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天地生まれの英霊譚  作者: 庵下 流
『夏至の日』
15/27

「夏至の日」15 ─ 妖精魔導士 1



    ─妖精魔導士─




 戦いは日常だった。

 相手は猛獣や魔物、人間に、野良神だったこともある。

 小さな町の無認可鑑別所で、体を部品として切り分けられる間際に「覚霊」し、辺りを血塗れにして逃げ延びてからずっとだ。


 当て所なく彷徨う「逸れ神」として、組織だった「神狩り」に始末されようとしたところを「英神クゥー・オーツ・エラ」の顕現神「地の巨峰」に助けられた。


「バライカ。彼の地の森の狩人だった頃に戻れ。神の身に変わり果てども、お前の心根はまだ真っ直ぐな若者のままだ。この運命を耐えぬき、この大地に根を下ろせ」

 あの優しく尊い笑顔に安堵したのは、いつの日だっただろうか。



 神罰の鏃を光箭に合わせて、ただひたすら射る。

 ましらの如く変貌を遂げた大鼠の異能妖精を、またひとつ散らして無に帰す。どこに逃げ、隠れようとも必中の神技に狂いはない。

 猛烈な威圧を重力に付与して、凶暴化した黒い大鼠と、それを率いる赤い角の妖精鼠は一気に駆逐した。

 迫ってくる暴虐の気配に向き合う前に、鼠を投げつけてくる四つ眼の化物妖精を全て消し去っておきたい。


「森の犠牲を考えるな……」

 そう呟くア・ロ・ワ神に躊躇はない。

 目標に出会ったなら、容赦なく全力を叩き込む。

 変換圧縮した霊力は限界を保って、身体中に満ちている。

 あえて防御の術は捨てた。全てを一撃に込めるのだ。




          ☆

 



 消えていく己が分身を思い、異郷の鼠王は憤怒に駆られる。

 力強く大地を蹴り、灼熱の三対の眼光をその先に飛ばして低く唸りながら、敵と見做した白銀の霊波を目指して、静かな森を駆け抜ける。

「小僧め。何やら悟って容赦がなくなっているな。それなりには楽しめそうだ」

 鼠王の体を操る影の塊が声を漏らす。

「……そう慌てるな。あの神技は思ったよりも厄介だ。こちらを捉えたと同時に攻撃が飛んでくるぞ」


 動き回る速度を上げる。位置を変え、軌道を複雑にし、大きく回り込みながら、少しずつ近づいてゆく。

「この体の破壊力ならば、あんな子供は一撃なのだが、届く距離まで近づけば一瞬で身体と魂魄を持っていかれる」

 力尽きた大鼠が幾つも転がっている。それを拾い上げ、己の体に捩じ込み強引に吸収し尽くす。


「『微晶絮妖精』操術に注力する。体を渡すぞ」

 鼠王の体が僅かに傾いた。途端に速度と敏捷性が、ぐんと増す。

「ググッ。……ラノグは、ちと落ち着いた。あとは任せろン」

 森の暗がりの中、障害物の多い複雑な地形に関わらず、目にも止まらぬ素早さで、巨体が渦巻きのように動き回る。

「……森は隠れんぼがラク。涼しーし、ずーっとラノグはここ、いたい」

 六眼から閃光が走り、それきり炎光が消える。


「カゲの影法師を狩るず。ラノグの王は、やる気増し増しッ」

 渦巻く気流を残して、鼠王の姿が薄闇に溶けていく。




          ☆

 



 バライカの白く透き通る肌に汗が滲む。感応走査に触れる魔物はいなくなった。ただ、いつの間にか周囲に立ち上る魔力の薄膜に気が付く。

 あの向こうに鼠王がいるのだろう。見通しの利かない森の木々の密集地で立ち止まり、気を研ぎ澄ます。


 「瞬刻必中」の光箭は、光速で瞬時に目標に作用するが、唯一、魔攻反射に弱い。「罰死永獄」は体に触れさえすれば、その魂核まで及んで滅するのだが、反射されたら元も子もない。

 「風箭」ならば巻き込んで的中できるが、能力発動まで一拍の間があく。

 反射と即効を気にするのは、張り巡らされている魔力の膜に「命魂」を感じるからだ。「微晶絮妖精」の塊を薄く伸ばして、霧の幕状に配置している。あの向こうに目標がいる限り、どうしても二手必要になる。

 こちらの戦技を見極めて、すぐさま対抗手段をとってくる。面倒な相手だと改めて思い知らされる。

 目に見えないほどの微晶絮妖精群をここまで操る能力があるとするならば、相手の決め手はなんだ?


 バライカは距離を置く有利さを捨てて、可能な限りの接近戦を覚悟した。ならば、もっと見晴らしの良い場所へ。姿は丸見えになるが、鼠王の手筋を絞ることができる。


 手数での戦闘なら、こちらも得意だ。「霊象魅了」全開で戦ってやる。

 バライカは暗闇から飛び出す。同時に極限まで抑えていた「神威」を解き放った。




          ☆

 



 鼠王が森の下生えを踏み潰して姿を現す。動いた少年神は、砕けた岩塊が覆う開けた場所に立ち尽くしている。

 間には微晶絮妖精膜が幾重にも立ち昇って、見えない壁となっていた。

 鼠王は初めて、その裸眼で獲物を捉える。


 光り輝く目も眩むほどの美貌に、滑らかな白い肌と若くしなやかな体を持って、砂礫の大地を明媚絶佳に変えさせるほどの魅力を放つ少年神の姿がそこにあった。


「ガッっぐ」

 鼠王の喉がなる。体の奥底からの渇望に全身が震えだす。

「あ…あれはラノグ…のだ」

 真っ赤な六眼を破裂せんばかりに見開き、四肢に漲る力が堰を切る。

 爆音を置き去りにして、鼠王が飛び出した。

 憑いていた黒い影が静止に動こうとした刹那、妖精膜の壁をその体が通り抜ける。


「愚かっ!」

 影が叫ぶ。

 その右肩に光の鏃が命中した。


「グゥがぁぁぁぁ!」

 魔力の塊を光の穴に充てがう。だがもう遅い。

 小さな光点に、黒い剛毛とささくれた皮膚とその下の筋肉組織に骨が、怒涛の如く流れ飲み込まれてゆく。

 鼠王は妖精膜の外に逃げ出した。


 右手が肩ごとなくなっている。

 体の操作を強引に取り戻した黒い影は、その瞬間に右肩を吹き飛ばしていた。

 宙に放り出されたそれは、あっという間に光の点に吸われて消えてなくなった。

「酷い誘惑だ。獣では堪え切れぬか」

 鼠王は走る。

「血肉が足りん。出直すぞ」




          ☆

 



 バライカは二の矢を継ぐ体勢のまま、呆然とする。

「……外した?」

 いや、確実に仕留めた。極箭を通じて手応えはあった。だとしたら、何を滅したのか。

 陽の輝きを光子として纏い、霊力転換して極箭に蓄える。

 遠巻きに妖精の膜が移ろい、距離が遠ざかる。


 鼠王は何をした。逃すわけにはいかないが、今は手を出せない。

 何かしらの「贄」を体に埋め込んでいるのか。身代わりに使う「命」を、同化せずに体の中に?


 右手の指で、極箭がカタカタと震える。

「白衣陣で足止め。甲で受けて自在鏃を捩じ込む、ね。あの体のどこに鼠王の魂魄があるかわからないと、一か八かになってしまう」


 微晶絮妖精の膜が再び距離を詰め始めた。

「白花弁であれを突破するか」

 微晶絮妖精は「菌象」の妖精化だ。瘴気拡散や対魔力作用の隠遁術に使われるが、理力で吹き飛ばすのは容易い。

 しかし、術者が使役術に長けていればすぐに元通りにされてしまう。何重にも張られると、見えて確認できる障害物より厄介だ。

 今となっては決め手にかける。膜を散らし、鼠王を見つけたとして、あの猛烈な接近速度に対応できるか?


「お守りは渡してしまったし」

 ミ・ズ・キ神カミクの竜珠、あれは「精霊の明光」の類いだ。結晶化し、内に「真思韻唱」が刻まれている。数多の力の流れを感じとる事ができる優れものだ。光箭の魂核追尾を手引きして貰えたかも知れない。

 元になった精霊の個性を如実に反映するため、神であれば使いこなせるという訳ではないが、あの珠との相性は良かったとバライカは思う。


「的……。魂魄さえ把握できれば」

 光箭は瞬時に貫く。そうなれば標的に救いは無い。

 

 妖精膜はさらに薄く広く、今度は上に向かって伸び上がっていく。

「来るな。よし……」

 バライカは身を屈め、白衣陣を用意する。

「直接初手封じに来るなら、三手進めてやる」




          ☆

 



 右腕が無いままでは、うまく体勢が保てない。拾った肉塊で間に合わせの義手を組み上げ、再生した肩に捩じ込む。

「微晶絮妖精の動きが鈍い。霊象魅了で菌まで虜か……」


 異邦の稀れ神。この地との由縁はか細く軽い。

 なぜ今、ここに現れたのか。

 お隠れになった聡明神の御心は遠く、それでも感じる怨嗟の叫びは、時折周波を重ねて強く心に響き渡る。


「……あれならば」

 鼠王の体に、散らばる鼠を次々と取り込む。それを操る幾重にもぶれる影は、猛烈な速度で移動しながら、誰にも知られぬ企み事の、その先を整える。

 一瞬の加速で、鼠王の姿が見えなくなった。




          ☆

 



 届く陽の光に微かな強弱が混じる。妖精膜が辺りを覆い尽くさんばかりだ。

 そのまま一気に距離が詰められるのを感じる。膨れ上がった津波のように、この礫地ごと飲み込むつもりか。

 

 バライカの瞳に黒紅が閃く。

 途端に渦巻く微晶絮妖精の一片までもが動きを止めた。

 大きく広がる妖精の薄膜が硬化した。その一隅で、微かな影の動きを見切る。


 バライカの背後上方で妖精膜が乱れた。黒光る鋭いものがそこから襲いかかってくる。

 握った弓で辛うじて受ける。

 重く硬いかぎ爪を持った指が、途方もない圧力で弓を捻り潰す。

 いや、現れた黒い手の方が先に、粉々になって吹き飛んだ。

 弓に飾られたメルタルが一気に輝きを増す。


 白衣陣を己れに作用させ、バライカは妖精膜ごと、その背後に隠れ去る脅威目掛けて飛び込んだ。


 ─── 白衣陣…「白花弁「解放「満開」」」


 バライカを包む防御界の花弁が螺旋を描き、旋回しながら先端が大きく開かれる。そのまま、姿を現した鼠王に激突する。


 ─── 引導煽…「鈴生り」


 吹き荒ぶ白花弁の力場界が、泡のように現れた魔力のねばつく抵抗にあい、行方を乱され四方に流される。

 三対の赤眼が白光を放ち、バライカの眼光と火花を散らす。

 

 ─── 火箭…「炎岩流」

 ─── 引導鏡…「仕返し」


 バライカの極箭から直接、灼熱の光輝が鼠王の体に染み渡る。その間際に、同質の魔力が複製され跳ね返ってくる。

 バライカが宙を蹴る。

 鼠王の巨体が発火した。しかし、威力は半減している。

 距離を確保した少年神は、その背後上空に回り込む。


 魂核を見つけた。そこへ向けられた弓が引き絞られる。


 ─── 光箭…「瞬刻


 体が震えた。右の足首が動かない。

 背後から強引に掴まれた。何に?


 眼下には、燃え出した黒い巨体が見えている。


「それが正体か……」

 足首から全身に伝わる猛烈な寒気が、体を覆う白花弁の結界すら素通りして意識に伝わってくる。

『精霊の偶像としては、よく出来た心身だな。…いや、待て。こちらが、貴公の必滅の神技にさらされているのは承知している』


 バライカにもわかっている。弓の狙う先は鼠王だ。あれを滅したとして、背後の存在に相対するには一手足りない。

 だが、手段はある。この体を乗っ取られる直前に、己れに「罰死永獄」を発動させればいい。


「……念呪傀儡の妖精魔導士か」

『神々に遺恨はない。鼠王とその配下も、この森から退散させよう』

「その言葉を信じるとでも?」

『貴公がどう感じようが構わない。そもそも、この森にも、あの鼠にも、さして興味はない』

「じゃあ、なぜここにいるんだ」


 一瞬の間が開く。

『そうだな。可笑しな話だ。ならば貴公こそ、なぜこの場に居るのだ。おそらくは落日大陸の神であろうに』

「……」

『教えてやろう。我らの主人「聡明神」は、この地の貴族の傲慢な振る舞いを憂い、数千年にも渡る不遜な支配を終わらせるべく立ち上がったのだ』

「……それで絶界放逐された」

『我ら眷属の力が、貴族の数の暴力と腐れた悪知恵に、僅かながら及ばなかったのだ。無念極まりない……』


 左の太腿が掴まれ、指がくい込む。

『世の平和を実現するには、貴族の存在が大きな障壁とわかるだろう。絶対的な支配階層が君臨する世界に、真の平和などありえぬ』


 念呪傀儡の妖精魔導士は、あらゆる存在を「傀儡」に変える。信念や思想すらすり替える恐ろしい魔物だ。


 バライカは、極箭に無言の別れを告げた。

 後悔はあるが、心そのものを変質され、自分でも気付かないうちに操り人形にされることだけは我慢ならない。


『決意は変わらぬか。だが、こちらも道連れにと考えているなら浅はかだぞ。実存の体を持たぬが故、我らは自由なのだ』


 ─── …必中」


 いつの間にか、紅蓮に焼かれる鼠王の灼眼がこちらを見上げている。

 その三対の真ん中に、光の点が穿たれた。


 足首と腿を掴んだ手が動いた。そのすべての指が一瞬膨れて弾け、黒縄と化してバライカの足を捻り巻き上げる。


『ははは。掴んだ手を幻覚とみたか。まだあれに潜んでいると? うつけめっ』

 伸びる黒縄は、バライカの腰から胸へと這い上がり、きつく締め上げてゆく。


 ─── 白衣甲…「塗瀝青「鉛圧」」


 宙空に留め置かれていたバライカの体が、猛烈な勢いで地面に落ちる。その先には、「罰死永獄」の光点に、腹まで飲まれた鼠王がいた。


 ─── 引導鎖…「転び広袤」


 地面が大きく傾いた。落ち行く先が森に変わる。

 バライカはきつく目を瞑る。

 間違いない。体を縛る黒縄に魔導士の魂核がある。

 白衣甲で黒縄ごと体を力場に封じ込めた。

 今しかない。


 ─── 自在鏃…「罰死永


 見開いたバライカの視線の先に極箭があった。見慣れた自分の右手が、手首から血を引いて宙を舞う。


『では、この体と心、奪うぞ』

 耳元で、影の声が優しく囁く。



 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ。



 空の密度が、忽ち歪んだ。

 光を捻じ曲げるほどの分厚い衝撃波を曳いて、勢いよく砂礫の大地に突っ込んでくる。

 

「……」

『……』


 そして、何もかもが台無しになった。



妖精魔導士 2  へ つづく。

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