28 : ボスラッシュ遊園地 - 03 -
「――なんか、言うこと、無い?」
緊張から声が掠れた。
観覧車の中に流れるBGMと、ガタンゴトンという動作音がうるさい観覧車の中で、稜が生唾を飲む微かな音が聞こえる。
「……つばめは、無いの?」
つばめの手をくるりと裏返し、上から包み返した稜が言う。その目は射るように鋭く、手を掴む力は強かった。
互いに、目を逸らさなかった。
試合前のような緊張感の中、つばめは口を開く。
「……無い」
つばめの手を包み込む稜の手が、ピクリと揺れる。
「――というか、ここで言わない稜君に言うことは、無い」
眉を寄せて、つばめは言った。
「ここで私がまた折れて、これからもずっとこういうかたちでしか一緒にいられないなら、私は稜君に言うことなんて無い」
なんでも、いつでも読み取ってあげたつばめだったが、これだけは折れてやるつもりがなかった。
今日、あまりにも無遠慮に浴びせられた視線。夏休み明け、あの視線からつばめは逃げた。
そしてそれを、稜も許した。
けれどこれから先も稜とともに歩くなら、あの視線をつばめは受け止めていかなくてはならない。
そんな時、つばめが寄りかかれるのは、稜だけだ。
稜のくれる、言葉だけだ。
(これからもし、私が稜君の隣に立つのなら……)
せめてちゃんと、好かれてる自信くらいはないと、普通の顔をして立っていられない。
「普段は私が100折れても、大事なところで君が1折れてくれるなら、一緒にいられると思う」
つばめは妥協せず、稜に伝え続けた。
「でも私が101折れるなら、それは、しんどい」
真っ直ぐに稜を見つめて言うつばめに、稜は顔をくしゃりと歪めた。
「なんであんたはいっつも、そんな現実ばっか見るの」
悔しそうに、苦しそうに、稜が眉間に皺を寄せる。
「普通ならもっとさ、雰囲気とか、勢いとか、そういうので突っ走るもんじゃないの」
「考えただけだよ」
震える声で怖じ気づきそうになる稜を、つばめは落ち着いた声で引き留めた。
「私は君と未来が見たかったから、考えただけだよ」
つばめの言葉に、稜は頬を叩かれたような顔をした。
そして唇を噛み、つばめの手をぎゅっと握りしめて口を開く。
「俺は――!」
「ご乗車、ありがとうございましたー!」
ガチャンッ、と大きな音と共に、観覧車が揺れる。
いつの間にか地上に降りていた観覧車は、係のお姉さんによって扉が開かれていた。稜とつばめは慌てて、回り続ける観覧車から飛び出す。
放り出された外は、ぐんと寒くなっていた。夕日は完全に消え、夜が広がっている。
稜が自分のマフラーを外し、つばめの首に巻き付けた。そしてそのままつばめの手を引き、歩き出す。
木々にかけられたイルミネーションを、人々が顔を輝かせて見ている。横で、稜とつばめだけ、まるでお通夜帰りのような浮かない顔をしていた。
「――俺は」
しばらく歩いた頃、稜が口を開いた。
「俺はつばめがいい」
イルミネーションで作られたクリスマスツリーやハートのオブジェが広がる広場で、稜がつばめを振り返る。
「これから何をするのも、つばめがいい。つばめが、観覧車乗りたいって言うのも、俺がいい」
煌びやかな光の海の中で、稜が溺れているような顔をして、辛そうに言った。
「――そういうの、なんて言うか知ってる?」
「なんでそんな上から目線なわけ?!」
「先輩で、師匠だから」
つばめがそう言うと、稜は喉の奥で唸った。
「一回だけでいいよ」
輝くイルミネーションを見上げる男女は皆、幸せそうだ。笑い合い、手を繋ぎ、自分にとって誰が大切なのかを知っている顔で、互いに寄り添っている。
「これからの人生で、今日だけでいい」
私を、お姫様にしてよ。
つばめは、稜にだけ届くくらいの小さな声でそう言った。その声はつばめらしからず、震えていた。
秋の文化祭――スポットライトが当たる稜を、別の世界のように遠く感じた。
けれどあの時、稜は言った。
『なら、あんたが一番近いんじゃないの?』
それをどうか彼自身の言葉で、現実にしてほしい。
「――っ……!」
つばめの言葉を聞いた稜が、体を強張らせた。
そして大きく息をついた後、つばめの手を引く。
「……わかった」
今にも泣き出しそうになっていたつばめを、稜が覗き込んだ。
「帰ろう」
「……え?」
「今すぐ帰ろう」
稜は至極真面目な顔で、つばめにそう言った。つばめは瞬きをする。乾燥した冬の空気は、瞬く間につばめの目に滲んでいた湿り気を吹き飛ばした。
「……う、ん」
つばめが曖昧に頷くと、稜はつばめの手を引いて、本当に一目散に退園した。帰りの電車の中もほぼ無言で、つばめを家まで送り届けると、家に寄っていくこともなく、さっさと帰ってしまった。
――これが、つばめと稜の、初デートの顛末。







