19 : チートの王子様 - 03 -
夢のように美しい王子様が、たった今起き上がったばかりのお姫様に語りかけている。
スポットライトが二人を包む。
まるで世界は、二人のためにだけ誂えられたかのようだ。
――舞台の向こうと、こちら。
大きな歓声の中、ライトに照らされてキラキラと輝く彼を、暗がりからじっと見つめていた。
***
先程まで舞台上で笑みを振りまいていた人間とは思えないほど、舞台から降りた稜は仏頂面を浮かべていた。
「稜君、さっきは――」
「感想とかいいんで」
言ったら殺す。とばかりの目で睨まれ、つばめは口を閉ざした。
幕が引いても、しばらく絶叫は止まなかった。それほどに稜は美しく、そして素晴らしい演技だった。
興奮冷めやらぬ体育館は、舞台袖も例外では無く、成功を収めた一年生は歓喜の渦の中にあった。
これからさぞ語り合いたいこともあろうと気を利かせたつばめは体育館を出て、外から観劇していたという乃愛と合流していたのだ。
稜からLIMEが来たのは一時間後で、つばめは乃愛に一言告げて、一年の教室の前にやって来ていた。
「つばめ先輩! 俺出てたの気付いた?!」
稜の背後から肩を組んだ一冴が明るく言う。つばめは小さく頷いた。
「うん。王子を乗せた馬だったよね」
「そう! あれさ、全身スーツだったのわかった? 俺初めて着たわ」
「頭の造形が凄すぎて、服まで見てなかった」
「凄いっしょ。あれね、女子が張子? みたいに作ってくれて――」
一冴が嬉しそうに話していると、隣から史弥もやってきた。
「あ、つばめ先輩。どうでした? あれ、脚本僕が書いたんですよ」
「えっ。凄い。白雪姫が、毒林檎で四分クッキング始めた時は思わず笑っちゃった」
舞台なんてしっかり見たのは初めてのことだ。
学生が作った未完成で未熟な劇。
見る前まではそう思っていたのに、そこにいる役者や、脚本家、衣装係の真剣な眼差しから、初めて感じる心の震えを与えられた。
たとえあの舞台を完璧じゃ無いと言う人間がいたとしても、あそこには完成した舞台があった。そう断言できるものだった。
それはきっと、つばめの心に根付いていつまでも消えることはないだろう。
「みんな、凄かったよ」
この身を包む感動と――そして、ひとしずくの淋しさ――をどう表現して良いかわからず、つばめは心からの思いを込めて、短く言った。
そんなつばめを、稜はじっと見つめてきた。つばめでさえ持て余しているこの心を、まるで見通すかのように。
つばめは鼻白み、首を傾げる。
「……どうした?」
「俺は?」
「え?」
「俺はどうだったの?」
じっとりとした目で見つめられ、つばめは呆れた顔を浮かべた。
(言うなって、言った癖に)
しかしそんなことを言っても、話がこじれるだけである。つばめは僅かに目線を落として、薄く笑った。
「……凄かったよ。凄すぎて、なんかちょっと、遠くに感じたくらい」
つばめが本心からそう言えば、稜は片眉を上げる。
「はあ? 意味わかんないんだけど」
(そう、言うだろうなとは、思ってた)
つばめは乾いた笑みを浮かべる。
――舞台上の稜は、輝いていた。美しく、魅力に溢れ、野性的でもあった。
魅力が溢れた稜は凄かった。真剣な表情、遠く体育館の隅々にまで広がる声、目配せ、汗の雫一つに、歓声が上がった。
稜を直視することが出来ず、顔を手で覆っている女生徒もいた。
つばめはきっと、忘れてしまっていたのだ。
あまりにも稜が気安いから。
あまりにも稜がつばめの前で「ただの男の子」だから。
(こんな凄い子、だったんだよね)
自分が稜の隣にいてもいいのか、わからなくなるほどの衝撃だった。
(……遠かったな)
舞台の上の稜と、舞台を見ているだけの自分。
どれだけランクが上だろうと、どれだけ近くに座ってゲームをしていようとも――その差はきっと、一生埋まらない。
「あんたがやれって言ったからやったんだけど」
物思いに耽るつばめを、稜が見下ろす。
「なら、あんたが一番近いんじゃないの?」
つばめは瞬きをして、顔を上げた。
稜は眉根を寄せて、訝しげな顔をしている。
「……ふふ」
「……何」
突然笑い出したつばめから距離を取るように、一冴を肩に乗せた稜が身を引く。
「慰められちゃった」
「なっ――! あんたな!」
「ふふ」
女子を慰めただなんて、言葉にされて恥ずかしいのだろう。不機嫌な顔をした稜が、耳まで赤くして怒る。
「ありがと。打ち上げとかあるでしょ? もう行くね」
一冴と史弥にも手を振って、つばめは踵を返した。
少し歩いたところで、手首をはしっと掴まれる。
つばめを追いかけて来た、稜だった。
「違うから」
つばめが振り返るよりも先に、声が上から振ってくる。
「慰めじゃないから」
鋭い目が、つばめを射貫く。
つばめは息を止め、なんと言っていいかわからずに黙り込んだ。
稜もそれ以上話すことはなかったらしく、つばめを置いて教室に戻っていく。
舞台に合わせた王子様の髪型のまま、全然紳士的じゃない熱い目が、つばめを燃やした。
つばめはぽかんと口を開けて、廊下に立ち尽くしていた。