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天地生まれの英霊譚  作者: 庵下 流
『夏至の日』
6/24

「夏至の日」6 ─ 先触れ 2



─── 風痺術包、残数十二。対象群からの思念索敵行為確認。六体からなる小隊二つが接近中。

 

 コマネッタが突き出している左手がぎゅっと握られる。

 破裂音が止んだ。

 静まって微動だにしない臙脂色の少女の傍に、薄鈍色の技官服が背を低くして片膝立つ。


「距離は」

「まだ十分ありますの。でも術包が切れてます。制圧力が足りないかしら。三発当ててもまだ動くほど、元気な個体があるのですね」

「あいつらの所属が特定できるか。どこの部隊だ」


「……ネズミですから」

「ん?」

「大型の黒毛鼠の変異体。この大陸では見たことないような。とても凶暴。その割に群れの統率は軍隊並み。きっと獣魂束縛術を操る小隊長ネズミが、見えないところに隠れているのです」


 シャドームは、左手の青い粒石を埋め込んだ指輪を右の人差し指で撫でながら、コマネッタの左手が伸びる方向を見つめる。


「いくら夏至の日だからって、夜でもないのに魔物がうろついているのかよ」

「魔物ですか?」

「大型獣を悶絶昏倒させる風痺術に耐える軍隊ねずみだぞ」

「凶暴化されて操られてる、可哀想なネズミなのです」

「脅威だ。破壊しろ」


 シャドームの指輪が赤く色を変えた。コマネッタの左手が細かく震える。

「可愛いネズミは好きですから。壊しちゃダメです」


─── 風痺術包、充填二百。術元強化三倍。


「可愛くはないだろ。だったら、親玉を見つけて捕縛しろ。魔力圧縮した風痺術包を装填した」

「親玉は、もっとずっと遠くに……」

 コマネッタは息を呑んで、それから遠くの森を睨みつける。

「『呪い神』が憑いた化け物がいました。彼方の湖の近くに」


「遠すぎる。目の前の指揮官ねずみを狙え」

「見つからないのかも。長距離遠隔誘導とか?」

「六匹ひとまとめで行動するなら、その中心に存在するはずだ」

 再びコマネッタの左腕に、破裂音と煌めきが起こる。

「近づいてきていた群れが、ふたつとも止まりましたの。でもこれ、壊れちゃってな…ひゃあ!」


「変な声を出すな。副魔装に魔解欺瞞弾を準備した。術包と一緒に振りまけ」

「乙女の魔装に、変な物入れるのはいけないですから!」

 むくれ顔のコマネッタは、伸ばした左の手首を捻った。


 たちまち白と青の輝きと共に、破裂音の二重奏が始まる。

「師匠なら、持っている予備魔装までいっぱいに準備するだろ」

「先生はちゃんとお話ししてくれて、呪法諸元までご説明してから入れるのですねっ」

「わかったから、光学精査に集中しろ。隊長ねずみは見つかったか」


 唐突に視界が虹色に歪んだ。

 シャドームは、指に絡まる螺旋輪が赤黒く光りだす前に気付いて接地路を開ける。

 額に嵌めた放伝素子の可溶片が、音を立てて消し飛んだ。


 頭の中を掻きむしられるような激痛。

 圧力に負けて身体中の隙間から吹き出す体液。

 消化管に傾れ込んだ血がぐつぐつ煮えて、今にも腹が破裂しそうだ。

 意識が沈む。思考が欠片になり、まとまらず抜けていく。


「兄弟子っ!」

 少女の震えた叫び声が、辛うじて聞こえた。

「反撃喰らったぜ。欺瞞弾が遅かった? 呪術使いの魔物が相手か……」

「兄弟子…お亡くなりはダメですっ」

「名前で呼んでくれ。もう確認できただろう。相手はなんだ?」

 視界が戻ってくる。同時に体のあちこちから激痛も届く。


「生存してますか? うずくまって、とても痛そうです。いろんな所から血がいっぱい出てますか。兄弟子」

 コマネッタは変わらぬ姿勢のまま、顔だけシャドームへ向けて残念そうな口調で言う。

「オレの名はシャドームだ。逆探知できてるだろう?」


 そこまで言ってシャドームは気づいた。

 焦点が定まらない視線の先で、コマネッタの右手が上がっている。

 血まみれの手首は原形を留めていない。


「ネズミの隊長は、やっぱりネズミです。光学虚像の一部だけ再生が可能かも。見たいですか」

「……珠宝魔装を使ったのか」

「赤茶けた毛艶の角ネズミなので。『妖精化』されたばかりの神憑きネズミ」

 少女は膝から、ガクンと崩れ落ちる。シャドームが抱き支えた。


 目の前にある臙脂色の袖口から覗くのは、折れて剥き出しの骨と縮んだ筋肉の残骸。血管は焼け爛れ、滲んだ血液がささくれた腱を伝って滴り落ちる。

 特製の技官服はすぐに事態を察知し、肘から袖口までの霊能繊維網を駆使して治療にあたっている。出血は間も無く止まるだろう。


─── 制止の間もなかった。魔力察知と同時に威光街道に接続された。


 シャドームは抱きかかえた少女の向こうに目を向けた。


─── 装填されていたのは『試策八号』だ。標的の魂核に作用し、霊力分解する。


 コマネッタの放り出した鞄は、街道の路肩ぎわの窪みにめり込んでいた。

 表面は赤銅の溜色で、角を護る鬱金色の金具が目をひく豪華な作りの箱型の大鞄だ。ただしかなりの年代物らしく、溜色の艶や金具の輝きは失われ、大小の傷が目についた。


─── 標的は消滅。それどころか、彼女が意識的に鑑別した「可愛いネズミ」すべてが消え去った。招来した霊力量に見合う魔力が「消費」されたが、僅かな差分があったようだ。とまれ、残った鼠の群れは引き上げた。


 鞄の側面にぼんやり現れた奇怪な紋様が、形を変えながら革張りの表面を移ろっていく。

「ここでは満足な治療ができない。コマネッタを王都に連れ帰る。手を貸せ」

 シャドームは、コマネッタを抱いたまま立ち上がった。


─── 無理だ。街道側から遮断された。これ以上の無体を働くと、鑑別技官であれど敵対排除されるぞ。


「師匠を待つしかないか。おい、コマネッタ。意識はあるか」

「……お疲れなのです。放っておいて欲しいかも」

「止血できても、血が足りないと死ぬぞ」

「アビトタッティ子が直してくれてます」

「なんだって?」

「技官服の繊維霊ちゃんです。とても優秀で迅速。あっ、先生のお着替えさせないと」

「技官服は血量まで増やせないだろ。元気はありそうなんで、重いから下ろすぞ」

「重くはないです」


 有無を言わさぬ真摯な視線を受けて、幾分表情の和らいだシャドームは、鞄に向き直る。

「師匠が戻るまで周囲に魔術結界を張る。威光に頼らなきゃ、街道も文句はないだろ」


─── 不要だ。周辺の動静に不審は見当たらぬ。「お嬢」や君の損耗も、技官服の能力で少しは回復する。ただ安静にしているのだな。


「しかし、なんだか不安なんだ」


─── 魔術による結界は、波動過敏な能力者に発見されやすい。敵味方問わずに注目の的になりたいのか。


「わかったよ。……師匠はまだ戻ってこないか」


─── あの白練色の鑑別技官の方が、よほど恐ろしい存在であろうに。


「……恐ろしい目には何度もあっている。師匠がいなけりゃ、オレもコマネッタも今頃は『地獄』で苦しんでるさ」


─── 奇瘡の巫女に付き従うなら覚悟せよ。これは助言であり、苦言だ。


 いつの間にか目を開けたまま眠り込んでしまったコマネッタを草むらに静かに下ろし、シャドームは鞄を睨みつける。

「テメエだって、師匠に拾われた『亡神極宝』だろうが」


─── 「亡神」ではない。「離神」といえよう。創造主である精霊には服従するが、授け先の神に「徳」がなければ離反できるのが自由意志の素晴らしいところだ。


「よくしゃべる極宝様だな」


─── 喋る? 発声器官を持たぬのに? 造られてこの方、一度も喋った記憶が無いのだが。……ああ、悪かった。機嫌を損ねさせてしまったようだな。生物のココロの機微には疎いのだ。謝罪して「黙る」としよう。


「せんせいっ」

 憤懣やるかたないといった表情で、鞄に向けて一歩踏み出そうとしたシャドームは、コマネッタの嬉しそうな声を聞いて振り返る。


 陽に映える白練の服。色そのものが眩い痛さを感じさせるその姿は、遠い昔に物語で出会った、赤子を貪りくらう聖女の絵姿に被って見えた。

 シャドームは思わず目を閉じる。


「コマネッタ。無理をせずにそのままで」

 カレンは横たわる少女の側に腰を落として、血で汚れた臙脂色の袖口に触れる。

「私の装備から必要な活力源に接続なさい。腐敗化無効の呪揉糸を結びます。後は安静に」

 コマネッタの体が小刻みに震える。

「……先生」

「なんでしょう」

「お着替えがまだなのです」

「それはまた後ほど」


 カレンは少女から顔を上げて赤毛の少年を見る。

「師匠、すまない。相手がネズミと聞いて油断した」

 シャドームが目を伏せたまま、絞り出すように言う。


「コマネッタは大丈夫ですよ。あなたの方が具合が悪そうです」

「……『思念伝達索』を不意打ちされた。接地路で呪力を流しなんとか遮断できたが、このザマだ」

「『念呪傀儡の妖精魔導士』ですか」

「まさかな。しかし、酷い目に遭わされたぜ。頭の中身を捻り潰されて、内臓ごと吹き飛ばされた」

「幻覚です。あなたには傷ひとつありません。激痛の惨劇を想起させる精神攻撃に見舞われただけです」

「まだ、体の震えが止まらない。なんなんだ、奴らは」


 カレンは視線を街道とその傍らの鞄に向ける。

「……『極鞄ルイヴィス』共々、街道から遮断されたようですね」

「そっちの首尾はどうなんだ」

「上々です。後は電機石に接触するだけですが、移動が困難になりました」

「師匠。元々、ここからどうやって戻るつもりだったんだ」

 嫌な予感がして、シャドームは語気を強める。

 カレンはシャドームに視線を戻し、困ったような曖昧な笑みを見せる。

「これだけの理力質量、まとめてオレに運ばせる算段だったかっ」

「いえ、そこまでは。しかし想定とは異なった状況になりました。ともかく、街道を使えないのは不便です」


 赤毛の三つ編みを振り回すシャドームから逃れるように、カレンは街道へと歩き出す。

「よもや初手で躓くとは。稀れ神の捕縛からずっと、下手をうってばかりです。監守長に合わせる顔がありません」

 カレンの歩みが、街道と草原を隔てる路肩の前で止まる。


 ─── 警告。対象「鑑別技官カレン-パシオ-ルベド」。現在、貴公の街道利用許可は保留となっている。鑑別院賢人会よりの認可なくば、「王都の威光」全街道路面への立ち入りを拒否する。


「全街道通行手形の効力失効には、王宮の裁定が必要なはずですが。……『保留』とはまた、姑息な手段を使いますのね」


 カレンは左手で、胸元に垂れる首飾りを優しく握り込む。右手を伸ばすと見えない障壁に指先が当たるのがわかった。

 静かな力場の表面に指を滑らせると、微かな金砂の輝きが灯って宙に軌跡を残す。


 ─── 勧告。対象「鑑別技官カレン-パシオ-ルベド」。「命贄章」の使用を確認。時限措置につき、経過時間に特段の注意を払うこと。寿命観測には百分率にて小数点以下十六桁を最小値とし、基準単位時毎、霊力換算数は……。


「近場の鑑別施設まで移動します。急いで」

「急いでって、オレたちも立ち入りできるのか?」

「通行許可のみ有効にできました。時間制限があるのです」

 未だふらふらしているコマネッタの肩を抱き、冷めた目でシャドームが言う。

「移動手段はどうする。コイツは歩かせられないぞ。縮遷洞にも侵入できない」

「……精霊の御心は慈悲で満ちているようです」


─── 往路利用の馬車の存在を感知。こちらに向かって急接近中。


「師匠。何をした? 都合が良すぎるだろ」

「僥倖ですね」

 交叉路の森の向こうから、蹄の響きと車輪の唸りが聞こえてくる。


「……極鞄はどうする。コマネッタの右手がこれじゃあ、持ち運べない」

「極鞄ルイヴィスは意志を持つ聡明な極宝です。状況を判断した最適な身の振り方を心得ています」

 カレンは道側の窪地にひっそりと身を隠すように静かにしている大鞄を一瞥する。


 大鞄の角がことりと揺れた。それからゆっくりと浮き上がる。底にこびりついた泥をボロボロと落としながら、見えない何者かに持ち上げられているかのように、街道の上を静かに動いてカレンの足元に着地する。

 白練色の袖が伸びて、カレンの左手が持ち手を掴むと、まるで空の編み籠のように軽々と持ち上げる。


「技官殿!」

 近づいてきた四輪馬車から衛士が呼びかけてくる。

「よかった。まだこちらに居られたのですね」

 埃を振り撒いて急停止する馬車から若い衛士が飛び降りてきた。


「守護隊本部からの緊急伝がございまして。……何事ですか」

 シャドームに支えられたコマネッタの姿に気づいて唖然とする。

「憑き神に操られた大鼠の群れに遭遇しました。守護隊は事態を把握しておられますか」

「いえ。私に届いた緊急伝は、技官殿を領主様の城館へお連れするようにとの事で」

「部下の技官が負傷したため、最寄りの鑑別所へ向かいたいのですけれど」

「それは……しかし、特命でありまして……」


 若い衛士は、臙脂色の技官服の少女の右手から目を逸らせない。血で汚れた右手の袖に絹蛾繭のような玉がついており、どう見ても手首から先が無いのだ。


「緊急伝を直接拝見できますか」

「はあ。……ですが」

 送信輪の嵌まった右手を持ち上げたまま、目を泳がせて途方にくれる衛士の、すぐ前までカレンが歩み寄る。

「許可をとって読み取ります。送信輪に触れても良いですか?」

「そ、それはもう、許可が降りるのであれば」


 宝珠の髪飾りに彩られた銀糸の髪を持つ、背の高い美しい女性に詰め寄られ、七宝の煌めく瞳に見つめられた若者は、震えがちな右の手を差し出すほかなかった。

 カレンは、その掌に細い指を添わせてから握り込む。

 思わず息を呑んで背筋を伸ばした若者は、まるで金縛りにあったかに身動きが取れなくなったが、次の瞬間には解放されていた。

「ありがとうございます。仔細は承知しました」

 カレンはにっこり微笑んで会釈した。


「この先にある鑑別所で休息がてら待機していてください」

 コマネッタと大鞄を運び入れた馬車に向かって、カレンが優しい声音で言う。開いた扉から顔を出し、色々と言いたいことのありそうな表情のシャドームだったが、一度息を飲み込んでから応える。

「わかった。師匠はどうするんだ」

「守護隊からの伝信に、私宛の直披文が添えてありました。件の盗難事件への助力要請です」

「また、厄介事に首を突っ込む訳か……」

「元々の派遣目的はこちらですよ。古精霊の大晶洞に向かいます」

 カレンは街道に落ちた影を見遣る。

「大鼠の対策は守護隊に任せましょう。鑑別技官としての職務を遂行します」

 古精霊の大晶洞は、森の奥に聳える山々の麓にある。陽が落ちるまでに辿り着く距離には思えなかったが、シャドームは問うのを諦めていた。


「ウルファからの報告があったなら、成果をまとめておいてくださいね」

「アイツは何をやってるんだ」

「大変貴重な『極剣』の分析をお願いしています」

「例の稀れ神の極宝か。だが手に入れたのは今日じゃないか」

「空智の虫籠に落ちれば、直ちに素性が知れるはずです。せめて制御の要が明らかにできれば」

 カレンは何かを握り込んだ左手を胸に当て一瞬黙り込んだ。


「……では後ほど」

「ああ、コマネッタが目覚めたら、師匠を追うのをどうやって留めたらいいんだろう」

「お任せします。うまく諭して、おとなしく治療を受けさせてください」

「自信がない」

「兄弟子でしょう?」

 三つ編みの赤髪が翻って、扉が勢いよく閉まる。


 先刻と同じように、笑顔で手を振って馬車を見送ったカレンは、街道から離れて熱い風に吹かれてそよぐ草原に戻る。

 握っていた左手を開くと、大粒の石晶を乗せた細い剛金で編まれた指輪が見えた。

 青く澄んだ水面の最奥を思わせる丸い石の表面に、ゆらゆらと滲み広がる紺碧の帯が脈動している。


 ─── 縛術韻唱…「開眼「使役「嵐畝」」」


 冷たい一閃の吹雪が現れ、瞬く間に周囲の熱気に飲まれる。

 巨大な影が、カレンの足元まで伸びている。左の拳を握りしめる彼女の髪と同じ輝きを持つ毛並みの巨馬が現れていた。


「随分と久しぶりの景色だが、幾分暑いな。…暑いという感覚も忘れてはいなかったようだ」

 成長した英馬をひとまわり大柄にした体躯で、どう見ても馬なのだが、その口からは人の言葉が発せられていた。


「うむ。この体は具合が良い。生命力に溢れている。英馬の始祖を模ったか」

「知りうる限り最高度の技巧によって生まれた逸品です。機工の芸術品と言って良いでしょう。お気に召しましたか」

「気に入った。ひとまず礼を言おう。ところで今は創霊紀元から何年だ」

「『創霊記』が分かりかねますが、クオリナム大王暦862年です」

「わからぬか。テ・ム・プ則に倣った表現なのだが。始祖帝クリスタ・ムート生誕からは何年だ」

「……確かな記録がございません。およそ一万年前と学んではおりますが」

「なるほど。精霊のお遊びにかまけている隙に、随分と離れたものだ」


「カ・ル・ラ神……」

「そうであった。其方が何者かは知らぬが、一つ望みを知らせよ。可能な限りは叶えて進ぜよう」

「古精霊の大晶洞の門前に、私を移動させてください」

「言葉が半分も理解できぬが、クリュ・セの緘門の外側に移動したいという意味であろうか」

「マジニ山麓の岩壁に設けられた大門なのですが」

「ああ、それだな。目的地はすぐそこではないか。幾年とかかる訳ではあるまいに」

「急ぐのです」

「ならば叶えてやっても良いが、手段は任せてもらおう」

「……どのような方法で?」

「この姿に相応しい立ち振る舞いをせねばならぬ。かといって、駆けてゆくのでは芸がない。ならば…」


 巨馬が青白く輝き出す。まとわりつく光の粒が煙となって、前肩から背にかけて大きな光る渦巻きを成し、その中心により密度の高い波動を生み出す。と、光線が放たれ眩く輝いた。

 巨馬に一対の、これまた巨大な銀の翼が生える。

 

「ペガせ・うスのように空を羽ばたいて優雅に参ろう」

「天馬…ですか」

「天馬と申すか。面白い語感であるな。では、その天馬で参ろう」


 カレンは素早く動いて、その背に跨る。

「翼が邪魔です。うまく騎乗できません」

「なんとかせよ。翼がなくては羽ばたけんではないか」

「いくら大きな翼を得たとしても、これで飛行は難しいでしょう」

「原理力に沿えばその通りだが、精霊力は理を覆す。では行こうか。振り落とされぬよう、しっかりとしがみついておれ」


 カレンが左腕を横に振るう。黒い影が無数に伸びて、巨馬の首から胸に突き刺さる。

「ほう。貴族とは思えぬ荒事だな。精霊の御使をなんだと思っておるか」

「無礼はご容赦ください。これで、どれほどの速度で飛ばれても墜ちはいたしません」

「そうか。では、逆さになって空に輪を描いてもかまわぬな」

「真っ直ぐに、向かってはいただけませんか」


 駆け出した巨馬が大地を蹴ると同時に、広がった翼が力強く羽ばたく。

 飛び上がった馬体を濃い風の渦が掬い上げ、勢いを増して上空に解き放った。

 地上から砂粒に見えるほど高く昇ったその姿は、陽の光を受けてかすかな銀光を放つと、山々の方角に向けて動き出し、青い空に溶け込んで消えた。


森の民  へ つづく。

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