11 : 駆け出せヘイトの檻 - 02 -
「……何やってんの、これ」
何故か汗だくで、何故か息を切らしながら最後にやってきたのは、稜だった。
女生徒の家のリビングに入ってくるなり、ぐったりと座り込んだ稜の服は随分と着崩れている。まるで今まで、全力で何処かを走り回っていたかのような風体だ。
「稜! なんなのこの女!」
「勝って! もうこうなったら条件とかどうでもいいから、この女が負けてるところ見たい!! 勝って!!」
女生徒達が髪を振り乱しながら稜に詰め寄り、つばめを指さす。つばめは無表情でピースをしていた。これまで二十戦、全て負けなしである。
つばめの横には、死した屍――一冴が、スマホを持ったまま転がっている。
「無理だろ……二ヶ月ほぼ毎日やって、一度も勝ててないんだから」
一冴に呼び出されたらしい稜は、白けた目で女生徒達を見た。女生徒達はショックを隠しきれない表情で、稜を見つめる。
「つばめ! 次俺! 次俺とチーム組も!!」
「俺が先って言ったろ!」
「なあ、つばめ! なんでそこでくるってした?!」
「ねえつばめ! 必殺技っていつ使えばいいの?!」
「これはねー」
わちゃわちゃとつばめを揉みくちゃにする小学生男児に、つばめが説明しようと口を開くと、入り口に座り込んでいた稜がスクッと立ち上がった。
「ちょっとつばめ。なんで弟子増やしてんの。帰るよ」
「あ、始まっちゃった。待って、これだけ」
不機嫌な声を出す稜を振り返りもせずに、つばめはそう言った。
テレビ画面にはつばめと、つばめとチームを組んだ子達のイカ人間が勢揃いしている。
八台も掻き集めてきたswotchで、今はプライベートマッチ――全員が知り合い同士でプレイする4VS4――をやっていた。先程からつばめは引っ切りなしにモテていて、つばめとチームを組む順番を待っていた子達と、これからようやく試合が出来るのだ。
稜は苛々していることを伝えるように、わざわざ後ろに立って腕を組み、足踏みをし始めたが、つばめは完全に無視した。
***
「――こんなん、勝てるわけねえじゃん!」
試合が終わると、負けた小学生の一人が悔しすぎて泣きだしてしまった。彼は三回連続、相手チームに当たっていた。
「つばめ、また来る? 次いつ来る?!」
泣いた子に潤んだ瞳で詰め寄られ、つばめはうっと息を呑んだ。
押しに弱いつばめを知っている稜が、慌てたようにつばめと小学生の間に立ち塞がる。
「来ない。つばめは俺とやんの」
「つばめ、また来いよ! 遊んでやるから!」
「彼氏になってやってもいいぜ!」
稜に腕を引っ張られて立ち上がるつばめを、勝った小学生チームが顔を輝かせて見上げる。
「ならない! つばめ、帰るよ!!」
稜がつばめの腕を引き、小学生から距離を取らせる。
「……なにあれ。小学生と張り合ってんだけど」
「あんな稜いらない……」
冷めた目で見る女生徒達の前をすり抜けて、つばめと稜は彼女の家を出た。どうやら、目的は果たせたらしい。気分はルンルンである。
「何やってんの!」
しかし家を出ると、稜に叱られた。
つばめは瞬きをする。
「女子に連れてかれたって聞いたんだけど! 家にまで連れてかれるとか……その前になんで呼ばないの?!」
「前、男子に家まで連れてかれたことあったけど、無事だったし」
「はあ!? なんでそんな危ないこと――」
目を見開き、怒鳴った稜は途中で気付いたらしい。顔に手を当て、ため息をつく。
「……俺か」
つばめは深く頷いた。稜はしどろもどろに弁解する。
「いやでもあれは、俺はつばめとゲームしたかっただけだし……」
「脅してたけどね」
「じゃあ、ついて来んな! わかれ! な!?」
必死の形相でつばめを叱る稜に、つばめはふっと笑った。
(自分で連れてったくせに……)
今は心配しているらしい。
そんな風に、考え方が真逆になることもあると言うのか。
不器用な心配に、何故か心がくすぐったくなる。
つばめが最初に稜について行ったのだって、大丈夫だと思ったからである。つばめのプレイをあんなに真剣な顔で見て、質問しまくっていた人間を、極悪人と疑うのは無理がある。
笑うつばめを、稜が睨む。
つばめは笑みを浮かべたまま、目を閉じて言った。
「褒めてくれるかなって、思ってた」
つばめの短い髪が、まだ暑さを残した風に舞う。
稜はばつの悪そうな表情を浮かべ、怒気を引っ込めた。
「スポラ。勝ったのに」
これまでのつばめなら確実に、女生徒に囲まれた時点で、稜を手放していた。
女子の中で生きるには、女子を敵に回さないことが一番だ。
なのに、これからの苦労を覚悟してまで――稜とこれからも関係を持つことを、勝ち取ろうとした。自分が一番得意な方法で、という大人げない真似をしてまで。
簡単に明け渡せるはずだったこの場所を、「はい、どうぞ」と、つばめは譲りたくなくなっていたのだ。
「……つばめ、頑張ってくれたの?」
一冴に事情を聞いていたのか、冷静さを取り戻した稜がおずおずと尋ねる。
頑張った。
全員小学生で固めたプライベートマッチならまだしも、最初の内はランダムでマッチングする方式だった。つまり、ランダムにマッチングした相手次第で、負けることも十分にあり得たのだ。つばめよりも格上の人間は沢山いる。
そんな中でつばめは、これ以上無いほど真剣に勝負をした。
つばめが、ふんっと鼻息を鳴らす。
「君の師匠だからね」
稜はなんと言っていいのかわからなくなったかのように、口を開いて、閉じた。そして夕日に照らされた頬を僅かに染めて、視線を落とす。
「……ありがと」
つばめはつつつ、と稜に近付くと、下から稜を覗き込んだ。つばめに気付いた稜が、彼女の顔を片手で押しのけ「だるっ」と言う。
顔を赤く染めた稜に笑ったつばめは、彼の自転車の後ろに跨がって、帰路についた。
***
そして翌日からつばめは、「ねえ。弟うるさすぎるんだけど。次いつ遊び来る?」と、女子達に絡まれるようになった。