07 : 夜を走るアーリーアクセス - 01 -
「つばめ。あんた最近、どこに遊びに行ってるの?」
「後輩の家」
風呂上がり。扇風機の前に立ち、裾を広げたシャツの中に風を送り込みながら、つばめは母の質問に端的に答えた。
家にいても、部屋に籠もってゲームしかしない娘が外に出ることを、母は喜んでいる。
母は、ゲームをしながら顔も名前も知らない相手と通話をするつばめの遊び方を、あまり歓迎していない。遊びたいなら、直接家で遊べばいいじゃない派である。
とはいえ、多趣味な母はジャンルによって空気感が違うことに理解もあった。先程までパッチワーク教室へ行っていたのに、今はバトミントンクラブへ行く用意をしている。
「あら。慕われてんのね」
「……多分。かなり」
脅迫から始まった関係ではあったが、一週間も過ぎる頃には、純粋なスポラトゥーン友達となっていた。現実世界で一緒にスポラトゥーンをする仲間などいなかったため、つばめもなんだかんだと毎日、稜の家へ行くのを楽しみにしていた。
待ち合わせ場所は、学校の近くのコンビニ。そこでお昼ご飯を買って、稜の家にお邪魔する。
狭い部屋で夢中になってスポラトゥーンをしていると、我が物顔で一冴や史弥もやってくる。ベッド前に座ったつばめと、その後ろに座った三人で、阿鼻叫喚しながらのスポラトゥーンは、ものすごく楽しかった。
「お勉強もしっかりね」
「わかってるよ」
つばめは中学時代に志望校を選ぶ際、両親に二択を迫られている。
遠くの進学校を選んで大学へ進むか、近所の高校を選んで自分で頑張るか――というものだった。
両親は、夢が無いのならとりあえず大学に進んでほしいようだった。特段やりたいこともないつばめは、両親の願いを受け取りつつ、近所の高校を選んだ。言わずもがな、ゲームをしたかったからである。
だが、自分で頑張る道を選んだ以上、高校入学時に志望校と決めた大学に向けて、真っ直ぐ頑張り続けなくてはならない。
「明日も行くの?」
「多分」
多分、と言いつつ、ほぼ九割九分九里の確率で、行くことは決まっていると知っていた。母は「あんまり遅くならないようにね」と言いながら、バトミントンクラブへと出かけていった。
***
「この部屋、日当たりが良すぎる……」
午後五時。稜の部屋の窓辺でぼうっとしていたつばめは、まだまだ明るい窓の外を眺める。三階にある部屋の日当たりは良好で、気付けばつばめはいつもうとうととしていた。
「なんか丁度、三時過ぎたら眠くなる……」
「おやつ食べたら寝るとか幼児ですか」
コントローラーを握ったまま、苛々した声で稜が言う。つばめが寝ていた上に、負けが込んでいるからだろう。
しかしつばめは、彼の言葉を否定出来なかった。
つばめは三時過ぎにコンビニで買っていた梅味のポテトチップスを四人でシャクシャクパリパリと食べた後、気付けば窓辺に近付いて眠っていたのだ。
(ゲーム配信とか見てると、めちゃくちゃ眠くなるもんな……)
つばめがいそいそとローテーブルの前に戻れば、今までそこに座っていた稜が席を空けた。ベッドに上り、男三人で並ぶ。
稜の部屋は狭い。そこに、高校生が四人も集まれば、更に狭くなる。
ゲーム画面の位置的に、座る場所は選べないが、寝る場所は選べる。つばめは無意識に、男子が集まっているベッドから離れた、窓辺で眠ることが多かった。
定位置に戻ってコントローラーを持つと、すぐに合流の申請が稜から飛んでくる。更に稜はボタンを連打し、つばめを急かす。つばめは粛々とAボタンを押した。
つばめのイカ人間が場に合流すると、一冴がぴょんぴょんと跳びはねながらやって来た。そしてビチビチ新鮮に跳ねながら、自分の持った武器を見せびらかす。
「つばめセーンパーイ、見て。俺、コレ持った」
「あ。確かに。合うかも。頑張れマッツン」
「僕も武器変えたいんだけど、お勧めってある?」
「フミ君は割と引きがちだから――」
振り向いたつばめは史弥の画面を覗き、彼のプレイスタイルに合いそうな武器を挙げていく。
そのつばめを、稜はじっとりとした目で見ていた。
***
「何あれ」
自転車でつばめを送る、帰り道。
既に通い慣れた道となった、坂ノ上家から東崎家への道だ。夏なので、七時はまだまだ明るい。薄闇の中、自転車を漕ぎながら、稜は眉根に皺を寄せていた。
「何あれ、とは?」
わかっていないつばめが腹立たしい。彼女は、稜が不機嫌でも全く気にしない。他の女子と違うとはわかっているのに、機嫌を取ろうともしないつばめに、ただただモヤモヤする。
「敬語。マッツンとフミ君には、使わせなくていいんすか?」
「ええ……? いんじゃない? もう友達だし……?」
質問自体には戸惑いながらも、「友達」と言い切ったつばめに、稜は少なからずショックを受けた。ハンドルを持つ手が強張る。
「……へえ。東崎先輩は友達じゃ無い奴の家に毎日来て、友達じゃない奴と飯食って、友達じゃない奴の部屋で寝るんすねえ」
自分で思っていたよりもずっと、拗ねた口調になってしまった。当てこすりをする稜に、つばめは黙った。
稜の両肩に掛かる手が、ぐっと重くなる。
僅かに重心をずらして、つばめが稜を覗き込もうとしているのだ。稜は慌てて、ひん曲がっていた口を元に戻し、冷静を取り繕う。
「……面倒臭さの腕前があったら、坂ノ上君なんて一発でS取れるのにね?」
「はあ??」
「別にもう敬語じゃなくていいよ。そういう空気読むの、上手でしょ?」
律儀に、つばめが最初に言った「先輩には敬語使おうね」を守っていた稜に、つばめが言う。
(そんなこと、わかってた)
もう怒らないだろうことも知っていた。
(けど、許されたかったし、出来ればそっちから言ってほしかった)
稜と仲良くしたいのだと、つばめから思ってほしかった。
そして、偶々遊ぶことになった友人二人よりも先に、そうなって然るべきだったのに。
「一番可愛がるべき弟子を、一番弟子って言うんじゃないの?」
「誰が一番弟子なの?」
「はあ?! 俺でしょ?!」
「そうだったんだ」
知らなかった。と、気のない返事をするつばめに、自転車を漕いでいなければ地団駄を踏んでいたに違いない。
(今日だって、俺とやったのは十二試合だけ!)
一冴と史弥とも遊ぶようになってから、つばめが稜だけを見ることは無くなった。常に誰かの相談に乗っていたり、誰かの動きを真剣に見ている。
一番弟子、とは言ったものの、一番だったのは弟子になった順番だけで、あとの指導は一律の対応だ。
しかし当然、違う点もある。
眠る時つばめは、必ず窓際へ行く。そこなら安心と知っているように。
一冴と史弥はいつもベッドに座る。二人がそこへ行くには、つばめの代わりにローテーブルの前に座る稜を、越えなければならない。
まるで稜に守ってくれとでも言っているかのように、その場所で眠るつばめを見ると、遊んでほしかったはずなのに、稜は何の文句も言えなくなる。
「つばめ」
敬語も無けりゃ、敬称も無くなった。
しかしつばめは動じること無く、のびやかに返事をする。
「はーい」
全然動じないつばめが、ありがたくもあり、悔しくもあり。
稜は口をへの字に曲げた。