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天地生まれの英霊譚  作者: 庵下 流
『夏至の日』
13/27

「夏至の日」13 ─ 風雲急転 1




   ─風雲急転─




 古精霊の大晶洞を内包するマジニ山は、北西に伸びる山脈に聳えるレビゼダン山によく似ている。

 その山頂部分を切り取って大樹海の真ん中に据えたような、堅牢な残丘である。東へなだらかになる麓が垂直に断ち切られた絶壁となり、そこに太古からの大門があった。

 古代の神々はそれを「クリュ・セの緘門」と呼び、貴族は秘めやかに、ただ「大門」と称した。


 ここ一帯には、樹齢千年を越える巨大な常緑の広葉樹が無数に現存して、憑神や森の妖精が宿る地鎮の神木として祀られている。

 そのひとつに、光の粒が纏わりついた。


 <<< 北の衛が届きました。これで配置は整いました。

 

 神木の幹の硬い樹皮が、微かに震えて光子を伝えあう。


 <<< 今この森に住まう神々の力の限りです。


 <<< 多くの神が理由も問わずに集ってくださいました。


 <<< この森を好き勝手に荒らされる訳にはいきません。


 幾重もの光波が跳ねて、森の深淵に染み渡る。


 <<<「頑鉄の掟」は蘇り来たる。


 <<<「頑鉄の掟」を再び永遠に。




          ☆

 



 天空高く昇って、沈みゆく陽が間近に感じられる。


 蒼空に天馬が点となり、完全に静止していた。

 羽撃きもせずに滞空している銀色の巨馬の背には、鑑別技官カレンが、ぐったりとしながらしがみついている


「さあ。着いたぞ。クリュ・セの緘門の真上だ。どうした、具合が悪そうだな」

「……不覚にも酔いました」

「そうであろう。最後の錐揉みからの三回転半は、我ながら無茶をしたと自負しておる」

「自負? そうですか。バ・ベ・ル能の限界を感じます」

「うん? 言われた通り地上から距離はとっておるぞ」

「ありがとうございます。このまま門前に降りるのは様々な事情で避けたいのです」


 なんとか上体を起こしたカレンは、翼の隙間から目的地を見下ろす。

 門の前は整地した広間になっており、守護隊の野営陣や馬車が見えた。夜に備えての儀式の準備に動く人々も多い。


「貴族や守護隊の目の前に、天馬に乗って降り立つわけには参りません」

「其方の威厳を示すには、格好の舞台ではないか」

「目立たずに近づきたいのです。あの大門以外に内部に入る通用口など、ご存知ありませんか」

「知らぬ。そもそもあの門が開くものなのかも分からぬ」

「理力に魔力を合わせた機工錠が封印しているのです。警備の守護隊に連絡が通っていれば良いですが」


 銀の天馬が軽く首を振って鼻を鳴らす。

「豪気な性格に見えたが、其方は心配性なのであろうか」

「このところ失敗ばかりで、慎重になっているだけです」

「ならばこのまま降りていって、精霊の使いとして門を開けさせれば良い」

「……仰る通りかも知れませんが」

 何か違う。嫌な予感が拭えない。カレンは迷っていた。


 突然、天馬の鬣が逆立った。同時に、カレンの身に付けた幾多の探知機能が警戒信号を発する。

 眼下から地鳴りが轟いて暫く続く。


「地震か。霊震も重なっておるな」

「地下の異なる階層で、振動が反射を繰り返して拡大しています」

「何かの合図だ」

「カ・ル・ラ神。なんとかあの大門の中へ」

「待て」


 天馬は翼を広げ、ぐるりと旋回する。

「この聖域の四方を守護する、『頑鉄の砦』はどこだ」

「守護の砦……。聞いたこともありません」


 天馬が垂直に急上昇する。

「森に呑まれたか。しかし、神々が守護を引き継いでおるはずだ」

「……四方と仰いましたね。聖域の東西南北にそれぞれ、振動波を受けて空間霊力密度を上げた場所があります」

「森に隠しておるようだな。意図は分からぬが」


 空気が震える。眼下の森から地鳴りがいくつも重なって届く。大門のある絶壁の岩肌が崩れ始めた。


「大晶洞に不心得者が入り込んで、何か企んでおる」

「まさか。『叡智の礎』が直接狙われて?」

「神々に隠された砦が健在であれば、問題なかろう。聖域から逃れられはせん。精霊の叡智は護られる」


 カレンは瞳に虹色を巡らせる。

「……破壊が目的だったら」

「叡智の礎を壊すだと。そんな道理のわからぬ者は、まず大晶洞に入ることすらできぬわ」

「幾つもの思惑が捩れて、誰も望まない結果になる事も……」

「皆無とはいえぬな。だがそれが運命ならば、覆すことは難しいぞ」


 カレンは右手を懐中に差し入れた。

「では、『戎尼神将』の力で介入するのはどうでしょう」

「その力をどう使う。そもそも業力の『神将』をこの場に顕現させる事など……」

「私が依代になります」


 天馬は首を下げ、背に乗るカレンを包み込むように翼を広げた。

「貴族とはいえ、人の身で成せる業ではない」

「すでに人ではありません。プレシオーナの外法巫女ですから」

「ああ、肉体に囚われる身で、と言い換えよう」

「肉体を持つがゆえ、贄に使えば少しは時を稼げましょう」


 大地の唸りが、まるで悲鳴のように長くこだまする。

「滅する覚悟か。いったい何の為にそうまでするのだ?」

「この世界の平和を永遠にするためです」

「ほう。面白い事を言うな。その『平和』とやらは、其方にとってどれほどの価値があるのか」


 大門の周りに地割れが走る。揺れに抵抗していた大樹の根が抜け、幾本もの巨大な幹が横倒しになる。

「カ・ル・ラ神。手遅れで後悔したくはありません」


「其方の鑑別は何を極みとする?」

「……プレシオーナの秘教奥義『六方最密充天光象』を真鑑とします」

「運命の満ちた先を鑑みるか。……よかろう」



 暗闇になる。いや、この世界から事象がなくなった。


 カレンは思わず息を呑む。その行為自体は感じ取れる。自分という意識もある。だが、体という主体が無く、感覚は無限に広がってぼやけたままだ。

「カ・ル・ラ神。時を止めたのですか?」

「時間は止まらぬぞ。理解のために単位を作って測る、思考手段なのだから」

「何を……」

「テ・ム・プ神の観測から外れただけだ」

「仰ることが理解できません」

「大晶洞に何が起きたかを確かめる。着いてまいれ」


 漆黒の闇に光が届いた。




          ☆

 



 晶洞の壁に沿って造られた暗くて狭い覆道の中を歩いていく。布被りの巫女と従者の衛士が先導し、少し遅れて領主一行が続いていた。

 路面は荒れ、滅多に使われない道なのが窺える。


「デニ卿、失礼はご容赦ください。良ければお手を」

 小声で筋骨逞しい武人が囁く。

「これは面目ない。ありがたいお言葉痛みいります。なに、杖があれば今暫くは……」

 晶洞に開いた洞門から離れて巨大な昇降機を三つ降り継いだ後、この道を歩いて暫くになる。


「巫女よ。目的地はまだ先か」

「……あそこに見えます、円扉の向こうが監視廟です」

 領主の張り詰めた声に巫女の一人が慌てて答えた。

「中にはご休息いただける設備もございます」

 もう一人の巫女が首を巡らせて、老人の方を向き優しい声で言う。



───

「これは何です?」

「テ・ム・プ則の『時弦冗長鎖』を辿った。異変が起こる少し前の出来事だ」

「晶洞に入った領主一行ですね。近衛と守護隊、それから領域鑑別院長に、王宮研鑽房の長老まで……」

「何やら、捕らえた賊を確かめに来たようだな」

「あれが原因ですか」

「さて……」

───



 静かな駆動音と岩石の擦れる重い摩擦音が聞こえる。

 丸い開口を塞ぐ分厚い扉が、真ん中から割れて左右に引き込まれていく。

 その先に明るい空間が現れた。


「ここは」

「この聖域に幾つも存在する、『秘徒の英霊』を祀る廟です。あの壁面に穿たれた祭壇の奥には、歴代の救国、救世の使徒が弔われております。この廟は洞内の監視を受け持つ守護のひとつでしょうな」

 中に進む巫女や領主らから遅れて、その入り口の手前で立ち止まった老人に、後に続く武人が答えた。


 緩やかに曲がる剥き出しの壁面から張り出した石床ごと、大きな碗を被せて覆ったような施設だった。天井には明るい照明具がいくつも埋まり、艶のある床石を輝かせている。岩壁側の中央に外部の大門と同じ石材を用いて墓標のような石板が嵌め込まれており、近づいた領主はその前で跪くと、幾つも貼られている金属の板に右の掌を当てて黙祷した。


「……数多の英霊の守護は変わりなく健在だな」

 領主が振り向いて巫女を見る。

 晒し布を被ったよく似た二人の巫女の肩から、従者の男が手を離している。廟に入ったことで介助の必要がなくなったように見えた。


「四方頑鉄の霊力は澱みなく流れを保っております。いつも通り転換路の分岐に従い、夜を越え翌朝になれば全ての街道が御威光を回復するでしょう」

「よし。捕らえた男はどこだ」

「ただいま『窓』を開きます」


 二人の巫女は従者から離れて、岩壁の反対側に膨らむ丸みを帯びた壁面に近付く。

 距離を置いて壁際に立ったそれぞれの巫女から白い腕が伸びて、乳白色の明るい壁面に触れた。


 天井の照明がゆっくりと輝きを失っていく。それに合わせて、巫女の触れた壁面に横長四角の窓が滲み現れる。

 巨大な晶洞の底の光景がその先に広がっていた。


「メルタルの『霊晶苑』か」

「ここが再び、このような使われ方をする事になるとは……」

 領主が呟き、研鑽房長老のデニ卿が続ける。


 大晶洞の底には、平たい円盤状に広がった大広間があった。

 霊力招来の道であり精霊の至宝である磊宝メルタルの結晶だけで形作られた、古の奉納演舞台として用いられた空間である。

 その周りには、ひと抱えもある太い光の流れが六本、舞台を取り囲んで六角柱の水晶結晶のように上方へ向けて立ち昇っていた。


「魔神マ・デ・アの封印、放逐から後は、霊能を断ち闇の帷に包まれた静かな場所でした」

「メルタルの宝珠が盗み出されたとの報と同時に、守護隊から、霊晶苑に霊力を流し結界の準備をするよう指示が届きました」

 二人の巫女が交互に声を出す。


 領主が窓に顔を寄せ、眉根を寄せた。

「あれがその、得体の知れない神憑きの男か」


「魔神、病神、厄神を封じた実績のある結界です」

「叡智の礎より直に制御され、巨大なメルタル結晶がそのまま力場を構成しています」

「得体は知れずとも、確実に拘束したと言えるでしょう」


「そのようだな。しかし……」

「見た目は典型的な金剛人の戦士ですな。北ディアマンの肉弾軍の上士と言われてもおかしくない」

 腕組みをした筋肉の武人が、窓の外を睨み据える。


 円台の中央に、立派な体躯の大男が仁王立ちしているように見える。実際には背後に透明な石材の板があり、見えない力場が幾重にも男の体を縛り付けているのだ。


「あらゆる測定機からの情報を、王宮鑑別院の機工処理も用いながら鑑別を行いました」

「姿形は北ディアマンの逞しい成人男性そのものです」

「ですが、あまりにも金剛人すぎるのです。まるで同定値の見本のように」

「北ディアマンの鑑定会議に照会する訳にもいかず……」


「北ディアマンは戦時体制に入ったと聞く。北方諸国の動きも明瞭ではない。王宮からの報告も曖昧だ」

 領主は苦虫を噛み潰したように一瞬顔を歪めた。

「我がアカサス領の重要性は、王宮が一番理解しているはずではないか」

「御威光発露の要ですからな。……殿下、鑑別結果を拝見しても宜しいでしょうか」

 デニ卿が領主に声を掛ける。

「ああ、そうであった。鑑別院長」

「はいっ。デニ長老、こちらへ」



 領主は窓から上方を覗き右手を顎に当てると、何やら思案深げに目を細める。

「捕らえてから間もないだろうに、この深い聖域の底までどのように連行したのか。モリオン隊長?」

「『キンドムの剛腕』です。勇者以外にこんな離れ技は使えません」

 筋肉の武人、筆頭守護隊長モリオンが答えた。

「……バリューか」

 領主の顔が険しくなる。


「街道を逃げた曲者に追っ手の守護隊が迫った時、待ち伏せしていたのがあの男の野党一味です。盗人は宝珠を投げ出し逃走。宝珠を回収しようとする守護隊と奪い合いになり、玉を抱えたままの彼奴を勇者の大技で捕らえたのです」

「何やら筋書きが見えるな。盗人もその仲間か」

「雇われかも知れませんな。いずれにせよ、本気の勇者を相手にするとは考えもしなかったことでしょう。結果としてあそこに居る訳です」

「獣力と熱線の神技を使ったと聞く。神憑きの驕りから、元勇者と侮ったのかも知れぬ」

「だとしたら、見当違いも甚だしい。未だ精霊への忠誠は失われておりません。ただ命が惜しくて逃げ回るような男ではないのです」

「……そうだろうとも。剛腕の勇者は、その勇猛果敢さにおいて比類がない。だからこそ、わからんのだ」

「キンドム家の没落と引き換えにしても惜しくはない事情があったと、私は察します」

「己が一族郎党を不幸にしてまで、勇者の栄誉を辞さねばならなかったと言うことか。一体それはどんな『事情』なのだ」

「魔神マ・デ・アの『絶界放逐』を悔いておられたのは確かですが、真意は測りかねますな」

 領主は首を傾げ、そのまま背後の人物へ目を向ける。

 

 ここまで一言も発せず、護衛として領主の側に付き従っていた、二本の剣を佩く燻銀の戦士装束の男がいた。

「バリュー殿ですか。戦士としての力量は破格の存在といえましょう。ですが、『勇者』としては、卑怯者の誹りを免れません。……これが王宮の統一見解です」

 燻銀の戦士は、整えた口髭を微かに歪めて、朗々とした声音で言う。

「宮廷でお目にかかったことはございますが、随分と厳しい表情をされていたのを憶えております。近衛騎士の私としては、これ以上お話しできる事はございません」


「王宮はその扱いを持て余し、この地の守護隊の副長に落とした。今この国に存在する唯一の『勇者』をだ。……こちらにとっては、頼みもせずに最強の手駒を得られたのだから、深くは問うまい」

 領主は窓に向き直って、独り言のように言葉を続ける。

「一大事となれば早逝の誉を受け、勇者としての力業を振るう男だ。魔神討伐の後に、一体何があったのか」



───

「勇者不在の御代とな。これが其方のいう平和か」

「……精霊の『悪意』が衰えた世の中です。このまま平和な時代が続くよう願っております。その為の行動は惜しみません」

「『魔精霊』の種は尽きぬぞ」

「芽を出す前に、見つけて潰します」

「まるで『救世の使徒』のような物言いだな」

「私は、創生から続く義憤と怨念の残滓なのかも知れません……」

───



 岩壁に埋め込まれた黒い石板の左右には、この廟の受け持つ機能を表示、操作するための造映機と調整板が並んでいた。

 造映機に浮かび上がった、色とりどりの輝票の重なりを差し替えながら、デニ長老の表情が険しくなっていく。

「なるほど。確かにこれは奇妙と言えるが、理解し得ぬ結果ではない。しかし……」

「金剛人は素性からして明らかですし、個別偏差が中央値に近似するのは通常でしょう」

 老人の傍らで鑑別院長が、新たな輝票を準備する。


「受心器の魂魄像がぶれていまいか」

「どこかで改竄されていると?」

「……分香器を使う」

「霊域分香器ですか。あれは微分鑑別用の」

「真贋評価の機能がある特別製なのだ」

「……回路を繋ぎます。しばしお待ちを」



───

「あの金剛人、『本物』ではないな」

「北ディアマンの仕業に見せかける為の偽装ですか。しかし、鑑別すればすぐに偽物はわかります」

「金剛人ではあるのだろう。そう、とても純粋で理想的な身体を持つ」

「天地自然の創造物ではない、とでも?」

───


風雲急転 2  へ つづく。

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