第1話
この世は『ステージ』社会だ。ステージとはその人の強さを表す、表記。ダンジョンでモンスターを倒し、経験値を得て、自身のステージは上がっていく。ステージが上がれば上がるほど常人とはかけ離れた強さを得ることが出来る。
僕はそれを人から聞いた時、目を煌めかした。だって僕は今も昔も強さに憧れていたから。僕は強さに憧れて、孤児院を抜け出し、強さを掴みたくて、世界で唯一ダンジョンがある迷宮都市ゼイウスにやってきた。
ゼイウスに来た当初は胸に大きな夢を抱えていた。僕は昔から誰にも頼らず、1人で全ての敵を掃討するような圧倒的な力を渇望してたからだ。でもゼイウスにやってきて、1週間が経った時、壁の高さに絶望した。ダンジョンへ挑戦する壁が高すぎて、僕が矮小の存在だと悟った。これからどうしようかと絶望していた時に、僕は馬鹿だから女の子に一目惚れしたんだ。
彼女を目にしたのは凱旋パレードだった。
人類の宝。人類最高峰の最強の存在。『至宝』と呼ばれる3人と、天上天下唯我独尊を貫く至宝に最も近いとされる『希望の世代』の人達がゼイウスを標的とした伝説のモンスターを討伐して帰還した。
「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」
観衆の叫び声、地震でも起きるような歓声。恐怖で震える日は去ったと。
花吹雪が舞い、僕は一目でいいから英雄と呼ばれるほどの人達を脳裏に焼き付けたくて人を掻き分けていた。僕と比べ物にならない人をみたら諦めがついて、農民になる道を選ぶことも出来ると思った。僕は切り分けた男の人の怒号に心臓が破裂されそうになりながら、人の隙間から3人の異端な人物を双眸に写した。
1番前を歩くのは青色のショートカットの女性。175センチ以上のすらっとした体型と、手には仰々しい魔法の杖。ステージ9の化け物と呼ばれる1人の至宝。この距離でも固唾を飲むほどの荘厳な風格を感じる。
「とても美人な人だ」
声をポロッと零して、僕は後ろの人に目をやる。160センチほどの身長で、白髪の長い髪をまとめ、2メートル弱の太刀を腰に下げた老人。歳は60代といわれているが年齢の割には若々しく、数多の戦闘を経験した老兵のようにも感じる。ステージは9。この人もまた化け物。
「僕でも分かる……動き全てが洗練されてる」
一目見ただけで感じる。圧倒的な実力の差を。これが現代の英雄なんだって。そして、最後の至宝。僕はあと一人はどこにいるのかを目を凝らして、見つけた。150センチほどのお姫……様? 風が靡き、彼女の黄金色のミディアムヘアーが揺れる。絵本の中の、お姫様を切り取ったような神々しさの顔のパーツに、翠色の宝石を彷彿とさせる瞳と、白の戦闘衣服。僕は圧倒されていた心が大きく、兎のジャンプのように飛び跳ねる。
「か、可愛い……」
一目惚れだった。胸の奥がカァーっと熱くなり、喉がむせるような違和感を感じるほどに、可愛らしかった。
心臓を悪魔に握られているかのように強く鼓動し、彼女の顔に僕の青色の瞳が動き、凝視した。これが恋だって認識しなくても分かる。だから、もう拝見できないであろう、淡い恋心を一生燃やせるように彼女を見つめた。
「あっ……!」
その時、僕は彼女と目が合った気がした。何事にも無関心と思える、その瞳と表情が更に僕を熱くさせた。
彼女を振り向かせたい、彼女を掴みたい。彼女の横に立ちたいって。僕は更に渇望した。強さというものに。喉から手が出るほどに強く……強く……強く!
そして後から聞いた話だと、今回の戦いで彼女は前人未到のステージ11へと昇華したって。ステージ1止まりの僕は目指せるのだろうか、その高みに。
「いや! 目指す! 目指してみせる! そしてあの人の隣に……って1人で舞い上がって、もう1年後かぁ」
ゼイウスの外側。顔を上げれば、あの人のように高くそびえ立つ城壁が僕を見下ろしている。ここはゼイウスの近くの森。僕は今、その日暮らしの生活をしている。
「ダンジョンは4階層止まり。ステージは未だに最低の1。僕の能力じゃあ、ダンジョンは思うように攻略できないし」
僕は一見そこら辺に生えているものと一緒のような草をブチブチと根っこから抜き、背嚢に入れていく。
「今はダンジョン産でもない、安い薬草を薬屋に運搬して、1日2000ドラクマを稼いで暮らしてる」
いつものように夢と現実を独り言で説明し、太陽が真上に昇った時にパンパンに詰まった背嚢を背負って、歩き出す。またいつもの日々、変わらない日々。刺激的なものといえば、僕の手から鼻が曲がるような薬草の匂いだけだ。
外壁にたどり着き、伝説の生物。巨人が入れるような程にデカい木の門がお出迎え。馬車や人が長く、1列に並び、僕はその最後尾に。毎日、1時間は待つ、この時間の最中に僕は人の観察をするのが好きだ。ゼイウスには夢が詰まっている。世界最高の商業の都市、娯楽の都市、欲の都市、強さの都市。
そこの頂点を君臨するような、未来の英傑がいるかもしれない。ワクワク顔で僕は青黒の髪を揺らしていると、検問の番が来た。
「よお、エル。また懲りずに薬草集めか?」
「はい。今日もパンパンに詰めてきました」
有名な冒険者ギルドの戦闘員でもある、銀の防具を纏ったギニューさんが大きくニヤける。いつも城壁の外に行く物好きな僕の顔を覚えられ、最近ではゼイウスを出る時は顔パス状態だ。
「荷物を調べなくてもプンプン薬草の匂いがするぜ。だが、一応仕事だ。荷物と手荷物検査をするぞ」
「もちろんですよ。仕事はしっかりしてください」
僕はギニューさんの横の机に背嚢を置いて、ギニューさんが中身を吟味していく。最初は仏頂面で作業をしてくれたけと、今では薬草の匂いのせいで物凄く嫌な顔をしてくる。僕は信頼されてるからなのかなぁと苦笑いをしてしまう。
「荷物確認よし! 入っていいぞ」
「いつもありがとうございます! また明日!」
「おう、気をつけろよ」
僕は背嚢を背負って、約束の時間まであと少しだと小走りで検問所を後にした。初めてゼイウスに入った時は期待と目新しさで瞼を見開いたけど、もう今は見慣れた光景となった。亜人、エルフ、ドワーフ。様々な種族が入れ違う。
子供と一緒に買い物かごを持ってる人や、あれは冒険者。街並みも綺麗で、ショーウィンドウには様々な物が売り出されている。今日も色々な人がいるなぁと目線をうろうろさせながら、僕は南ストリートから外れた、裏路地に入り込む。
薄暗くはなったが、ここも人も通る道で、薬屋までの近道だ。裏路地を駆け、着いたのは古ぼけた薬屋。看板には『安心薬草』とでかでかと書いてある。僕は扉を開ける。
週一投稿です