06 : 仰げば尊し我が師のキャラコン - 03 -
「あっ、馬鹿フミ――! そこ敵いるって言ったろ!」
「言ってない! マッツンはさっき、死んだって言っただけ!」
「ちょっと、ねえ。なんで二人ともコレ運んでないの」
「こちとら死んでんですけど!? 運べるわけなくない!?」
「じゃあ僕、運――……あああ……死んだ……」
賑やかな声に、つばめはうっすらと瞼を開いた。
誰かがスポラトゥーンをしているのは、寝ながらも微かに耳に入ってくるSEやBGMでわかっていた。よくゲームをしながら、またゲーム動画を見ながら寝落ちするつばめにとって、寝ている環境でゲーム音がしているのは、特別なことでもなんでもない。
真剣にゲームをしている男子らは、つばめが起き上がったことにも気付かないようだった。ゆるゆると頭を起こしたつばめは、窓際に座ってぼうっとする。
いつの間にか、知らない男子が増殖していた。
だがそんなことよりも、つばめはテレビ画面の方が気になり、口を開いた。
「そっちのルート、張られてるよ」
つばめが口を出すと、稜のイカ人間がその瞬間、長射程武器で撃ち抜かれた。稜は渋い顔をして、つばめに顔を向ける。
「起きたんすか」
「起きた。楽しそうにしてるから。私も混ぜて」
のそのそと動き、自分のswotchに手を伸ばす。
「えっ!?」
その瞬間、増殖した男子二人が全く同時に声をあげた。スポラトゥーンの画面から目を離し、驚いた表情でつばめを見ている。
二人を見たつばめは、じりじりと後退し始めた。
だが、swotchから離れようとしたつばめに、稜が席を譲った。稜はローテーブルの前から退き、ベッドの上に腰掛ける。
譲られてしまっては、行かないとも言い辛い。つばめはいそいそと場所を移った。
(邪魔だったかな……)
ゲームを趣味にしてるつばめは、男性とスポラトゥーンをすることに全く抵抗がない。昨日通話していたのも、年齢も職業も皆違うが、全員男性だ。ゲームをする女性も友達もいるが、まだまだ市場的に男性人口が多いのは否めない。
そのため、つばめにとってスポラトゥーンをする人間は皆「プレイヤー」だった。男でも、女でもない。言ってしまえば、画面に映っているイカ人間と同じである。
だが、現実ではきっと、そうではない。
無意識に、稜をスポラトゥーン仲間として接していたつばめは、彼らが生身の人間だったことをこの瞬間にはっきりと思い出し、居たたまれなくなった。
「60%に混ざってたら、ランク落ちますよ」
気まずさを感じているつばめに対し、稜は変わらず淡々としている。だがそれがありがたい気がした。こちらも、いつも通りで返せる。
「別に、気にしない。いつでも上げられるし」
本当に気にしていなかったのでそう言うと、ランクに固執する稜が明らかにショックを受けた顔をした。本当にメンタルが弱々である。
男子二人を振り返ると、びくりと体を揺すられる。二人とも、ベッドの上に座り、寛いだ格好で持参したらしい自前のswotchを構えていた。
「ご一緒しても?」
「ア。ドウゾ」
目隠れ男子――マッツンと呼ばれた一冴が、ぎくしゃくと頷く。
(一戦だけして、帰るかな)
歓迎されていない空気を感じ、つばめはコントローラーを握った。3・2・1――のカウントで試合が始まれば、もうよそ事は気にならなかった。
***
「はぁ~?! めちゃくちゃ上手くねえ!?」
「19キル……? 本当にいるんだ……こんな人……?」
成績結果画面を見た一冴と史弥が、顔色を変える。
その隣で、稜はむしゃくしゃとした顔をしている。
「ねえ。なんで俺さっき、こいつに対面負けたんですか」
稜が成績結果画面上の敵を指さす。
「相手に有利な場面に持ってかれたから。更に相手は、不利な部分では戦わないようにしてたから」
「はあ?!」
憤る稜に細かく状況を説明すると、不承不承と言った顔で稜は引き下がった。
「でも惜しかったんだよ。さっきのはあと一発で抜けてた。勝ち筋が見えたら必ず油断は生まれるし、そういう時、キル逆に取れるようになれるといいね」
つばめがうんうんと頷きながら稜を褒めると、彼の両隣に座っていた二人が声をかけてくる。
「俺は?! ねえ、俺は!?」
「マッツン君は、動きが派手だからすごくいい囮になる」
「えっ!?」
「マッツン君に相手が集中してる間に、カウント進められた時が何度かあったでしょ。死んだ後すぐに復活できる装備多めにつけるといいかも」
「あの、僕は――……?」
「生存意識高くてよかった。私達が皆やられちゃった時に、生き残ってくれてるだけで牽制出来たたから。そういう駆け引きが上手みたい」
「あ、ありがとう、ございます」
「罠があると思わせてるだけで、相手の判断力を奪えるからね。フミ君みたいな子がいると、前線で戦いやすくなる」
つばめがそう言うと、二人はキラキラと目を輝かせた。
「師匠!」
「師匠!!」
唐突な師匠呼びに、つばめはきょとんとした。二人の隣で、何故か自分が褒められたかのように、稜が自慢げな顔をしている。
師匠だなんて、人生で呼ばれたことがない。つばめがぽけっとしていると、ガタガタっと揺れながら襖が開く。
「何、つばめちゃん。弟子増えたの?」
つばめの認識が世間とずれていない限り、増えたも何も、これまで一人もいなかったはずだ。
「はは。モテモテで」
「楽しそうでいいわぁ。今日も食べて帰るでしょ?」
戸口から、美沙がスーパーの袋を持ち上げて、つばめに問いかける。スーパーの袋からは、カレールーのパッケージが覗いている。今夜はカレーのようだ。
つばめは慌てて首を横に振った。
「いえ! 流石に!」
「いいわよ。どうせ、そん子達も食べて帰るんだろうし」
美沙が言うと、一冴と史弥は悪びれもなく「ご馳走様でーす」と両手を合わせる。この様子では、いつものことなのだろう。幼い頃からの、家族ぐるみの付き合いを感じさせた。
「お母さんにも今日は帰ってきなさいって、怒られちゃってるんで」
「やだ、ほんと? 昨日無理に引き留めて、悪いことしちゃった? おばちゃん、電話しよっか?」
「大丈夫です! あ、昨日ご馳走になったんで、せめて今日手伝います」
美沙が自分を「おばちゃん」と呼ぶことに脳内が激しい拒否反応を起こしつつも、つばめはすくっと立ち上がった。昨日、夕飯をご馳走になったと言った後、母にしこたま怒られていたのだ。
「先輩、何しに来てんの? 料理作りに来たの? そんなに俺に手作りを食わせたいの?」
「そうよー。子守より料理作る方が楽だから、つばめちゃんそっちお願いね~」
「はあ?」
「本当のことでしょ」
親子が言い争いをしている。一冴と史弥は慣れているのか、聞いてもいない。
つばめは慌てて座り、子守に専念することにした。
***
今日も今日とて、送りの自転車がマンションを発車する。
坂ノ上家の今夜の晩ご飯はやっぱりカレーだった。美味しそうなカレーの匂いに後ろ髪を引かれながら、つばめは稜の漕ぐ自転車に乗っていた。
夕日に照らされる稜の髪が、風に煽られる。さらさらと靡く髪は明るく、日の光に透けて輝いていた。
「もう迎えに来なくていいよ」
「はあ? 逃げる気ですか?」
前を向いているせいで稜の表情はわからなかったが、確実に不機嫌な声だった。
「私で役に立つかはわかんないけど――今日みたいに遊ぶだけなら、普通に遊ぶから」
つばめが静かにそう言うと、稜は黙った。
納得してもらえると思ってただけに、続く沈黙につばめは首を傾げる。
「――それで、なんで迎えがいらない話になるんすか」
「ええ?」
「遊ぶなら、結局迎えはいるでしょ?」
「……でも。目立つんだよ。坂ノ上君……」
そんなこと、つばめに言われずとも稜は知っている。知っていて、今日はそれを利用した。つばめが断れなくなるのを見越した上で、わざと教室まで迎えに来たのだから。
上級生でも、ランクが上でも、遠慮のえの字もない。なんとしたたかな後輩か。
「でもチャリの方が速くないっすか」
頑なに譲らない稜に、つばめは頭を抱えたかった。
「そりゃ速いけど――」
「先輩がちんたら歩いてくる間に、四試合くらい出来そうなんすけど」
稜にとって一番大事なのは、つばめとゲームをすることらしい。
(……そこまで言われると)
はぁ、とつばめはため息をついた。
この傍若無人で唯我独尊で人の話を塵ほども聞かない後輩が、散歩に行きたくて尻尾をブンブンと振りながらリードを咥えてやってくる、我が家の天使・大福――愛犬、享年十一才――に見えて来るのだから、不思議だ。
「……わかった。じゃあ近くのコンビニで待ってて。とりあえず、教室に来るのはやめて」
つばめの真似をして、稜がため息をつきながら言う。
「我が儘っすね」
「それは私が言われることかな??」
渾身の力で持っていた肩を強く掴んだが、稜は涼しい顔で自転車を漕ぎ続けた。