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第8話

「マスター、早くしろー! すげぇー奴連れてきたんだって!」

「もー、せっかく大福ってものを食べてたのに。リアンちゃん、どったの〜」

 階段の奥から姿を現す、黒の作業着に身を包む、男性。2メール強ある身長と、スラットした顔立ち。黒色の瞳と、後ろ髪をポニーテールのようにまとめて、イケメンという言葉が脳裏によぎる。

 マスターって、あの人がオリーブのギルドマスターなのか?

「お、これはこれは久しぶりの客人だ。リアンちゃんが客人を連れてくるなんてめずら…………——君、その右腕は?」

 階段をおりてきて、僕の存在に気づき、一瞥するなり、その視線は僕の右腕へと注がれる。なにか、僕は化け物じみたモンスターに狙いを定められたかのように僕の背筋はびっくと揺れる。

 そういえばこの家に来た時から、右腕は一切動かない。

「マスター気づくの早すぎだろ。私は確認のために斬りかかったのに。でも、なー、すげーよな! あの右腕だけ、”リーエ”なんだよ」

「確かに右腕だけリーエを感じる。あの筋肉の動き、リーエそっくりだ」

 僕はえ? っと声を漏らし、耳を疑う。何故、リーエさんだって知っているんだって。

「リーエ……分かるんですか、この右腕がリーエさんだって!? ……よかった、分かる人がいて。なんでこんな右腕になったか、教えてください!」

 僕は何度目かも分からない瞠目をして、訴える。これがリーエさんだって分かる人がいるんだって。朝から信じられないことばっかだ。藁にもすがる思いで、僕はこの人たちを信じる。僕の心がドクドクと揺れているから。僕の忘れかけていた憧憬という思いが、この人達の目の前だと陽炎のように揺れ動くから。

「うん、分かる分かる。不安だよね、いきなり右腕が自分の範疇を超えるなんて。分かるけど腑に落ちない点が沢山ある。腑に落ちないどころか僕はもう分からないね、ここ最近のゼイウスが」

 彼は階段を鷹揚に下りて、僕に微笑みかける。すると右腕が反応する。今まで動かなかった右腕が、好奇心旺盛な少年のようには激しく動き回る。

「そうかそうか。右腕はもう分かったみたいだ。僕という存在に」

「ちょ、リーエさん! 落ち着いください!」

 右腕に体がもっていかれる。僕は右腕に引っ張られ、彼に突進する。うわわわわ、と奇声を上げてしまいながら、右腕が、僕の右腕じゃないほどに早く強力なパンチを繰り出す。疾風にも負けないその速さは、確かに彼に届くはずだと。その2秒後に思考が追いつき、彼は恐ろしく、静かなこの館を木霊するように狂気に笑う。

「はー! 面白い! 本当にリーエだ。リーエなんだ。これは驚いた。君、名前は?」

 当たってない? 右腕の感覚がないから分からないけど、確かに当たってない。僕が多分今、リーエさんの力によってできる懇親の一撃だったのに。

 僕は雑多の思考の中、質問された内容を返答する。

「エル・アンコスです」

「アンコス、無意識という意味か。君にピッタリな名前だ。ならば、僕も君に自己紹介を。グレイ・エアー、4人目の”至宝”であり2つ名は【無敗の至宝】よろしくね」

「グレイさん。よろし、え? ……至……宝……? あ……の、至宝?」

 僕の雑多すぎる思考がその一言に全てを剥奪され、目が回る。そして、右腕がこくっと人差し指を使って頷く。それで確信へと動いていく。

 至宝? この人が至宝? 4人目? 4人目なんて”いないはず”なのに。隠されたもう1人の至宝? ずっとあの憧憬の人と同じ雰囲気があると思ってたけど。底が見えない。格上の存在だと思っていたけど。僕は再び、グレイさんに問う。

「本当……ですか?」

「うん、僕はいつも本当のことしか言わないよ」

 右腕もまたこくっと頷く。次にリアンさんに瞳を移す。リアンさんは僕の驚愕した顔を肴にスキットルを仰ぎ、そんなに驚くことじゃないだろ。と一蹴して、ケラケラと喉を震わせる独特な笑い方で僕を嘲笑う。次に僕は背後を向いて、メイドの彼女へ。彼女は微笑みながら頷き、僕は汗をダラダラと垂れ流す。

「え、え、え、え、えええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ————————!?」

 今日、何度目かも分からない絶叫をして、1日が終わった。

 ◇◇◇◇◇

 コツ、コツ、コツっとソンジュは机を頻りにペン先で叩く。何か思考をまとめているのか、はたまた彼女の悪癖なのか。他者が行ったら耳障りとも捉えられるその音は、彼女の美貌と、脆弱な雰囲気によって、吟遊詩人のようなどことなく儚い、演奏にも捉えられてしまう。

「ってことがあったんだよ。もう訳分からないよねー。ソンジュちゃんはどうも思う?」

「うーん、不思議な少年ってことは分かったかな。この混沌な状況になっているゼイウスに答えを与える、救世主となるか。はたまた破滅の悪魔となるかの2択かしら」

 ソンジュは最近のゼイウスの声に耳を澄ませる。

「リーエが死ぬ前に地上で会っていた人物はその少年ってことで確定かな。これは勘でしかないけど、そんな気がする」

 ソンジュは今は亡きリーエを懐古して、微笑む。

「リーエの音が4日前、聞こえたの。至宝さん達は普段は音が聞こえないのに。あの子はリーエに音を奏でさせた。それだけでもあの子は何かしらの力があるわ」

「リーエの音か。あのリーエに音を出させたのはいささか疑問だね。この僕にも出させたことがないのに」

「マスターが嫉妬? あらあら」

「そりゃあ、嫉妬するさ。リーエは僕の妹的存在だったんだよ? 可愛い妹があんな子に靡くなんて」

「過保護だったもんね、マスターは。……いや、それをいうならこのギルド全員が過保護だったか。あの子はとても、こういってはなんだけど……」

「寂しい子」

 ソンジュはペン先を叩くのをやめて、月夜に光るこの部屋で、グレイに口端を上げる。

「マスターは優しいのね。私が口ごもっていたのに」

「僕はギルドメンバーにはとことん優しいからね」

 グレイは照れ隠しからか、ニコッと歯を出して笑う。ソンジュは余談はそろそろやめましょ、とこの会議の本題をつく。

「それで、マスターからみて。あの子の右腕はどうなのかしら」

「とても難解だ。どう足掻いてもあの右腕はリーエなんだ。リーエ他ならないが……」

「リーエではない」

 グレイはソンジュの発言に小さく頷く。

「私の勘でいうと、側面ではリーエでもあるし、もう側面ではリーエでもない。本当に不思議ね彼は。でも、一つだけ分かるのは彼は今回のキーマンってことかしら。まるで天が見張ってろと言うように」

「エルはこの先の、リーエが欠けた未来の”何か”になる。僕でも分かるよ。だからこそ、ソンジュに聞きたい。エルを放し飼いにするか、危険を犯してでも成長させるか」

 ソンジュは手に顎を乗せて、微笑む。

「マスターはどうなの?」

 まるで彼女は子供を育てるかのような、聖母の面付きで、笑いかける。

「僕の妹が残した、可能性の星だ。もちろん危険を犯す。ただそうなると、多忙である僕たちが総動員しないといけないし、エルは僕たちを嫌うだろうね」

「あら、マスターはまるでもうこの先の未来が分かってるような口ぶりをするのね」

「そう聞こえたなら、その通りだろうね。僕は未来が見えている。それも、とても偶像的な未来が」

「私も見えてるわよ。マスターがどんな顔をするかを」

 グレイはソンジュちゃんには適わないね〜、口端を開けて、指を鳴らす。

「さあ、育てるか。僕たちで」

 怪しげな月夜で行われた密談。そして、1つの答えが出たあとにコンコンと部屋にノック音が響く。

「ミラーちゃん、入っていいよ」

「あら、よくわちゃしだと分かったね」

 部屋に入ってきたのは、ゴスロリ姿の幼女。片手には大量の紙を持っていた。幼女はソンジュの隣に座り、目前にある木製の机の上に紙をばらまく。

「今日も一切痕跡なーし! アレは見つかりませんでした。やっかいね〜、とっても。それにアレを制御するほどの才能があるなんて、わちゃし羨ましい」

「ミラーちゃん。そ、れ、が、痕跡発見したよ。それもとっておきの」

「えーー! さっすが、マスター! 私の情報網ですら発見出来なかったのに! それで痕跡ってなになに!?」

「エルという少年だ。彼を三日三晩尾行して、追い続けよう。なんといっても、僕達2人の勘が働いてる」

 ミラーはえー、それはただの勘であって、根拠でも痕跡でもじゃないじゃーん。と嘆く。

「でもまあ、痕跡も何もないから。その勘を信じちゃおうかな〜。じゃあ、いつも通り——」

「いや、今回はギルドメンバー全員で監視を行う」

「……まーた、マスターの我儘に付き合わされるのー!? やだややだ! わちゃしたちとっーても忙しいのよ!?」

「ミラーちゃん。今回は僕たちの第5感覚も働いてる。つまり、勘がね。ソンジュちゃんほどの、勘ではないけれど、僕は彼に皆が等しく影響されると思うんだよね。彼の平和への正義に感銘を受けてさ。僕自身も今、皆が見失ってるものを見つけられる気がするんだ」

「わちゃしの正義は確固たるものだけど。なにか不快よ」

 少し、重い空気が漂う。マスターは顔色ひとつ変えないが、ソンジュが柳眉を下げる。

「ミラーちゃんお願い。私の顔に免じて」

 ソンジュのお願いに、ミラーは応じるしかない。このギルドは彼女のためにあるといっても過言はないからだ。

「……しょうがないわね。けど、役割はマスターがきめなさいよ」

 ミラーは啖呵を切る。そして、ふと我に返ったのかしゅんと目線を落とし、ソンジュに撫でられる。

「リーエが死んでまだアレの手がかりも、なぜ死んだのかも分からない。皆も焦ってる。そんな中で私たち2人の勘で、本来なら動員しなくていいギルドメンバーを動員するなんて無駄以外のなんでもない。でも、信じて欲しい。私たち仲間を」

 ミラーはソンジュの温かさに、「わちゃしだって仲間を信じてるし、焦ってないわよ」と立ち上がり、微笑んでいるグレイに指を指す。

「わちゃしたち本当に忙しいんだから! しっかりとプランを考えてよね!」

 と資料を抱きかかえて、部屋を出た。ソンジュはミラーから視線を外し、グレイの瞳を覗く。

「まず最初は?」

 悪戯心のある声色で、ソンジュは喋る。グレイは悩むように顎をさすりながら、棚にあるお酒が目に入る。

 グレイは棚からお酒を取り、フリフリと振る。

「最初はあの子にピッタリな強さをみせるよ。うちで1番の腕っ節で、度数が高い、あの子を送る。あの子はもしかしたら酔ってしまうかもね」

 グレイはポンっとお酒を開けて、1杯ぐらい付き合わない? とソンジュの前にグラスを置く。ソンジュはマスターがいうならと、お酒の誘いを受け入れた。

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