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17 : チートの王子様 - 01 -


「しばらく会えない」


 秋の夜風が、短いつばめの髪を揺らす。

 チロリロ、リリリと、秋の虫が音楽を奏でている。絶え間なく満ち欠けを続ける月は夜空で明るく光り、東崎家の前で立ち話をするつばめと稜を照らしていた。


「わかった」


 小さく頷いたつばめは「じゃあ」と片手を上げた。その瞬間自転車に跨がっていた稜が、ものすごいスピードで降りる。


「ちょっと! 他に何かあるでしょ!?」

「え?」


 鬼気迫る顔で詰め寄られ、つばめは一歩退いた。


「なんでとか! なんでとか!」

「……なんで?」


 稜が望む通り聞いてやるも、稜は不満げな顔をする。


「……文化祭の出し物、面倒なのになったんで」

「あー……」


 文化祭。

 二日に渡って開かれるその行事は、輝かしい青春の一ページである――一部の生徒にとっては。


 つばめは元来、インドアな正確だ。陰キャとも言う。部屋に引きこもって毛布を抱え、一日中ゲームをしているのが一番幸せだ。だが、そういう生徒はクラスの熱気に淘汰される。


 つばめのクラスは、本日のクラスミーティングの結果、写真映えするフォトスポットの展示となった。段ボールや布、バルーンを駆使して誰もが訪れたい空間を作り、写真撮影する環境を提供するのだ。


 クラスLIMEは既に大盛り上がりだ。インターネットで調べた映えスポットの画像が常に画面上に掲載され続け、どんな風にするか、何は何処が安いかなどといった情報交換も盛んに行われている。


 つばめは当日の装飾班となった。デザイン班の作ったデザイン通りに、飾り付けを行うだけである。

 可愛い揃いの衣装を着た花形の接客班と違い、文化祭当日の時間を拘束されるだけの装飾班は、人気がなかった。

 文化祭当日に時間を制限されてしまうが、その分、稜達と放課後に遊ぶ時間を捻出したつもりでもあった。


「出し物、なんになったの?」

「言いませんけど?」


 そっぽを向いた稜が、冷ややかに言った。どうやら、内容は聞かれたくないようだ。


「わかった。ええと、マッツンとフミ君は?」


 二人も稜とクラスが同じはずだ。二人も忙しいのだろうかと尋ねると、稜は目を剥いた。


「……はあ!? 俺がいないんだから、家には上げませんよ?!」

「それはわかってるよ。二人も忙しいの?」


 稜がいないのに、坂ノ上家に上がり込むような真似はしない。

 二人も放課後に時間が作れない役回りなのかを聞いただけのつもりだったのだが、稜はおかんむりだ。


 高速で携帯電話をいじり始めたかと思うと、つばめの目前にLIMEの画面を見せつける。


「忙しいって!」

「わかった」


 一冴と史弥に連絡を取っていたのだろう。二人とも、悲愴な顔文字のスタンプが張られている。


 稜がいなければ、一冴と史弥に直接連絡を取って、集まって遊ぶことは無い気がする。

 四人では遊ぶけど、三人で遊ぶ関係じゃない。そういう友人は少なからずいるものだ。

 一冴や史弥が遊びたければ、つばめが家でスポラトゥーンをしている時にでもオンライン上で合流するだろう。


「……そんな皆忙しいって、何するの?」

「言わない」


 気になってもう一度聞いてみたが、頑固として拒否をされてしまった。


「つばめのクラスは?」

「フォトスポットの設営」


 自分の催し物は言わない癖に人には簡単に聞いてくる稜に、つばめは既に何も思わなくなっていた。


「つばめは何すんの?」

「当日に飾り付けする係」

「じゃあ見れないな。体育館、見に来んなよ」


 稜はそう言い残すと、自転車を漕いで帰って行った。




***




「もしかして東崎さん、スポラやってる?」


 放課後、つばめのクラスも班ごとに分れての文化祭の準備が始まった。

 装飾班は当日までそれほど仕事はない――はずだったのだが、仕事の無さを逆手に取られ、体の良い雑用係としてあちこちに駆り出されていた。


 そんな中、同じ装飾班として行動していた柏野(かしわの)が、廊下で携帯電話を取り出した。眼鏡をかけた柏野は、文化祭に盛り上がるクラスの中でも、落ち着いた部類の男子である。

 彼の画面には、スポラトゥーンのランクなどが確認できる、公式のアプリが表示されている。


「柏野君も?」


 ロールされた状態の模造紙を持っていたつばめは、自身の上靴の上に模造紙を置くと、彼の携帯電話を見るために身を寄せた。つばめが近付いたことに驚いたのか、柏野が手を反射的に自分の方へ引いた。更に見難くなったため、つばめが携帯電話に顔を近づける。

 液晶画面には、彼がゲーム上で使っている名前と、Aランクという文字、そして各種目に対する経験値が表示されている。


「――東崎さんがこないだ、アプリ見てたから」

 携帯電話を持って固まった柏野が、若干居心地の悪そうな声を出したが、アプリに注視していたつばめは気付かなかった。


 つばめはちょくちょく、教室でもアプリを開いていた。公式アプリは、時間帯で表示される内容が変わったりするため、こまめに確認してしまうのだ。


「武器何使ってるの?」


 これまで、雑談など一度もしたことがないただのクラスメイトだった柏野が、急に知っている人間に見えた。同じ趣味を持つものとして、親近感が湧く。彼もそう思ったからこそ、話しかけてきたのだろう。


「長射程系が多いかな」

「うわあ」

「引かないで」


 長射程の武器は扱いが難しい。常にゲームを俯瞰的に把握し、敵を威嚇しながら、正確に射貫かねばならない。敵になればうざいし、味方になると、よほど上手くない限り存在感が盤面から消える。


「東崎さんは?」

「何でも遊ぶけど、最近はもっぱら――」


 アプリ内の武器一覧を見るため、携帯電話に触れようと腕を動かす。つばめの腕が、柏野の胸を掠めた。柏野がすっと息を呑む。

 スポラトゥーンの話に集中している上に、稜のせいで男子との距離感がバグってしまったつばめは、自分がどれほど柏野に近付いているのか気付いてもいなかった。


 ――ガララッ


 その瞬間、教室の扉が乱暴に開く音がして、後ろからぐいっと強く腕を引かれた。


 驚き、つばめはよろけた。

 バランスを崩しかけたつばめは、すぐ後ろに立っていた男子生徒に受け止められる。


「つばめ! 何やってんの!」


 上を向いたつばめは、瞬きをした。

 ぽかんと、口も開いていたに違いない。


「近付きすぎ!」

「……何それ」

「だから、男に――」

「何その服」


 呆気に取られたつばめは、何故かここにいて、何故か怒っている稜を振り返り、上から下までじろじろと見つめた。


「王子様?」


 稜は、不思議な服を着ていた。

 ボリュームのある白いスカーフを首もとに巻き、紺色のベストを着ている。赤いマントは光沢のあるサテン生地だ。そしてどの服にも、豪華に金色のラインが装飾されていた。 


 模造紙を抱えたままのつばめを見下ろしていた稜はその瞬間、カッっと顔を赤くする。


「――っ、これは……!」


 自分の服装に今気付いたかのように、稜は真っ赤な顔で衣装を見下ろし、つばめを睨み付ける。


「見んな!」


 そう言うと、稜は赤いマントを翻して廊下を走って行ってしまった。

 ぽかんとしたつばめの背後から、悲鳴が聞こえる。


「やば! 坂ノ上君行っちゃった!!」

「せっかくお願いし通して、衣装チェックまでこぎ着けられたのに……!」

「どうしよ! 他のクラスに見られちゃうって!!」


 どうやらつばめ達は、一年生の教室の前にいたようだ。稜は教室の中からつばめを見つけ、出て来たのだろう。

 教室の窓からこちらを見ていた下級生達が、悲愴な顔を浮かべる。


 唖然としているつばめは、柏野を見た。

 既に腕に重い荷物をぶら下げている柏野は困った顔をして、つばめに手を差し出している。


「それ、俺が持ってっとくから」


 だから、追いかけておいで――という、困った下級生を助ける上級生の鑑のような発言が続く。


 つばめは申し訳無く思いながらも、模造紙を柏野に渡した。




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イメージイラストはnaruna*様に描いて頂きました。
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