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天地生まれの英霊譚  作者: 庵下 流
『騒乱の夜』
27/27

「騒乱の夜」7 ─ 貴属の不和 1 



  ─「貴属の不和」─




 灰器質の机の天板に影が映る。

 その影を指先で叩き、どうしたものかと思案する。

 椅子の分厚い背凭れが音を立てた。


『トクリカ北部の状況については、……未だ報告が』

 消え入りそうな声が、雑音混じりに音響機工から届く。


「院長との連絡も取れぬか」

『伝信の不調で、現地駐屯の部隊からも何も連絡がありません。ガンジ区守護隊の遠征騎馬部隊が向かっていますが、夏至の夜では……』

「わかった。手数をかけるが、何か情報が入ったら、こちらにも報告を頼む」


 領都鑑別院の最奥で、留守を任されたプレジット主幹が危急の対応に追われていた。

 領主の行方が知れない。同行していた鑑別院長や守護隊ごと連絡が途絶えている。加えて、向かった先の聖域『古精霊の大晶洞』は突然の天変地異に見舞われ、その聖域を蔵するマジニ山麓にすら近付けない有様だった。


 来訪者を告げる鐘が聞こえた。


「いやはや、大変な事になった。北域領治のカンガイン卿が対策団の指揮を取る。各地の守護隊からの応援が届くまで、『城館警護隊』も一部を差し向ける」

 瀟洒な手布で汗を拭きながら、この領都の領院司政官が、声を張りつつ近づいてくる。

 プレジット主幹は、少しばかり目線を持ち上げ、豊かな顎鬚を震わせる男を見る。


「ロクディス殿。『古城』の警備に抜かりは無いな」

「ふん。一日に二度も攫われてたまるか。明朝までは『メルタルの宝珠』だけが頼りだ。ここを除けば最も厳重な警護を敷いておる」


 プレジット主幹は、背の高いロクディス司政官を見上げると険しい視線を向ける。

「当鑑別院は、現状況を大変憂慮している。一刻も早く、王都、それに隣領との連携を急ぐべきだ」

「百も承知だ。しかし今、伝信が困難なのはわかっておるだろう?」

 この地で三代に渡り「司政官」を務める名門の貴族は、己れの代での一大事に顔を引き攣らせている。


「通伝廟の機工設備へ霊力を回せないか。情報局は何をしている」

「領都の治安維持に手一杯だ。保安局も人手が足りない。転換路の状況は調査中だ」

「……手も足も出ない有様か」

 椅子にうずくまるプレジットが、目を伏せた。


「鑑別院の連絡網は繋がっているのか」

「有線の伝信機工で辛うじてやり取りできているが、肝心な情報が未達だ。現地がどうなっているのか見当もつかん。アボンヌ卿の所在は?」

「魔導騎本隊は勇者の捜索に出たままだ。宝珠の事件から立て続けの変事。……プレジット卿」

 光を散じる高価な生地の袖を翻し、司政官が両腕を机に突く。


「王宮の鑑別技官はどこだ」

「中央の鑑別院との連絡に通伝廟を使いにきた。その後は、守護隊と落ち合っているはずだが」

 司政官が顔を顰める。

「プレジット卿」

「当初は、カデナ湿地から森の街道関所に現れた『稀れ神』の捕獲に当たっていた」

「それは『禍つ神』の類いではないのか。捕らえた後はどうしたのだ。何の報告も受けてはいないぞ」

「撃退はしたが捕獲は失敗。直属の部下を呼び寄せて追跡すると聞いた。……この件は内密にせよと口止めされたのだ。王宮内院の高官に逆らえるはずもなし」


「プレジット……」

 焦りを滲ませるロクディス司政官に、プレジットの青白い顔の中で彩りを変える瞳が向けられた。

「王宮鑑別院が何を探っているのかはわからん。きな臭いのは感じているが、何が起こっているのか本当に想像もつかんのだ」


 司政官は長々と息を吐いた。

「この地の平穏を脅かす変事を、見過ごす訳にはいかぬ。領主様に万が一の事があったなら……」

「大門の内に居られるのなら、それは過ぎた心配事だな。夏至の日に一番安全な場所だ」

「しかし、マジニ山麓での異変は只事ではないぞ」

 一瞬、沈黙が流れた。

 

「モリオン守護隊長と王族近衛が警護に着いている。徒らに急いても物事は進展しない。とにかく情報を集め、あらゆる事態に対応できる広範囲な連携を構築するのが先決だ」

「それができれば苦労など……」

「精霊のご加護は、真摯に望めば必ずや顕れる。廟に宿る英霊の力を信じるのだ。残された霊力の流れを全て捧げよ」

 プレジットはキッパリと言い切る。

 司政官は唸った。

「各派閥の貴族が勝手に動き出している。我が領の統制が、これほど脆いとは思わなんだ」

「泣き言をぬかすな。アカサスの平和とこれからの繁栄は自分に任せろと、豪語したのは誰だ?」

「……学徒の青二歳の戯言だろう。今日だけで思い知った。嫌な物事が続きすぎる」


 ロクディス司政官の手から小さな丸い円盤が落ちて机に転がった。

 プレジットが目を細める。

「それは、硬貨か?」

「……ドゥス・ルン」

「『帝国聖貨』か。好事家垂涎の骨董品だな。まあ、本物ではあるまい」

「国家経済の根幹は『ミ・ト・ル網』で回るが、足元ではまだ貨幣が生きている。しかし、これが流通しているとしたら大事だろう」

「帝国聖貨で何を買うというのだ。市場で野菜一切れとすら交換は無理だぞ」

「これを持っていたのは、ギルドの雇われだ」

「技流帑? ならば貨幣ではなく商品、工芸品としてだろう」

「……まあいい。これは預ける。この期に及んで古代帝国の影など踏みたくは無い。鑑別院で対処してくれ」


 プレジット主幹は、机に転がる硬貨を睨みすえた。

 薄く円い堅木の枠に嵌った、磨かれた赤銅色の合金片には、傷ひとつない。

 模造品。それとも……。


 呼び鈴が鳴る。

『館主様がお見えになりました』

 ロクディス司政官が首を傾げる。


 プレジットの声が一拍止まり、低くなる。

「応対の間へお通ししろ」

『既にそちらの執務室へ向かわれました』

「わかった。ならば、お付きの従臣方用に椅子を用意してくれ」

『……館主様おひとりです』

 プレジットが眉間に皺を寄せる。


「プレジット卿。現地の状況が知れたなら、直ぐに報告を」

 司政官はそれだけ言うと、そそくさと踵を返した。

 目でその後ろ姿を追いながら、右手が動いて硬貨を握る。


 王宮から来た鑑別技官は、よく知っている人物だ。だがそれを、司政官になど打ち明けられる訳がない。

 身内になった訳ありの少女。その恐ろしい才能と魅了に、貴族としての自尊心も気概も打ち砕かれた。高名な家督を継ぐに足る輝かしい境涯が続くはずだった。だが、静かにその運命は狂ってゆく。

 その元凶が今では、大陸に名の轟く王国内院の高位技官だ。


 技官? 大臣でも閣僚でもなく?

 ああ、わかっている。これは醜い嫉妬だ。

 期待されたどんな位や権力よりも、自分が本当に欲しかったもの。

 プレジットは、目眩を覚えて肘掛けを掴む。


 カレンという王宮高位鑑別技官。

 久しぶりに目にした姿形は昔と変わらない。

 奇瘡の巫女……白い化け物。


 鐘の音が揺らぎ、扉が開く。


 「凶日の夜分に失礼します。プレジット卿」

 まろやかな音色のうちに緋が走る声。

 プレジットは急いで立ちあがろうとする。

「そのままで良いのです。無理はいけません」

 壁から届く寒色の光に、濃い紫の艶を浮かべる礼裳服が映える。その表面を、垂れた美しい金色の髪が揺れ騒ぐ。


「館主ピジュア様。お出向きいただき畏れ入ります」

 領都城屋敷を執り仕切る、「アカサス領夫人」の突然の訪問。プレジットは、起立礼も許されず腰を屈めたまま動きを止めた。

「楽になさってください。この災厄の中、貴方にまで忌みごとが降り掛かったなら、領都どころかアカサス領政の一大事ですから」

 静かに椅子に腰を落ち着かせ、プレジットは改めて領夫人に顔を向ける。

 結い上げた髪から、長い真っ直ぐなひと束の金髪を、耳裏から対で胸元に垂らす。コラムディア人の貴族と一目でわかる白面に、深い紺碧を奥に秘めた明るい真紅の瞳が美しく輝く。いつもは朗らかに笑みを湛える表情が、当然に今は厳しく思えた。

 瞳に合わせたかに真紅に塗られた唇が開く。

「各局からの情報と司政官からの報告で、現在の状況は飲み込めています」

「……面目ございません。鑑別院としてはこれ以上、手の打ちようがございません。現地に向かった騎馬部隊からの報告を待って、方策を立てる準備を整えるしか……」

「夏至の日です。困難を伴う事は心得ています。ただ、マジニ山麓の異変に関しては心当たりがあるのです」 

 プレジットは目を細め、領夫人がここへ来た目的を訝しんだ。


「心当たり、とは?」

「三百年前、『レビゼダンの邪神討伐』の役です。マジニ山で大門を巡る戦いがありました」

「あの戦闘がマジニ山まで及んだと? しかし記録では……」

「『悪是神デ・ネ・ス』は『地憑怪ヅチノキュア』を放って、マジニ山ごと、聖域を汚染しようと企らみました。その時も夏至の日で、大きな地揺れと嵐が吹き荒れています」

 プレジットは眉根を下げ、困ったように言う。

「お待ちください。ピジュア様? そのような話は、見聞きした覚えがございません。風土記にすら記述が……」

「森の神々が防衛し、『腕白の勇者』が大門で迎え撃ちました。しかし、神々とその砦は打ち砕かれ、勇者は及ばず命を散らせます」

 領夫人は構わず話を続ける。その瞳には鬼気迫る焦燥が現れていた。

「それでも聖域は守られました。為したのは、あろうことか『英神』の御力です」

「なっ……」

 プレジットは目を向いて息を呑む。

 

 世界の祖霊神が手を差し伸べる。「精霊の理」を「この世の道理」を、大地の創成主が覆す。あってはならない、起こるはずのない禁断の介入。


「そんなことは、そんなことは有り得ない……」

「王宮でも一部の者しか知りません。貴族も神々も、全ての痕跡を消し去った。なぜならば、それで平和が保たれ誰も不幸にならないからです」

 プレジットは顔面蒼白になった。

 なんと言うことだろう。あの聡明な領夫人、ピジュア様が狂気に飲まれている。……然もありなん。領主グレブル殿下を案ずるあまり、恐ろしい虚妄に囚われてしまっても仕方がない。


「プレジット。私の出自はよくご存知ですよね。故郷はあの戦いの当事国です」

 領夫人ピジュアは、それでも冷静に先を続ける。

「夜明け前に確かめねばなりません。この国に、このアカサスに嫁いで、最初で最後の禁忌を冒します」

「ピジュア様。お願いです。夜明けまで、何卒堪えてください。必ずやグレブル殿下をこの館へお戻しいたします……」

 プレジットは、震える声を絞り出した。


「外法『竜卵の使者』を使います」

 その声音は、聞くものに拒否を許さない、決意を含んでいた。

「司政官は遠ざけました。『血脈の移し身』を起動する機工師を務めてください」

 ピジュアは、緩やかに垂れる左腕の袖を捲り上げる。二の腕に嵌められた赤鉄の腕輪が露わにされた。


「ピジュア様……」

 プレジットは、領夫人の覚悟に怖じける。

 ピジュアは、「古代竜霊」の血脈に連なる貴重な血を引く「コランダ王国」の大貴族の息女である。血潮の赤はコランダの尊厳であり、種族全般を治める正統の証であった。

 その竜霊が自ら封じた禁断の力を解き放つ。高貴な血脈を穢す行為が、竜卵の使者を迎える条件となる。更に使用者は、その類まれな血筋の断絶を覚悟せねばならない。


「時間はありません。無謀は承知です。それでも、これは貴方にしかできない操術です」

 もう何も言い返せなかった。

 「英神」の話が妄想か真実かは、今、推し量る術はない。

 だが、この気丈な女性は、巻き込まれたかも知れない領主のために、全てを投げ出そうとしている。


 プレジットには、立ちはだかる目の前の覚悟したピジュアの装束が、なぜか喪服に思えた。




          ☆




 暗闇を、雷光を孕んだ荒れ狂う竜巻が暴れ回る。

 枝木やその葉が裂かれ、火勢の衰えた護り塚に叩きつけられた。

 微かな弦音が鳴る。

 途端に鋭い閃光が、渦巻く強風に突き刺さる。

 巨大な壁に弾かれるように、竜巻が千切れて形を無くした。


 もぎ取られた巨木の枝が無惨に転がる直中に、朧な影が幾つも飛び込む。

「どこの術師か?」

「この森の者ではない。怪異に紛れて忍び込んだ」

「鏃を『裂刃』に変えろ。ひとつも逃すな」

 言下に気配が掻き消える。


「いや、幾つ紛れたか知れない。勢いは落ちたが、怪異の中では同士討ちになる」

「相組になれ。『神木』に回る」

 影が次々に現れ、そして入れ替わる。


「気遁が効いている。手練れだぞ。支援を呼べ」

「霊域を取り巻く全ての結界を探れ」

「最奥の防衛線には、『草華』と『狼吠』がついた」

「魔術師が『鳴子の網』を起動。受信者は伝達に専念」

「奥に二つ戻る!」

 影がひとつ、筋力を張って動こうとしたその時。

 手首を掴まれた。闇の中で、闘気が走る。


─── 声を出すな。『古秋の銘樹』の根元で。

 束縛が解かれた。留まっていた影が躊躇なく跳ぶ。


 小さな篝火に囲まれた護法の結界。その中心には、太い幹を天高く真っ直ぐに伸ばした、樹齢千年はくだらない巨木が立っていた。大樹そのものが破魔の砦となり、囲む火の輪へ魔力を送っている。その中に、蛍火の波紋が円く揺れる。

 身を低くした花緑青の革鎧を着けた若者が現れた。そしてもう一人。


「若頭。無理せずに我らにおまかせを」

 エルブス族の狩人が囁いた。

「……滋養薬でだいぶ回復できた。案ずるな、ロッカ」

 琥珀色の艶光る髪を揺らして、若頭クレプライドが応えるが、その声は弱々しく掠れている。

「夜陰に乗じる侵入者の目的はなんだ」

「鑑別堂と霊屋。二つにぶれています。標的の違う勢力が混じり合っている可能性も」

「思惑がどうあれ、こちらは両方受ける側だ。氏団の配置は?」

「最奥に然天流魔導院の護りの要。各結界域を狩人達。間を諸部族の選抜者が固めます」

「よし。鑑別堂は誰が守っている?」

「……」

 弓撃ち狩人のロッカが、一瞬返答に窮する。


「鑑別堂は、貴族が」

「貴族? わざわざ守護隊が駆けつけたのか」

 再び沈黙。

「……いえ。『イミフ連』と『マキータン党』の手のものが現れて、鑑別堂の敷地を包囲しています」

「貴族崩れの落ちぶれた、ならず者どもだな。鑑別院が黙ってはいないだろう」

「それが、主導者は『ジャロサイツ卿』の騎士達なのです」

 今度はクレプライドが息を飲む。


「……ああ、なるほど。目的はカルケディスの少女か。精霊の絆が、喉から手が出るほど欲しい連中だ。だとしたら正体不明の曲者というのはっ!」

 ロッカが、いきり立つ若頭の腕を押さえる。


─── その少女は鑑別堂におりません。神の宝を納めに、霊屋へ向かってから戻っていないのです。


 どこで聞かれているかわからない。ロッカの気付きにクレプライドも念話で応える。


─── それが奴らに知れたなら、鑑別堂の護りは危うくなるぞ。貴族とはいえ、あの者達には義理もある。手が割けぬなら、私が。


 一瞬、闇を裂いて眩い光芒が、森の木々を抜けてゆく。


「なんだ」

 ふたりが振り向く。鈍い爆発音が風に乗って届く。

「鑑別堂だ!」

 エルブス族の若者二人が、同時に気配を絶った。



貴属の不和 2 へ つづく。

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