第16話
「終わったよ」
「そっちの可愛らしい少女の手を借りなくてもいいのか?」
「もう借りてるよ。僕にはこの右腕がいる」
間合いは5メートル、モンスターは来る気配がない。魔弾の残弾は5発。右腕は動いてる。
エルは右腕に神経を注ぐ。ロン毛の男は走り出す。
剣が振り下ろされるまで、数秒も満たないが、右腕は——
何故か動かない。
「リーエさんっ!?」
悲痛なエルの声、虚しく、エルの肩に長剣が——
当たらない。
剣と剣が火花を散る。エルは目を疑った。相手の剣が伸びた。たった15センチほど。
「なにっ!?」
ロン毛の男は瞠目し、距離を図ろうとするが右腕が力いっぱい剣を弾く。
「男はステージ2の中でも強い方。けど、右腕が男を凌駕している。けど……お兄さんは弱いまま」
右腕の追撃、だが、エルの体がついていかない。前傾姿勢で体勢を崩す。ロン毛の男は隙を着いて攻撃を仕掛けるが右腕が、剣を振り、ロン毛の男の剣を弾く。
エルの心臓は破裂しそうにどくどくと鼓動し、素早く体制を立ち戻る。
「お前! その右腕はなんなんだよ!? どんな個性だよ!」
男の怒号。初見殺しである、長剣の伸び。一件弱い個性だが、使いようによっては、初撃は必ず当たる攻撃。
それ以上にまだ幾らほど伸びるか分からず、一振一振に注意しなければならない。エルの右腕ならば、反応することは可能だろうが、そもそも”右腕”がもたない。
「くそっ」
エルの右手から血が垂れる。エルの器に合わない力は、ステージ1のエルの耐久力では身が持たない。右腕の痛覚は無いが、右腕が悲鳴を上げているのは一目瞭然。
「まるで昔のリーエだわ。血に濡れたリーエ。エルはここからどうするのかしら」
エルは足りない頭で熟考する。長期戦になればなるほど右腕は悲鳴をあげる。痛覚などの感覚は無いが、それ故にいつ使い物になるかも分からない。右腕に合わせた戦い方は——
やめる。
「リーエさん、僕に合わせてください。頼みます。僕の指示通りに動いてください……!」
祈るように言葉を連ねるが、
「無理なの。アンコスのままじゃ」
右腕が勝手に動き、エルは舌打ちと共に走る。ロン毛の男は呼吸整え、エルの右腕の個性について考えるが、どう考えても、右腕とエルは離れて考えた方がいいと答えを出す。
個性に振り回されている。稀に起こる現象。竜巻の如し右腕の破壊力は脅威だが、本体自体は大したことの無い。一般的な下級冒険者だ。
経験は自分の方が上だと、ロン毛の男は怯まず、足を踏み込む。
エルが近づく、近づく、近づく。ロン毛の男が剣を降ったとしても防がれるのが、通説通り。
(だったら、振った瞬間に、俺が斬る)
それはエルの頭でも気づいている。世界が早く進んでいくが、それ以上にエルの思考も早い。この技の駆け引き、エルは負ける。
幾ら右腕が強くても、ロン毛の男の方がやはり格上。
「このままじゃあ、負けは確定。面白くない戦いだったの」
エルは自分の武器を探す。体をもっと早く動かす、僕が上手く避ける。その全てが右腕の行動しだい。不確定要素が多い。
「リーエさんっ!?」
最後の抵抗。右腕に嘆願するが、右腕は剣を横に振るう。
ロン毛の男は唇を舌で舐める。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男は剣を——
突く。一件、右腕の方が早がロン毛の男の体を捉えると感じるが、男の刀身は何センチも長くなる。男の方が、エルの心臓を貫くのは早い。
「ぐあっっぅ!」
エルは体を俊敏の動かし、致命傷を避ける。肩を貫いた剣は、エルの顔を苦渋に歪ませる。右腕はエルが体勢を変えたせいで空振り。そして、エルは唱える。
「【魔弾】!」
「がはっっっ!?」
魔力の弾が男のお腹を撃ち、ロン毛の男は岩壁に打たれる。
(なんて魔法だよ! アイツは武技の使い手じゃねぇのか!?)
「……っ!」
エルは左肩を左手で押さえる。猛烈な痛さ。目眩がする程の痛さ。
「ぺっ!」
ロン毛の男は血反吐を吐き出し、ヨロヨロになりながらも立ち上がる。
(魔法の威力には驚いたが、あと1発なら耐えられる)
「左肩を貫かれて、左腕は思うように動かせない。右腕に頼る戦い方をするしかないのかしら」
ロン毛の男は走り出す。戦線復帰はロン毛の男の方が早い。
「……【魔弾】!」
エルは狙いを定めず、魔弾を撃つ。ロン毛の男は咄嗟に右に避ける。エルは右腕に連れられ、右腕は剣を薙ぐ。
ロン毛の男は防御した瞬間——
エルは魔弾を放つ。
「あぶねぇなぁ!」
狙いがブレて、ロン毛の男の頬を横切る。
「動きが……良くなった?」
エルは魔弾を警戒して、体勢を崩したロン毛の男のお腹を蹴りあげる。ステージが差があったとしても、中々に効く威力。
男は後ろへ後退し—-
「【魔弾】」
3発目。ロン毛の左脇腹に魔弾が直撃する。
「ふっ———!」
エルは疾走し、右腕はそれに呼応するように動く。ロン毛の男は剣を構えるが、
「【魔弾】!」
2発の魔弾を放つ。
「ぐあっっっ!?」
ロン毛の男の剣は空中を舞い、回転する。エルの驚きの成長。窮地追い込まれた人物が、痛みから集中に入る。
冒険者なら多々あることだが、エルのゾーンは常軌を逸している。
あれほどまで完璧な動きはそうそう出来ない。
あれがアンコス。
「本当に勝つのかしら」
ミラーでさえ勝ちを確信した。だが——
「武技【長刃】!」
魔弾によって頭から血を流し、朦朧としていたロン毛の男は、空中を舞っている剣を伸ばす。15センチどころではない。その長さは5メートルに及び、エル顔面を狙う。
エルの疾走は止めることが出来ない。右腕も間に合わない。油断の先の失態。
ミラーは咄嗟に手に持っていた小石を投げようとする。
————負けるのか?
時間が、時計の針が進むより早く動いている感覚だったのに、今では針が止まる。クロノスタシスのように、永遠に止まっている。
エルには男の”全て”が見えた。それを脳が”処理”している。
酷く嫌悪感が湧くような体験だ。吐き気を催すような体験だ。相手の全てを見えるということは、とても醜い。
右腕が全身に”広がってく”。波だ、波紋だ。体がどう動けばいいか分かる。目指すのは憧憬、目指すのは恋に身を燃やしたあの人。
リーエさんだ。
「がっ!?」
峰打ち。剣の平たい所で、ロン毛の男の顔を一打する。その一連の流れは正しく流動的な水。流れる動作は誰にも掴むことも、誰にも捉えることは出来ない。
エルはロン毛の男を通り過ぎ、気絶する。白目を剥き、地面に倒れる。ロン毛の男はフラフラと千鳥足になり、地面にエルより5秒遅く倒れる。
その超常現象を見れたのは、ミラーただ1人。超越した実力者だからこそ認識できた。
「有り得ないのかしら。有り得ないことなの。なんで、リーエと全く同じ動きなの?」
アンコスだと思っていた。けど、それだけでは説明が出来ない。1回の戦いでここまで飛躍する理由は無い。しかもステージ1の時点でこんなに強いはずがない。
ステージの詐称? 本当はドワーフやエルフや巨人の混合種?
「どれも違うの。弱者が強者に勝つ。この世の理を外れた行為、この子は何か特別なものを持っている。それも無意識だからこそ分からない」
ミラーは自分の体に鳥肌が立っていることに気がついた。鳥肌が立つのなんて久しぶりだと。どれだけの悪に遭遇しても、どれだけの壁に遭遇したとしても、鳥肌の1つすら出なかった。
ミラー、お淑やかに笑い。彼を認め、確信する。
エルはリーエがいなくなった、ゼイウスを支える1つの柱になることを。




