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天地生まれの英霊譚  作者: 庵下 流
『夏至の日』
12/27

「夏至の日」12 ─ 貴族と神々



    ─貴族と神々─




「今、ミ・ズ・キ神様のお声が聞こえませんでした?」


 幼神への人身御供として身を清めずにすんだことを喜んで良いのかわからず、神妙な心持ちで身を寄せ合う姉妹巫女だったが、顔を上げた妹巫女シーテリケの一言に、他の二人がどきりとする。

 ソルクシアはすぐに動いて霊屋の出入り口から顔を出すと、一枚岩の天井を見上げた。

 しばらく待ったが、聞こえるのは風の過ぎる音ばかり。


「ミ・ズ・キ神様は、なんて仰ったの?」

「いえ、何か愛らしいお声がしたような気が」

 シーテリケは耳を澄ませたが、もう何も聞こえなかった。


「愛神様の気配は感じられなくなったわ。麗神様の元へ向かわれたのでしょう」

 ソルクシアが、式服の埃を叩いて落としながら戻ってきた。

「霊屋に霊力が満ち溢れている。望外のご褒美に感謝しましょう。……あの籠り神様相手に毅然と接し、何やら慌てさせて追い払うのですから、神格からして天上位に近しい存在に違いありません」


「幼神なのにすごいよね。それにとっても可愛いし」

 妹巫女セレネアが、寝台の下から籠を抱えて持ってきた。

「せっかくご用意いただいた魔甲靴だけど、クレプライド様にお返ししないとね」


 シーテリケが、靴の包みを載せた籠を受け取り、蔓草模様の刻まれた木箱に丁寧に納める。

「どれほどの困難があったのでしょうか。エルブスの狩人頭が寝込んでしまわれるなんて……」

 胸に手を添え、それでも衣服を取り戻したクレプライドを思い遣る。

「配下のロッカ様も顔面蒼白で現れて、息も絶えだえのご様子だったし、挑まれた試練の過酷さは想像もできません」


「ともあれ、危機は脱しました。日暮れまでもう時間がない。祀りの準備に戻ります」

 ソルクシアは、気持ちを切り替えて、霊屋の外に出ようと式服の裾を翻した。


「姉妹巫女様っ。姉妹巫女様、お応えくださいっ」

 霊屋から下る岩場の方から、大声がいくつも聞こえる。

 姉妹巫女はすぐに岩造りの殿堂を離れ、声のする方へ急いだ。


「何事ですか」

「ああ、巫女様。ご無事でしたか……」

 安堵のため息が聞こえる。

 霊屋へ続く堅木組みの階段の下に、警護を任された氏団の人々が集まっていた。

 ソルクシアは事情を察して、落ち着いた口調で言う。

「皆様。霊屋に降りた神様は鎮まり、大事のために出立なさいました」


 礼服を身につけた背の高い壮年の魔術師が、厳しい顔をして問う。

「しかし、先ほど霊屋に落ちた霹靂と地響きは、只事ではありますまい」

 森に居を構え、氏団の相談役を受け持つ「然天流魔導院」の取締方だ。

「パオロシャ沼の女神様がお越しになったのです。何やら企んでおられたようですが、東方、烈山、光輝のミ・ズ・キ神様が一蹴なさいました」

「おお。それはなんと豪胆な」

 魔術師は目を見開いて驚く。


 ソルクシアは、膝を落として俯くエルブス族の若者を見とめて声をかける。

「ロッカ様。お陰で大事にならずに済みました。クレプライド様にもお礼申し上げます」

「ありがたきお言葉……。ですが、我らの不甲斐なさでこのような事態に」

「靴はともかく、あの籠り神様からお召し物を取り戻せたのです。ミ・ズ・キ神様からは、お褒めの言葉をいただきました。トクリカの巫女としても誇らしい働きです」

「……恐れ入ります。我が頭首も胸を撫で下ろす事でしょう」

「ご用意くださった代えの履き物も、大事なものであろうからとお返しくださいました」


 ロッカは深々と頭を下げた。

「魔甲靴は頭首クレプライドの一族の家宝。手放さずにすむならば本人も安堵するでしょう。あらためて感謝のご挨拶にお伺いします」

「感謝ならば、偉大なる慈愛のミ・ズ・キ神様へお捧げくださいまし」

 ソルクシアは微笑みながら岩造りの殿堂を振り返る。


「ご覧ください。霊屋に霊力が満ち溢れております。我らが尽力への褒美とミ・ズ・キ神様は仰いました」

 警護の面々はその威光に心打たれてか、姉妹巫女の足元に次々と跪く。

「日暮れも近い。ご威光がお隠れになる前に、霊神祀りを滞りなく進めましょう。篝火の準備を急いでください」

 ソルクシアの差配に、集まっていた人々が小走りに散っていく。



「ソルクシア様。お話がございます」

 呼びかけられて視線を向けると、群青の長い髪を結ってまとめた、扈門の儀礼服の若い女性がいた。

「プァルマ様。お騒がせして申し訳ございません」

 ソルクシアは、目を伏せて決まりが悪い表情を見せる。

「いいえ。凶事でなくて幸いでした」

 女性は、氏団の鑑別堂に派遣されている、アカサス領鑑別院の鑑別官侍従だった。


「お話とはなんでございましょう」

「鑑別堂から伝信がございました。南部の森にて『貴属の兆し』が顕れたお話はご承知のことと存じますが、霊域の境界にある氏団警護の詰所に、そのお方が到着なさったとのことです」

「おめでとうございます。確か、カルケディスの少女と聞いておりますが」

「はい。ですが、道中魔物に襲われ、警護についていた六人もの若者が命を落としたとか……」


 ソルクシアはクレプライドの話を思い出す。

「魔物……。大鼠の妖憑ですか」

「詳しくはわかりません。しかし……」

 プァルマは一瞬言い淀んだ。


「各地の守護隊に討伐の命が下りました。オーギュビー湖の北から森を通る威光街道に届く地域では、既に大きな戦闘が起こっているようです」 


「森の中での諍いであれば、まずは森の民と、この地を統べる神々が事に当たる決まりでしょう」

 ソルクシアは口調を強くする。

「森の鎮守神ク・バ・ツ様の沙汰を待っていただかなくては困ります」

 鑑別官侍従であるプァルマは、ただ顔を伏せて押し黙る。


 ソルクシアは唇を噛み締め、それからゆっくりと息を吐く。

「失礼いたしました。何か事情があるのかも知れませんね。お知らせ下さってありがとうございます」

 日も暮れぬうちから次々と魔物の犠牲者が出ている。クレプライドからは「魔神」出現の噂さえ聞いた。

 ソルクシアは天を仰ぐ。夏至の日だとはいえ、何かおかしい。ク・バ・ツ様も、その配下の神々も行方が知れない。事行きに影が差し、胸が騒いた。


「いえ、こちらこそお礼申し上げます。顕れたばかりの貴族をお護りいただけました。カルケディス、モルカ族の勇敢さと森の神ア・ロ・ワ神様の御加護に……」

「麗神様っ!」


 突然の大声にプァルマが驚く。

「ええと……。ソルクシア様?」

「ア・ロ・ワ神様ですって? 一体どこで何があったのですか」

 ソルクシアが詰め寄る。真顔が怖い。

「森の中で魔物の群れに襲われたところを、その…ア・ロ・ワ神様が現れて、窮地からお救いくださったとのことです」

「森の、どのあたりですか」

「そこまでは分かりかねます」

 プァルマは困惑しながらも答える。顔が近づきすぎる。怖い。


 ソルクシアは、内心ほっとしていた。麗神様が動いてくださっているならば心配ない。そこへ愛神様も加わるのだ。魔物の相手など造作も無いことだろう。


「ソルクシア様。もうひとつ、お伝えすることが、ございます」

 プァルマはなんだか慎重になって、ゆっくりと声を出す。

「そのア・ロ・ワ神様より授かったお守りの宝玉がございまして、それを霊屋のミ・ズ・キ神様にお納めするように……」

「愛神様っ!」


 再度の大声にプァルマが怯む。

 ソルクシアは、目を見開いて霊屋を仰ぎ見る。それからまたプァルマに向き直って呆然とする。とても怖い。

「……ミ・ズ・キ神様は、たった今ア・ロ・ワ神様の元へと霊屋を後にされたところです」

「どういたしましょう。宝玉を携えた貴族の少女と護衛の一行は、休息もせずに古精霊の霊屋へ、ここへ向かって移動中です」


 ソルクシアは、下を向く。

 宝玉とは、愛神様のお話にあった「アメツユタツノミタマ」に違いない。モルカ族の一行を待ち、宝玉を受け取って霊屋にお納めするのが最善ではないかと考える。


「一行をお待ちしてその宝玉をお預かりし、霊屋に祀りましょう。この夏至の日に、一番安全な場所なのですから。それに色々とお話も伺いたいし」

 ソルクシアの提案に、プァルマが頷いた。 

「承知いたしました。ですが、宝玉をお渡ししたその後は私が引き継ぎ、すぐに鑑別堂へお連れいたします」

「いえ、強行軍にお疲れでしょうし、この霊域で一夜を明かされてはいかがでしょう」

「ありがたいお言葉ですが、今日のうちに機工を用いた種級鑑別を終えなくてはなりませんので」


 ソルクシアが首を傾げる。

「霊神祀りの古精霊の霊屋で、夏至の夜を過ごせるのですよ。滅多に得られない特別な機会なのですが」

「ええ、とても残念ですが、貴族の儀式を滞らせる訳には参りませんので」

 プァルマは巫女の威圧を受け流す。


 ソルクシアの顎が、心持ち上がって見えた。 

「とても大事な森の神事なのですが」

 プァルマは顎を引いて目を伏せる。

「貴族にとっての一番の肝要事ですから」


 気まずい空気になった。

 暫くしてから、プァルマが小声で言う。

「ソルクシア様。これからお話しするのは、私のたわいも無い独り言です。ですので、お聞き流しください。他言無用に願います」

 鑑別官侍従のただならぬ雰囲気に、ソルクシアは木陰の方へ手を伸ばす。

「……あちらの東家へ移りましょう」


 大樹の木陰に古びた休憩所があった。四本の柱が形ばかりの板葺きの屋根を辛うじて支えているような粗末な東家だ。

 その中に入って、プァルマは独り言を始める。

「『貴属の兆し』は、高次七群の精霊との絆を持つ者の印を表します。モルカの少女は『姫』と認定されました」

「……」

「少なくとも『公級』、『王級』に属する高尚な由縁もあり得ます。つまりこの大陸に存在する、王族の『精霊群』に縁を持つお方かも知れないのです」

「………」

「兆しの発見から、貴族としての能力の発現が始まります。種級鑑別によってより詳しい特徴を把握し、然るべき儀式を経て、正式な『貴族』となるのです」


 ソルクシアも巫女として貴族の知識はそれなりに持っている。しかし、正確で詳しい貴属の兆しについては窺い知れなかった。

「兆しを得て正式な貴族となるまでの間は、非常に不安定な状態に置かれます。その間に決してあってはならない禁忌のひとつが『神との接触』です」

 プァルマはふと、高台の霊屋に目を向けた。


「神とは、高貴な古の精霊群に属さぬ、正統を外れた精霊の縁を受けて産み落とされる存在です。精霊界の秩序から解き放たれた異端なのです。しかし異端なればこそ、常軌を逸した理解不能な能力を持ち得ます。そこに邪な意識が加われば、『魔神』となって世界に災厄を齎すでしょう。対抗できるのは同じく異端の力『早逝の誉』を授かった『英雄』に連なる『勇者』の系譜のみと言えます」

「それは……」

 言いかけて、ソルクシアは言葉を飲み込む。

 やはり貴族の扈門とは、世界の理に関する認識の違いが甚だしいと実感する。


「兆しを迎えたばかりの姫が、貴族としての正しい有り様を理解し受け入れる前に、神に誑かされ『覚霊』へ至る事態だけは絶対に避けねばなりません。それなのに……」

 プァルマは言葉に詰まる。その横に並んで耳を澄ませていたソルクシアが、ゆっくりと東家から離れ出る。


「では、貴族の姫様がおいでになりましたらお呼びください。鑑別堂へ向かわれる前に、宝玉をお預かりに参ります」


 言いたいことは色々とあったが、それを言葉にしたところでなんの意味もないとわかっていた。プァルマは忌憚なく、古代から続く王侯貴族の考えをただ口にしただけだ。互いに立場は違えど、今の均衡を崩す行為は避けたい。この場で大きな話をぶつけ合っても詮無いばかりだ。


 精霊界の偉大なる庇護の下、貴族支配が、この地に一千年の平和を築き上げた。大きな戦争もなく、飢饉も疫病も影を潜めた。

 もちろん、生命あるひとつの個体から見れば、苦悩も恐怖も理不尽も無くなった訳ではない。ただ、この大陸に暮らす多くの人々にとっては、喜びや幸せを感じ得る機会は以前と比べて大幅に増したと断言できる。

 この世は「平和」なのだ。これからも「平和」であろう。

 この「平和」を良しとする者が大多数なのだから。



「お姉ちゃん。どうしたの?」

 妹巫女セレネアが、捧げ物の盆を持って立っていた。


「……鑑別堂のプァルマ様と何かあったの?」

「いえ、新しい貴族のことでお話を伺っていたの」

「ああ、カルケディスの女の子だっけ」

「もうすぐこちらへお見えになるそうよ」

「ふうん。貴族になったら、森の民じゃなくなっちゃうんだよね」

「場合によってはね。この森を出ることになるでしょう」

「森の外か……」

 セレネアは俯いて、溜め息のように呟いた。

 

「あら。サルツス氏団の護霊巫女セレネアは、貴族の女の子が羨ましいの?」

 ソルクシアは、そんな少女が微笑ましくて、意地悪な質問をしてみる。


「ううん。わたしは巫女としてここにいられるだけで満足。前とは比べ物にならないくらい毎日充実してるの」

 真面目な答えが返ってきた。それは、骨が砕けるほど働かされて、痛みで眠れぬほど苦しめられ、言葉も忘れていた子供の本心と感じる。


「怖いお姉ちゃんと、年上の妹もできたし、それで十分。これ以上幸せになったら、他のみんなに怒られそうだし」

 巫女の素質がこの子を救った。同じ境遇で悶え苦しみながら死んでいった子達もいる。平和な世の中にも闇はあるのだ。


「あ、そうだ。これ見て」

「捧げ物の果物? 少しはお召し上がりいただけたのかしら」

「白湯は無くなっていたよ。果物はこのひとつだけ、ちょっとお口を付けてくださったかな。この実は少し苦味があるから、幼神様はお気に召さなかったみたい。可愛いよね」

「これは……」


 小指の先ほどの丸くて赤い実がひとつ、少しばかり齧られている。そこが陽の光を受けてキラリと光ったのだ。

「果肉が結晶化し始めている。このまま晶化が進めば、綺麗な霊細石になるわ」

「ほんとだ。キラキラになってる。さっきまでただの果物だったのに」

「愛神様はお食べになりたかったのに、苦味があったから恨めしくお感じになったのでしょう。その実は美しい細石になる神罰を受けたのよ」


「可愛いね」

「本当に可愛らしい」

 ふたりの巫女はくすくすと笑いあった。


「さあ。支度を急ぎます。シーテリケはどこかしら」

「沐浴の洞に湯浴みに行ったよ。急いで清めるから許してって」

「今日は走って疲れたでしょうから、大目に見ましょう」

「里を抜けてから、久しぶりに全力を出したんだって」

「そう……。思い出させてしまったかしら」

「嬉しそうに笑っていたから……」


 シーテリケは姉妹巫女としては一番下になるが、ソルクシアより年上だ。体つきを見れば一目瞭然だが、おっとりした性格でどこか幼さがあり、ふたりの「姉」をとても尊敬していた。


「あっ。灯りがあそこまで」

 森の中の暗がりに篝火が見え始めた。

「なんとか間に合ったようね。霊屋の松明も灯しましょう」



 盆が地に落ちて、大きな音を立てた。

 振り返ったソルクシアは、顔面蒼白な妹巫女を見とめて、慌てて駆け寄る。


「セレネア!」

「来る……」

 ソルクシアは手を取り、自分の方へ向き直らせる。

 握った指が冷たい。震えがだんだんと大きくなる。


「ああ、なぜ? 霊域なのに……」

「セレネア。落ち着いて」

「お姉ちゃん。……来ちゃうよ」

 大きく見開かれた両目から、涙が溢れる。

「いやっ! 来ない、で……」


 セレネアは力を失って、膝から崩れ落ちる。

 すかさずソルクシアが抱き留めた。

 体も氷のように冷たい。まるで死人のように。

「セレネア! セレネア、返事をして。……お願い」

 突然の出来事に、ソルクシアは頭の中が真っ白になった。

 ただ抱き抱えて、呼びかけることしかできない。



「……結構いい体してるよなぁ。おねえちゃんは」


 ソルクシアはゾッとした。必死に抱きしめていた妹巫女から抑揚のない掠れた言葉が返ってきた。声はセレネアのそれなのに、今はもう聞きたくもない響きになっていた。


「おまえが現れて良い場所では、ないっ」

 ソルクシアは激しい口調で言う。

「怒るなよ。俺だって来たくなかったさ。こんなに嫌な霊波がきついところ」

「だったら、すぐに戻りなさい」

「そうもいかないから、わざわざ来たんじゃないか」

 セレネアだったものがゆっくりと顔を上げる。


 見開かれた目に、銀縄の螺旋が渦を巻く瞳が現れる。

「この子の奥で、暖かく優しい眠りの中にいつまでもいたいのに。警報に叩き起こされたんだよ。なんでこんな事になってるんだ」


 ソルクシアが睨む。人に向ける視線ではない。

「良いから直ちに去りなさい。夏至の日、霊神祀りのこの時に、場違いにも程があります」

「霊震放射が複数重なってる。警報が煩くて仕方ない。戦場か? ここは」

「……森の霊域です」

「大陸全土の帝国総力戦末期みたいな有様だぞ」

「大昔と違い、今は平和です」

「平和だと? 気は確かか? おねえちゃん」


 ソルクシアは、セレネアの両肩を掴んで引き剥がす。

「おまえに『お姉ちゃん』と呼ばれる筋合いはありません!」

「……全域立方範囲の戦況を把握した。情報更新するまでもない。これは負け戦だ」

「何を言って……」

「霊力無尽触媒と転換路の大元を襲撃されたな」

「だから、なんの話を」


 セレネアがゆっくりと目を瞑る。

「撤退の時間も場所もない。じゃあ、どうやってこの子を護る? ここは霊域……。神々の極宝で、あの魔神の力をどこまで小さくできるか」

「何を……」

 ソルクシアは、狼狽えた。意味はわからない。しかし、なぜだか絶望的な心持ちになる。


「神はどこだっ! おねえちゃん!」

「か、神々は今、ここにはいらっしゃいません」

「……」


 セレネアが目を薄く開いた。睫毛が小刻みに揺れる。

「いろんな戦場のヤバい前線で指揮を執ったし、一兵卒としても戦ってきたが、最期はこれかよ」

「お黙りなさい。古代帝国軍の『局地迅滅戦術妖精』のおまえが、今ここで心安らかに生き長らえているのは、その少女に繋がる精霊の慈悲があるからこそでしょうが」


 セレネアは数度瞬き、それからソルクシアに、眩しいものを見るような眼差しを向けた。

「信じられないかもしれないが、俺は感謝してるんだ。この子に、それからその精霊にも」

「なら、世迷言を垂れるのはやめ、大人しく奥に戻って、この子を見守りなさい」

「……ああ、そうするよ。流石にこれは打つ手がない」

 セレネアなのか妖精なのかはわからないが、涙が一筋流れ落ちた。


「今日、この国は滅ぶんだ。おねえちゃん」


風雲急転  へ つづく。

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