インタビュー
長いですがどうぞ。
Q:お名前と職業をどうぞ
「名前は……まあ、持ってませんね。呼ばれるほど偉いわけではないですし。職業は悪魔をやっています」
Q:悪魔は職業なのですか
「はい。あなた方の言う天使だの悪魔だの神様だのはみんな職業です」
Q:種族とかではなく?
「ええ、本質的には同じモノがやってます」
Q:貴方はどうして悪魔に?
きっかけですか。それはある春のことでした。悪魔になるか天使になるか。それとも別の何かになるか。特に決まっていなかった私は人の世界でたいした目的もなくふらふらと漂っていました。
あっ!もちろん普通の人には見えませんよ。いわゆる『霊的なモノ』ですので。
ふらふらと、とある公園を訪れた時ですね。その少女に出会ったのは。
ブランコに腰掛けたその女の子は、まだ5、6歳でしょうね。穢れないきれいな目で私をじっと見つめました。
ええ、はい。驚きましたよ。明らかに私を見ているのですから。子供や一部の人間には私たちが見えるようですね。その時初めて知りました。
ただ、そんなことはこの場合問題ではないのですよ。問題なのは私が。
あはは、少し恥ずかしいですね。
正直なところ、私はその少女に恋をしてしまったのです。
黒曜石のような瞳に春の柔らかな日光を湛えたその眼が。肩までで短く切り揃えられたつややかな髪が春風に揺れて。きれいでしたよ。人の世界で見た何よりも。
しばらく見つめ合っていました。その時の幸せといったらないですね。純真で無垢な、彼女の興味を一身に引き受けていたのですから。『高級な宝石を独り占めするような感じ』と言ったら分かってもらえますかね。良くも悪くも、興味を持たれる事。考えてもらえる事。物に触れられない私たちにとってこれが何よりの喜びなのです。
母親が迎えに来て、彼女は公園から出て行きました。公園の出口で振り返った彼女を見た時、無性に彼女について行きたくなりました。もう一度、いえ、一度と言わず何度でもあの至福を味わいたかったのです。
彼女の家はわりと裕福でした。優しげな父と母。兄弟はいないみたいでしたね。庭には大きな黒い犬を飼っていました。犬種は分かりませんがほっそりとした犬でしたね。私を見るなり吠えかかってきましたよ。気に入らない犬でした。まあ噛まれる事もないし気にしなければそれまでだったのですが。
彼女のが一人で居る時、母親が目を離した時、両親が寝静まった時、私は彼女の正面に回りその顔を覗き込みました。ただ、そんな時にどうしても邪魔が入るのです。あの犬です。私がうっとりと彼女を見つめていると、敵意を込めて耳障りに吠えるのです。そのたびに私は現実に引きもどされ、不快な思いをしました。きっとあの犬も彼女が好きだったのでしょう。そして彼女もあの犬を撫で、話しかけ、私には向けない笑顔を向けるのです。彼女が犬の吠える声に気が付き、庭に出て犬を撫でる度に私の胸の内に暗いものが湧き上がりました。正直に言いましょう。私はその犬に嫉妬していました。
死ねば良いと思いました。
殺してやろうと思いました。
残酷に、殺してやろうと思いました。
ある日私は彼女が両親と出かけた隙を見て犬に話しかけました。一言、二言。それだけですよ。狂ったように吠え続ける犬を後にして私は家の中に戻りました。彼女たち一家が帰って来るのが楽しみで仕方なかったですよ。
夕暮れ時に帰ってきました。彼女を真ん中にして親子三人。手を繋いで帰ってきました。陳腐な表現ですが、血のような赤い夕焼けでしたね。それは、愛と希望と幸福に満ち満ちた家族の笑顔と見事な対比を成していました。ああ今でも思い出すと体が震えます。犬は小屋に居ました。家族が家の中に入りました。しばらくして談笑が聞こえ始めました。後で分かった事ですが、この日は彼女の誕生日だったみたいですね。
私は犬小屋の前に立ちました。犬が出てきて私の後に続きます。利発そうな眼は白く濁っていました。鎖を噛み千切った口からは血と涎がだらだらと。ははっ。酷い顔でしたよ。庭に面したリビングの窓の外に立ちます。日はすっかり落ちていました。星ですか?いえ、見ていません。きっと月も星も出ていない塗りつぶしたような空だったのでしょうね。私の目はカーテンの隙間から漏れる暖かな光に、耳は時折聞こえる笑い声に、心は逆巻く嫉妬と独占欲に支配されていました。私は一度手を叩きました。それだけです。犬は窓悲鳴のような声を上げてガラスを突き破り、リビングに転がり込みました。家族の悲鳴と食器の割れる音。重い物の倒れる音。水気のある汚い音。明るいリビングで起きる惨劇を光の届かない庭から聞いていました。
騒ぎが止んでから家の中に入りました。ええ、ええ。酷い有様でしたよ。リビングにはまず父親の死体。体中傷だらけでしたが、首の後ろ側が大きく裂けていました。きっとそれが致命傷になったのでしょう。テーブルは倒れて、床に食べかけのケーキが落ちていました。生クリームに血が混ざって……。いえいえそんなにきれいな物ではありませんでした。土の混じった雪のような、汚らしいものでしたよ。血の跡が廊下の奥へと続いていました。廊下の突き当たり。彼女の部屋の前に母親はいました。ドアに寄り掛かるようにして事切れていましたね。右手の指が何本かなくなっていました。覆いかぶさるように犬の死体もありました。所々ガラスの破片が刺さっていました。ドアを通り抜けると部屋の真ん中に少女が立っていました。白いワンピースは胸の辺りまで、血を浴びてどす黒く染まっていました。手にケーキを切り分けるナイフを持って。もう少女には私が見えなかったようです。死に触れて穢れてしまったのでしょう。
幼い彼女はまだ言葉にする事ができなかったようですが、その時彼女の心にははっきりと神様への憎悪が満ちていました。コレが私が悪魔になったきっかけです。
現役悪魔へのインタビューを終えて私は考えた。なぜ、少女は飼い犬以外に笑顔を見せなかったのか。あの悪魔が言っていないだけなのかもしれない。気にする事ではないのかもしれない。もう1つ。犬は生きていたのか。いや、家族を仕留める事ができるほどの体力が残っていたのだろうか。窓ガラスを生身で突き破ればそれ相応の傷を負うだろう。犬は人と違い手や足で顔を守る事ができない。顔から突入したならばそれこそ致命傷を負ってもいいだろう。そういえば父親の死はどうなる。家族に襲い掛かる猛犬に背を向けたのだろうか。そうでなければ後ろから首を掻き切られることなんて無いのではないか。それよりも、鎖を噛み千切った犬に牙は残っていたのか。少女は最後に神を憎んだと悪魔は言っていた。最初にあの悪魔は、良くも悪くも想ってもらう事が何よりの幸福だと言っていた。それならばアイツは神様になるべきだったのではないか?
彼女は両親に虐待されていた。度重なる虐待の中唯一あの犬だけが味方だった。ある日リビングに飼い犬が飛び込んできた。瀕死の犬に翻弄される両親の中に少女は地獄から抜け出す好機を見出した。犬と格闘し、屈む父親の首にナイフを突き立てる。飼い犬と娘の凶行を見て逃げ出す母親を追い、部屋の前で母親を刺す。重傷を負った母親は追ってきた犬と格闘しそのまま息絶える。地獄から抜け出した少女の心には『悪魔のような』惨劇を引き起こした『邪悪なモノ』への感謝が満ち溢れていた。
全て想像だ。証拠など何も無い。悪魔の見た通り少女の家庭は円満だったのかもしれない。その可能性のほうが高い。ただ、あの手の存在は嘘つきだ。やはり円満な家庭など……。
私は考える事を止めた。この仕事を長く続けるコツは深読みしないこと。知りすぎない事。考える事を止めて煙草に火を点けた瞬間視界の端に居た何者かが去っていった。
感想、批評、よろしくお願いします。