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火のない所に煙は立たぬというけれど

作者: けむりぬ

この作品、覚えているでしょうか?

実はこの作者でした。


誤字報告ありがとうございますm(_ _)m


「あー、私の宝物で愛しのトゥルーティアよ」

「はい、お父様」


 目線で訴えかけつつ愛おしい存在である娘のトゥルーティアを呼んだ。

先の言葉で分かるように、トゥルーティアの父親であるグリードは大の親バカである。


 グリードはタレ目の半透明な水色の瞳と少し癖のあるプラチナブロンドのミディアムヘアーの容姿だ。


 娘のトゥルーティアも、父親のグリードと同じく半透明な水色の瞳と、少し癖のあるプラチナブロンドの特徴を持つ。


 父親と違う点といえば、吊り目と顔の骨格の違いだ。

美しい顔の女性と言った感じではあるが、吊り目と瞳の色が相まって冷たげな印象を与えてしまう。これは、幼い頃のトゥルーティアが悩んでいた点でもあった。


 ただ、今では母親に似ている顔を気に入っている。


 トゥルーティアは父親の話に耳を傾ける。


 グリードは、本当に嫌そうにトゥルーティアに告げた。


「本当に残念なことではあるが……ティアに相応しい婚約者が決まった」

「……やっとですか」


 ティアとはトゥルーティアの愛称だ。

ティアは一度ため息をついてから、鈴音のような声でうんざりしたように呟いた。


 なにせ、ティアは今年で22歳だ。


 ティアは、フリーガル侯爵家という貴族生まれのご令嬢だ。

ティアには上に2人の兄と姉がいて、ティアは末っ子である。


 上の2人の兄と姉はすでに結婚しており、結婚していないのはティアだけだった。


 普通、貴族のご令嬢は遅くとも20歳までには結婚している。

ティアぐらいの歳であれば、子供が1人や2人いてもおかしくない。


 ただ、父親であるグリードや、ここにはいないが母親のメアリー、兄のクルス、姉のベリーは、ティアのことをそれはそれは溺愛している。


 ティアの婚姻が遅くなった理由の一つは、家族が原因である。


 ティアは自分が愛されてると分かってるからこそ、強くはいえなかった。

ただ、いずれ結婚するのであれば、なるべく早めがいいとは常々思っていたティアである。


 ようやく結婚できると分かったティアは安堵しつつも、家族の重い愛に遠い目をしてしまっている。

 

 そんなティアの異変に気がついたグリードは、オロオロしながらティアに話しかける。


「どうしたんだい、私の可愛いティア? なんだか、遠い目をしているが」

「い、いえ、ようやく決まったことに、安堵していたのです。お父様が探してくれたお相手なら、安心して嫁ぐことが出来ますから」

「ああ、なんていい子なんだティアは。本当は、ティアを嫁がせたくないんだ。ベリーを嫁がせたのだって、握った拳から血が出てしまうほど、辛かったのに……」


 ……これは事実である。グリードは体格もよく、力も強い。

そして、ティアを思うように、姉のベリーも愛している。握った拳から血が垂れており、周りの人間はドン引きしていた。


 ティアは、自分を愛してくれる両親に感謝している。

大切に育ててくれて心の底から感謝はしているのだが、ティアやベリーには少しだけ荷が重かったのも事実である。


 ティアは慌ててグリードに駆け寄り、声をかける。


「そ、それでも私のためを思って婚約者を見つけてくれたお父様には感謝しています」

「ああああああああ、娘がいい子で可愛過ぎて辛い……。やっぱり嫁がせるのは無しにしたい……」


 机に両肘をついて下唇を噛んでいる。

ティアは嫁がせることを無しにしたいという言葉を聞き取った。


 ティアは慌てて止めに入る。 


 なにせ、グリードはやるといったらやる男だ。

婚約を無しにすることもできなくはない。いや、決めたと思ったら実行するのがグリードだ。


 過去に、出会ったら最後、絶対に生き残ることが不可能だと言われていたドラゴンを撃退したことがある。他にも、辺境の街にて魔物の集団が街を襲う【スタンピード】と言われる現象からも、街を守りきって魔物を全滅させた。


 そしてなにより、グリードが本気で自分を讃えているのが、グリードの妻であるメアリーに大衆の場で振られたにも関わらず、諦めずに結婚までこぎつけたことである。俺はやればできる男だと自負しているのだ。


 グリードにとって、妻であるメアリーと結婚することが1番難しいことであったから。


 不可能を可能にする男、グリード。


 それをティアは知っているからこそ、慌てているのだ。

 

「いえ、それではお母様が悲しんでしまいます。娘の花嫁姿を見るのが楽しみだと言ってくれてましたから……。それに、純白のドレスを着て、お姉様のように、その……お父様と一緒に私も歩きたいですし」

「……ティアああああ! 本当に、君はなんて両親思いの素敵な娘なんだ!」

「い、痛いですわ……お父様」


 グリードにぎゅっと抱きしめられてしまうティア。

ティアはこれで何度目かと内心では思っていた。けれど、ハグを拒否すると過保護の度合いがさらに強くなるので諦めている。


 それにティア自身も、グリードに愛されていると自覚できるから、ついつい付き合ってしまうのだ。


 結局のところ、ティア自身もファザコンと言われる部類の人間であったのだ。


 長くなる前に、結婚の本題に入って欲しいティアは、グリードに話しかける。 


「お、お父様、そろそろ本題に入って欲しいです……」

「! おっとすまない、ついな……。

さて、ティアの婚約者だが……辺境伯爵家のご子息との縁談だ」

「なるほど……、それでは、早速ご挨拶に向かわないとですね」


 ティアは嫁ぎ先である辺境伯に向かう準備を始めようと部屋を出ようとする。


 だが、今度はグリードが慌てて止めに入った。


「待て待て待て、驚かないのかい? あの、辺境伯爵家のご子息だぞ、噂は知っているだろう?」

「? はい、存じておりますが?」


 辺境伯爵家のご子息は、社交界でも有名だ。まったく社交界に顔を出さず、魔物退治を狂喜乱舞の如く楽しみ、人間相手でも容赦はしない。容姿は魔物と人間のハーフのような姿で、見るのも耐えられない程、恐ろしいと聞く。無理やり夜を共にさせられた女は、すぐに正気を失ってしまうなど、とんでもない噂が広まっているのだ。


 【求血の魔人】、血を求める魔物のような人間として、貴族中、辺境領地以外で名が知られている。


 そんな恐ろしい異名が広まっている場所へティアに嫁がせるというのだ。グリードは、覚悟を決めた表情でティアに告げる。


「僕はね、ティア。君に罵倒される覚悟もできていたんだ。あんなひどい噂がたつ男の家なんて行きたくない! お父様は最低です!それしか残っていないなら、私はお父様とお母様の元で暮らしたいですと言われると思っていたんだよ!?」


(あー、最後の言葉は本音ね)


 グリードは、本当にティアのことを愛しすぎている。目に入れても、何をされても痛くないほどに。


 ティアは反応に困ってしまい、苦笑いをした。父親の最後の悪あがきが、なんだか可愛く思えてしまったティアは、自分が重度のファザコンで、すでに手遅れなところまできてしまったんだなと自覚した。


 さて、そんなティアが苦笑いしているのには、もう一つ理由がある。

それはティアの子供時代にグリードから、散々言われてる言葉があったから。


『いいかい、僕の可愛くて愛おしい子供達。人の噂なんて実にくだらないんだ。実際に、自分の目で見て、話すことが大切なんだよ。噂ばかり気にして、周りの視線を気にする小さな人間になってはいけないよ? 分かったね?』

『はい、お父様!』

『んー、君たちは本当にいい子だね!!お父様は君たちのことを心の底から愛しているよ』


 ティアは優しいだけではなく、時には厳しく接して私たちを立派な大人に育ててくれた両親との思い出に浸っていた。


 こんなに愛を注いでくれる貴族の両親なんて滅多にいないことくらいティアは気づいている。それに、これだけ溢れるばかりの愛を注いでくれる両親が私たち子供を悲しませることなんて絶対にさせないことも知っているのだ。


 ティアは心外だといわんばかりの表情をグリードに見せる。


「あら、お父様は、私が噂を気にするくだらない人間だと仰るのかしら?

それに、お父様が目に入れても痛くないと豪語する大切な娘を、そんな人間かどうかも分からない噂がたつ人の元に送るとは思えないのです。私は、それほどお父様のことを信頼していますのよ?」

「ティア……!」


 ガバッと、またしてもティアを抱きしめるグリード。


「お父様?」

「ああ、本当にいい子に育ったなティア。私の自慢の娘よ……。

私がいなくても、君達はもう大丈夫だね。ベリーにも同じことをして、全く同じように怒られてしまったんだ。君たちは、本当に立派に育ってくれたよ。僕も安心して、君を嫁がせることが出来る」

「お父様……」


 この一連の流れは、グリードが出したティアにたいしての試験だった。


 噂に流されず、真意の言葉を探るための試験。

加えて、娘であるティアの本音を聞き出すチャンスだと思っていた。ひどいことをされれば、今まで積もっていた恨みつらみが出てくるのではないかと。信じていた者に裏切られることほど、辛いことはないからである。


 だが、ティアは自分の目を信じている。両親から教わった観察眼を。それにティアは自分が信じていた人に裏切られて死ぬのなら、本望だと思っていた。


 それは、裏切られた相手に対してティアの日頃の行いが悪く、反感を買っていたということだとティアは思っているから。自分自身に問題があることに気がつかなかったティア自身の落ち度だと。


(でしたら私は、潔く死を選びましょう。)


 自分が信じていた人に裏切られて死ぬことになったとしたら、ティアは迷わず死を受け入れるだろう。


 それが、フリーガル侯爵家令嬢の貴族としての覚悟なのだ。


 グリードはティアから離れて、再度言葉を発する。


「さて、別れの挨拶にはもう少し時間があるからね。両家の話し合いやらなんやらで、色々と騒がしくなるが、君が幸せになるための第一歩だと思って受け入れてくれ、ティア」

「もちろんですわ、お父様」


 こうして、ティアの婚約話は終わった。



 父親との話し合いが終わり部屋を出ると、ティアの侍女であるニーナがティアに話しかける。


「ティアお嬢様、メアリー様がお待ちです」

「分かったわ、一緒に行きましょうニーナ」

「はい、もちろんです」


 母親のメアリーの元へ向かいながら、ティアはニーナに話しかける。


「ニーナ、私ね婚約することになったわ」

「ようやく願いが叶いましたね」

「ふふ、このまま独り身で過ごすのかと思ってヒヤヒヤしたわ」

「私たちもです。これほどまで美しいお嬢様を独り身にさせるなど、私たち使用人が許しません」

「ふふ、そういってもらえると嬉しいわ」


 2人で微笑んだあと、ニーナはティアに訪ねた。


「それで、ご相手は?」

「ディスランド辺境伯のご子息様よ」

「なるほど……噂が絶えない方ですからね。あのようなくだらない言葉に耳を傾ける貴族がいるとは嘆かわしいことです」

「ふふ、そうね。でも、噂を出された時点で負けなのよね」

 ニーナが微妙な顔をすると、ティアは小さく笑うだけだ。


 噂は、ティアにとってはどうでもいいことだ。だが、家族や使用人にとってはどうでもいいことではなかった。


 なにせ、ティアが22歳でいまだ独身でいるのには、その噂が原因なのだから。


「でも、噂でめぐり逢うのも、素敵なことだと思うわ」

「お嬢様がそうおっしゃるなら、そうなのかもしれません」

「ええ、そうよ」


 ティアが笑うと、安堵の表情を見せるニーナ。

2人はそのまま、母親のいる部屋を訪ねた。


「いらっしゃい、ティア」


 髪型と瞳は違えど、ティアと瓜二つのメアリーが座っている。

いや、メアリーと瓜二つというほうが正しいだろう。


 メアリーは、白銀のさらさらの長髪で、吊り目の真っ赤な瞳の色は人ではなく神々のような雰囲気を放っている。

 

 どちらとも真顔だと、冷血かつ妖艶な雰囲気を発している。

だが、どちらともその雰囲気に似合わず優しい性格を持ち合わせている。


「お母様、婚約が決まりました」

「ええ、知っているわ。こちらにいらっしゃい」

「はい」


 母のメアリーが座っている椅子の隣に腰掛けるティア。

ニーナが入れてくれた紅茶を飲んでから一息つく。


「あなたに素敵な婚約者が来てくれてよかったわ」

「ふふ、お父様は、あえて噂の絶えない辺境伯様を訪ねたのですね」

「あの人は、家族のためならなんだってするわ。でも、一度広まった噂を消すことは難しかったみたいね」

「気にしておりません。私は、そこまでメンタルが弱くないみたいなので。ただ、家に迷惑をかけてしまったのは、辛かったですが」

「あら、それは無能な貴族が悪いんだから気にしなくていいのよ」


 そうはいうがメアリーは、ティアの噂を聞いた時に心を病んでしまっていたのだ。


 自分に流された噂を愛するメアリーも流されてしまったと。


 そう、ティアの結婚が決まらなかったのは、噂のせいだ。


 ティアの母であるメアリーは、あまりの美貌に嫉妬した貴族の令嬢達に嫌な噂されてしまった。冷血な雰囲気は、血で血を洗う戦いをしてるだの、奴隷を甚振って楽しんでるだの、男を取っ替え引っ替えしてるだの、ないことばかり噂されてしまう。


 貴族は噂を流された時点で負け。


 メアリーの家は中立派の貴族だったため、家自体に大きな損失はなかった。

だが、婚約者が現れることはなく、いつも1人ぼっちだった。なにより、友人も婚約者もいないメアリーは、心を病んでしまい、滅多に貴族が主催するパーティーに足を運ぶことはなかった。


 ティアの場合も全く一緒だった。


 ティアに嫉妬した令嬢達があらぬ噂を立てたせいで、本人が関与していないことを流された。

ティアの母であるメアリーは、心を病んでしまったが、ティアは違った。


 全くと言っていいほど、気にしなかったのだ。

なにせ、父であるグリードが、噂はくだらない、自分の目でみて話して決めなさいと常日頃から言っていたから。自分のことを知ろうともしない連中に、ティアは興味がなかった。


 赤の他人から、何を言われても構わないティアだったが、自分以外の愛する人間が対象になった時、一度本気でキレたことがある。


 ティアが学園に入り、クラスメイトの令嬢から快く思われていなかった時のことだ。


 令嬢達に外から散々悪口を言われていた。その中には、自分よりも立場が上の令嬢もいた。ティアの家は侯爵家、立場が上ということは公爵家か王族になる。ティアの才能と美貌に嫉妬した令嬢達をまとめていたのは、公爵令嬢だ。その令嬢が、家族の悪口をティアに聞こえるように話した。


 その瞬間、ティアの中で何かが弾けた。


 帰った後、自分でも驚くくらいにキレてしまったという。たとえそれが、公爵令嬢という自分よりも上の立場の人間であったとしても、家族の悪口をいう人間を許しはしなかったのだ。


『わたくしのことは、どんな噂を流しても構いませんが、家族のことを悪くいう人間を決して許さない』

『わ、わたくしは、公爵家の令嬢よ!? わたくしに歯向かうと言うの!?』

『だからなんですか? 家の立場を利用するしかない人間なんて、まったく怖くないわ。今すぐお母様に対しての言葉を訂正しなさい……訂正しないなら殺すわよ?』


 ティアはグリードの娘だ。

グリードは、体術や剣術、魔法といった戦闘系のスキル、どれをとっても最高峰の人間だった。魔物のスタンピードや、ドラゴンを討伐したことは全貴族に知れ渡っている。


 そして、グリードに対してのタブーも大人であれば弁えている。

だが、公爵令嬢といえど、嫉妬に駆られ理性を無くした令嬢は忘れていたのだ。


 怒らせてはいけない相手が、この世にいたことを。

権力にも武力にも屈しない貴族がいたことを。


 グリードの力は兄妹全員が継承している。その中で群を抜いて継承したのは、兄のククルスでも、姉のベリーでもなく、ティアだった。


 なかでも、魔力量と魔法に関しては、将来的に父であるグリードを凌ぐほどの才能を持ち合わせていた。

その秘めたる力はグリードも認めているほどに。


 学園に入学する前のティアであれば、グリードほどではないが学園一の才能を持ち合わせるだけの心優しい令嬢だった。


 だが、公爵令嬢の発言により、ティアの中に隠されていた魔力が解放された。


 そう、この瞬間にティアは覚醒したのだ。


『ひぃ、も、申し訳ありません。て、ていせい、させてください』

『いい子ね? ……でも、2度はないわよ?』

『は、はい!』


 公爵令嬢もそれなりに魔力を持つ令嬢だった。学園で上から数える方が早いくらいには実力を持っていた。しかし、それは学園での話。フリーガル侯爵家が持つ騎士団には、令嬢を遥かに超える猛者が集っている。


 ティアは侯爵家の騎士団所属の魔法騎士達と共に訓練をしていたこともある。

ティア自身、魔物の討伐も幾度か行っている。そうでもしないと、ティアの増え続ける魔力を発散する術がなかったのだ。


 そんなティアの魔力を直接浴びた令嬢は、真っ青な顔で腰を抜かしてしまう。

ティアの魔力の余波を受けた魔法適性が低い令嬢や、令息が気を失うほどだ。


 途中から学園の教授達が入ってきて、軽い事件になったことすら、本人は気にしていない。


 だが、この事件のせいで、ティアの噂がさらに加速した。


 【冷血の魔女】という異名もついてしまうくらいには。


 この騒動で、家同士に亀裂が走るかと、流石のティアも肝を冷やしたが、グリードの力で穏便?にことを済ませることができた。ただ、人の口に戸を立てることはできなかったようだ。


「冷血の魔女を気にせず受け入れてくれた求血の魔人様には感謝しなければなりません」

「ふふ、似た物同士ですわね。そんなひとではないと、分かっているのでしょう?」

「ええ、お父様とお母様が認めた人ですから」

「家族思いな子に育ってくれて、わたくしは嬉しいわ」

「お父様とお母様の子供ですから」

「ふふ、そうね」


 優雅に紅茶を飲みつつ、ティアと一緒にメアリーは思い出話に花を咲かせた。


 夕食どきになると、久しぶりにフリーガル侯爵家全員が集まった。

ティアの婚約を喜ぶ家族。ティアは、辺境伯に嫁ぐ未来を楽しみにしつつ、家族と過ごせる残りの時間を楽しんだのであった。


 

 時は過ぎて、辺境伯領へ旅立つ日になった。


「ティア、無理しちゃダメよ?」

「分かっていますわ、お母様」

「いい? 辺境伯が変なやつだったら、魔法でぶっ飛ばして逃げて帰ってきていいからね?」

「ふふ、ありがとうございます、ベリー姉様」

「ティア、寂しくなるね。いつまでも、僕たちと一緒にいてよかったのに」

「そうよ。ティアちゃんずっと一緒にいられると私は思っていたのよ?」


 ククルスの妻であるリリーにも、別れを惜しまれるティア。

ティアは、心の底からこの家に生まれてきて良かったと感じることができた。


「ありがとう、リリー姉様。でも、私が2人の邪魔をしたくなかったの」

「本当にいい子ね、ティアちゃんは」

「ティア……そろそろいくぞ」

「はい、お父様。それではみなさま、今までお世話になりました。

あまり家には帰ってこれないとは思いますが、家のことよろしくお願いします」


 家族と使用人に別れを告げて、家族からハグをされてから、馬車の中に乗り込んだ。


 こうして、家族との別れを惜しみつつ、馬車に乗って父親のグリードと、ティアの専属侍女であるニーナを連れて辺境伯領へと向かったのだ。

 

 辺境伯領に向かうと徐々に豊かになっていく土地を見て、心を躍らせるティア。

ただ、辺境伯領に近づいているということは、侯爵領から離れているということ。


 魔物の討伐で森の中に入ったことはあれど、侯爵領から出ることはなかった。

侯爵領を出てすぐに、ティアは少し感傷に浸った。


(本当に決まったのね……)


 今更ながら、ホームシックに陥っている自分に少し呆れて苦笑する。

ただ、いまだけはいいよねと、父親のグリードに寄り添って馬車の中で、ティアは思い出を振り返る。


「疲れたかい?」

「はい、少し疲れてしまいました」


 本当はあまり疲れていないが、ホームシックになりそうだったとは言えないため、嘘をついたティア。

グリードは、珍しく甘えてくるティアに対して過剰には反応せず、落ち着いた声で話した。


 きっと、グリードにもバレているのだ。ティアが家を離れて寂しがっていることに。


「そうか……、まだ辺境伯領までは遠いから、少し休むといいさ」

「ええ、そうさせていただきます……ありがとうございます」


 ティアは目を瞑りながら、過去の思い出を振り返る。


 ティアは末っ子だからといって極端に甘やかされることはなかった。兄と姉の頭の出来が良かったおかげで、効率的な勉強法であったり、マナーの先生からお墨付きをもらう方法、ダンスの体の動かし方を教えてもらったおかげで、2人よりも早く貴族であるために必要なことを習得することができた。


 時間の空いたティアは、勉強の際に興味を持った魔法の勉強や訓練を騎士達と共に行った。

グリードとメアリーは止めたがっていたが、ティアの魔力量と魔法のセンスを見て、口を出すことを諦めた。


 魔法を使ってる時のティアの表情を見て、何を言っても無駄だと思ったから。

ティア自身も、両親が思うところはあったと勘づいてはいたけど、自分のやりたいことをやってきた。


 魔法に詳しくなって楽しくなってきたのはいいものの、他の貴族の令嬢が魔物討伐に行くことは無い。

どうしてもティアが動くことで噂は広がり、余計に婚約の申し出がこなくなった。


 ティアは民のためにも魔物の討伐は戦闘の才能がある自分も加わるべきだと思っているが、他の貴族は貴族以外の者がやるべきだと思っている。もちろん、武勲を立てたい貴族は自ら討伐に関わるが、他の貴族は騎士団や冒険者に任せている。自分たちの命が最も尊いものだから、我々が関わるべきでは無いと。


 だからこそ、ティアの行動を嫌がる貴族はたくさんいた。貴族のそれも令嬢がやるべきことではない。


 野蛮で冷血で、魔物を狩ることを生き甲斐にしている魔女だと。


 ティアの家族も心配はしていたが、生き生きとしたティアに対して、止めろとまでは言わなかった。

大怪我をする前にやめさせたかったが、ティアは常に無傷で帰ってきた。

騎士団がティアを率先して守りつつ、ティアは守られながら騎士団と連携して魔物を討伐していた。


 ティアにとって、魔物を討伐することは貴族の誇りだと感じていた。


 生き甲斐とはまた違う自分が自分であるための誇り、ティアにとっては大切なことだ。


 だからこそ、辺境伯に嫁げることはティアにとって楽しみでもあった。

大切な人達を守るために、自分から動ける場所だと思っているから。



 家を出て馬車に揺られて1週間が経った。


 辺境伯領に着くのを心待ちにしていたティア。改めて、本当に自分が辺境伯に嫁いだのだと実感した。


 辺境伯領の街であるディスランド街の前には、巨大でいかにも堅固な大門が設置されている。

巨大なドラゴンの攻撃を二、三度までは耐えられそうなくらいには、守りに徹底している。


 街というより、要塞と言われてもおかしくない。

グリードは門番に家から持ってきた許可証を見せると、門番はすんなりと通してくれた。



「さあ、街に入るよ」

「街に入る前にも思いましたが、街というよりも要塞でしたね。街の中の家は普通なのですね」

「ああ、門と囲われた壁は鉄壁だし、結界もあるから翼を持つ魔物も侵入することはできない。つまり、相当安全っていうわけさ」


 つまり、それくらい徹底しなければここには住めないということだ。

そんな危険があるにも関わらず、街に住む人々は笑顔で溢れていた。


「徹底しないといけないくらい、ここには魔物が溢れているのですね」

「そうだね……。ああ、ティア。やはり君はここではなく他の貴族のところに」

「大丈夫ですわ、お父様。わたくし、これでも相当強いのですよ? お父様の力を最も継承した自負はありますわ」

「そうだったね。君は、本当に私の自慢の娘だよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 辺境伯は、管轄する土地が広いとは聞いていましたが、お屋敷までも頑丈そうで大きいのですね。正直、門番をしている方も、大きくてとても強そうな方々ばかりでした。


 人族以外の方もたくさんいて、なんだか心が躍ってしまいます。


 さて、正面入り口に着くと、ご当主らしき人が見えられました。この方もまた、とても強そうです。身長は私の倍はありますね。遠くからでも分かります。噂が流れるとしたらこのお方ですが、どうにも服装からして、私の未来の旦那様ではない気がします。


「待たせて、すまない」

「いえ、問題ありません。わざわざ侯爵様から出向いて頂けたのです。感謝はすれど、謝られることはございません。」

「君はいつも堅いな、グルド騎士団長」


 頭を下げるグルド騎士団長。

グルド騎士団長には、尻尾と牙が生えています。獣人と言われる方ですね。顔には至る所に古傷があります。最前線で戦われるのでしょう、所々から鍛え上げられた肉体が見えていて……とっても素敵です。


「そうでしょうか……目上の方には、この態度が妥当かと。

失礼いたしました……初めましてお嬢様、私はこの屋敷の第二騎士団団長のフェルです」

「ご挨拶ありがとうございます。私は、フリーガル侯爵家次女のトゥルーティアです。

このディスランド辺境伯家へ嫁ぐ前の、ご挨拶に参りました。よろしくお願い致します、フェル様」


 フェル様に挨拶すると、瞬きの回数が増えた。どうやら、私の噂もここまで流れているようだ。


「申し訳ない、とても礼儀正しい方で驚いてしまいました。

フリーガル侯爵様、本当によろしいので?」

「……私は気が進んでいないが、娘のティアが受け入れたのだから仕方がない」

「ふふ、もちろん問題ありません。会ってみないことには、分かりませんから」


 私がそういうと、やはり驚いた視線をこちらに向けてきます。


「なるほど……本当に噂とは信用なりません」

「ええ、私も同感です」

「はっはっは、さすがは、私の愛娘ティアだ。

さて、そろそろ辺境伯のところに連れて行ってもらっても?」

「はっ! 大変失礼いたしました、ご案内いたいます。」


 フェル様の案内で、辺境伯様のところへ向かいます。お屋敷の扉を開ければ、皆様が一斉に頭を下げてお出迎えしてくれました。様々な種族の方々がお出迎えしてくれます。


 獣人族、鬼人族、竜人族に、ハーフエルフの方もいらっしゃいますね。皆様、魔力が満ちていてとても強そうな方達ばかりですね。


「ようこそ、お越しくださいました。

私は、鬼人族で執事長をしております、オバスでございます」

「久しいな、オバス」

「ええ、フリーガル侯爵様も、お久しぶりでございます。」


 立派な角を生やしたご年配のおじさま……とってもかっこいいですね。

……この方も、恐ろしく強い気配を感じます。


「オバス様、初めまして、フリーガル侯爵家次女のトゥルーティアです」

「おやおや、ご丁寧な挨拶ありがとうございます

さて、早速で申し訳ないのですが、ご当主であるグレイ様の部屋には、私がご案内致します」

「ええ、お願いしますね。」

「フリーガル侯爵様、アイザック様がお待ちです。

フェルに案内させますので、ついて行ってください」

「分かった。 それじゃあまたね、ティア」

「ええ、お父様」


 アイザック様は、辺境伯家の元ご当主。早い段階でご子息に領主を頼んだらしいと聞いたことがあります。数字と睨めっこするよりも、剣を振ることの方が自分に合っていると言って。どうやら、それは本当みたいですね。……そういえば、ご当主が変わってからですね、辺境伯の噂が流れるようになったのは。


「オバス様は、この辺境伯様の屋敷に勤めて長いのですか?」

「ええ、アイザサック様のお祖父様の代から、ご一緒させていただいております」

「まあ、それはとても長生きでいらっしゃいますのね……」

「ええ、とはいえ、今となってはあっという間でございましたが」

「ふふ、それだけ楽しかったということですね」


 そう声をかければ、僅かに目を細めて懐かしそうに過去を見つめているようでした。


「左様でございます……それにしても、トゥルーティア様。貴女様は、亜人がいても驚かないのですね」

「みんな、人であることに変わりはありませんので。

あと、その蔑称は使わない方がよろしいかと。あなた方は、鬼人や獣人といった種族の名があるのですから。もっと、自分に誇りを持つべきですわ」

「……ほほほ、大変失礼いたしました。貴女様を試すつもりはなかったのですが」

「許します。でも、自分を傷つける冗談は、私の前では言わないようにね?」

「はい、かしこまりました。

おっと、お嬢様との楽しいお時間は、ここまでのようです。

この部屋にご当主様がいらっしゃいます」

「ええ、案内ありがとう、オバス様」

「はい、失礼いたします」


 扉の前に立ち、3度扉を叩く。


「入れ」


 人の声とは違う。まるで魔獣の唸り声が扉の中から聞こえてきます。私は臆することなく、扉の中に入ります。


「失礼いたします」

「ああ」


 扉の向こうにいたのは、赤く血走る瞳に鋭い視線と、大きな口と牙、ふわふわの真っ黒な毛に覆われた人の姿をした魔獣のようです。噂通りというべきなのでしょうが……その割には威圧感を感じませんね。部屋の中はすこしだけ息苦しいですが。


「初めまして、フリーガル侯爵家次女のトゥルーティアと申します……この部屋、少し息苦しいのですが、ご当主様は苦しくないのですか?」

「……これは俺の魔力だからな、息苦しいと感じない。

それにしても、噂通りの俺の姿を見ても驚かないんだな」


 血走っている瞳が困惑しています。なんだかその姿は、迷子になった子犬のような目線で、おかしくて、つい微笑んでしまいました。私が微笑んだことで、余計に困惑してしまうご当主様。


「申し訳ありません、部屋に充満している魔力が答えかと」

「はは、君には敵いそうにないね……降参だよ」


 部屋に充満していた魔力が、ご当主様に集まっていきます。

本来の姿に戻ったご当主様が現れました。


 真っ黒な髪に、美しい赤い瞳は宝石のよう。先程の逞しい姿とは違い、美しい男性が姿を見せてくれました。


「父上の言った通りだな、君は噂を信じないようだ」

「ふふ、私も噂される人間ですので、自分の目で見たことしか信じないことにしているのです」


 困ったように優しく笑う彼は、とても可愛げがあった。どうやら、私の噂も耳に入っているようだ。


「なるほどね……とても素晴らしい人のようだ

フェルとオバスが通すわけだ」


 悪戯がばれて、反省している子供のように笑う彼が近づいて、手を差し伸べてきます。


「改めて、初めましてトゥルーティア。僕は辺境伯家当主のグレイダルだ。ぜひ、グレイと呼んでほしい」

「分かりました、グレイ様。私のことは、ティアと呼んでいただければ」

「ありがとうティア、これから婚約者として、この土地の妻として、改めてよろしく頼む」

「はい、グレイ様。

……ところで、なぜ皆様は、私を試されるようなことを?」

「ああ……それについても申し訳なかった。すべて、僕の命令だ。

かけてくれ、そろそろ、オバス達が茶を持ってくる頃だろう」


 グレイ様に言われた通り、ソファに腰掛けます。

噂と違って、普通の人族の方だ。誰が流した噂かは分からないけど、相当適当な噂を流したのですね。


 オバス様がティーセット一式を持ってきて、紅茶を淹れてくれました。紅茶のいい香りが部屋に充満します。

香りだけではなく、味も一級品です。あと、なぜかフェル様も一緒でした。


「美味しいかい?」

「はい、とても気に入りました」

「それはよかった。

……さて、先ほどは、というより噂から今日の出来事まで騙したり、試すようなことをして悪かった」


 軽く頭を下げるグレイ様に、私は不思議に思いながらも、グレイ様に頭を上げてもらいました。


「いえ、私は気にしておりませんので」

「そういってもらえると助かる。我が辺境伯領は、魔物や魔獣が蔓延る領地でね、種族に限らず有能な人種を雇っているんだ。でも、多くの貴族は人間主義が多いだろ? 僕はくだらないと思うんだけど、僕の妻になる人が、人間主義で、噂を信じ込む人だと困るんだ」


 確かに、貴族の半数が人間主義です。それ以外は亜人と蔑称されていることが多いのです。

本当にくだらないと私も思いますが、それが人間という生き物であるということも分かっているつもりです。

グレイ様は、容姿がいいので、夜会に出れば、さぞおモテになることでしょう。


 婚約相手が見つかっても、条件が厳しいというわけですね。


「なるほど……だから、あらぬ噂を立てたのですね。

ご自身が化け物のような噂を流したのは、グレイ様本人だったわけですね」

「正解だよ、さすがに変な噂を立てれば、寄ってくる家は限られると踏んでね。

噂だけを信じる貴族と関わりを持つだけ無駄だしね。有能な貴族であれば、どんな噂が流れていようとも、領地のために、こちらに協力的になってくれるし。君のお父上のようにね」


 お父様も、お母様の噂を信じずに、しっかりとその人をみる方ですからね。

とても相性がいいのでしょう。


「火のないところに煙は立たぬというけれど、誰がどこで煙を立てているか分からないだろ?

ティアのようにね」


 彼も、噂には流されないということですね。

ただ、念の為確認したかったということでしょう。私が本当に噂とは違う人間であると。

ここは様々な人種がいるからこそ、人間主義では困りますものね。

私の噂では、人間主義か判断できなさそうですし。


「ふふ、確かにあらぬところから、煙を立てられてしまってますね」

「馬鹿な貴族達だ、こんなにも美しく芯がありつつも、隔たりのない彼女を放っておくなんてね」


 そんな美しい顔で言われると照れてしまいますわ。


「あら、そんなに褒められると照れてしまいます。

家族以外の方に、そのようなこと言われたことはありませんから」

「使用人にもかい?」

「ふふ、使用人は、私たちの家族と同じですから」

「ははは、そうか、やっぱり君とは気が合いそうだ」

「ええ、私もそう思いますわ」


 噂とはかけ離れたとてもいいお方のグレイ様。さすが、お父様が選んできた人ですと、つい思ってしまいまいた。


「人間主義と噂の件は分かりましたが、なぜ魔獣のような姿を?」

「ああ、ここは本当に強い魔獣が姿を見せるからね……これは、僕のわがままで、もし館が襲われた時に、咄嗟に動ける人がいいと思ったんだけど……」

「ああ、私が見破ってしまったと」

「はは、そういうこと。でも、あれだけ冷静に考えられるなら、問題ないと思う」

「それは、お眼鏡にかなって何よりです」

 

 席を離れて、私の隣に座るグレイ様。


「うん、僕は君を今後一生手放すつもりはないよ」

「あら、それはとても嬉しいわ」


「一目見た時から、ティアが好きです。

僕と結婚してください」

「ふふ、はい喜んでグレイ様」


 こうして、私たちは無事、素敵な婚約者に巡り会えたのです。

日取りを決めて、一度屋敷に戻り、家族全員に素敵な婚約者のことを伝えました。

お母様にも、婚約のことを伝えると、領地から飛んで来てくれました。

涙目で喜んでくれるお母様を見て、私も安堵しました。


 数ヶ月後に、私たちは結婚しました。

白いドレスを身に纏った時に、号泣している家族を見て、私もついもらい泣きしてしまいました。


 噂なんてくだらないと思っていた私ですが、噂のおかげで素敵な結婚が出来たことを、心から幸せに思います。


 火のないところに煙は立たぬというけれど、本人と会うまでは分からないってことですわね。


 これからも噂を信じずに、自分の目で見て、しっかりと物事を決めていきたいと思います。


           〜おしまい〜




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