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ペチャと自転車

少女は学校が終わるといつも1番に正門をくぐり抜けて、

ひざが空気を殴りつけるように走りながら、家に戻りました。

家に帰るとランドセルを置いて、部屋のお掃除をはじめます。

それが終わるとベランダに出て、洗濯を取りこみました。

それから、エプロンをつけて台所に立って、夕ご飯の準備をしました。

お父さんが早くに亡くなったので、お母さんは毎日、仕事に出かけていません。

代わりに彼女が家のお手伝いをしていました。

すべて終わると、2階にあるアパートのベランダに出ていきます。

目の前の道路を走る車を目で追いながら、お母さんの帰りを待っていました。

「あ、あの車だ!」

お母さんが乗っているのは小さくて真っ赤な可愛らしい車でした。

その車が見えると玄関の前に走っていって、お母さんが入ってくるのを待ちました。

ドアが開くと同時に、

「お帰りなさい、今日もお仕事お疲れさまー」

と言ったあとで、その日あったことを続けて話しました。

「学校のいちょうの葉っぱ、もう黄色くなってたんだ」とか、

「走って帰ってたら、ネコが飛び出してきてびっくりしたよ」とか、

「今日のお料理、自分で考えてみたんだぁ、どうかな?」とか、

ご飯のとき、お風呂に入っているとき、お布団に入ってからも、

ずっと彼女はお母さんに話しかけていました。

お母さんは「うんうん」「そうなんだねー」「えらい、えらい」

ひとつひとつ優しい声で返事をしました。

ペチャクチャ、ペチャクチャといつもたくさん話すので、

お母さんは彼女を『ペチャ』と呼んでました。


お母さんは、ペチャが学校のことをあまり話さないのが気になっていました。

(学校は楽しくないのかしら)

心配に思ったお母さんは、ある日、ペチャが「友だちと遊んでくる」

と言って家を出たあと、こっそりと様子を覗きにいきました。

近くの公園で、友だち数人と一緒にいるペチャを見つけました。

友達が自転車に乗っている姿をベンチに座って、眺めていました。

自転車が公園を出ようとすると、ペチャはその後ろを「待ってー」

と言いながら走って追いかけていきました。

お母さんはその様子を少し悲しそうに見つめていました。

ペチャはいつも寝る前に、こっそりベランダに出ると、

空を見上げてお祈りしていました。

「お父さん、いつかわたしを自転車に乗せてください」


次の休みの日、お母さんが言いました。

「ペチャに自転車を買ってあげよっかな」

「え! ほんとに?」

「そうよー。今から、自転車屋さんに見にいこっか」

「でも、自転車って高いんだよ?」

「いいの、いつもたくさん家事をしてくれてるご褒美ね」

ペチャはとても嬉しくて、

「じゃ、赤いのがいい! あと、かごもあったほうがいい、それと、軽いのがいい、それと……」

お母さんにどんな自転車が欲しいか、いつものようにペチャクチャ、ペチャクチャ、

と説明しながら一緒に自転車屋に向かいました。


翌日、ペチャはベランダに出て外を眺めていました。

「早く、こないかなぁ」

「届くのはお昼ごろだよー。寒いから入ってなさい」

「大丈夫! ここで待ってる!」

すると、お母さんは上着を持ってきて、

「じゃ、これ着てなさい」

ペチャの背中の上にかけてくれました。

昨日の夜、ペチャはなかなか寝つけませんでした。

目を閉じると自転車に乗っている自分の姿が浮かんできて、

楽しくなってしまって、ちっとも眠くなりませんでした。

ベランダに座りながら、うとうとしていると、

「ガシャンッ」大きな音がしました。

目を開けると、アパートの前に配達のトラックが止まっていました。

運転手が後ろのドアを開けて、自転車を運び出してきました。

「あ! わたしの自転車!」

ベランダから部屋に戻って、すぐさま玄関に向かいました。

ピンポーン。

ドアを開けると、真っ赤な自転車がありました。

「はい、お待たせしました」

「ありがとう!」

「どこに置いておこうか?」

「そこでいいよ、すぐに乗りたい!」

ペチャは自転車を眺めました。

真っ赤でカゴの付いた少し小さめの自転車でした。

周りの友達より背が小さかったので、

足がしっかり届く折りたたみ式の自転車を選びました。

「わー、かっこいいな。乗ってきていい?」

そばにいたお母さんに聞きました。

「いいわよー、でもあまり遠くまでいかないのよ」

お母さんが手を伸ばして自転車を運ぼうとすると、

「自分でできる!」

大切そうに抱きかかえて、階段をそろそろと降りていきました。

「帰ってきたらそこの駐輪場に止めておくのよー」

「はーい!」

最初はアパートの前で何周か乗ってみました。

幼稚園のときに練習で乗ったことがあったから、すぐに慣れたようで、

「じゃ、行ってきます!」

片手を少しだけ上げてお母さんに手を振ると、自転車を漕いで出かけました。

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