18 : チートの王子様 - 02 -
「稜君」
稜が行く先など思い浮かばず、駄目元で非常階段にやってきたつばめは、そこでしゃがんでいる稜を見つけた。
衣装の下は学生服だったらしく、ベストとマントを脱いだ稜は、いつも通りの格好をしていた。
「みんな、困ってたよ」
階段に座り込んだ稜は、膝を抱え、腕の中に顔を隠している。つばめは隣に置かれた丁寧にたたまれた服を避けて歩き、稜の一段下に降りる。
「……それでつばめは。みんなに頼まれて、俺を迎えに来たって?」
「よくわかってるじゃん。帰るよ」
つばめが言うと、稜は顔を上げた。その顔は大層不機嫌そうだ。
「……恥ずいところ見られた」
「いつも見てるじゃん」
「あんた本当むかつく」
つばめは驚いた。既にむかつかれてるとは、思ってもいなかった。
相手も見ずに一人で特攻して死んだり、その死んだ言い訳を山ほど言い始めたり、ボタンを押したのにゲームが反応しないと文句をつけ始めたり――と、稜の恥ずかしいところなど死ぬほど見ているつもりだったので、稜はそんなこと慣れているのだとばかり思っていた。
「……だる……」
稜が頭を両手で抱えて、大きなため息をつく。
「クラス、帰りたくねえ……」
「二年の教室来る?」
「行かねえ……」
つばめは綺麗にたたまれた衣装を手に取る。
「……文化祭、劇やるの?」
「――そう」
「王子様役?」
「そう……」
なるほど。とつばめは一人で頷いた。
稜が頑なに言わなかった文化祭でのクラスの催し物は、劇だったようだ。王子役となった稜は、放課後スポラトゥーンどころではないだろう。
見るからに「王子様」なデザインは、稜が最も苦手としていそうな服だった。きっと「王子様」自体も、彼が望んで引き受けた役ではないのだろう。
それに稜は王子様となった自分を、つばめに見られたくなかったのは間違い無い。何しろ、当日も見に来るなと言われている。
だが稜が言った「恥ずかしいところ」は、「この衣装を身に纏った自分」ではないのだと、今の彼の様子からなんとなく感じた。
衣装を抱えたつばめは少し悩んで、思い浮かんだ言葉を言う。
「……みんなきっと、気にしてないよ」
「んなんわかんねえだろ……絶対見られた……」
「誰に?」
「これ作ったやつ……」
稜がすいっと、つばめが手にした服を指さす。
「そいつの目の前で逃げちまった……」
つばめは衣装をじっくりと見つめた。きっと、一年生の手作りだろう。端の処理が甘いし、金色のラインテープも真っ直ぐ縫われていない。何度も糸を解いた後がある――それは、それだけ真剣に作ったという証でもあった。
つばめは手を伸ばし、稜の頭をよしよしと撫でた。
稜は大人しく頭を撫でられている。
つばめに王子様姿を見られた稜は、衝動的に走って逃げだしてしまった。そのせいでクラスに迷惑をかけているし、もしかしたら誰かを傷つけてしまったかもしれない。
けれどそれを、後悔もしている。
つばめもやってしまったことを、後悔することがある。
そういう時、何度も何度も繰り返し、当時を思い出す。その度に、自分が完璧にやり直したシーンを思い浮かべ、けれども過ぎた過去は変えられない現実に直面し、落ち込むろいうのを繰り返している。
けれどまだ、稜にとっては過去ではない。
「ならこれから、頑張ろ」
つばめが鋭い声で言う。スポラトゥーンをしている時と、同じ口調だ。
自然と稜が顔を上げた。つばめを見るその目は、不満や羞恥や、不安が入り交じっている。
「まだ文化祭、始まってもないんだよ。逃げちゃってごめん、って謝って。そんで、今からいっぱい王子様、頑張っておいで」
教室には一緒に戻ってあげるから。
つばめがそう言うと、稜は鼻で笑った。
「――……止めて。一人で帰れる」
稜は手を突いて立ち上がった。つばめが、持っていた服を差し出す。
稜は服を受け取ると、一度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。
その目には、先程までは無かった強い光が灯っている。
「行ってくる」
「頑張れ」
つばめが見送ると、非常階段の扉を開けて、稜は教室へと戻っていった。
***
「なんでいんの」
王子様の衣装を身につけ、綺麗に髪を整えた稜が、額に青筋を浮かべてつばめを見下ろす。
がやがやとざわめきが広がる本番前の舞台袖で、つばめは肩をすぼませた。
文化祭当日――つばめはクラスのフォトスポットの装飾を、班のみんなと終わらせた。
大量のパステルカラーの風船を、携帯電話での写真写りを何度も確認しながら盛り付け、ポンポンを作る時にも使う平巻きテープをガーランドのように結び、波に見立て飾り付ける。
真ん中には道具班が作った、人も座れる大きな貝殻や、スワンボート風のフラミンゴなどを、撮影者が好きに選んで置けるようになっている。女子同士で楽しむもよし、男子と混ざって青春の一枚にするもよし。あとは撮影者次第という、展示品だ。
二日目の今日は、多少崩れたところを道具班と一緒に修繕はしたものの、特にすることもない。
自由に文化祭を歩き回る権利を手に入れたものの、つばめ自身は文化祭にさほど興味もなかった。
とにかく、稜の意思を尊重し体育館に近付かないようにしていた――のだが、乃愛と渡り廊下を歩いていると一年生の女子に呼び止められたのだ。
「あの時の先輩ですよね!?」
――と。
「みんな、私に感謝してくれてたみたいで――」
「あれから坂ノ上君がめちゃくちゃ真面目に取り組んでくれるようになって――!」
「正直、演技はもう捨てるしかないかな。って! まあこんだけ顔いいんだからそれもしょうがないよね! って話してたんですけど!」
「もう本当に、めちゃくちゃいいんで! 是非見てってください!」
「――……って?」
つばめが説明せずとも、一年生女子が全て話してくれた。
稜のクラスのやる舞台「白雪姫」は大盛況だった。
稜のお綺麗な顔を全面に出したポスターを近隣中に貼っていたために、一般の客も多く入っている。
一日目も賑わっていたのだが、二日目は体育館の外まで観客が溢れているようだ。一日目の評判が殊更よかったのだろう。
当然、今から見ようと思っても席などない。
しかし一年女子有志の皆さんのご協力のもと、舞台袖から見させてくれるという。
「帰ってください」
「いやあ……これだけ言われると、ねえ?」
見たいかな? と言うと、いつもよりも美しさを増した稜がギロリと睨んだ。舞台映えするように化粧も施されているようだ。くっきりとした目鼻立ちを、更に美しく引き立てている。
稜は強くつばめを睨み付けると、そのまま何処かへ行ってしまった。大道具などを置いてある、準備室にでも行ったのだろう。
「……私やっぱり、帰った方が」
「見てってよ。つばめ先輩」
稜の怒りようにお暇を申し出ようとしたつばめを、奥からやってきた一冴が止めた。細身の服の上にウインドブレーカーを着た一冴が、つばめの傍までやってくる。
「マッツン……」
「りょーちん、まじで頑張ったから」
ここからじゃちょっと、見えにくいかもしれんけど。と、相変わらず長い前髪で目が見えない一冴が笑う。
背を押されたつばめは、「じゃあ」と申し訳無く笑って、舞台袖に控えることにした。