カエルと生肉
二人はそれぞれ手分けして、水の中を調べましたが金魚は見つかりません。
誰かに捕まったのかな、ペチャは不安な気持ちになりました。
でも、王子様を見ると一生懸命、探し続けています。
そうだよ、きっとどこかにまだいるって。
ペチャも必死で探しました。
「あの、何か特徴ってありましたか?」
と王子様に聞かれて思い出そうとしましたが、
真っ赤な金魚ということしか浮かんできません。
(真っ赤? もしかして)
ペチャは自転車を川の近くに運びました。
水面に真っ赤な自転車が映りこむと、
(わたしも乗せてください)
あのときと同じ声がしました。
「あっ、ここ!」
大声で王子様を呼びました。
「見つかったのですか!」
ペチャは水の中を覗きましたが、そこに金魚は見えません。
でも、あのときと同じ声でした。
「さっき、声が聞こえた。でも、金魚がいないの」
水面を覗いていた王子様の目が止まりました。
水草の生い茂った向こうに何かいたのです。
「おい、そこから出てこい」
王子様は腰にかけていた、剣を抜き出して言いました。
「おー、こわい、こわい」
水草の中から現れたのは、20センチ以上ある大きなカエルでした。
「金魚は、どこだ?」
カエルは左のほっぺたを大きく膨らませながら、
「ここなんだわ」
「早く出せ、でないとこれで」
王子様が剣を振り上げたとき、
「待って!」
ペチャが言いました。
「生き物を殺しちゃダメって、お母さんが言ってた。お願い、剣はしまって」
「それでは、妹が」
ペチャはカエルに向かって、話しかけました。
「ねえ、お腹が空いてるんでしょ?」
「そーだ、お前でもいいぞ」
「ううん、もっと美味しいものがあるわ、食べてみたい?」
「ほんとーか?」
カエルが興味深そうに聞きました。
「うん、持ってくるから少し待っててくれる?」
「よし、でもまずかったら、この金魚をいただくぞー」
「わかった!」
王子様は不安そうな顔で、
「ほんとうに大丈夫ですか?」と訊きましたが、
ペチャは「任せて!」とだけ言うと自転車に乗って消えていきました。
さっきまで後ろに乗っていたので、ペチャは元気いっぱいでした。
道路を走る車に負けないくらいの速さで、あっという間にお店に着きました。
「あっ、これだ!」
その値段を見ると、ペチャの持ってるお金と同じくらいでした。
カギが買えなくなる、と思いましたが、今は金魚を助けるほうが大切です。
持ってたお金をぜんぶ店員さんに渡すと急いで河原に戻っていきました。
「はぁ、おなかがすいたわ、まだかー」
カエルがため息をついていると、
「お待たせ!」
ペチャが自転車を漕いで戻ってきました。
カゴに入っていたビニール袋を持って、カエルに近づきました。
「なんだ、この匂いは?」
「ね、美味しそうな匂いでしょ?」
「おおー、早く食わせてくれ」
「その前に、金魚を水の中に戻して」
カエルは仕方なく、ほっぺたの中にいた金魚を吐き出しました。
王子様にようやく笑顔が戻りました。
「お兄さま」
金魚の声でした。
「ああ、やっと会えたんだね」
二人が再会を喜んでいたころ、
ペチャは袋から、それを一切れ取り出して、カエルの口に投げ込みました。
「うおおおおおおおぉー、うまいぞっ」
ペチャはまた一切れ、投げこみました。
「うおおおおおぉー、なんじゃ、これは! こんなの初めてだー」
「そうでしょ。わたしだってめったに食べれないんだからね!」
ペチャがビニール袋から取り出したのは、
ぎっしりと詰まった生肉のかたまりでした。
「それ、ぜんぶ、わしのものかー?」
カエルが目を輝かせながら訊きました。
「それはダメ。残りは他の仲間と一緒に食べるんだよ」
「それじゃ、すぐなくなるじゃないか」
「生肉ってすぐに食べなくちゃ美味しくないの。わたしがまた食べ物を持ってくるって」
カエルはその言葉を聞いて、
「約束した、忘れるんじゃないぞー」
カエルは仲間たちを呼んで、一緒に残りの生肉を食べました。
ペチャは、王子様にビニール袋を手渡しました。
「金魚をここに入れて」
「ええ」
王子様は袋を水の中につけて、金魚を掬いとりました。
「間に合ってよかったぁ」
「きみのおかげです。あの城に戻れば、魔法も解けるでしょう」
「そっかー、よかったね。あのカエルも魔法をかけられてるの?」
「そうかもしれません。でも、あいつは妹を食べようとしました。許しません」
王子様の気持ちはよくわかりました。
でも、あのカエルは言うことを聞いてくれました。
金魚を食べずに待っていましたし、仲間に食べ物を分け与えました。
いつかあのカエルも助けてあげたいな、とペチャは思いました。
「そろそろ夕方だし、わたしも家に帰らなくっちゃ」
と言ってそのまま歩き始めました。
王子様は驚いた表情で、
「あの、この自転車は?」
「カギが買えなかったし、置いてても心配だから。しばらく持っててくれる?」
「ほんとうにいいのですか?」
「うん、だから早く魔法を解いてあげてね!」
「ありがとう、必ず返しにきます」
そう言い残して、王子様の乗った自転車は空を舞うと、森の方に飛んでいきました。
早く妹さんに会いたいよね、でも、お母さんになんて説明したらいいんだろ、
そればかり考えながら、ペチャは家に戻っていきました。