05 : 仰げば尊し我が師のキャラコン - 02 -
「――っしゃ! 勝った!」
画面に大きく書かれたWINの文字に、稜はコントローラーごと拳を握った。
一人でプレイして八試合目。ようやくもぎ取った一勝を掲げ、誇らしげな顔で振り返った稜は、ベッドの上を見て愕然とした。
「……普通、寝るか? 男の部屋で」
先ほどまで自分のプレイ画面を見ていたはずのつばめが、枕を抱えたまま舟を漕いでいる。
――彼女とは昨日、初めて会話をした。
二年生に、東崎つばめという上級生がいること自体、稜は昨日まで知らなかった。偶然立ち寄った非常階段でつばめのプレイしている姿を見なければ、きっとこの先も一生知らないまま過ごしていただろう。
一年の教室は三階にある。夏休みの予定をしつこく聞いてくる女子から逃げるため、非常階段から帰ろうとした稜は、階下から聞き慣れた音がして驚いた。こんな場所で聞くはずも無い、自分がはまっているゲームのBGMだったからだ。
非常階段を覗き込むと、見知らぬ女子生徒が携帯ゲーム機を操作していた。上履きの色を見れば、上級生だ。
こんな場所で? という不信感よりも、興味が買った。
どうせ女だし、それほど強くないだろう。そんな軽い気持ちで覗いた画面の中で繰り広げられる高度な戦いに、稜は度肝を抜かれた。
吸い付くような照準に、大胆なのに無駄のないキャラクターの動き。がんがんとキルを取りつつ、要所ではカウントも進めていた。自分のプレイとは全く異なるゲーム画面に、開いた口が塞がらなかった。
『うまっ』
思わず出た声に、自分が驚いた。
声に呼ばれたように上を向いた女生徒のまん丸な瞳と目が合った瞬間――稜は信じられないほど饒舌に、彼女との会話を求めた。
「信じらんねえ」
寝ているつばめにそう言うと、ぽい、とコントローラーを置いて、稜はベッドにもたれ掛かった。ベッドも部屋も狭いため、気を付けなければ手を伸ばすだけで、彼女に当たってしまう。
(誘ってるとか?)
寝息をこぼす小さな口は、微かに開いている。
(いや、ないか)
どちらかと言えば、全く男に見られていないからこそ、寝ているのだろう。
安心されるほど、親しくない。
単純に、年下のガキだと侮られているのだと思うと、イラッとするような、それでもやっぱりほっとするような、よくわからない感情が迫る。
――見知らぬ下級生。
もしくは、日本中に数多いるスポラプレイヤーの一人。
つばめは昨日会った時から一貫して、稜にそういう態度を取っていた。
稜は恵まれた容姿のおかげで、男性からはやっかみを食らい、嫌になるほど女性には興味を持たれた。
人付き合いが上手くない稜は、自分を追いかけてくる女性を上手くあしらうことも、嫉妬する男性と上手く馴染むことも出来ずにいた。稜がまともに話せる相手など、幼馴染みの二人くらいなものだった。
元々の性格的に、自分から女性に話しかけることもほぼ無いため、自分に興味がない女性とこうして親しく接するのも初めてだった。
年々、積極的な女性が苦手になってきていた稜にしてみれば、つばめの態度はありがたいものの、逆に興味をもたれなさすぎて、どう話せばいいかわからずに困ってもいた。
どれだけ稜の顔が綺麗でも、どれだけ稜が学校で注目を集めていても、つばめにとっては「自分よりもランクが下の、ただのスポラプレイヤー」なのだ。
(まだこの顔に釣られてくれた方が、楽だった)
人生で初めての感情を抱く。
――つばめを多少、強引に連れて来ている自覚はある。
だが、どう誘えばいいのか、わからなかった。
(だって、目の前にあんな上手い人がいて、一緒にやりたいって思わない奴……いないだろ?)
今よりももっと、ずっと小さな頃。いつも先を走る兄に抱いていたような感情。憧れや、羨望。衝動のままに突き動かされている時には気付かなくとも、流石に一晩経てばなんとなく察していた。
(初対面とか女とか上級生とか関係なく――ただ、この人と遊びたかったとか)
恥ずかしすぎて、とてもではないが口には出せない。
一度でいいから、一緒にプレイをしてみたかった。
一度したら、もっとしてみたくなった。
だと言うのに、つばめは早々にゲームから離脱し、寝ている。
流石に無理矢理起こしてコントローラーを握らせるわけにもいかず、稜はまた一人でテレビに向き直った。
***
「りょーちーん! ラワウン楽しかっ~……うわっ!」
「ん? ――わっ! え、ごめん! 彼女来てたんだ!?」
勝手知ったる自分の家とばかりに、鍵が開けっぱなしの玄関から入ってきたのは、クラスメイトにして同じマンションに住む幼馴染みの松雪 一冴と須田 史弥だった。
二人は稜の部屋に入ってきた瞬間、ベッドの上でぐうぐうと眠るつばめを見つけて飛び上がる。
「彼女じゃない」
苛々としたまま稜は答えた。結局あの一勝以外はずっと、負け続けている。その全てが、つばめのせいな気がしていた。
「え? じゃあ……誰?」
史弥がきょとんとして尋ねる。素朴な顔立ちが、純朴な表情と調和している。稜のささくれた心を宥めるのはいつも、史弥だった。
「……師匠?」
「は~? なんの?」
もじゃもじゃな髪を鼻先まで伸ばした、ひょろりと背の高い一冴が口をひん曲げる。
「ん……」
話し声がうるさかったのか、ベッドの上で寝ていたつばめが、もぞりと動いた。
途端に、史弥と一冴が直立不動になる。ベッドの上で寝ている同学年の女子になど、もちろん免疫がない。
――そして、それは稜も同じだった。
稜とて、こんな状況に陥ったことがない。
つばめがどんな行動に出るのかわからず、表面上は平静を保ちつつも、ドギマギと見守った。
枕を抱えたまま、上半身を突っ伏して「ごめん寝」のポーズで寝ていたつばめが体を起こした。
寝ぼけたつばめが部屋を見渡し、戸口にいる一冴と史弥を目にする。
びくりと震えて、気を付け、の姿勢になった一冴と史弥を見たつばめは、口を開いた。
「……――あ。どうも」
ぺこり、とつばめが頭を下げる。
慌てて一冴と史弥も頭を下げた。
つばめは枕を掴んだまま、ベッドから降りた。そして、戸口の反対側の、小さな窓がある壁際に移動すると、散らかっている床に身をねじ込み、また枕に突っ伏して眠り始めた。
その様子を固唾を飲んで見守っていた稜が、ついに叫んだ。
「いやいやいや! 起きたなら、起きろよ!」
必死な稜の声に、つばめは枕に顔を沈めたまま、ぱしぱしと瞬きをした。
「今……何時……?」
「え? 四時半ですけど……」
「さっき、連絡したから……七時には帰る……」
「は? じゃあ七時まで寝るんですか?」
「六時半まで……」
で、の音を言い切る前に、つばめは眠ってしまった。
再び「ごめん寝」の体勢で眠ったつばめからは、くうくうと、寝息が聞こえる。
「――睡眠の師匠?」
語尾に「かっこわら」でもつけたような、面白がる一冴の口調に、稜は額に青筋を浮かべた。







