お母様とお母さん
父親が魔女に殺されたあと、母親は二人の手を引っ張り、必死で逃げました。
護衛たちの案内で、お城の地下室に逃げ込みました。
母親と一緒に二人は地下の小さな倉庫に隠れていましたが、
ディラもナディアも恐ろしくて、悲しくてずっと涙が止まりませんでした。
ナディアはまだ小さかったので、
「グスン、グスン」
声を出しながら泣きだしたのです。
このままでは魔女に見つかってしまう、と思った母親は、
二人の耳元で声を抑えながらも、厳しい口調で言いました。
「泣いてもお父様は戻ってきません。泣いている姿をお父様が見たら、がっかりしますよ。わたしたちは、人々を守っていかねばなりません、それはたとえ子供でも同じです。泣いてる姿は、同じように人々を悲しい気持ちにさせます。わたしたちは人々を幸せにしなくてはなりませぬ。涙を見せてはなりません」
「お母様、嬉しくても泣いてはダメなのですか?」
「ええ、嬉しいからと涙を流しても、誰がそれを嬉し涙と区別できます? 泣いてる姿を見ただけで悲しくなる人もいるのですよ。だから、嬉しいときや幸せなときは笑うのです。笑顔を見せて、人々を笑顔に変えるのがわたしたちの役目なのです」
二人は母親の言葉を思い出して、ぐっと涙をこらえました。
涙の代わりに笑顔でペチャの言葉に応えました。
「では、ありがたく受け取ります。そして、またペチャに会いにきます」
「わたしも行くねっ。わたし走るの得意なんだ! いつか、お城まで登ってみるっ」
「ええ、そのときは妹と森のみんなでお出迎えします」
ナディアと、ディラが自転車に乗って戻ろうとすると、
「これも、使って」
ペチャは持っていたチェーンを渡しました。
「ペチャさん、またお会いしましょう、約束ですの」
後ろに乗っていたナディアがしっかり受け取ると、
自転車は夜空の中に飛んでいきました。
「ほんとうは帰りたくなかったんじゃないですの?」
「何を言ってるんだい」
「な、何でもありません、けど」
「けど、何かな?」
「彼女がお祈りするのをいつも見てたんですよね?」
ディラは黙っていました。
「また、ペチャさんに会いにいきましょうね」
「運転中だよ、静かになさい」
後ろに乗ってるナディアには、真っ赤になっている兄の両耳が見えていました。
「応援していますわ」
ナディアが耳元でささやきました。
ペチャは家に戻るとお母さんに向かって、
「ごめんなさい」
と頭を下げました。
お母さんは驚いた表情で、
「あれ? なんで謝ってるの?」
「せっかく、買ってくれた自転車を」
「ああ、お友達に貸してあげたんでしょう?」
「え?」
お母さんはベランダから、ペチャたちの様子を見ていたのです。
「初めて、お友達が家に遊びに来たんでしょう?」
「うん」
「せっかくだし、家に入ってもらえばよかったのに」
「今度はそうする。でも、買ってくれた自転車……」
「ペチャには自転車よりお友達の方が大切だったんでしょう?」
「う、うん」
「それに自転車がないとお友達は遊びに来れないんじゃないの?」
「うん、でも、お母さんが頑張って働いたお金だよ」
「そーね、頑張ったらお金はまた手に入るかな、ペチャもまたお手伝いしてね」
「たくさんお手伝いするよっ」
「でもね、お友達は頑張って手に入るもんじゃないの。だから、大切になさい」
と言ってペチャの頭を撫でてくれました。
「わかった、約束する!」
「でも、二人乗りはダメって伝えておいて」
「あ、うん」
「あと、何で自転車が空を飛んでいったのか、わかりやすく教えてくれる?」
「そーだね、お母さんには内緒で教えてあげるよっ」
ペチャはこっちこっち、とお母さんの腕を掴んでベランダに連れていきました。
「あの森の奥に、お城があるんだ。そこに二人は住んでるの」
「お城ねー。じゃあ、二人は王子様と王女様なのかしら」
「そう! ディラとナディアって言うんだけど、二人の魔法をわたしが解いてあげたんだ。前はフクロウと金魚だったの。川にはおしゃべりするカエルがいてね。あ、カエルにまた食べ物を持っていかなくっちゃ、でも、生肉って高いんだよね……」
お母さんはその話を、うんうん、と頷きながら真顔で聞いていました。
ペチャがとても生き生きと話すので、どんな話も嘘には思えませんでした。
「じゃあ今度、一緒にお城に行ってみようか」
「むりむり、お母さんじゃ登れないって。わたしみたいにたくさん走らないとさ」
ペチャが笑い顔で話しました。
そう言われたお母さんも笑顔でした。
ペチャクチャ、ペチャクチャ話す、いつものペチャにすっかり戻っていました。