表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

02 : とある夏の日のエンカウント - 02 -


「撃ったら逃げる」


 漫画雑誌やペットボトルが床に転がった部屋の一室で、つばめは淡々と告げた。


「撃ち終わった後、棒立ちになってるのはなんなの? ここに的がありますよって宣伝してるの? そのお綺麗な顔を広告塔にしてくれなくていいから、さっさと移動する」


 カコカコカコ――コントローラーのスティックが倒され、ボタンが押し込まれる音が、狭い室内に響く。


「射程の外で撃ち始めない。まだ自分の武器の射程覚えてないの? 潜伏するなら確実にヤれ。ヤれないなら潜るな。その間、前線は対面不利になってんだか――……あー」


「だぁああ! クソッ!」


 部屋に置かれたテレビに、LOSE――負けの文字が表示される。

 始終、相手のカウントリードのまま進んだ試合は、こちらの負けで終えた。


「負けたんですけど!?」

「負けましたね」


 床に座らされたつばめは頷いた。つばめの背後のベッドに腰掛けている稜は、悔しそうに顔を歪めている。


『先輩が付き合ってくれるなら、勿論黙っておきますよ』

『今日うち、誰もいないんですよね』


 美しい顔面から放たれた衝撃的な言葉にぽかんとしたつばめは、呆然としている間に稜に拉致された。


 彼の住んでいるマンションに連行され、お邪魔しますも言えないまま彼の部屋へ詰め込まれ、ベッドを背もたれに座らされ、ローテーブルの上にswotchを設置され、コントローラーを握らされた頃には――つばめにも、彼の言葉の真意がわかった。


「……びっくりした。付き合ってくれ、って。告白されたのかと思った……」

「はあ? あり得なさすぎて笑うんですけど」


 冷めた顔が皮肉を象る。鼻で笑われたが、むっとするよりも、腑に落ちてしまった。


(それはそう)


 冷静になれば――ゲームは弱いし口も態度も悪いが―― 学年という垣根を越えて噂になるほどのこの男が、平凡を地で行く自分などに告白してくるはずがない。


(まあスポラは好きだけど……)


 特出しているかと問われれば、そうでないと答えるしかない。つばめのいる環境では、つばめ以上に強い人間などザラにいる。


 だが、稜にとっては違ったのだろう。

 輝く目でコントローラーを握らされ「教えてほしい」と頼まれたら、断ることも出来ない。教え方などわからないなりに気付いた点を言ってみたが、こちらも必死にプレイしているため、必要以上に口が悪くなってしまった。


「んなことより、なんで負けるんすか? まさか手抜いてます?」


 つばめの両肩を、自身の両足で挟むように座った稜の綺麗な顔が、ズズイと迫ってくる。この男、パーソナルスペースがつばめの四倍くらい狭い。

 つばめは座布団の位置を整える振りをして、身をずらす。


「いやあ……。まあ……なんとも」

 つばめが言いにくそうにしていると、稜は顔をしかめた。


「……俺のせいですか」

「……批判と思わず、聞いてほしいんだけど」


 つばめが説明を始めると、稜はベッドから降り、つばめの前に正座をした。


 つばめと稜は、ペアを組んで試合に挑んだ。四対四のゲームなため、残りのチームメイト二人と、相手チームの四人――合計六人はゲームが自動的に選ぶ。


 ペアを組むと、キャリー ――故意に不適切なレベル帯で活躍し、他の味方を引き上げる――行為を禁止するため、経験値(ランクポイント)の増減幅が少なくなる他、ペアの中でランクが高い方に合わせてマッチングする。


「つまり、C帯の坂ノ上君は今、S帯でプレイしてるってことです」


 スポラトゥーンのランクは、Cから始まり、B、A、Sと続く。Sは最上位のランク帯だ。

 最下位のランクであるC帯の稜は、先ほどからボッコボコにやられていた。


「けど東崎先輩、さっきの奴らに圧勝してましたよね。なら、俺一人混ざってるくらいのハンデあったって、勝てるんじゃないですか?」

「あれは仲間が強かったのと、通話で連携してた、って言うのは大前提な上で――。坂ノ上君、勝率どのくらい? 50%無いくらい?」

「60%はあります」

「ごめん。じゃあ、たとえば、坂ノ上君がS帯でも勝率60%だとする。んで、私や、他の相手が暫定的に80%とさせてもらって――80%が四人いるチームと、80%が三人と、60%が一人いるチームってなると、どうしてもこっちが勝てないんだよね」

「……」

「このランクになると実力差ってほぼ無くなるから、偶然とかおこぼれとかが生まれなくなっちゃうのね」


 拮抗したレベルの人と、実力で殴り合えば、穴があればすぐに見破られ、攻め込まれる。

 ちなみにその穴は稜である。


 つばめはそこまでは言わなかったが、わざわざ口に出さずとも、感じ取ったらしいことが彼の表情からわかった。苦い顔をして、項垂れる。初めて見る、彼の弱気な表情だった。


(……やめちゃうかな)


 正論は時に人の心を折る。


(やっぱ、あれこれ言わなきゃよかった)


 ただ「楽しむ」のに、厳しい助言は必要ない。


 彼とはもう二度と一緒に遊ぶことも無いだろうが、同じゲームをプレイする者として、つばめは稜にスポラトゥーンを好きでいてほしかった。


 謝るべきかと、居心地の悪さにそわそわしていると、稜が顔を上げた。


「……わかりました」


 ため息交じりの低い声を出す稜を、つばめはじっと見つめた。


「つまり、俺が80%にまで上がればいいってことですよね」

「……そうです」


 80%になる――それは、つばめのたとえを用いるなら、Sランクになるということだ。


「東崎先輩、コントローラー!」


 有無を言わせず、稜がつばめにコントローラーを押し付ける。

 つばめはぽかんとしていたが、その勢いに押され、僅かに笑う。


(そろそろ帰ろうと思ってたけど……まあ、今日くらいはいっか)


 どうせ、今日までの縁だ。あと少しぐらいいいやと、つばめはコントローラーを握る。

 稜は既に試合をする準備を終えていて、ちんたらしてんじゃねえよとばかりに、つばめに聞かせるためにボタンを連打している。


 つばめは苦笑して、了承を示すためのAボタンを押した。




***




「そんな場所で何してるの?」

「あんたが前線に行けって言ったんですけど」

「そこは前線じゃない。あと二十歩前に出て」

「二十歩って……敵の陣地じゃねえか!」

「あってるよ。前、ついて来て」


 狭いスペースに膝を抱えて座ったつばめが、慣れない態勢で小さな画面を覗き込む。


「顔も良くて頭も良くて運動神経も良いって聞いてたんだけど、噂って当てにならないね」

「はあ?!」

「そのミス、さっきも言ったよね。撃ったら逃げる。体の栄養全部顔に行った?」

「逃げようとして、撃たれてんですよこっちは!」


 必死過ぎるあまり、口はどんどんと悪くなっていく一方だ。

 自分の手も動かしつつ、稜の動きを見るのは予想以上に大変だ。


「今、画面見てた?」

「見てました」

「見てたら、人数不利なことわかったよね?」

「目の前以外見る余裕なんてないんすけど」

「見て。それが画面を見るってことだから」

「んなの見えるわけねえ……」

「それより、なんで相手の武器より射程短いのに、前から突っ込んで行ったの?」

「あんたがさっき、前線には出ろって言ってたから――!」

「いや。なんでも前に出ればいいってもんじゃない」

「はあ?!」

「君が人数不利で対面する時は、よっぽど勝てそうな時以外、味方を待って。そうじゃないと一生、人数有利に持っていけない」


「あぁぁぁああああクソ!」


 奇声を上げた稜は、背中からベッドに倒れ込んだ。画面に表示された文字は、既に何度も見てきた文字――LOSEだ。


「お疲れ」

「まじクソ! クソゲー!」


 その綺麗な顔から紡がれたとは思えないような野太い声を、腹の底から絞り出す。稜の柔らかな明るい色の髪が、苛立ちを乗せた指先でぐしゃぐしゃにかき乱された。


 しかしすぐに身を捩り、枕元に広げていたノートに、稜がシャーペンを走らす。先ほどからつばめが言った注意点をこまめにメモしているのだ。


 稜はつばめがどれだけボロクソに貶しても、めげなかった。

 そしてずっと負け続けているというのに、その目は輝きを増し続ける。


(楽しそうな顔、出来るんじゃん)


 遠目であっても、学校で見かける彼はいつも無気力だった。話題の中心になっている姿も、活動的な姿も、明るい笑顔も、見たことが無い。

 そんな彼だったが、スポラトゥーンは好きなようだ。


 背もたれにしていたベッドに肘を突き、ノートに書き込んでいる稜を見ていると、襖の向こうから落ち着いた女性の声がした。


「終わったー? 彼女、ご飯食べて帰りなよ」


「あ、すみません、お邪魔してます。帰ります。彼女じゃ無いです。さっき振られました」


 流れるように否定して襖の方を向いたつばめは、ぎょっとした。


 庶民的な家に、芸能人がいるかと思ったのだ。


 稜にそっくりな女性は、稜よりも迫力とオーラがあり、美しさに磨きがかかっていた。年齢もわからず、姉か母なのかすら不明だ。

 レッドカーペットを歩いてそうな女性が、着古したエプロンを身につけ、フライ返しを持っている。そのギャップに、つばめの頭がフリーズする。


「あんた、振った相手にそんなしごいてもらってんの? 人でなしか?」

「うるさいな。振ってねえよ」

「はあん? まあいいや。なんかずっと面倒見てもらってるのは聞こえてたから、食べてってよ。もう作っちゃった」


 美しい女性と、美しい少年が、美しい声で会話をしている。つばめは、堂々とした女性の物言いに押され、こくこくこくと首を縦に振った。

 思えば、ものすごくお腹が空いていた。夏期課外が終わって即拉致されたため、昼ご飯を食べ損なっていたのだ。


 エプロンで手を拭きながら、女性が襖の向こうに消える。

 ぽかんと戸口を見守っていたつばめを、稜がじろりと睨んだ。


「振ったって、何。嫌がらせすか?」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六つ花Twitter 六つ花website


イメージイラストはnaruna*様に描いて頂きました。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ