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天地生まれの英霊譚  作者: 庵下 流
『夏至の日』
3/24

「夏至の日」3 ─ 鑑別技官 1

 


   ─鑑別技官─




 この世界には精霊の加護を得た無数の神々が存在する。多くは地に根を張り、その土地の「守り神」として祀られ、いつしか消えていく。時には不穏な「祟り神」や「禍つ神」が顕れ、世界に災厄をもたらしたりもするが、「神狩り」や、貴族の「英雄」、「勇者」によって討伐されるのだ。


 古より在り続ける大地は概ね、貴族や半貴族による統治によって平和が保たれてきた。覇権を競う時代もとうに過ぎ、力を持った幾筋かの「王族」の系譜が、数多の種族、民族を治めていた。


 大陸北西に位置し、広大な大地を総べる「シリカセン大王国」。その王都から縦横に伸びる「王都の威光」と呼ばれる街道の末端に、その領地はあった。

 十八ある直轄領の一つではあるが、僻地であるがゆえ王宮や大貴族の自治領からの干渉は乏しい。代々の領主は、訳ありで王宮から爪弾きにされた家系筋が順番で受け持っているらしいと、事情通氏は語る。


 空高くから俯瞰すれば、ほぼ円に近い境界線を持ち、領土の三分の一を湿地と湖沼、残りは険しい山麓と奥深い森が占める。小高い丘の上に建つ領主の城屋敷を中心とした乾いた平野に街が造られ、そこに人々の生活が集中してあった。


 地方とはいえ直轄地の領主の居館である。石積み重層の基礎部に混凝土と硬木で設たそれは、威容を持って街の中央に門を構えていた。

 その内の長い回廊を二つの人影がゆっくりと動いていく。

 浅紫に藍鉄色を被せた侍従服を着た少女と、件の鑑別技官である。


 回廊の奥にひときわ意匠の凝った扉が現れた。

 少女は急いで扉を支える右の柱に近づくと、豪奢な紋章板の下に埋め込まれた丸い小さな石板を軽く叩く。

 どこかで何かが軋んで、ガタリと音を立てた。

 少女が扉を開け、少し下がって首を垂れた。

「どうぞ中にお入りください。当院の主幹がお待ちです」


 全く外光の入り込まない、窓ひとつない奥に長い部屋。

 躊躇いなく鑑別技官は歩を進める。

 両側の壁に付けられた照明器の放つ冷たい光に照らされ、白練の技官服を際立たせる。


「これはこれは王宮の鑑別官殿。はるばるお越しいただき痛み入る」

 部屋の奥には、磨かれた灰器質の広い机があり、その向こうに座る恰幅の良い人物が甲高い声を上げる。


「満足なお出迎えも整えられず申し訳ない。ただいま立て込んでおってな。領主も院長も居らんのだ」

「承知しております」

「では早々にお引き取り願おうか」

「……院への連絡に、『通伝廟』をお貸しいただきたいのです」


 主幹の男の顔から貼り付けたような笑顔が消え去る。青白い顔色が僅かに陰った。

「王宮鑑別院技官の申し入れだ。お断りする訳にもいかぬか。しかしわざわざ廟を使わずとも、ご立派な通伝器をお持ちではないか」

 男は技官の胸元を飾る蒼い胸飾りに一瞥をやる。


「……お恥ずかしい話ですが、霊力輻輳で機能不全を起こしました」

「なんと。それだけ緻密に制御された『メルタル原石』が不調をきたすとは、いったい何が?」

「稀れ神の捕獲において、メルタルに連なる感応回路を『素子還元』されたようです」

 男の目が異様に光る。


「カ……貴殿の防御機構を突破した? トクリカ森林の街道に現れた逸れ神か」

「不覚にも捕獲を失敗しました」

 男は一瞬身を乗り出し、それから溜息して深く椅子に凭れ込む。


「……そうか。宝珠簒奪といい、この領地を狙う不届きな組織の存在を認めた方が良さそうだな」

「宝珠を盗み出した賊は捕らえたようですね」

「このアカサス領筆頭守護隊の手柄だ。宝珠に大事がなくてよかったが、今後の領内警備に再考が必要になるだろう」

「この領地以外に三ヶ所、宝珠をめぐる騒動が立て続けに起きています」


 男が再び身を乗り出す。

「カ…貴殿は」

「カレンとお呼びくださって構いませんのよ。叔父様」

「ううむ、そうもいかん。貴殿は、王宮は何を知っているのだ」

「大陸北方雪山の彼方で大規模な戦闘が起こりました。このままでは戦争になりかねません」

「戦争だと。この時勢に何を言う」

「凡そ二千年ぶりでしょう。国と国との争いは」


「……どこの国だ」

「北ディアマン」

「金剛人の国か。南北ディアマンでの内戦というならまだ可能性があろうが……。一体どこの国が、資金力で我が『シリカセン大王国』に匹敵する大国を相手に、戦争を仕掛けると言うのだ」

「落日大陸の複数国の連合が相手とか」

「……途方もない話だ。俄には信じられん」

「叔父様…あくまでも噂話です。お分かりですね」

「そうだな。真実を知っても持て余すところだ」


 鑑別技官カレンの瞳にぐるりと虹色が現れる。

「あらためましてお久しぶりです。プレジット叔父様」

「ふん。二十年前に渡した『霊域分香器』はどうした。いまだ手許に戻らぬぞ」

「買い取らせていただきます。叔父様の創られた機工品は質が良いので」

「今更か。貸したものを返さぬのは貴殿の悪い癖だ」

「王宮鑑別院の『中央鑑別廟』に納めましたので、お戻しはできかねます。特級貴族の微分鑑別にとても役立ちます」

 男の瞳が明るい青緑の光輝を宿す。

「そうか! 鑑別廟で。……いや、ならば代金を払え。払わぬなら王宮に訴え出るぞ」

「まだ代金がお幾らかお聞きしておりません。それに、他にもお借りしたいものがございます」

 カレンはうっすら首を傾げ微笑んだ。




     ☆




「厩務長はどこかっ! すぐ捜索を再開する。騎馬隊の準備を急げっ」

 トクリカ森林北部に接する開けた平原に敷設された、守護隊駐屯地の厩務舎に、鋭い女性の声が響き渡る。


「アメティアス様。大声はお控えを……馬が怯えます」

 慌てて飛び出してきた白髪の厩務総括長が困ったように苦言を呈する。

 制された小柄な騎士装束の女性が、ムッとして厩務長に向き直る。


「軍馬がそれでどうする。いや、英馬に失礼だな。許せ」

「恐れ入ります。軍馬戦働組合が絡んできますと厄介ですので」

「組合馬を使っているのか」

「隊軍馬長配下はともかく、馬車や荷車で職務をこなす軍馬は、数を揃える上でも致し方ありません」


 銀灰色に縁取られた狩鎧をつけた女騎士は、小さくため息をついた。

「……私のレルニコーンの血縁で揃わぬか」

「神馬祖霊直系の血筋ですぞ。アメティアス様のご命令とあらば直ちに英馬のみで隊を用意なさるでしょうが、強行軍にレルニコーン殿はお疲れの様子。無理はさせられません」

「そうだが、しかし……」

 女騎士は一瞬表情を歪め、悔しそうに拳を握り締めた。


「アメティアス、何をしている。厩務舎で声を張るな」

 黒髭の偉丈夫が現れた。それを見て厩務総括長は、ホッとしたように会釈し引き下がる。


「父上。……ですが、このままでは」

「わかっておる。だが宝珠は取り戻し、横槍を入れた邪魔者は捕らえた。守護任務は見事に果たした」

「しかし、不埒な間者は逃しました」

「ふむ。あれはべネッツロード領の吟遊詩人という触れ込みで、東の城砦館で催された舞踏会に入り込んだそうだな」

「……私が」

「過ぎたことを悔いても始まらぬ。あれは必ずや捕らえる。だが今は休みなさい」

「……はい。私情が過ぎました。頭を冷やして参ります」

 女騎士は肩を落として踵を返した。


 守護隊副長バリューは、宿舎へ向かう末娘の後ろ姿を見送りながら、眉間に皺を寄せ腕組みをする。

 社交が苦手で馬と走り回る事を生き甲斐に守護騎士にまでなった男勝りの末娘が、初めて芸術肌の若者に興味を示したのだ。娘は自ら領主の許可を得ると、古城跡で催される演奏舞踏会へ参加し、そこへ若者を招待した。


 古城には、王都の威光を永遠たらしめる「メルタルの宝珠」が納められている。勿論警備はあるが、この千年に渡る平和な世の中で、それを保つための重宝に手を出そうとする愚か者はいなかった。

「街道の野良神。中央の鑑別技官。それに宝珠を狙う痴れ者か。一体何事が起きているのだ……」

 小さく呟き、嫌な予感を拭うように首を振った。


─── バリュー殿。よろしいか。


 突然、聴覚に直接声が届いた。

「デュンナーンか。良いぞ」

 平時に「念通輪」経由で話しかけられる事はない。あるとすれば緊急の用件に違いない。


─── 森の奥から悲鳴が聞こえた。 何か争いが起きている。


「戦闘か。場所と規模は」


─── 詳しくはわからぬ。オーギュビー湖の近辺。ワタシには感じられぬのだ。アマシアの初仔からの伝声だ。


「アマシアの仔……レルニコーンか。今は馬房で休んでいるな」


─── ひどく疲れているようだ。斥候ならばワタシが行こう。


「軍馬長が出張るまでもない。エルビムとニースは出せるか?」


─── 暇を持て余している。いつでもよいぞ。


「日没までには確認したい。……では、わしとメイマが騎乗する。すぐに馬具を用意させる」


─── 貴殿が出張るのか。ならばワタシでよいだろう。


「副長なのでな。お主の立場とは違って融通が効くのだ」


───「立場」か。ヒトの考えはよくわからぬ。


 念話が途切れた。

「厩務長。今から二騎出立する。急いで鞍を用意せよっ!」

 バリューは低音で声を張り上げた。




     ☆




 領主の居館にほど近い森の中に立つ、高い塔の最上階に造られた六角面の床を持つ部屋。中央に座面の広い革張りの椅子があるばかりで、壁も天井も貼られた板地がそのままの簡素な作りだ。

 外の熱気は感じられない。何重かの見えない力場が遮断している。

 椅子の周りを囲む六本の薄白く艶光る柱が、仕組みを動かす霊力によって時折かちりと音を立てる。


『お待たせしました、技官殿。「通伝廟」に再接続が叶いました』


「ありがとうございます。断信は王宮鑑別院側の調整不足が原因でしょう。迷惑をおかけして申し訳ありません」

 足を組んで椅子に座る鑑別技官が、低い声音で詫びる。


『お、恐れ入ります。それでは、回路を開きます……』


 微かな雑音の後、女性の緊張した硬い声が辺りに響く。


『カレン様、ご無事で何よりです』


「これは研究部監守長。しばらく連絡できなかった原因は携帯通伝器の故障です。アカサス領の廟の力を借りて、ようやく通伝できました」


『そうでしたか。院長や高位の貴族様方が、それは心配なされて、何度も直接こちらにお見えになりましたわ』


「心配をお掛けしてすみません。院長には今しがた、事の顛末をご報告申し上げたばかりです。途中何やら接続に支障をきたし通伝が途切れてしまいましたが、重点はお話しできましたので問題はないでしょう」


『なるほど……。ですが、くれぐれもご無理はなさらずに』


「恐縮です。とりあえず掻い摘んでお話しいたします。アカサス領を横断する街道で、とても興味深い稀れ神に遭遇し捕獲を試みましたが、何者かの妨害により果たせませんでした。これより捜索にかかります。つきましては、私の部下二名を明朝明けの鐘までに、アカサス領鑑別院まで派遣ください」


『それは、本気で仰っておられるのでしょうか……』


「この機を逃してはなりません。『晶陣行』の術法を使い、『素子還元』の極剣を持つ獲…研究対象…いや、稀れ神です。王宮鑑別院で確実に確保するべきです」

 段々と熱を帯びてくるカレンの弁舌に、通伝先の人物が呆気に取られている。

 

『カレン様、この度の派遣の目的は……』


「重々承知しております。恐らくこの稀れ神が深く関わっている……。件の盗難騒ぎの曲者が、逃走経路に同じ街道を選んでいるのが偶然だと思われますか。追跡した守護隊は待機していた『神憑き』に襲われ、森の入り口にあの稀れ神が現れたのですよ」


『森の関所に現れた野良…稀れ神は、まだ小さな子供だと、アカサス領守護隊の報告にございますが』


 カレンの見事な銀髪を彩る飾り連珠の全てが、瞬間、燃える彩光を放つ。

「姿は愛らしく美しい子供でしょう。ですが、『貴属韻唱』の効力を散じ、『縛術韻唱』の解から逃れる子供です。私に行使された『晶陣行』は三重連を超えます。まさに脅威以外の何ものでもない」


『それは…確かに。放っておいて良い存在ではございません。ですが、カレン様。斯様な脅威に御身が晒される状況こそが、私どもにとっては容認できかねる事態です。まずは一旦ご帰還くださいませ』


 カレンの瞳に渦巻いていた遊色が薄れ、我に返ったようにひとつ大きく息を吐く。

「失礼しました。私の身を案じてくださっている事にはとても感謝しております。しかし、王国、延いては大陸全土の安寧の存亡に関わる非常時です」

 通伝先の声が少しばかり沈黙する。


『監守が判断するには過ぎたご要望ですわ。院長のご許可が下りるかどうか』


「今すぐに『歎願申請』します。『喫緊伝信』です」

 カレンは右手を上げて、差し指を細かく揺らした。

「私の認印を送りました。申請を追認してください」


『カレン様……』


「私の部下は、護衛士官としても優秀です。必ずや成果を持って帰還いたします」


『カレン様。仔細は承知いたしました。ですがくれぐれも「無茶」はお控えくださいね』


「ご安心を。王宮鑑別技官として、鉄壁の信念を持って事にあたるよう肝に銘じます」

 通伝先から、それが恐ろしいのだという小声が聞こえたような気がした。


『申請は完了です。しかし、こちらからアカサス領までは「地間縮遷洞」を通っても明日の朝までに到着は難しいと…ああ、院長から転…』


 唐突に通伝が途切れた。代わりに冷や汗まみれの震え声が響く。


『も、申し訳ございません! またしても塔側の受伝設備が…再三確認したはずなのですが…今すぐ復旧を』


「そうですか。王宮側の伝圧が高いのかもしれませんね。連絡は全て滞りなくなされましたのでご心配には及びません。『威光』消費量の多い通伝を無理強いしてしまいました。お詫びいたします」


『はっ。…いや、そのようなお言葉、大変恐縮…』

 カレンは立ち上がり、階下に降りる螺旋階段に向かう。

「本当に助かりました。ありがとうございます」

 ふと立ち止まって天を仰いだカレンは、すっきりした美しい貌に朗らかな微笑みを湛えて、心の底から感謝した。


鑑別技官 2  へ つづく。

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