第19話
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「きょ、今日の収穫……5000ゼイウス。僕の知らない間に魔石がいっぱい袋にあったから、ミラーちゃんが足してくれたんだろうなぁ」
僕はずびずびと鼻水を啜り、ミラーちゃんに感謝する。過去最高日収だ。なんて優しい子なんだと僕は感謝でいっぱいだ。これで今日を生きながらえる。
「……今日はお花を買って、噴水にお供えをしよう。早くしないと花屋はすぐ閉まっちゃうな」
もう夜は遅い。早くしなければお花屋が閉まると、僕は道を走る。今の今までリーエさんにお供え物をしてこなかった。こんなに金が入ったんだ。1輪ぐらいお花を買っても、神様も怒りはしない。
ここは大通りに近い道なのに今日は不思議と人がいない。こんな日もあるんだ。
「あら、いい音色。貴方は今、大事な人を思い浮かべてるようね」
耳朶が震えた。なんていい声だ、なんて麗しい声だ。僕は横を振り返る。2人の女性が立っていた。形容しがたいほど綺麗な顔立ち。耳が尖っていて……エルフだろう。銀髪の腰まである髪を優雅に揺らし、細めで瞳を露わにすることはない。華奢な体と、白の服に身を包んでいる人。
そして、もう1人はシスター服を着た女の人。まつ毛が長くて紫紺色の瞳が、とても綺麗。金髪の長髪は太陽よりもキラキラしている。
夜の街頭であんなに綺麗なんだ、昼間ならもっと綺麗だ。
顔立ちはムスッとしていて、愛想のない美人なお姉さんみたいな感じだ。
「こ、こんばんは」
「こんばんは、ちょっと私に付き合ってくれる?」
「……っ」
ごくんと唾を飲み込む。とても緊張するけど、知らない人についていく訳にはいかない。リアンさんにはついて行ってしまったけど。
「安心しろよ。私らはリアンの仲間だ」
シスター服の女性は、片手に持っていた袋から煎餅を取り出し、ボリボリと煎餅を貪りながら喋る。僕はなんで今煎餅? と困惑する。
エルフの女性は僕に接近し、微笑みながら挨拶をする。
「私の名前はソンジュ・エグジル・エーバー。煎餅を食べている彼女は——」
「マリア・テレサ」
僕はリアンさん達の仲間だと聞いて、深くお辞儀をする。仲間ということはこの人たちもオリーブの団員なんだ。物凄い美人揃いなんだなぁ、あそこのギルドは。
「エル・アンコスです。よ、よろしくお願いします」
最近は色々な人に会う。リアンさん、グレイさん、ミラーちゃんに、ミルクさんに、包帯巻き巻きの人……。確かヤミっていてた。あとはソンジュさんとマリアさん。多い、多すぎる。名前を覚えとかないと。
「急なお誘いだけれどちょっとお茶をしない? 近くに行きつけの喫茶店があるの」
僕は今から花屋に行こうとしていたから、少し口ごもってしまい、あたふたしていると、
「ちっ、三下が断る権利ねぇんだよ」
「ひっ!?」
僕はマリアさんからの冷たい視線に、脅され、こくこくこくと頷く。マリアさんの視線はもう人を殺す勢い。聖職者の人って優しいイメージだったのに、こ、怖い。
「こら、エルくんを脅さないの」
「脅すつもりはねぇよ。ただ真実を言っただけな」
「ごめんね。マリアは初対面の人にはいつもこうなの。徐々に優しくなるから。マリアの笑顔なんてとても素敵なのよ。私もつい笑ってしまうぐらい」
「は、はぁ」
「三下が信じられないみたいな返答するな」
ボソッと悪辣なことを言われ、僕はビシッと背筋を正す。ソンジュさんは眉間に皺を寄せて、マリアさんの頭をポンと叩く。「こーら」と頬を膨らませながら怒り、僕へ長い髪を靡かせながら振り返る。
「私も無理に誘うつもりがないけど、ここですこーし、話してもいいわよね?」
「す、すこしなら」
僕はドキドキした心臓を落ち着かせながら、ソンジュさんの質問を待っている。
「エルくんは好きな人とかいるの?」
「——ぶふぉっ!? いきなりどんな質問ですか!?」
「ただ気になったから。ほら、年頃の子って性欲ムラムラじゃない?」
「性欲ムラムラって……」
手をわしわしさせながら悪戯笑いを浮かべる、ソンジュさん。僕は盛大に吹き出してしまい、返答に困る。
「マリア。年頃の子ってそういうもんじゃないの?」
「まあ否定はしないな。三下はずっと私のおっぱいをみてくるし」
「見てないです! しかも僕にはまだそういうのが早いというか、なんというか……」
「あら初心ね」
「初心はモテてねぇよ」
「なんなんだ、この人たちは……!?」
僕はどうしようも出来ない、状況に苦悶の表情を浮かべる。
「そう、その音。その音色。エルくんのその音が、リーエを魅了したのね。その音がリーエにあんな音を出させた」
「お……と?」
「分からい顔をすわね。分からなくて当然よ。音は私の十八番なの」
「……?」
音? なんなんだこの人たちは。さっきから何がしたいかもう分からない。音ってなんだ? 僕は今音を出した?
ただ困惑していただけなのに。
「エルくんはいつからリーエが好きだったの?」
「す。すき!? なんでしって……!?」
「バレバレね。好きな人の話をした時、顔にリーエって書いてあるから」
「そ、そんな!? 嘘ですよね!?」
ソンジュさんは「嘘じゃないわ」と微笑みながら言う。僕は顔を左手で隠し、赤面する。耳まで真っ赤になる。こんなに直ぐに分かるなんて、僕はどんだけリーエさんが好きなんだ。
「……で、でも。正直僕自身、今の気持ちが分からなくて……」
「あら、悩み事? ならその話だけ聞いて帰るわ。私、悩み事好きなの」
「いや、でも本当に取り留めもないことですし、聞かなくてもいいというか……」
「ううん。私が聞きたいの」
ドキッと心臓を撃たれる感覚がした。この人の前だと何故か心内を全てをさらけ出してしまいそうになる。
でも、喋ったって、喋らなくたって、この人は僕をもう見透かしている気がする。
「り、リーエさんのことは好きでしたけど……。リーエさんを失って、僕は絶望した。リーエさんだけが、僕を繋ぎ止める存在だったから。でも、今はもうリーエさんはいない。それで僕の……右腕にいる。声も聞こえないし、リーエさんの匂いもしない。なのにリーエさんなんです。僕はこの腕があるから生きている。この世に繋ぎ止めてる気がする。その時、気づいたんです。僕は今も昔もリーエさんには、恋とか憧れじゃなくて、依存してたんだなって」
そうだ。僕はリーエさんに依存していた。恋心や、憧憬がいつの間にか依存に変わっていた。リーエさんは孤独なんだ。ずっと孤独なんだ。だから、僕だってリーエさんのように1人で強くなれる。
僕の優しさのせいで誰にも頼れなくても、パーティーも作れなくても。それは僕の弱い心を埋めるための、依存に過ぎない。だから僕はこの1年、1歩も進めなかったんだ。それで右腕が変貌して、僕は進み出したけど……常に僕の心には、右腕に依存している気がする。右腕がなかったら僕は進めていないから。右腕が変わってなかったら僕は、まだ変わっていなかった。弱い僕のままだった。
「あらいいじゃない。依存。私は好きよ」
「え?」
「だって人は誰しも何かに依存してるもの。誰かは恋人に、誰かは家族に、誰かはお金に、誰かは食事に、誰かは親友に、誰かはセックスに。その人から依存をとってみなさい。その人は崩れるわ、その人は死ぬわ。それでもいいのなら、依存をやめればいい」
ソンジュさんは僕の手を取り、握る。ソンジュさんの手は、氷のように冷たい。まるで死人のように。
「ほら、私の手は冷たい。でも、エルくんの手は温かい。私の手がどんどんと温かくなってる。私はこの手を出来れば一生離したくない」
「……離しちゃうと冷たくなるから?」
「その通り。離れると冷たくなって、私は冷えてしまう。エルくんの手を触っていると温かいのに」
ソンジュさんは僕の手を離し、微笑む。
「ね、いいものでしょ。依存は人を人とさせるの。もう分かったんじゃない、エルくんは」
ソンジュさんは「また、直ぐに会うことになると思うわ。時間を取ってしまってごめんなさい」という言葉を残して、僕に優しく手を振り、路地裏に消えていった。
僕は右腕を左手で握る。温かい。依存していいんだ。僕は今、決めた。右腕と一緒に進んでいきたい。右腕に頼って、僕は強くなっていく。
「それにしてもあの2人はなんだったんだ。いきなり現れて、僕の悩みを聞いて……。オリーブって一体なんのギルドなんだろうな」




