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五 書状②

 美綴は抱えていた書類の束から、厚く上質な巻紙を一つ手に取って、格子のあちらに目を向けた。

 ”災禍”が、牢の一番奥に座り込んでいた体を起こす。

 力はすっかり入らず、ただ立ち上がるのにさえ苦労しているようだった。

 ふらふらと覚束ない足取りで、まるで老人のように、彼女はノロノロとぎこちない歩みで寄ってきた。

 ひどくやつれ、髪も絡まり、白いワンピースが変色し、悪臭を放っている。

 以前までの清潔で、恐ろしくも美しかった少女はどこにもいなかった。


 数日おきの入浴、誰も掃除に入らない牢。

 だと言うのに、不思議なほどに小綺麗で美しかった少女に、自身が恐怖と同時に神々しささえ感じていたのだと、今気づいた。

「さ、”災禍”、君は・・・」


 人間ではない。

 人間であってはならないとさえ。

 俺は彼女の能力や伝承ではなく、彼女の美しさに恐れを成していたのか。

 どこか納得と共に、美綴は大いに動揺し、言葉を言い淀む。

 今の彼女を見て、あんなに否定していた綾瀬の主張の意味が多少なりとわかってしまった。

 彼女は人間だ。ただの女の子なんだ・・・。



 ”災禍”は格子のそばまで来ると、力尽きたようで、しゃがみ込み、格子に背を預けた。

 彼女が振り返って、こちらを見上げる。

 彼女の目がまっすぐこちらを見つめ、美綴はどこか居心地悪くなり、目を逸らす。

 大きく咳払いをし、美綴は勅令書を広げた。


 まず初めに大きく鷹を模った国章が押され、その下に陛下のものだろう流麗な字が続いていた。

 美綴はそこに綴られた命令を読み上げていく。


 曰く、預言の魔女を解放し、学校へ通うことを許可する

 曰く、その学校は歴史ある国立朝比奈占術学院がふさわしいだろう

 曰く、当該校は全寮制であり、当該研究所は再編する為、預言の魔女の入寮を許可する

 曰く、当該校で、一般教養と占術を学び、友を得て、視野を広げ、国のために尽くしてほしい

 曰く、預言の魔女の特異な力は封印する

 曰く、正体を告げてはならない

 曰く、おとなしく当該校に通う対価として、以後検査を受けなくてよい


「・・・以上だ」

 勅令書を読み終えた美綴は、恐る恐る”災禍”を見下ろす。

 そこに爛々と燃える目を見て、思わず眉尻を下げた。

 どうやら”災禍”は、我々が考えていたよりも、ずっとずっと賢いらしい。

 学がないはずの彼女は、この勅令書の意味に気づいたようだった。

 元々の知性が高いのだろう。


 ”災禍”が逃げないのを、私たちは無知故の未知なる外への恐れ、あるいは無知故の発想の乏しさ故と考えていたけれど、この様子では、彼女はずっと現実を知っていたのかもしれない。

 未知でしかない外で、何も知らない彼女は暮らしていけない。

 自分の無知を彼女は自覚していたのかも。

 ———いや、それこそ、ありえないな。

「無知の知」なんて学のないものに理解できるとは思えない。



 彼女は怒りに燃えていた。

 顔を強張らせ、眉を吊り上げ、唇を噛み締める。

 目の奥だけが暗く光っている。


 結局のところ、この勅令書は彼女にとっていいものではない。

 彼女を捕える檻が変わるだけの。

 彼女の弱みを作るだけの。

 そんな命令書だった。

「悪いようにはしない」なんて、真っ赤な嘘だ。

 彼女に絶望を運ぶ勅令書は、彼女の怒りや憎しみを煽ったようだった。

 白い頬を上気させて、彼女は何事か叫ぼうとしたのだろう。

 口を開けて、————そして、ふらりと体が傾ぐ。

 栄養の足りない体で無理をしようとしたからだ。

 頭に血が昇るだけで、今の彼女には負担になる。


 目の焦点があっていないだろうに、意識が薄らいでいく中でも、彼女は強い怒りでもって、最後までこちらを睨んでいた。

 しかし、やはり限界だったのだろう。

 彼女はやがて目を閉じ、眠り出した。

 気絶したのだ。

 美綴はその様子を黙して見届け、そして一瞬目を伏せた。

「おやすみ、”災禍”———いや、飛鳥ちゃん」


 横たわるボロボロの少女を見て、美綴はようやく国からの勧誘を受けることを決めた。

 自分にできることがあるならば。罪滅ぼしにもならないけれど。

 次に彼女が目覚めた時は、きっと全てが用意され、彼女は新しい檻に入れられる。

 全寮制の国立学校へと。

 彼女はどうするのだろうか?


 彼女が綾瀬の言う通り、普通の少女だと言うのならば。

 見届けたい。

 その行く末を。

 その最期を。


 そうして美綴は、早速少女を運ぶため、牢の鍵を開けたのだった。


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