第6話
◇◇◇◇◇
「ねぇ、大丈夫?」
「あははは。だよね、だよねー。ちょっと勝手に動いちゃって」
チーユらしくないような、心配事をかけられるほどに僕の右腕は変だ。右往左往と右腕が動き、行き交う様々な種族の人にも変な目で凝視される。賑やかな通りを歩き、食事の買い物も次いでにするということで、露天が並ぶ通りに僕は来ていた。目が萎むほどに長く連なるお店は、いつみても仰々しい。
「今日、貴方変よ」
「え、あははは。チーユがそんなに心配するってことは相当だよね」
チーユはジト目で喋る。僕は、はははと空笑いをして、視線をまた右腕に移す。まだリーエさんだとは確定してはないけれど、薄々、いや僕の中で大きく右腕がリーエさんだと思ってきた。どことなく、いや、1回しか会ったことがないけれど、彼女の動きだ。彼女は物凄く静謐だけど、体を時々動かす。まるで何かと戦いたいような、自分の中の力を振り絞りたいような動きをする。今の僕の右腕のように。
「まあいいわ! 今日の食べ物みたらきっとびっくりして、それどころじゃなくなるし。なんたって私の特性、パンがあるんだから!」
「チーユの特性パン? もしかして」
「そう! 薬草練りこんだ、健康に最もいい、パンよ!」
僕は懐古しなくても、胃がギュルルルと音を出すように気持ち悪くなり、舌が渋い柿を食べたようにゴワゴワしだす。
あのパンは物凄く凶器的、本当に物凄く。
「あははは〜、楽しみだな〜。僕がどうなってるかを想像するだけで」
「エルはあれを食べてる時が1番表情がいいものね」
「うん。側面的にね、側面的に……」
チーユの悪童心なのか、彼女は時たま僕に薬草パンを食べさせてくる。でも、彼女からは悪気が感じられないし、善意だとは思うけれど、あのパンはいくら食べてもある意味では絶対に飽きさせない、飽和性をもっている。
「……! あの人は……」
僕達が2人並んで歩いていると、目の前から裏路地で出会ったあの冒険者が。僕は咄嗟に顔を下げる。通り過ぎよう、波風立てずに通り過ぎてくれ。僕はチーユの不思議な目線を気にせず、あの冒険者が通り過ぎるのを待つ。冒険者が僕を横切る瞬間、悔しいほどに僕の……リーエさんは許してくれない。右腕が僕の体を振り切り、冒険者の肩を掴む。
多少なりとも驚いた冒険者は戸惑った顔をしたあと、記憶を遡り、にちゃあと笑う。
「お、貧乏小僧じゃねぇか。ははは、どうしたんだよ」
ドクンと心臓が高鳴る。聞き覚えのある、声。吐き気がする声。もう聞きたくない声。彼は僕に右腕、肩に付着したゴミを払うように払い除けようとするが、右手が離れない。
「あははは! もしかして復讐か? なんだ、もうステージが上がったのか? いや、上がるわけねぇよな。この短期間でステージがよ!」
彼の声からお腹がまたズキズキするような、痛憤と痛みを思い出す。恐怖心が僕の自尊心をグタグタに破壊していく。怖い怖い怖い、また痛い目にあうのは嫌なんだと、心が叫びたがってるんだ。
「リーエ……さん!」
小声で右腕に言っても、右腕は彼の肩を離さない。
「チッ……また構ってやりてぇけどよ、こちとら急いでんだわ。今度あった時、覚えてろよ」
助かった。運が良かった。僕は安堵した。彼はイラついた舌打ちをして、右腕を引き剥がそうとするが、やっぱり右腕が離さない……いや、離れる”気配”がしない。僕が出せる力じゃない、ステージ1の僕が、僕よりステージが高い人を足止めなんて出来るはずかない。
「離せよ、貧乏小僧がよっ!!」
イラつきが最高潮に達した彼は、なりふり構わず拳を振るう。彼の拳が僕に向かう。
「【止まれ】」
ビキィッ! と彼の動きが何かに鷲掴みにされたかのように、止まる。僕は咄嗟に隣を振り向くと、チーユが瞼をぴくぴくさせて、怒っていた。
「なーに、私の連れに手を出してんの? 5流冒険者が」
「っは。はっ!?」
チーユの力を初めて目の当たりにする。これが世界で唯一無二の【重力魔法】。
人はそれぞれ『魔法』か『武技』をもっている。
ある人は魔法、ある人は武技。それぞれ、生まれた時に自分の個性のような力を1つ持っている。ステージが上がるごとに、そもそもの潜在能力とは別にチーユのような【重力魔法】の理解度や、質や、力が上がっていく。そもそもステージを上げるにはそれ相応の経験値と『魔法』に対しての理解が必要なんだ。僕はステージ2に上がる経験値はもう得ているはずだが、僕は『魔法』の理解度が全く上がらない。だから、僕は最弱のままなのだ。
そして、人の元から備わっている『魔法』や『武技』にも優劣がある。そう、そもそも強者という人は、チーユのような特別な『魔法』があるんだ。
「うごっっかねぇ———!?」
「当たり前よ。私と貴方では力の差がありすぎるわ。特に才能の」
ズギィっと僕の胸にも突き刺さる言葉。でも、難なく厄介事はチーユによって抑えられらた。僕は安堵の嘆息を吐き、右腕が勝手に動き、男の肩から手を外す。僕は訳もわからず、右腕はチーユの腰に手を回し、僕の方へ引き寄せる。そして、1秒も経たないうちにチーユがいたところに大剣が振り下ろされる。それはあまりに突然で、僕の目にはとても美しい縦切りだったと感じた。周囲に人がいるのにも関わず、いや、今の騒動で多少は人は避けていたが、それでも人がいた。なのに、大剣を振り下ろした彼女は人を傷つけないという信念の気迫を纏っていた。
刃物がこんな公共な場で出され、周りの人がどよめき、逃げ出す中、大剣を振った彼女は僕を呆気に取られた顔で見つめて、「ひひひ」と面食らったように笑いだす。
僕は眉を顰める。
次が来るって。