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天地生まれの英霊譚  作者: 庵下 流
『夏至の日』
16/27

「夏至の日」16 ─ 妖精魔導士 2




          ☆

 



 時折り天から飛来する星界の団岩のごとく、一片の慈悲もなく真上から迫り来る暴虐無比なそれは、この礫地を破壊し尽くすだろう。


 言葉を失ったバライカと、背後から少年神を抱き締める妖精魔導士は、直撃から逃れるため、本能的にそれぞれ別の手段をとった。


 バライカは左手を突き出し、手首から吹き出す血を贄にして、握った弓のメルタル石に自分の質量を極限まで偏らせる。

 妖精魔導士は、バライカから剥がれると同時に無数に分かれ、理力の万象から逃れるべく、空間の狭間から転移を試みる。

 平たく言うと、バライカは「受け流し」、魔導士は「雲隠れ」しようとしたのだ。


 しかし、バライカの弓のメルタル石は粉々に砕け、薄まった妖精魔導士は逃げ込む隙間を潰された。

 双方とも愕然とする。

 飛んでくる脅威は力の波動に満ち、その余波だけで二人の行動をふいにする。



 ─── 命練…「精寂礼「貪蝕軍」」





 沈みゆく陽の光が、森の木々の影を長く落とす。


「せっかく綺麗にしてもらったのに……」

 熱く焼かれた砂礫の大地に丸まった蓑虫がいた。

 艶を取り戻した蓑衣の表面は熱した泥が瘡蓋のようにこびりつき、抱えた頭巾も着けぬうちから埃まみれだ。


「……カミク?」

 白い体のいたる所を血と土で汚された少年神が、礫地から半身だけ起こして、蓑虫をぼんやりと見ている。


「間に合ったのは幸いだが、力の制御に難がありすぎるのを痛感した。……なので、急いで我が極宝を取り戻す」

 立ち上がったカミクは、よろよろ歩いて傷だらけのバライカに近寄る。

「我れの長靴は融通が利かぬ。と言うか、指示がしっかりと伝わらない。『バ・ベ・ル神』は星界の言語をもっと理解探求するべきだろう。……あ、これ」

 近づくカミクを首を傾げて眺めているバライカに、しっかりと指の部分を握って、千切れた手首を差し出す。


 少年神の瞳に黒紅と赤墨の彩りが戻る。

 バライカは、ボロボロに壊れた弓を手放して、己れの右手を受け取る。それはいまだに温かかった。

 右手の肌に左手が触れた途端に、極箭との感応疎通が回復した。無理やり引き千切られたにしては、断面の損傷は少ない。


「優秀な極宝だな。授けられた神のために、その時できる事をただこなす。大事にするがいい」

「……ありがとう。助けに来てくれたのか」

「色々と文句を言いにきた。けれど、我が至宝の奪還が先だ」

「うん。借りができたな。それはそうと、なんで貴族の子供みたいな服を着てるんだ?」

「色々とあったのだ。あとで、詳しく語ってあげる」

「そうだな。後でね」

 右手を元に戻すため、壊れた体組織を組み直し、まずは橈骨と尺骨を継いでゆく。


「一瞬でもぎ取られた。覆った防御界を抜けて、魔力が作用するなんて……」

 腱から筋肉が伸び神経が繋がる。外皮が継ぎ目を隠すと、血管が盛り上がって体液が流れだす。


 バライカは周りを見渡した。

「あれだけの理力の渦と衝撃波はどうなったんだ?」

「霊力に変えてから地面に流した」

「……妖精魔導士はどこに」

「抱きついていた次元振動の群影のこと?」

「うん」

「封じた」

 手首が元に戻るのを痛そうな表情で見つめていたカミクが、事も無げに答える。


 一瞬息が止まったバライカは、目を見開いてカミクに詰め寄る。

「念呪傀儡の妖精魔導士だぞ。英雄と勇者四人から逃げ切った変幻自在の怪物を封じたって? どこに……」

「我れの『微養助妖精叢』は、次元振動であろうと丁寧に解いて栄養にしてくれる。……はず」

 まだ痛そうな顔をしているカミクは、そう言って、持った頭巾で腹をさすった。

「! 食ったのか……」

 カミクが唖然としたバライカを見上げた。泣きそうになっている。

「……おなか、痛い」


 バライカは急いで跪いた。麻の貫頭衣に包まれたカミクのお腹は、心なしか以前より膨らんで見える。恐る恐る、取り戻した右手の指を、震えるそこに当ててみる。


 雷に打たれたような衝撃が、その指先から意識に流れ込む。思わず尻餅をついたバライカは呻いた。

「お腹の中で、激戦が……。待て! 絶対外に出すなよっ。我慢しろ!」

「我慢にも限界が……」

 震えて内股になるカミクの声が掠れて小さくなる。

「もう耐えられぬ……。でちゃうかも」

「諦めるな! カミクは強い神様だろっ」


 バライカの右手で、極箭が煌めいた。

「……え? でも操られて……。怒ってるのか」

 右腕を天に掲げる。突風が巻き起こった。

 バライカの目の前に、ほのかに赤く色づいた光る毬玉が現れる。

「微晶絮妖精達……。助けてくれる?」

 毬玉の赤みが増して、バライカの指の先に乗る。


「カミク、口を開けて」

「……」

 目をぎゅっと瞑っていたカミクが唇を開くと、妖精の塊をつまんだバライカが指を突っ込んだ。

「んっ……」

「もう少しだけ耐えてくれ。今援軍が向かう」

 カミクは、嘔吐きそうになって喉を鳴らす。握った頭巾をお腹に当てて、絶え間なく襲ってくる苦痛から意識を逸らす。

 すぐに喉の奥が暖かくなって、体の中へと降りて広がっていくのがわかる。

 激しい痛みが起こる。だが、それきりで、後は随分と楽になった。


「おさまった? だけどこのままじゃいけない。また暴れ出す前に、確実に封じないと」

「んんんっ」

「あ。ごめん」

 バライカは、咥えさせられたままのカミクに睨まれていることに気づいて、慌てて指を引き抜く。

「微晶絮妖精が頑張ってくれているうちに、魔神級を封印できる場所に移動しないと」

「……それは何処? もう、こんな痛いのは嫌だ」

「マジニ山の緘門の奥。でも、貴族に話をつけなくちゃ中には入れない」

「『緘門』ならば、我れの天露竜珠で侵入できる。あ、我れの竜珠はどこだ。返して貰おうか」


 バライカはハッとする。

「あの玉なら、貴族の可愛い女の子の……」

 カミクが、たちまち不機嫌になる。

「我れの宝玉を女の子に?」

「色々とあってね。あとで、詳しく話すよ」

「そうか。今すぐ話せ」

「えーと……」

 面倒なことになったと、下を向いて考えこむバライカに、厳しい視線を送るカミク。


「鼠王と会う前に返そうと思っていたら、貴族になりたての少女の一行が大鼠の化け物に襲われていて、助けたんだ」

「森の神の面目躍如だな。それで感謝されていい気分になって格好つけて、その可愛い女の子に授けたのか。我れの宝玉なのに」

「いや違うんだよ……」

 何も悪いことはしていないはずなのに、なぜオレは責められているのだろうかと、機運の無情を嘆くバライカが後を続けようとしたその時。


 闇の冷気と光の奔流が、砂礫を震わせて地表に渦を巻く。

 その中から、猛烈な熱気の塊が飛び出してきた。


 幼神と少年神は、瞬時に飛び上がり、その変異から距離を取る。


「なんだっ!」

「魔神?」


 闇と光の変異は消え去り、熱く燃え盛る黒い塊がうずくまっている。

 「……神、か」

 ぶるぶると震えるそれから、くぐもった声がした。


「貴族。……勇者かっ」

 バライカが叫ぶ。

「ア・ロ・ワ……」

 燃える黒い塊がゆっくりと立ち上がろうとする。


 カミクが心配そうにバライカを見上げる。あまりの有り様に驚愕を隠せないバライカは、思わず駆け寄ろうとした。


「来るな!」

 苦しげでしゃがれてはいるが厳しい一喝に、バライカは動きを止める。


「霊力が、身体を火熱に転換させ続けてる。……あの人、なぜ生きてるの?」

 カミクはバライカの右腕を握って引き留めていた。

「あれは剛腕の勇者だ。わからない、何が起こってるんだ」


 カミクの瞳が、淡い白群色から花浅葱に彩りを変える。

 幻蛍種の割合が優って、再び倒れてしまった燃える体に何が起きているのかを探る。


 剛腕の勇者は、着けていたものを全て焼き尽くされていた。その下の皮膚も真皮の奥まで壊されて黒く変質し、所々剥がれてぶら下がっていた。人であれば即死に違いない状況だが、勇者の再生能力は猛烈な速度で肉体を蘇生回復している。


 しかし、その体組織そのものに、「呪」が刻まれていた。

 回復が終わった途端に、その体組織自体を「贄」として霊力の招来が起きている。さらにその霊力が業火に転換され、己れの体を焼いているのだ。

 再生する能力が強ければそれだけ、永く体を焼かれ苦しみ続ける。


「バライカ。あの男は勇者で、それなのに何か酷い悪行を働いたのか」

「この地に赴いて、初めて会った貴族があの人だ。魔神マ・デ・アを放逐した勇者のひとりで、最後の生き残り。優れた戦士ではあろうが、『悪魔』とは思えない」


 カミクはバライカを見つめる。

「では、我れはあの男を救いたい。手立てはある」

 バライカもカミクを見つめ返す。

「オマエは『神』だ。好きにすればいい」


 カミクは地を蹴り、勇者の元へ跳んだ。

「……手伝うよ」

 バライカが後に続く。


 勇者の周囲には熱波が渦巻く。

 カミクの蓑衣が熱気に煽られた。

 左手で頭巾を抱えると、紫紺の霞を纏った右手を突き出した。

 燃え盛る炎が一瞬で消え失せる。だが、すぐに再び火焔が吹き出し、体を覆う。


「自然の火ではないのか」

「霊力転換された理力の炎だ」

「どうする」

「霊力そのものを吸い出して、転換を停止させる」

「火は消えるだろうけど、霊力の発現は抑えられないぞ」

「そうだ。勇者の再生能力そのものを正常に戻さないと意味がない。体の成り立ちの仕組み自体に細工がされているから、治ったそばから霊力を招いてる」

「それを吸収し続けたら、オマエに霊力が溜まりすぎないか」

「お腹の妖精叢の活力補給に使えて都合がいい」


 カミクは霞を飛ばして右手の平を勇者の頭にゆっくりと置く。

 頭の皮がずるりと動いた。置いた右手が眩く発光する。カミクは歯を食いしばった。

 再び消えた炎は、もう戻らない。カミクの右手が直視できないほどの光輝を放つ。


「さすが勇者。すごい霊力の流れ……」

「で、次はどうする」

 輝きに思わず目を細めたバライカが聞いた。

「分裂回復する仕組みから『呪』を抜く」

 カミクは全身を輝かせながら答える。


「正常になった部分は霊力に変わらないから残る。バライカは、戻った体組織を使って再生促進させて」

「理解はしたけど、時間が……」

「霊力は溢れるほどある。任せて」

 カミクは頭巾を置いて、左手も伸ばした。


 カミクの体が、強烈な青白い光の玉と化す。

 全ての細胞情報を確かめ、確かな異物を認めて、それを一瞬で抜き取ろうとした。

 だが、力の制御がほんの僅か狂った。

 引き抜いた膨大な数の『呪』のうちたった一つが、カミクの体の何処かに刻まれた。


「……」

「どうした?」

「なんでもない。悪い仕掛けは、取り除いた」

「そうか。勇者の再生能力に合わせて、蘇生回復を進めてる。霊力転換しているところは無くなった。これならすぐに復活できるぞ」

 バライカは立ち上がる。

「この人はもう大丈夫だよ。お腹の具合はどうだ?」

「ん。勇者の霊力が効いたみたいだ。まだ痛くはない」

 頭巾を両手で持って、お腹をさする。


「さあ、急ごう」

「待ってくれ……」


 黒焦げの焼死体のような俯せの体から声がした。

 若い神々はゆっくりと後ずさって離れようとする。

 焼け焦げた体はまだ動かせなかったが、頭を微かに傾けて、なんとか聞こえるほどの声を出す。

「……決め技の…持続呪効を…解呪するとは、恐れ入った……」


「剛腕の勇者よ。我らは故あって急ぐのだ。またの機会に語り合おうぞ」

 バライカは厳かな口調で静かに言うと、カミクの手を取ってこの場を離れようとする。


「頼む。ほんの少しだけで良い。話を聞いてくれ…ア・ロ・ワ神よ」

 バライカは背を向けて立ち去ろうとしたが、手を握ったカミクに引き留められて、仕方なく勇者を振り向いた。


「……魔神が復活する」

「なんだって?」

「同時に、その眷属どもも、姿を現すだろう」

 カミクとバライカが顔を見交わす。


「今日、夏至の日に合わせて、落日大陸の勢力が、この地を蹂躙すべく、暗躍していたのだ。……狙いは、古精霊の大晶洞に、違いない」

「我らはこれから、マジニ山の大晶洞へ向かうつもりだ」

 勇者が、体を震わせた。

「……そうか。精霊の思し召しが……」


「我らは異邦の逸れ神だ。だが、この地に恩義もある。できる限りの助力はしよう。大晶洞の叡智は精霊の御心そのものだ。それに仇なす輩は、我らにとっても敵だからな」


 再び勇者が、震える。

「ならば、今すぐ、送り届けよう……」

 勇者が右手を地面に擦り付けた。赤黒い爛れた皮膚が破れて、血を吹き出す。


「まだ動いてはダメだ。体の大半が再生したばかりだから」

 思わず、頭巾を持った手を伸ばして、カミクが声を出す。

「……その、声音。……ああ、思い出した。そうか……」


 ─── 勇武韻唱…「一気通貫」


 勇者が現れた時と同じ、光と闇のねじれた渦が現れ、遥か彼方に伸びている。

「その渦の先は、大晶洞の底に、一瞬で届く……」


 バライカは躊躇った。だが、握ったカミクの手の震えと、腹にきつく押し当てた頭巾に気づいて、渦の大穴に向かう。

「誉の御業、有難く受けさせてもらう」

 カミクは、駆け出したバライカに腕を引かれて、一緒に走り出す。

「何が待っているかわからない。神威全開で飛び込むぞ」

「わかった……」



 そして静寂が訪れた。霞む視界に、地に臥している自分の影が伸びているのが見えた。日暮れも近い。

「この歳で漸く、『早逝の誉』を、受ける時を迎えるか……」

 何が正しかったのか、この期に及んでも断言できずにいた。

 今日まで、ひたすら間違った道を突き進んできたのかもしれない。

 ただ、最期には後悔をせずに済んだと思えた。

 ひとり残った娘も立派になった。まだ危なく思えるところもあるが、充分にこの先、人として生きて行けるだろう。


 待っておれ。魔神マ・デ・アよ。今度こそ本当の決着をつけてやる。

 もう何も見えない。体の感覚もなくなった。

 剛腕の勇者バリューは、穏やかに、眠るように息絶えた。


終焉  へ つづく。

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