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04 : 仰げば尊し我が師のキャラコン - 01 -


「りょーちーん。帰んべ」

「ねえ。今日の夜、ミヨピヨが配信するのって何時だったっけ」


 夏期課外が終わると、友人が稜の机までやってくる。同じマンションに住む幼馴染みの二人だ。


「坂ノ上~! これからラワウン行かない?」

「クーポン今日までだって。行こうよ」

「あんたらも一緒でいいからさ」


 クラスメイトの女子が稜達に声をかける。幼馴染みの内一人は顔を輝かせ、もう一人は緊張したように体を硬くした。


「よっしゃー! 行くー!」

「ぼ、僕も? いいの?」


 乗り気な二人には悪いが、稜にはどうしても譲れない用事があった。バッグを手に椅子から立ち上がると、女子の方を見もせずに言う。


「俺は用事あるから」


「いっつもじゃん、稜。サラリーマンかよ」

「坂ノ上やっぱ無理だって~」


 稜の返事を予測していたかのように、女子達が言った。

 愛想も付き合いも悪い稜は、「じゃあね」と言って教室を出る。


「えー! じゃあ俺達は!?」

「はー? 稜いないのに来るとかマ?」

「まあ、いいけど。来る?」


 教室から幼馴染みの喜びに満ちた声が聞こえる。嬉しそうな声を背に、稜は廊下を歩いた。その足取りは、初夏の小鳥のように軽かった。




***




 ――もう二度と、彼とこんな風に話すことは無いだろう。

 そんな風に思った昨日の自分は、おめでたかったとしか言い様が無い。


「東崎せーんぱいっ」


 教室の入り口で、美しい少年が、美しい笑顔を浮かべている。

 彼にとっては上級生の教室だというのに、その佇まいからは微塵も尻込みした様子は見えなかった。


 夏期課外を終え、さあ帰りましょうと帰り支度をしていた教室が、どよめきひとつ起きないほどに静まり返っている。


 呼ばれたつばめは、リュックを手にぽかんと入り口にいる稜を見ていた。


(ほんとに来た……)


 まさか来るとは思っていなかったつばめは、直立したまま瞬きする。


「ちょ、つば! なんで坂ノ上稜が!?」

 仲の良い友人川口(かわぐち) 乃愛のあが喜色を浮かべてつばめのもとにやって来た。


「ラブなの!? ラブされてんの!?」


 色恋話が大好きな乃愛が、頬を染めてつばめを揺さぶる。

 乃愛のテンションの高さでようやく正気に戻ったつばめは、「はは」と乾いた笑みを漏らした。


アレ(・・)が、コレ(・・)に? 普通に考えて無いでしょ」

「もうちょっと夢くらい見させろよ」


 一瞬でスンと温度を無くした友人に申し訳なさを感じつつも、つばめは教室の入り口に向かった。教室中の視線が突き刺さる。しんと静まり返っていた教室に、少しずつざわめきが戻ってくる。


 つばめの後ろから、乃愛も続いた。にこにこと愛想のいい顔で笑っている。

 外から攻めた方が早いと判断したのか、稜はにこりと笑って乃愛に言った。


「すみません。東崎先輩をお借りしてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


 どちらも完璧な外面だ。つばめはじっとりとした目を二人に向けた。しかし無言の訴えも空しく、つばめは稜に引きずられて校舎を出た。


 着いたのは、駐輪場だ。ずらりと並んだ自転車中に、昨日乗ったばかりの自転車がいた。言うなれば、見知らぬ自転車の中に顔見知りが一台いるようなものだった。しかしこんなにも早い再会を、つばめは全く望んでいなかった。


(昨日は乗ってなかったよね)


 ということは、今日は登校時から、稜はつばめを拉致するつもりだったのだ。用意周到すぎる後輩を、つばめがじとっとした目で見る。


「後ろ乗ってください」

 自転車の鍵を開けた稜が、跨がりながら言う。

 つばめはきょろりと周りを見た。教室から、クラスメイト達が着いてきていたのは知っていた。その人数は廊下を歩いている間に膨れ上がり、かなりの人数の生徒が、部活棟の壁からこちらを覗いている。


(……騒ぎにならないのは、どっち?)


 素直に着いていくのも、稜の誘いを断るのも、どちらも相応に騒がしくなりそうだ。


 考えた結果、素直についていくほうが辛勝だった。つばめはため息を交えて、返事をする。


「まだ先生、校舎にいると思うけど」

「俺、キャップ深めに被っとくんで」

「おのれ」


 自分だけは助かろうとするせこい稜が、持参していたキャップを被り、帽子のツバを指で調整する。

 つばめはなるべく部活棟の方を見ないようにして、自転車の後ろに跨がった。

 その瞬間、確かに何処かで悲鳴が上がったが、つばめは聞かなかったことにした。


 稜が自転車を漕いで、校門を出る。夏期課外でもあり暑いこの時期、先生達はよほどのことが無ければ、冷房の効いた校舎から出てこない。


「冷やし中華好きですか?」

 校門を出てしばらく漕ぐと、無言だった稜が唐突に尋ねてきた。


「うん」

「じゃあ昼飯それでいいっすか。嫌ならコンビニ寄ります」

 目の前にあるコンビニをすいと親指でさす。


「いいです。ご馳走になっていいの?」

「昨日の話聞いて、母が用意しちゃったんで」

「坂ノ上家では、私が行くのは確定していたのか……」

「明日迎え行くって言っておいたじゃないすか」

「私だって嫌だって言っておいたじゃないすか」


 同じ口調で言い返したが、稜は返事をしなかった。都合良く聞こえなくなった稜の耳を引っ張ってやろうかと思ったが、手を離すのが怖かったので、つばめも何も言わなかった。




***




「疲れた」


 昨日まで話したこともなかった下級生と向かい合って昼食を取った後、ぶっ通しで三時間スポラトゥーンをしていたつばめは、首を横に振ってコントローラーを置いた。


「はあ? まだ三時間ですけど?」

「もう三時間だよ……」

「嘘でしょ? まさか、いつも一、二時間なのにそのランクとか言わないですよね?」

「言っとくけどね。私は他の味方のために君のカバーで人一倍働きながら、君の行動にも注意を払って、かつ指示まで出してるんだよ」


 普通に遊んでるのと一緒にしないでほしい。じとっとした目でそう訴えると、稜は言葉に詰まる。


「ということで、休憩です」

「っす」

 不承不承ながらも、稜は納得したようだ。

 つばめは人差し指で、稜と自分を交互に指さした。


「場所、代わって」

「はあ? 俺のベッドですけど?」

「知ってますけど?」

「変態なんすか」

「人を拉致した人間が偉そうに言うんじゃないよ」

「任意同行でしたけど」

「じゃあ今すぐ部屋片付けて」


 つばめは、昨日ローテーブルを広げるために窓際に追いやられた、バッグや週刊漫画の雑誌を指さして言った。開いたペットボトルや、コンビニの袋も散乱している。つばめが座るスペースはかろうじで確保されていたが、ここだってさほど広いわけではない。

 つまりこの部屋には、彼のベッドしか休憩できるスペースがなかったのだ。


 稜は片付けがよほど嫌だったのか、鼻の上に皺を寄せて立ち上がる。


「匂い嗅がないでくださいよ」

「そんなこと思いつくなんて、どっちが変態なんだか……」

「髪の毛も拾って帰んないでくださいよ!」

「私は黒魔術師か」


 交代し、つばめはベッドに横になった。稜がそうしていたように、掛け布団の上にごろりと横になる。


(……止めとけば良かったかな)


 少なくとも、女友達のベッドと同じ感覚で交代を迫るべきでは無かった。


 ベッドに横になると、なんだか生々しかった。


 先ほど稜が言った通り、匂いがした。知らない匂いだ。体から香る匂いとは違う。人間の体臭が少しずつ染み込んだ、生活臭のようなものがする。

 人がここで毎日眠っているのだと、否が応でも思い知らされる。


 枕も使うつもりだったが、全然使える気がしなかった。

 ひどくプライベートな空間に踏み込んでしまったことに、踏み込んだ後に気付く。


 しかし、怖じ気づいたのを察されるのも気恥ずかしかった。

 つばめは起き上がり、ベッドの奥に座って足を伸ばす。ベッドが接着している壁に背を当て、テレビ画面を見た。稜がプレイしているスポラトゥーンの画面を見ていれば、ベッドを意識していることなど、バレないはずだ。


 つばめは枕に手を伸ばした。ぎゅっと、胸の前で抱きかかえる。何故かはわからないが、なんとなく、これで自分を守れた気がした。


「こいつ」

「へ?」


 情緒が忙しかったつばめは、彼に話しかけられて驚き、ひっくり返った声を出す。しかし稜はプレイに真剣なようで、つばめの様子に気付かなかった。


「あーーーっ! だぁ! こいつ、腹立つんすよ!」

「え、あ。そ、そう」

「全然動かねえ! キルも取らない! カウント進めもしない! ならランク戦来んなっつーの!」


 スポラトゥーンをやっていれば誰もが一度は叫ぶ言葉である。そわそわしていたつばめは、平常心を取り戻した。


「マッチングは運だもんね。さっきまで坂ノ上君とマッチングしてた人達も、多分そう思ってただろうしね」

「……」

「結局、自分で塗って、自分でカウント稼いで、自分でキル取れるようになるしか無いんだよ」

「……」


 つばめがそう言うと、マッチングした仲間に吠えていた稜は途端に大人しくなり、次の試合に進むためにAボタンを押した。





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イメージイラストはnaruna*様に描いて頂きました。
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