンフェに何処か恐ろしさを感じずにはいられなかった。


 献身や慈愛を超越した恐ろしい何かがコンフェを取り巻いている。 自らが払う代償を鑑みないその様をきっと人は狂気と呼ぶのだろう。



 何より年に何回かある贖罪の女神への血の豊穣を捧げる事自体をこの世界の人類は当たり前の様にしている。


 ……狂気だろう。


 なぜコンフェが血を流さなければならないのだ…。


 続々と集められていく人々を見てコンフェは魔術で素早く聖装に着替え、手に儀式用に青銅で作られた契りの剣を握り締めている。


 それを私はただ止められずに膝を付いて見守る事しか出来ずに時間が過ぎていった。


「ベルカ様。 準備が整いました。 只今大司教様が此方に向っております」


「承知したニャ。 何時も始められるようにしといて」


「ハハッ」


 慌ただしく集められた数百人近い集団は聖職者達と共に一箇所に集められ魔力が強く満たされ始める。


 家族や友を想い参加する者や崇高な心や信仰を持つ者、ただ誰かを救いたい者。


 それぞれが自分の出来る事を成そうとしている。


 そして大司教と思わしき者が聖典を携えて私達の前に静かで落ち着いた様子で立ち止まる。


「贖罪の女神ベルカの聖女よ。 …良くぞ参られましたね」


「お久しぶりですニャ。 エレーミアス大司教…」


「えぇ…活躍は聞き及んでいますよ。 成すべき行いにこそやはり真価を持つ物ですね…人種関係なく、ね」


「血によって我ら人に成り…そして成すべき事は贖罪の上に建つ。 例え何があっても」


 コンフェはエレーミアスと名乗る目を銀で覆った老婆に契りの剣を手渡した。


 何か仄暗く揺らめく火種をこの大司教からは感じる…コンフェとは違う老練した使命を持っていると…そう感じて見つめているとエレーミアス大司教がこちらに向く。



「貴方は…噂に聞く異星の英雄様ですね」


「私は英雄では無い。 …人を殺せる事が取り柄の獣だよ、これから先もずっとな」



「そうですかそうですか…」


 私達は軍人のみならず罪なき大勢の人間を殺してきた…勲章と名誉の為だけに、それが正しいと信じていた信じていたかったんだ。


 英雄と言われる程の立派な人間では無い。


 ただ人を殺す術を覚えた獣だ。


「でも…貴方は必死に足掻いて今此処に立っている。 それが何よりの人である証だと婆は思うけどねェ…」


「そうだろうか」


「えぇ。 保証しますとも」


 そう信じたいものだな…。


 海風に乗って焦げ臭い匂いが魔力を孕み始める。


「ではベルカ様。 始めましょう」


「そうにゃね。 ヘラルド…お願いね」


「ハァ…分かったよ。 お前が望むならやろうか、そうしないと自分自身を赦せないんだろ?」


「ありがとねヘラルド…じゃあ始めるニャ」


 聖杯の前に移動したエレーミアス大司教とコンフェが向かい合いその場の魔力が更に高まり空間が高純度のエネルギーで揺らぎ始める。


「では…」


「…グゥゥッ!!」


 エレーミアス大司教が握る契りの剣がコンフェの腹を貫き内臓と血管を切り裂き多大な出血を強いる。


 そして腹腔内で行き場を失った血は刀身を伝い、血は柄を伝って流れる。


 大司教に支えられて聖杯の底に血が落ち満たされ始める。


 急速にコンフェの身体から体温が奪われ始めて私の心は軋みを上げるが耐え忍び出番を待つ。


 《外出血量28%に到達。 危険領域を超過…止血し、昇圧剤並びに輸液の緊急投与を推奨します》


 システムの通告が事態の深刻さを無慈悲に突き付けてくる。


 あるから何十分経過した?


 若しくは何十秒…?


 視界が暗く狭まくなり、する必要の無い息が苦しくて足腰から力が抜けていく。



 そうして地獄の様な時間が過ぎて暫くすると大司教がコンフェの腹から剣を引き抜いて魔術で傷口を塞いで優しく地面に仰向けに寝かせ此方に真っ直ぐ視線を向けてくる。



「英雄様。 お願いします」


「aaa…承った」


 震える足を奮い立たせて静かに聖杯に歩み寄り、ゆっくりと空に聖杯を掲げる。


「詠唱を開始します。 皆、呼吸を婆に合わせな…」


 聖杯を掲げる私の前に寄った集団の先頭に立ち、大司教はロザリオを握り祈る。


「遥かなる悠久の先…神々の都におります太陽の王女よ、暗き魂を焚べる巡礼の道すがらに居る我等の罪を赦し…その太陽の光の御業を持って傷つき倒れる者達を贖罪の聖女の血の下に癒し給え」


「「「【太陽の大回復】!!!」」」


 自然と呼吸を合わせた者達の詠唱が空に響き渡ると同時に聖杯の中の血が燃え上がった。


 そして治療院を覆い尽くす程の大きさの魔法陣が地面に刻まれ、魔法陣から立ち昇る淡い光が全てを飲み込んだ。










 ◆◇◆◇



 塗り潰された視界の遥か先で見知らぬ都を見下ろす私がいた。


 ぼんやりとした夢の中の様な足取りで進む、然しその記憶は1秒前の道すがらさえ曖昧で最早何処に居るのか分からなくなっていた。


 そんな感じで当ても無く彷徨っていると気が付いた時には広い城の広間に私は立ち尽くしていた。


 眼前には私よりも巨大な金色の甲冑を着込んだ者が2人いた…どうやら後ろの大扉を守っている様だ。


 酷く浮ついた意識を何とか動かして足を進めると大扉の前に立ち塞がっていた2人はお互いの顔を見合わせて何か考え込んだ後、何も言わずに大扉の前から横に避けて行ったかと思うと霧のように消えてしまった。


 …はて? …私は何の為にここに居るんだっけ?


 もう後ろには何も無く大扉だけが聳え立つ。 扉に手を付いて力を込めて押すと大扉は土埃を落としながら軋みを上げて動き出した。


 押し進める程に太陽の暖かい光が顔に当たり、目を細めながらも大扉を押し開けると其処には横になりながらも威厳を感じさせる大きな女性の姿があった。


「あらあら…人の子が此処を訪れるのは一体何万年振りかしら」


「あ…貴方様は一体」


 太陽の光で顔は見えないが見た目から隠せぬ位の高さに思わず足から力が抜けて跪いてしまった。


 直感が逆らってはいけないと警笛を鳴らし心臓が跳ね上がる。


 …もしかすると私はこの御方にお会いする為にいるのか?


「私? フフフ…そうねぇ、人に聞こえる言語で名乗るとしたら太陽の王女とでも名乗ろうかしら。 それでどうして私の元を訪れたのかしら?」


「は、はい! 私は…。 あれ? …私は一体何の為に此処に訪れたんだ?」


 私は…俺は…僕は…。



 ……誰だ?


「怖がらないで大丈夫よ。 …此処は本来存在するべき場所では無いの。 だから存在する者の何もかもが曖昧になってしまうのよ」


「そう、でしたか…」


「分かったなら安心して。 大体は察しはついたわ…貴方ベルカの血の誓約者ね」


「ベルカ…? あ!? そうだコンフェの所に戻らないと! アイツ無理して血を沢山流したから血が足りないんだ!」


 出血性のショック状態は1・2時間以内に処置を施さなければ命に関わる。


 私はコンフェを失いたく無い…。


「慌て無くて大丈夫よ。 ベルカは名を分けた者が強く願った使命を果たさない限り死なせる事は無いわ」


「そ、そうなのか」


「ええ。 彼女は贖罪の女神なのだけれどそれ以前は生命を司る神々の一柱だった事もあったんだから」


「だった? 過去形と言う事は何かあったんだな」


 私が生命の神から贖罪の女神なった理由を問うと太陽の王女は少し考え込む仕草をしてから口を開いた。


「ん~まぁ…誰かに聞かれたら困る訳じゃないから話しちゃおうかしら。 私の末妹であるベルカは以前は生命における終わりを司っていたんだけどある、日一人の定命に恋をしてしまったの。

 …それから彼女は神の理を外れて意中の男性を不死にして地上で仲睦まじく静かに暮らしていた。 そしてそれが審判の神ロイドにバレちゃったの…当然神の理に背いたベルカは神々の怒りを買い、暗く湿った地下牢に幽閉された…。 本当なら話しはそれで終わりになるのだけれど、引き離された男はベルカを取り戻すべく神々の都に乗り込み古今無双とも呼べる大暴れを見せたわ。 そりゃあもう凄まじい暴れっぷりでねあれはもう嵐よ、自然が齎す怒りそのもの。 多くの神々が男に斬り伏せられて遂に審判の神ロイドが叩き伏せられそうになって漸く神々がベルカを解放し、男が嵐の神になり贖罪の女神として変わる事を条件に男に譲歩し、夫婦と認める事で騒動を収めたのがベルカが贖罪の女神になった馴れ初めね」



 …私が知っている聖書並みに無茶苦茶だ。 名前からして物静かな神様な想像を勝手にしていたが意外と強かなのかもな。


 水がワインになるとか言い出さないだろうな…。


「あぁ…あの2人の血はお酒にはならないけど煙や煤になるわね。 それが人間界では雨雲や火になるわよ」


「えぇ…て言うか何で心の声が分かった?」


「最初に言ったでしょう? 此処は全てが曖昧なの。 だから建前とか本音が曝け出されちゃうわ」


 はぇ~そうなんだ!


「だからこそ貴方が内包している他の人格が表面化している訳」


「えぇ!? じゃあアタシの心の声まで出てるわけ!?」


「フフフ…勿論。 うっかり主人格でエッチな事考えない様にしないと! 何て思考もダダ漏れよ」


 ヒョエーッッ!! ヤバいわよコレは!


「因みに今直ぐ私と殺し合い(愛し合い)たいと考えているロマンチストの心の声もダダ漏れ」


「む…聞こえていたか、不覚。 是非その綺麗な姿を血に塗れにして抱き締めさせて頂きたい」


 流石に無手では不利か…。


 いや、或いは死闘を覚悟すれば愛し合う事が出来なく無い…か。


「戦友さん達は賑やかで退屈しなさそうね。 ヘラルド・RF(ルフ)・賀東さん?」


「参ったな。 全部お見通しなんですね。 まぁ、退屈しませんよ…ソレに心身の負荷に応じて助けられていますので」


 気にしなくてもいいのに…。


 貴様は腑抜けている筋トレをしろ筋トレを。



「これだから人間は面白いのよね。 あら、お迎えの時間みたいね」


「本当だ。 何処からか音が聞こえる…」


 何もかも曖昧な空間に筋の通った綺麗な鳴鐘が遠くとも近くとも言えない何処からか響き渡る。


 太陽の光が一層強くなり、足元には光が波紋を絶えず揺れ動いている。


「さようなら人の子。 貴方にも母なる太陽の加護がありますように」


 太陽の女神の翳した手から光球が身体に吸い込まれていった。


「こ、コレは一体?」


「ソレはまだ秘密よ。 それじゃ〜ね〜」


「尚の事気にな」


 慌てて聞き返す前に私の視界を光が再び飲み込んでいった。






 ◇◆◇◆



 《メインシステム再起動。 お帰りなさいパイロット》


 何だか永い時間夢を見ていた様な身体の気怠さを感じる。


 私は一体何の位寝ていた?



 《人格制御機能の停止から凡そ3日が経過しました》


 掲げていた聖杯を下ろし、聖杯を掲げた状態で静止して凝り固まった関節を解し立ち上がる。


 空や風にはもう嫌な臭いは消えて代わりに気持ちの良い青空に建築資材を運ぶ緑花の無人機が飛び交っており、周りを見渡すと石畳を覆い尽くしていた瓦礫も今じゃすっかりその姿を消して人々や馬車、無人機が行き交っていた。


「そうだ…コンフェ。 コンフェは何処に行った?」


 足元を探すもコンフェの姿は無く、誰が置いた小さな白い花が沢山置かれているだけだった。


 花を踏まぬ様に跨いで私は街を彷徨った。


 石畳の大通りを彷徨い、路地裏を彷徨い、沢山の人が眠る墓地を越えて彷徨い続けた。


 道中沢山の人々や緑花の職員に手を合わせられたり敬礼をされる等や感謝の言葉にその都度応えていたが中にはもっと速く来ていれば家族は死ぬ事は無かったと涙を流しながら石を投げられる事もあった。


 そんな道程を暫く歩み進んでいるとカモメが鳴く町外れの教会が目に付いた。


 近づけば近付くほど子供の声に混じって逢いたかった人の声も大きくなっていった。


 教会に続く道の側に植えられた花や道を外れた場所全てを覆う植物の絨毯は海風に煽られて左右に揺れている。


 その姿はまるで教会を訪れる者を手招いている様にも見えた。



 《対象者接近中…》


 教会に足を進めていると教会の近くの一本だけ木の生えた小高い丘から此方に向かって来る子供達に混じったコンフェの姿も確認出来た。


 ブースターを吹かして跳躍し、走り回る子供達の側に花びらを散らしながら着陸した途端に子供達がこちらに駆け寄って来る。


「すっげーデカいゴーレムだ…」


「皿頭! 皿頭だ!」


「大きいのにヒョロヒョロだ〜!」


「デッカいんだから抱っこしてよゴーレム!」


「誰がゴーレムじゃい。 私はロボットだ」


 脚をよじ登る子供を摘み下ろしながら揉みくちゃにされていると後から追いついてきたコンフェの姿が見えた。


 顔色も悪く無く、どうやら体調や血の問題もあの時の魔法ですっかり良くなったみたいだな。


「もう走り回っても大丈夫なのかコンフェ?」


「問題ナッシングニャ! そっちこそいつ目が覚めたの?」


「つい先程な…済まないな迷惑かけて」


「ううん。 迷惑なんて思って無いにゃよ。 目が覚めたら動かなくなっていたヘラルドを見た時は皆で心配はしたけどね」


「そうだったか…。 いや、何と説明すれば良いかな…もう記憶が曖昧なんだが太陽の王女を名乗る巨女とお喋りしてたんだ」


「はぁ? ごめんちょっと何言ってるか分かんニャい」


 怪訝そうな顔で頭上にハテナマークを浮かべるコンフェ。


 まぁ…分ってたよ、うん。 頭が可笑しくなったと思われてるなコレは。


「あの儀式で掲げた聖杯から火が溢れてから魔方陣の光に包まれた所で意識を恐らく失ったのだがな…。 気が付いたら見知らぬ都を私は彷徨っていたんだ。 そして暫くしたら私は太陽の王女を名乗る女性と謁見していたんだ。 …内容はもう思い出せないんだが最後に太陽の王女の手から離れた光球が胸に吸い込まれていった事だけはハッキリ覚えているんだ」


「ふむ…。 俄には信じ難いけど多分ソレ【輪廻の都(リングドシティ)】ニャね」


「輪廻の都?」


 あの全てが曖昧な空間に名前があるのか。



「そう。 所謂あの世って奴だね」


「この星にも死後の世界があるんだな。 と言う事は私はもしかして死んでいた?」


 光に驚いて死んだと仮定すると私はマンボウよりも貧弱って事!?


「う〜ん…。 多分ヘラルドは有機物としての肉体を持っていない状態な訳だから多分この世界の魔法や魔術からは死んだ者として現世から弾かれたんじゃニャいかな?」


「な、成る程な…」



 もし私がこの星の現世とあの世を管理している存在だったらまさか無機物に人間の意思が移植されているとは思わなんだ。


 妥当と言うか当然と言うか…外道で倫理観が吹っ飛んだ技術が生命の法則から外れているのは仕方ないか。



「じゃあ私は何故戻されたんだ…? 」


 頭に登る子供を摘み下ろしながら思案するが思い当たる事は無く堂々巡りするだけである。


「確か太陽の王女を名乗る女性と話をしたって言ってたよね?」


「あぁそうだ。 恐ろしく大きな女性だったな」


 胸もビックサイズ…いや、テキサスサイズか?


「多分その話し相手本物の神様かもしれニャイ。 太陽の王女は古代の文献でも何度か死にかけた人を現世へ力を与えて送り返したと記述があるし」


 子供から花冠を被せらたコンフェが子供の頭を撫でながら懐から取り出した使い古されたメモ帳を捲りながらそう答える。


「それに…さ、まだ気が付いてにゃいの?」


「…?」


 はて、何を見落としたんだ私は?


「身体だよ身体」


「私の身体ぁ…?」


 指摘されて慌てて身体の隅々を触るが特に特筆的な変化は見られない。


 関節の可動域も変わらないし性能が向上した感じも見受けられない。


「う〜む…分からんなぁ」


「ゴーレムさん! お花あげりゅっ!」


 自らの変化が分からずに悩んでいると足元で子供達が私にオレンジ色の可愛らしいお花を差し出してきたので崩さない様に受け取る。


 随分活力のある花だな…見た目からすると私の星で見られたマリーゴールドと呼ばれていた花の様な見た目だ。


 然しこんな綺麗な花がこの辺りに咲いていたか?


「かたじけないな…いや然しこんな綺麗な花を一体何処から摘んできたんだ?」


「「「脚だよ!」」」


「脚ぃ!?」


 子供達が一斉に足元を指差すので気付かぬ内に花の群生地を踏んでしまっていたのかと慌てて足元を覗き込むと其処には…。



 成長開花枯死を繰り返している草花の姿がそこにはあった。


「ななナna、なんじゃこりゃぁッッ!?!?」


「やっと気が付いたにゃね…」


「すっげー手品だ〜」


「どうやるの! 私もやりたい!」


 興奮する子供達を他所にやっと気が付いた私に呆れるコンフェが私の肩に飛び乗ってくる。


 呆れと好奇心が半々混じった目線を向けてくるが返答に困るな…。


「コレが太陽の王女の加護って奴なのか?」


「多分ね。 魔力の系統も回復系寄りの物だし、ヘラルドは異星の人間だから魔力を保有し慣れていないからか足元に魔力が逃げてしまってるから植物が異常成長を繰り返しているのが何よりの証拠にゃね」


「魔力を持つと言うのはこんな感じなのか」


「魔力の制御に関してヘラルドは赤ちゃん以下にゃ。 魔力の垂れ流し具合を見るに赤ちゃんよりも踏ん張れて無いね」


 そんなウンチを我慢出来ない赤ちゃん以下レベルと言われてもなぁ…。


 穴が無いのにどう引き締めろっちゅうねん。


「どう制御すれば良いんだ…」


「お腹でフンッてやるんだよ!」


「ギューでギュン! だよ!」


 子供達が両手で足を開いて拳を作り、構えの動作を見せてくるので私も同じ様に脚を開き拳を握る。


 奇しくもコレは柔道の様な武道の作法であり自然と腹の奥に力が漲り、身体の芯を流れる暖かい血液の感覚を掴む事が出来た。


 目を閉じ遠く暗い空間に何やら星座の様な光の繋がりが見える…恐らくコレが魔力と言う奴なのだろう。


 《システムより原点不明のナノマシン型エネルギーユニット反応を確認。 システムアップデートを開始します…》


 目を閉じていてもハッキリと魔力を感じられる。 大気中を漂っていた魔法と魔術の起動発動終了を担う人類の変異したナノマシンのエネルギー源。


 呼吸によって酸素と共に肺胞で身体中を駆け巡りそしてナノマシンの原動力となる。


 神様が実在するかは置いといて太陽の王女の加護は恐らく血の通っていない私の身体にこの星のナノマシンが存在出来る下地を作ってくれたんだろう。



 太陽の王女と呼ばれる者が何を目的に私の身体を弄ったのかは分からんが有益ならば使わないと損だろう。


 《システムアップデート完了。 エネルギーユニット制御機能【ティファレト・システム】を起動します…》


 新たなシステムが起動すると足元で成長開花枯死の循環を繰り返していた植物の動きは止み、何事も無かったかのように海風に揺れ始める。


「あれ? もう魔力制御が出来る様になったかニャ?」


「ん? あぁ…システムを新たに構築したらエネルギーを身体の内側に留める事が出来る様になったぞ」


「僅かな会話の合間で!? んニャ無茶苦茶な」


「子供達のアドバイスが良かったんだなガハハ!」



「えぇ…」


 困惑するコンフェを他所に子供達を肩に乗せて遊んでいると私が此処まで登ってきたアルケーの港町から昼を知らせる鐘の音が海の煌めきと共に響き渡る。


「ベルカ様ぁ…お腹すいたー」


「僕も僕も!」


「お腹すいた〜」


「なんか食べたい!」


「お昼ご飯の時間!」


「今日は何ー?」


 鐘の音に脚を止めると肩から降りた子供達がコンフェを囲み空腹を訴える。


「そうだね、みんなそろそろ帰ろっか」


「「「ご飯ご飯!」」」



 お昼ご飯に浮き足立つ子供を見ると子供はどんな時も元気だなぁ、幼少期の私もこんな感じだったのかな…。


「よ~し! 聞け子供達よ! 私がすっげー上手い飯を作ってやるぞぉっ!」


「本当!?」 


「ゴーレムにご飯が作れるのぉ?」


「お口無いのにご飯出来るの?」


「やったーご飯ご飯!」


「出来らァ! 私に付いて来い! 孤児院に戻るぞコンフェ。 可愛い腹ペコ虫達の背中とお腹がくっつかない内にな」


「そうニャね! 皆、お手繋いで行くよ!」


 コンフェの手を繋いだ子供と私の肩に乗せた子供達と共に私とコンフェは町に脚を進めて来た道を辿るのであった。


 空は雲一つ無く澄み渡っていてまるで踊り明かした後の心象風景の様に心地良い。


 もし叶うならコンフェの手を繋いでいるのが私だったらもっと良かったがな…。


 でもまぁ…子供達の笑顔を見ていられるのも良い気分だ。







 ◆◇◆◇


 さてさて私達は孤児院と併設された教会の敷地内に再び帰って来たのだがある致命的な問題に気付いてしまった。


 それは私の図体では孤児院の調理場に入れないのである。 今まで規格外の緑花の敷地内にいたので忘れていたが普通は4メートル前後ある私が入れる建物は基地等の施設だろう。


 

 「う〜む…困ったなこれじゃ調理場を利用出来んな。 公共の調理場も遠くだと聞く…う〜む…」


 「私が魔法で敷地内に調理場を作ろっか?」


 「ありがとコンフェ。 だが自分の力でどうにかしたいのだよ」


 自分でどうにかしたいと口走ったが本当にどうしたものかなぁ…。


 

 《願いを受諾…承認。 ティファレト・システムの一部権限が解放されました》


 む?

 

 一部権限の解放だと? 


 一体どんな権限が…?


 システムの報告の刹那、身体の芯の奥で点と点が繋がった感覚が駆け巡る。


 《イェソド機能解放による身体変形魔法及び魔術の使用許諾を承認》

 

 「へ、ヘラルド!? 身体が縮んでるニャ!」


 「おぉ! 魔法凄いな!」


 「「「ゴーレムの魔法すっげー!!」」」


 子供達とコンフェの驚きと共に私の身体はみるみる縮んで視線が下がっていく。


 そして縮み続ける身体は皆よりも頭数個分、平常時の半分以下辺りまで縮小して止まった。


 身体に違和感は無いし武装も私と同じく縮んだが壊れる様子も無い。


 本当にこの星の技術は便利だ…まさか私も使える様になるとは思わなかったがな。 


 「物体を縮小する技術は有れど意志の有る者を縮小出来るとは思わ無かったにゃ」


 「へへへ…どうだコンフェ。 コレで私も何処でも料理が出来る様になったぞ」


 「最初に思い浮かぶ事が料理にゃんてヘラルドらしいね」


 「モチのロンよ! コレで調理器具が持ち易くなったぜ!」


 図体と怪力で調理器具を壊すリスクを考えないで済むのはとても大きなアドバンテージだ。


 もう身体が料理を作りたくてウズウズしているし、この星で出来る事の幅が一気に拡がったので心も足も浮き足立っている。


 「早速中に入ろうコンフェ。 海風で身体が冷える前にな」


 「そうにゃね、丁度お祈りの時間だし皆中に入るにゃよ〜」


 「「「は〜い!」」」


 半分以下辺りまで縮小した私の身体を興味津々でコンフェと一緒にペタペタ触っていた子供達がコンフェの掛け声で次々と正面玄関を潜り抜けて礼拝堂に向かって行く。


 そうして私とコンフェだけがその場に取り残され、子供達の声が遠くなり海風の鳴き声だけが私とコンフェの耳を通り過ぎていく。


 何だかんだあって2人きりになれたのはとても久しぶりな気がするな。

 

 「今まで言えなかったがコンフェ…色々お疲れ様」


 「ありがとヘラルド。 でもどうしたの急に?」


 「いやさ…お前が沢山血を流した時から側にいられなかったし、労い事も今まで出来ていなかったからな。 今このタイミングで言うのが良い機会だと思ってな…」


 倒れた後に傍に居られなかったのが気掛かりで申し訳無かった…ただそれだけの事だ。



 「そうゆう事ね。 まぁ…これからもっと忙しくなるかも知れないけどね」


 「まぁそうかもな。 だが俺とお前なら嬉しい事も悲しい事も乗り越えられるさ…2人で最強だ」


 今まで人生お互い悪い事続きだったんだから好転するしか無いだろうよ。


 その道筋で失う物は好転反応の一つか二つに過ぎない筈だ。


 「2人で最強…か。 強ち間違ってにゃいかも」


 「だろ」


 「これからも末永く宜しくヘラルド!」


 「あぁ此方こそ!」


 改めて力強い握手と長いハグを交わす。


 数百年振りに人の目線に近い身長になってした抱擁はお日様の様な温かさと匂いがして心地良いな。


 …コンフェとハグするから心地良いのかも知れないが。


 「じゃあ早速、裏手の方から調理場に案内するニャよ」


 「済まないな」


 「大丈夫にゃよ。 忙しい修道女の人達の手伝いで調理場を使う事もあるしね。 でも手伝うと何時も聖女様に仕事させたら罰が当たります! って怒られてしまうんニャけどねニャハハ…」


 そらそうだ。 役職的にも政治的にも立場が上の者に自分達の仕事を手伝わせて何かあったら二重の意味で首が飛びかねないからな。


 「その修道女の皆様は今何方にいるんだ?」


 「多分この時間はまだ傷は治ったけど体力が戻りきって無い人達の身体を拭ったりしてると思うから子供達のご飯はまだ作れていない筈にゃ」


 成る程な。 なら私が何かしてても邪魔にはならないな。


 

 「しっかし庭が随分と綺麗に管理されているんだな」


 「緑花の職員を庭師に割り当てるから綺麗なんだよね。 時々一緒に子供達と一緒に野菜とか薬草を植えたりもしてるんだ」


 孤児院の回廊を歩いていて目に映るのは丁寧に剪定された庭木や煉瓦で舗装された畑と花壇、普通なら淋しくなりがちな敷地面積の広い建物の裏手を優しく陽だまりが留まっているかの様に整えられていた。


 少し前の惨事を知らぬ顔で

蝶々が花壇の花に止まり蜜を吸っている姿を見ると何気無い穏やかさを見ると私はどうにも歯痒さを感じてしまうのを自覚してしまう。 

 

 それが戦場に惹かれているのか今更銃を握り締め無くて良い生き方を提示されて困惑しているのか私は調理場に繋がる裏手の扉の前に着いても分からなかった。


 「着いたよ。 頭ぶつけない様に気を付けるにゃよ」


 幾重にも使い古されて色が剥げた黒い金具の付いた扉を引いてコンフェが入ったので私も続いて扉を潜ろうとすると頭に鈍い衝撃が走る。


 「分かってるっteアダァッッ!!?」


 「ニャハハ。 だから言ったのにぃ〜…」


 イッテェェ…。 身体が縮んでるとは言え身長は2メートル前後あるからまだまだ不便だな。


 ぶつけた頭を擦りながら周りを見るとひんやりと暗く寒い空間に麻袋や俵と言った物や木箱と壺が沢山置かれており、試しに覗き込むと果物や野菜や調味料、何かしらの液体が満たされていた。


 それらは確りと乾物倉庫とそうでは無い物を管理する倉庫と綺麗に分けられていて管理する者の意識の高さが伺える。


 私がいた地球では考えられない文化の混在具合であるがどうやら食料の保存庫みたいだな。


 「うっヒョ〜沢山あるじゃないか。 新鮮で美味しそうだ」


 「昨日搬入したばかりだからね。 優先的に消費したい食材は調理場の扉近くの他よりも寒くなる様に魔方陣を刻んだ場所に置いてあるにゃよ」


 そう言われて光が漏れている奥の調理場の扉近くの倉庫に足を運ぶと乳製品の入った容器に天井に吊るされた干物や塩漬け、燻製にされた肉や魚が置かれていた。


 昔ながらの保存方法だな。


 然しやけに品揃えが良いな…孤児院等の慈善施設は貧しいと言う価値観を地球での基準で考えてしまい異質さを感じる。


 「随分種類豊富だな。 孤児院等はもっとこう…経済的にもカツカツなのかと思っていたが…」


 「普通はそうかもね。 緑花が経営する修道院や孤児院とかは絶対に子供達にはひもじい思いはさせたくニャいの…。 まぁ…経営者視点だと赤字にゃんだけどね」


 「そんな事情があったのか…。 ならば尚の事美味しい料理を腹一杯食わせないとな!」


 「私も手伝うから頼むニャよ。 きっとあの子達もヘラルドが作れば何時もよりも喜ぶ筈ニャ!」


 そういう事ならば頑張り甲斐があるが…何を作ろうか悩ましいな。


 …うん? 赤い札の挟まった木箱は一体何が入っているんだろうか?


 「コンフェ。 この赤い札の付いた木箱は何が入ってるんだ?」


 「ああそれ? 蟹が沢山入ってるニャよ。 普段魔術で凍らせて流通させてたんだけど火災で足が早くなってる可能性が高いから早く使わにゃいといけニャいんだよね」


 

 木箱の蓋を剥ぎ取ると氷漬けにされた蟹が納められて先程まで生きていた様な状態だ。


 だが元来、甲殻類は腐り易い食材なので早く食べてしまうのが良さそうだな。


 

 良し! 蟹を使った料理に決定だな。


 そこに小麦粉に卵と生クリーム、トマトに良質な植物油とニンニクもあればアレが作れるな。


 朧気だが母が好きだった筈のあのカニクリームパスタを…。


 「コンフェ。 作る料理が決まったぞ」


 「本当に!? にゃに作るの〜?」


 他の食材を漁っていたコンフェがこちらに振り返りちょこちょこと側に寄り両手に抱えた食材を寒さで垂れていた耳を立てて興味津々に覗き込んでくる。


 尻尾が小刻みに揺れ動いていて可愛いな…。



 「パスタを作るぞ。 ソースも一からな」


 「手打ちパスタにゃね。 パスタ作りの手伝いなら任せて! こう見えて捏ねて切り分けるのは得意ニャンだからね!」


 「それは心強いな。 頼りにさせて貰うぞコンフェ」


  

  持ち切れない食材をコンフェに持って貰って調理場の扉を開けると換気用の高窓から差し込む光に照らされて石と煉瓦や煤の染み込んだ竈や煙突の繋がる厨房暖炉や独立した小型竈が視界に入る。


 使い古されていても年月を感じさせないのは修道女の方々の真面目さが鈍臭い私にも理解出来る。


 軍隊の規律が無ければ気づけなかっただろうな…。

 

 「コンフェ。 火打ち道具は何処にあるんだ?」


 「ん? あ〜多分まだ暖炉の灰の中に火種があると思うニャよ?」


 「りょ〜かい…」


 暖炉の方に目を向けると確かに暖炉に積もる灰の中に確かに赤外線カメラが熱源を捉えたので食材を作業台に置いて隅にある薪を手に取り近づき、膝を付いて火かき棒で掻き出すと仄かに赤く燻る火種が顔を出す。


 「こう言うのなんて言ったっけな…おりび?」


 「それを言うなら熾火(おきび)じゃにゃいかな」


 「そうそう熾火だ熾火」


 麻くずを毟り熾火に押し当て手で扇ぐと火が息を吹き返したので小枝を焚べて火を強くし、中枝から太い薪を順番に焚べると焚き直しが完了する。


 …電気調理器が恋しくなる様な作業だな、今度コンフェに電化製品の製作をお願いしようかなぁ…発掘品の中にサンプルはあるし仕組みを教えれば寝る間も惜しんでこの星の文化水準に合わせた製品を作ってくれるに違いないしな。


 

 「良し、火力は十分だ。 炒め物用の小型竈はこれか?」


 「そっちはパン焼き用にゃ。 窓側の奴が炒め物用にゃよ」


 「あぁこっちか」


 パン焼き用だから暖炉の隣にあるのか。 で、窓側に並ぶ小型竈が何かを炒める時に使われてるんだな、丁度真上に換気用の高窓が開いているし煙が逃げる様にちゃんと作られているという訳だ。


 大工はこう言う部分も考えて建物を建てるのだから凄いなぁ私には到底出来る技では無いから素直に尊敬の念を抱くよ…。

 

 何てそんな事を考えながら小型竈にも火種を薪に焚き付けて放り投げると弾ける音と共に暗い竈の中を蛍が飛び交う様に火種が散り火が広がり始めたので腰を上げて作業台に置いた食材に視線移す。

 

 「さて…やりますか」

 

 「待ってました。 ちゃんと台は魔術で消毒したから遠慮無く生地を捏ねれるにゃ」


 それは安心だな。 流石に私が作った料理で食中毒何かが発生したら私はもう厨房の敷居を跨げないしね。


 「コンフェ。 卵と植物油、塩を取ってくれ」


 「あいニャ〜」


 作業台に小麦粉を広げてから窪みを作り卵と植物油、塩を入れていく。 指先で卵を崩しながら窪みの内側から混ぜ込んで小麦粉を一塊に成形する。


 ある程度纏まったら生地が滑らかに、弾力が出るまで掌の付け根で押し出す様に伸ばして折り畳み捏ねるのを繰り返す。


 「パン生地もそうだけど意外と捏ねるのって体力が必要にゃよね」


 「だな。 パン屋とかは仕込みで何十個も作ってんだから彼等は凄いよ本当に」


 弾力が出れば出るほど力を必要とする重労働を毎日、日の出ていない時間帯から始めているらしくパン屋の様なパン作りは到底私には真似出来ないな。


 「そろそろ生地を休めようかな、コンフェ済まないが生地を冷やしといてくれ無いか?」


 「了解ニャ。 おぉ〜沢山生地が出来たね」


 「そうだなぁ…こんなにも沢山入ってるニャよパスタ生地を仕込んだのは始めてだ。 スマンな手伝わせてしまって」


 2人で作った生地が作業台で整列する光景は見事なもんだ。


 コンフェが居なかったらこんな量は仕込め無かっただろうな頭が上がらんな。 大変だったろうに彼女は頬に付いた小麦粉を気にする様子も無く笑顔で生地を作業台に刻んだ魔方陣から放出される冷気で程良く生地の水分が飛ばない加減で生地を冷やしてくれているので身体の中に隠していたフライパンを取り出して大きさを調整する。


 「私は好きで手伝ってんだからいちいち謝んなくて良いにゃよ…」


 「そうか。 ありがとなコンフェ」


 「お安い御用だよ」


 大きさを調整したフライパンに剥いて潰したニンニクに乾燥された唐辛子、植物油を入れて火に掛ける。


 じっくり熱してニンニクの旨味と唐辛子の辛味を油に移していくとソースの出来上がりが更に美味しくなるので大事な工程だ。 


 厨房を満たしていく濃厚な香辛野菜の匂いは食欲を唆るだろう…。


 ニンニクがキツネ色になり、旨味が移ったら唐辛子を取り出してから蟹の手足をもぎ取り炒める。


 この蟹汁がトマトのソースを更に味を良くしてくれる筈…。



 甲羅がかなり赤くなってフライパンの底が焦げそうになる位になったら白ワインを入れて火を強め更に煮詰めていく。


 煮詰まったらトマトで作ったソースを入れて蟹の旨味をとことん濃縮すればパスタに和えるソースの大体は完成だ。


 「コンフェ。 そろそろパスタを茹でるから魔法やら魔術で麺状に出来たりするか?」


 「出来るよ」

 

 「ありがと、任せるよ」

 

 コンフェがパスタ生地をめん棒で伸ばし、魔術で器用に麺状にしている間に厨房暖炉の調理鍋に水を入れ、塩を一つまみ投入してから火に掛ける。


 「こんな感じでどうかにゃ?」

  

 「お、ソースが絡みやすそうで美味そうな生パスタじゃないか」


 調理鍋が沸騰するのを見つめていると切り分け作業が終わったらしいコンフェに声を掛けられたので振り返ると打ち粉のヴェールに着飾れた平たい麺状のパスタが出来ていた。


 確かこう言った平たいのはフィットチーネと呼ばれるロングパスタの種類の一つだっけか?


 …絶対美味しいだろうな~畜生! 私にも口が有れば食べれたのに!


 「見れば見る程美しい仕上がりじゃないか」


 「風の刃で切り分けたから断面が綺麗になったんだ。 まさか料理で魔術を使う何て考えた事無かったから驚いたにゃよ」


 これぞ魔術の平和利用…だ。

 

 こう言うので良いんだよこう言うので。


 「早速茹でるぞ。 生パスタは大体2、3分位がベストかな」


 「待ち遠しいニャ〜」


 「私も腹が減ってきたよ…まぁ胃袋、無いんですけどネ! HAHAHA!」 


 「ニャハハ…ヘラルド渾身のロボットジョークは笑って良いのか分からんから辞めるにゃ!」


 「ハハッそう! そのツッコミが欲しかったんだ」

 

 沸騰した調理鍋に千切れ無い様に慎重に作業台からパスタを移していく。 入れたらヘラでパスタが鍋底にくっつかぬ様に時々かき混ぜる事2、3分。


 「綺麗な黄色なってるニャね」


 「本当だ。 …パスタってすげー美味しそうな黄色になるんだな…」


 「もしかして半信半疑で茹でてた?」


 「あぁ…何しろ数百年振りにパスタを茹でたからな。 パスタがどんな感じになるか正直うろ覚えだったんだよ」


 「にゃるほどねぇ…」


 普通の食べ物など機械の身体には不要だったし、そもそも終戦まで戦い詰めだったので気にする余裕も無かったのだ。


 地球を追放されたお陰で余裕が出来た故の料理と言う趣味が出来て改めて食材と向き合う事が出来ているのだから有難いなと感じられる。


 これを戦友達にも振る舞えたらこの上無い喜びもあったんだろうな…。


 「此処まで来たらもう完成だ。 コンフェ、そこの生クリームを取ってくれ」


 「はいよ」


 調理鍋を火から離して茹で汁を少し残る程度に捨て、コンフェから手渡された生クリームと先程拵えた蟹の旨味を合わせたトマトソースを全て注ぎ込んだらパスタにしっかり絡む様に丁寧に和えていく。


 真っ赤なソースは生クリームとパスタの茹で汁と混ざる事により、辛味を抑えながらもその美味しさを損なう事なく優しく色付いて見た目も匂いも最高に美味しそうだ。


 魚介類と乳製品の組み合わせをイタリアの人達が見たら眉を顰めそうだが生クリームならセーフだよな…大丈夫だよね?


 そうであることを祈ろう…うん。 

 

 「パスタが完成したがこれだけでは少し寂しいか…」


 流石にパスタだけでは食卓が寂しいな…何か付け合わせがあったほうが良いかな。


 「昨日の残りのスープがあるから温め直しとくにゃね」

 


 「この匂いはコンソメか、付け合わせに丁度良いな」


 付け合わせに悩んでいると暖炉に吊るされていた昨日の残り物だと言うスープを指差すので中身を見てみると色良いスープに細かい野菜が沈んでおり、僅かに牛骨の風味が蓋を開けた途端に漂うので恐らく丁寧に濾された物だろう。 


 パスタの付け合わせにピッタリだ。


 「じゃあ温め直しを頼む。 先にパスタの配膳をしてくるからさ」


 「落とさ無い様に気をつけてね」


 「あぁガッテン承知の助だ」


 子供の悲しむ顔は余り見たく無いからな。


 

 ◇◆◇◆


 調理鍋を持って食堂に向かうと其処には比較的真新しい暗い木目のテーブルが壁沿いに並び、壮大な絵画が壁を飾り長窓からの拡散光が食堂を照らしていた。


 僅かにテーブルにこびり付いた蜜蝋の臭いがセンサーをくすぐり鬱陶しい。

  


 一旦調理鍋を置いて厨房に戻り木皿を用意していると食堂の大扉が軋みながら開かれて修道女達と子供達が入って来た。


 「え、英雄様ッ!!?」


 「ゴーレムのおじさん! ご飯できたの!?」


 「おう! 御祈りはちゃんとしてきたか?」


 「うん! ちゃんと神様に御祈りした!」


 「良い匂いがする!」


 「お腹空いたー!!」

 

 「心配しなくても沢山あるから喧嘩すんなよ。 はい綺麗に並んだ並んだ」


 私を見て慌てふためく修道女達を他所にわちゃわちゃと足元に集まる子供達が愛おしく、叶うならずっと見ていたいが料理が冷めてしまうので近くに積んだ木皿を持たせて並ばせる。


 …やっぱり子供は硝煙と瓦礫の土埃に塗れて怯えている姿より笑顔でぴょんぴょこしてるのが一番だな。


 「ヘラルド〜スープ温め終わったにゃよ〜」 


 「ナイスタイミングだコンフェ」


 丁度良いタイミングでスープの入った大鍋をコンフェがやって来たので早速子供達に料理を配ろうとすると意識の蚊帳の外にしてしまった修道女達が視界に割り込んでくる。


 「英雄様? いつ頃お目覚めになったのですか?」


 「え? あ〜その…ちょっと前に…」


 「ちょっと、前にねぇ…」


 私の視界に割り込んで来た修道女達の先頭に立つは先頭に立った深い色合いの服装に指に幾つも嵌められた指輪と笏を携えた老婆だった。


 然しその老婆は歳を重ねて弱々しくなる大多数の者達とは違い腹の底から響く様な強さを感じさせ、思わず手が止まってしまう。


 動かそうと思えば動かせるのだが動かした瞬間恐ろしい事になるのを感じ取ってしまった。



 「英雄様…」


 「はい…」


 「高濃度の魔力に当てられて貴方は実に数日間も意識消失の状態でした」


 「あ…」

 

 「…貴方は患者です」


 「え? でも私はロボットだ―」

 

 「何か…言いましたか?」


 「あ、はいスンマセン」


 どうやら有無の発言権は私には無いみたいだ。


 「…分かれば宜しい。 ちゃんと療養と治療を受けて下さいね」


 「あ、はい!」

 

「…話は変わりますが子供達の為に御食事を用意して頂き【アレフ・プフリクス修道院長】より代表して感謝申し上げます」



 そう言いながら修道院長が頭を深々と下げ、先程とは打って変わって厳格な聖職者では無く母としての柔らかな笑みで食堂の雰囲気が切り替わり、それを見ていた子供達が引っ込めていた食器を差し出すので次々とパスタを盛り付けて渡してスープを修道女の方にテーブルに運んで貰った。



 一方でコンフェはと言うと…。



 「プフリクスばあちゃん! もう仕事片付いたブベェェッッ!!?」


 「こんの馬鹿娘がッ!! 無茶すんなつったろ!?」


 修道院長に飛び付こうとしたコンフェが拳骨で撃墜され床に伸されていた。




 給仕を手伝ってくれた修道女達に話を聞いて始めて知ったのだがどうやら村にいたアレフ殿と修道院長は夫婦の関係だそうで教会と孤児院の管理の為に普段離れざる得ない様だ。


 なのでコンフェはこちらに来る度に何かしらの事でああやって伸されているのだとか…。


 寂しさの裏返しなのか素なのか…う〜ん多分アイツの事だし後者だなきっと。



 「しっかしアンタって娘は…良い男を引っ掛けて来たね。 逃すと痛い程の大物だよ…絶対に逃すんじゃないよ」


 「分かってるにゃ。 宇宙からやって来た大物の魚…逃がす訳にはいかにゃいニャ」

 



 何を話しているか聴き取れないが2人が仲良さそうで何よりである。




 「お前達美味いか?」



 「「「美味いッ!!!」」」

 

 仲良ししているコンフェから目を離し、子供達に料理の感想を聞くと口の周りをソースで汚して百点満点の回答が返ってくる。


 

 そうそうこの言葉を待っていたんだよ…料理をさせて頂いた者として美味しいと言う言葉はこれ以上無い歓喜の言語。 …いや、魔法だな相手も自分自身さえも幸せにする素敵な魔法だ。



 長ったらしいコメンテーターの様な感想は要らなくて…ただ一言の賛美が一番私としては嬉しい事である。


 こう言った事は誰かに教えて貰える機会が無かったから何だかむず痒いな…。



 だけど凄く身体が軽くなった気がする。



 …次の戦いも頑張れる、皆んなの笑顔を見てそんな気がした。


 

 


 【煤汚れた切符】 時折地中から見つかる宇宙船の切符 人の指の形の煤汚れが付いている 星々を繋ぐ船は飛び立っては堕ちてゆく 足掻いた希望を捨てて 眠ろうか 走馬灯は待ってはくれないのだから。


 【遺骸の灰】 呪縛者やデーモンが生命から解放される際に残す僅かに温かい灰 誰もが軌跡を歩むのだ 燃え尽きた感情が呪いとなっても 満月の光でも照らせない暗闇で祈ろう 例えその想いが歪められても 焼け付いた全てを貴方に捧げよう。

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