七章 それは絶望か希望か
「ほら、行っておいで。私はずっとここにいるし、人形の私も相談室にいるんだから」
笑顔で見送ってくれるAIスズ姉に「ありがとう」と礼を言い、オレ達は人形部屋から人形を運び出そうとした。
「ニャ……」
「あ、そうか。フウは話したいんだったな」
しかし、そのことを思い出す。
「じゃあ、後からでいいかな?」
レイさんの言葉に、ユウヤさんが頷く
「そうだね、ペアの人もいるみたいだし」
レントさんが外で待っていてくれるというので、オレ達は別のところを探索する。
「フウ君、話って何かな?」
ぼくは椅子に座って目の前のモニターを見つめた。
「あ、あのね。信じてくれる……?」
「もちろん。……多分、「この世界の子」じゃないんだよね?」
そう言われて、ぼくは驚いた。それを見て、姉ちゃんは微笑みかけてくれる。
「……成雲家の人達ってね、異世界の守り神様の血を引いているの。そして私やシルの身体に流れるこの血……咲祈家も、異世界で生まれた贖罪の女神様の血を引いている。だから、たとえ未来から来たなんて言われても驚かないよ」
さくきけ……?とぼくが悩んでいると、「私の母方の元の姓だよ」と答えてくれた。
「フウ君は、今「たまり」でしょ?でも、元の名字もあるの。覚えている?」
「うん。あのね、ぼくの本当の名前は――」
ぼくは姉ちゃんに、本当のことを話した。スズ姉ちゃんは驚いた表情をしていたが、
「そうだったんだね。話してくれてありがとう。今、話してくれたことは誰にも言わないから安心してね」
そう言って、笑ってくれた。ぼくも、同じように笑う。
ロビーを探索していると、フウとレントさんが戻ってきた。
「フウ、もう少しゆっくりしていてよかったんだぞ」
「大丈夫ニャン!」
フウはオレに近付き、抱きしめてきた。
「どうしたんだ?」
「……なんでもないニャン」
そう言いながら、顔を摺り寄せてくる。可愛いと思いながらその頭を撫でた。
「フウ、シルヤも忙しいから……」
「ラン兄ちゃん。抱っこ……」
「はいはい」
ランは手を伸ばしてきたフウを抱き上げる。その姿は父親のようで、思わず笑ってしまった。
「お前、父親みたいだな!」
「い、いきなり何言ってんだよ?」
「だって、マジでそう見えるぜ?スズ姉との子供って感じでさ!」
実際にスズ姉が生きていたら、そんなこともあったのかもしれない。スズ姉も結婚して、子供が出来て……そんな未来が、あったハズなのに。
「へぇ~。確かにそんな感じがするよねー」
後ろから不意に声を掛けられる。ビクッと三人で肩を震わせた。
「あ、アイト!驚かせるなよ!」
つい素で名前を呼んでしまった。
「こいつ、すぐにぶっ壊してやる……!」
タカシさんが拳を握り締めたが、ユウヤさんが「待って」と止める。そして前に出て、
「……何か用?」
そう、尋ねた。そういえばユウヤさんもグリーンと知り合いだったんだよな……。
「そう睨まないでよ、ユウヤ。ボク達、中学と高校の時の同級生だろ?」
「今は関係ないでしょ。……ボクだって、君を信じていたんだよ」
……あー。なるほど。
ユウヤさんはグリーンを信用していたのだ。それを、こんな形で裏切られて……。
「……ボクは、スズエさんを守ろうと思ってたよ」
グリーンは呟いた。
「何度も抗議したさ。同意書を書いていないのに、彼女をこんなゲームに参加させるなんて間違っているって。でも……彼女はここに連れてこられた」
「……………………」
「ボクも、悪いと思ってるよ。だって、彼女と会ってしまったせいでこうなったんだから」
「……どういうことかな?」
ユウヤさんは冷たい目で彼を見ている。それはおおよそ友人に向けるものではなかった。
それも気にせず、グリーンは持ってきていたパソコンを開いた。
電話の音が聞こえた。どうやら動画のようだった。
(確か、この着信音って……)
オレの予想通り、それはスズ姉のスマホだった。
『……はい、もしもし』
『やっほー、スズエさん』
『あ、アイトか?どうした、いきなり電話なんて』
『今から会えないかな?』
『今から?これまた急な……いや、お前はいつものことだったな』
『あ、何かやってたんだったら明日以降でもいいよ。今、夏休みでしょ?』
『別に構わないさ。どうせくだらない調べ物をしていただけだし、ちょうど栄養ドリンクを買ってくるか考えていたからな』
待て、スズ姉。やっぱりまた食事を抜いていたんだな。道理で軽いと思った。
『じゃあさ、前にシルヤ君と会ったカフェに行かない?どうせまた食事抜いてるんでしょ?ケーキだけでも食べなよ。おごってあげるからさ』
『シルヤが言ったんだな……別にいいよ、栄養ドリンクだけで』
『駄目だよ、仮にもまだ子供なんだから』
『もう十六歳なんだけど……』
『二十歳になるまでは特に健康に気を付けるべきです。分かってますか』
『あーはいはい。耳にタコが出来るぐらいシルヤに言われてます』
『それでもなお聞かないのか……』
『別にいいだろ。時々食べてたら問題ないって』
『子供とか出来た時どうする気なの?』
『結婚なんて全く考えてないから大丈夫』
『人生何があるか分からないよ?』
『まぁね。それは言えるな』
スズ姉は笑いながら出かける準備をしていた。
『じゃあ、駅前に行けばいいか?』
『うん。そこで待ってるよ』
『了解、すぐに向かうよ』
スズ姉はスマホを切ると、いつものカバン(パソコンやら資料やらが入っている)を持って部屋から出た。
映像が一度途切れ、別の映像が流れる。スズ姉がアイトと合流したところだった。
『悪い、遅くなった』
『大丈夫、突然呼び出したのボクだし』
確かに、むしろ怒るべきはスズ姉の方だ。しかし、彼女は笑って『どうせ暇だったし、むしろありがたかったよ』と言った。大人だ、大人の対応をしている。
『嫌だったら断ってもよかったんだよ?』
『そんなことないさ。昔の友人と話すのも、案外楽しみなんだ』
私は友達って呼べるような人、そこまでいないからな……と苦笑いを浮かべている。本当に楽しみだったのだろう。
『じゃあ、カフェに行こうか』
『そうだな』
そう言って、二人はカフェに向かった。
『何名様ですか?』
『二人です』
『お二人は恋人ですか?』
『そうです』
『あ、おま……。……まぁ、いいや。どうせこいつ聞かないし』
入店し、紅茶とコーヒー、それからケーキを頼んだ後、アイトと話していた。
『そういえば、前はシルヤと会ったんだってな』
『うん。二人共元気そうでよかったよ』
『まぁ、何とかやってるよ』
『両親は相変わらず?』
『まぁね。最近はもう会話もないよ。あぁ、でも前に帰ってきた時はここで働かないかって紙を渡されたね』
『紙?』
『そう。「モロツゥ」ってところらしい。まぁ私も進学するか就職するかで悩んでいたから候補の一つにと思っていたんだけど……』
『だけど?』
『やめた。調べてみたらいろいろやばいところだったから』
『そうなの?』
『うん。なんでも表向きは慈善活動をしているけど、裏では人体実験とかしているらしい。さすがにそんなところには行きたくないね。犯罪の片棒なんて担ぎたくないし。もう少し調べてみて、本当にやばそうだったら……って考えてるぐらいだよ』
『へぇ。まぁ、確かにそんなところには務めたくないね。それ、裏情報?』
『あぁ。お前も知ってるだろ?私、一応ダークサイトぐらいなら簡単に入れるし、情報も入手出来るよ。もっとやばいやつも普通に調べることが出来るし、ハッキングなんて朝飯前だしな』
『さすが天才』
『天才ではないだろ……「ギフテッド」なんだし』
『それでもすごいと思うよ』
……スズ姉は、モロツゥについて調べていたのか……。道理で聞き覚えがあったわけだ。
『あ、そういえばさ、スズエさんの願い事って何かある?』
『願い事?』
『そうそう』
その質問にスズ姉は即答した。
『シルヤの幸せかな?』
『あはは。シルヤ君も、スズエさんのことを願ってたよ。……それさ、叶えてあげられるって言ったら?』
『そんなのあったらいいのかもしれないけどね。でも、そんなのに頼りたくないなぁ』
『どうして?』
『だって、そういうのって自分で叶えてこそ、だろ?あいつは自分で幸せを掴めるよ、きっと。それまでは、私が守ってあげないとね』
『そんなもの?』
『そうだよ。私はあくまであいつの「お姉ちゃん」だからね。あいつももう大きくなったし、何かあった時は守ってあげるけど、そろそろ身を引かなきゃ。シルも大切な人が出来て、結婚して……幸せになってほしいよ、私は。そしてそれは自分の手で、私を頼りながらでもいいから掴んでほしいんだ』
『たとえ、死んでしまうかもしれなくても?』
『なんか不穏な質問だけど……そうだね。私に出来ることなら、たとえ全てを捨ててでも守ってみせるよ』
『そっか……。なら、他の願い事は?』
『他の願い事、かぁ……考えたことなかったな。シルヤが幸せを掴んでからって考えてたし……』
『だったら、君にこれは必要ないか』
そう言って、アイトは同意書を破いた。
『君の願い、叶うといいね』
『叶えてみせるさ。この命に代えてでも』
この命に、代えてでも……。その言葉が重くのしかかった。実際に、命を捨ててオレを守ってくれたから。
『それにしても、本当に君は自分のことなんて後回しなんだね』
『そうか?私は自分がしたいからやっているだけだけど』
『……そうだね、君はそんな人だった』
アイトは寂しげにスズ姉を見ていた。
もう一度暗転し、暗い時間。スズ姉は下校途中だったのか制服姿だった。アイトは息を切らしてスズ姉のところに来た。
『スズエさん』
『どうした?アイト。そんなに息を切らして……』
『早く、ボクと一緒に逃げよう』
いきなりそんなことを言われ、スズ姉は当然のごとく目を丸くした。
『なんだ?何かあったのか?』
『君を狙ってる集団がいるんだ。だから誰も来ない遠くに行こう』
手を差し出されるが、スズ姉はギュッと手を握り締めた。
『……シルヤは、無事でいられるのか?』
『分からない。でも、せめて君だけでも……!』
『……この力を……この血を狙っている奴がいるのか?』
『うん。君の命だって危ない。だから早く……!』
スズ姉は少し考えていたが、
『シルヤも危険な目に遭うかもしれないなら、私だけが逃げるわけにはいかないよ』
『こんな時にまで何を言ってるの!?もうすぐそこまで魔の手が迫っているんだよ!?』
『だからこそ、弟を見捨てるわけにはいかない。それに、お前だって私にそれを伝えたことで命を狙われるかもしれないんだろ?……もしかしたら、お前達を守れるのは私だけかもしれないんだ。そんな中で、私は逃げたくない』
『……スズエ』
『ありがとう、私を助けようとしてくれて。でも、私は大丈夫。簡単に死んでやらないよ。もし死ぬとしたら……それは誰かを守る時だ』
アイトは何かを耐えていた。スズ姉は彼の手を優しく握る。
『行こう。どうせ親もいないし、今日は泊まっていけばいい。もう暗いし、狙われているかもしれないのなら一人で帰すわけにもいかない。明日の朝、駅まで送っていくよ』
『……でも、ボクは……』
『親友を放っておくことなんて出来ないよ。たとえお前が「敵側」の人間でもさ』
『え……?』
『お前は組織を裏切ってまで、私に伝えたんだろ?なら、私も演じてあげるよ。奴らの作った残酷な舞台の哀れな「演者」をさ』
スズ姉はただ笑っていた。
『死ぬかも、しれないのに……?』
『今更だろ。人間、いずれは死んでしまうものさ。それが遅いか早いかってだけ。むしろ、誰かを守るためにこの命を失うのなら本望だ』
『……多分、奴らはこの記憶を消すよ?』
『覚えていたら不都合だろうからな。それでもいいさ。忘れても思い出す……思い出してみせる。そしてシルヤも、お前も、他の被害者だって救い出してやる』
『……あはは。本当に、君は強いね。あいつらが「正の異常者」だとか「光の異常者」って言う理由が分かるよ』
『異常者って……酷いなぁ。でも、他の人からしたら確かに異常なのかもね』
『でも、それが怖いところでもあるよ。君はボク達「悪」の人間からしたら眩しすぎる。本当に……羽があるのなら燃やされそうなほどに』
『詩人だな』
『からかうなよ……』
スズ姉はフフッとからかうような表情を浮かべていた。
『……大丈夫。何度だって、守ってみせるよ』
その呟きと共に、映像は終わった。
じゃあ、スズ姉は……既に、知っていたのか?それで、記憶を消されて……このゲームに参加させられて……。
「スズエさんはすごいよね。本当に、有言実行したもん。このゲームに参加しなくてもよかったのに」
本当に、そうだ。オレのためにその命を散らした。その、演者を演じて……。
「……スズ姉は」
「どうしたの?」
「スズ姉は、あの時思い出していたのか?そのことを……」
思い出すのは、オレを守るために身代を盗んだ時のこと。
グリーンは少し考えて、
「ちゃんとは思い出してなかっただろうね。でも……多分、気付いていたよ。自分は殺されるためにこのゲームに呼ばれたんだろうって。だからこそ、君を守ろうと思ったんじゃない?」
自分は絶対に死ぬ。だから弟だけでも守りたい。……スズ姉らしい考えだ。
「ボクから言えることはこれだけ。もうすぐでミニゲームの時間だし、あとは勝手に想像してなよ」
そう言って、グリーンは去ろうとした。
「待て」
「何?」
「お前は、オレ達の味方なのか?」
オレの質問にグリーンは「うーん」と悩み、
「どっちとも言えないかな?それも君達のご想像にお任せするよ。ただ、ボクはスズエさんの味方ってだけ」
それだけ答えて、今度こそ去っていった。
スズ姉の、味方……。だったら……あいつはただの「被害者」……?
「……シルヤ」
ランがオレの名前を呼んだ。振り返ると、
「その……人形のスズエの方に事情を聞いてみるとかは出来ねぇか?」
あぁ、確かに。あっちはサポート役を務めることになっていたと言っていたし、何か分かるかもしれない。
「じゃあ、ボク達はここで待ってるよ」
「ユウヤさんは来ないんすか?もしかしたら事情を知ってるかも……」
「……一応、あの映像を信じることにしたからね」
なんだかんだ、友人を信じたいのだろう。少し顔を歪ませながらもそう告げた。
どこか似ているよなぁ、スズ姉とユウヤさん。やっぱ、巫女様と守護者って似るものなのか?
「じゃあ、おまわりさん達は人形を棺に入れておこうかなー」
そうしてケイさん、ゴウさん、タカシさんは人形を運びに、オレ達は相談室に向かった。中に入ると、スズ姉ともう一人の女の子が出迎えてくれた。恐らく彼女がイルスアだろう。
「あ、シルヤにラン。来たんだな」
「ワタシ、紅茶淹れてくるね、スズちゃん」
イルスアは奥に入っていった。スズ姉はソファに座る。オレ達も続いて座った。
「どうしたの?何か用事?」
「あぁ、いや。ちょっと聞きたいことが……」
「聞きたいこと?」
私に分かることなら教えるけど……と彼女は悩んでしまった。
「グリーンのことだ」
ランが言うと、「アイトのこと?」と聞き返される。それにランは頷いた。
「その……ここ数か月であいつがどこか出かけたとか、あるか?」
その質問に思い出しているのか、スズ姉はうなった。
「基本的に、お客様が来た時は私が対応しているけど……あぁ、二回だけ。約二か月前に出かけていたね。確か、二回目の時はエレン兄さんのところに行くとかなんとか。一回目はどこに出かけるとか言わずに行っちゃってね。把握はしていないや。ただ、すっごく慌てて出かけていたね。その前に、本当の私がこのゲームに参加することが決まった、だから君はサポート役が出来なくなったとは言われたかな?」
だから、自分のことなんだろうって気付いたよ。
そう言ったスズ姉は少し辛そうだった。
「……あいつは、本当の私を守ろうとしていた。それに、お前達も救おうとしていた。だからこそ、私はあいつに協力しているんだ」
「………………そうか」
だから、恨んでいないのか……。皆を救い出す協力をしてもらうために作られたから。
「それにしても、どうしたの?」
「いや、ただ聞きたくなっただけだ」
「そう……まぁ、詳しくは聞かないよ。もうすぐミニゲームの時間だから、行っておいで」
あ、これ気付いているパターンだ。
すぐに分かったが、あえて聞かずにいてくれているのだ。ここは素直に甘えるべきだろう。オレ達はイルスアからもらった紅茶を飲み、相談室から出た。
皆と合流し、人形達の墓場に向かうとグリーンが立っていた。
「あ、来たね」
彼は相変わらずニコニコしている。だが、よく見ると……どこか、寂しげな雰囲気を出していた。
「それじゃあ、始めようか」
そう言って、グリーンが指を鳴らすと別のところに移動した。目の前には二つの棺。中に入っていたのはルイスマとシナムキ。どうやら二人共、気を失っているようだ。
「君達はシナムキを殺さないようにしてね」
ルールはこうだ。
人形達が入っていた棺とこの二つの計十個の中から、ルイスマを見つけ出すというものだ。選ばれた棺は下から貫かれるという。
「ちなみに、下のランプはヒントになってるよ。あぁ、でも君達はちゃんと情報収集も出来てなかっただろうし、スズエを貸してあげるよ」
そう言って、グリーンはAIスズ姉を渡した。
「……いいの?アイト君」
「もちろん。そっちの方が楽しそうだし」
「そうじゃないよ」
「……別に。もう、意味もないし」
彼女が何を言いたいのか分かったのか、グリーンから笑顔が消えた。
「早く終わらせようよ、スズエ」
「……分かった」
寂しそうにしながら、AIスズ姉は頷く。
――あぁ、そうだった。
彼らはオレ達が思う以上に、オレ達に肩入れしている。その分、処分される可能性も高いということだ。それが、心配だったのだろう。
そうして、ミニゲームが始まった。最初に選んだ棺は赤いランプがついた場所。
「赤いランプは人形だよ」
そう、AIスズ姉に言われたからだ。ルイスマとシナムキは人形……だから意味がないと思っていたのだが……。
グリーンが使ったヒントでは、緑のランプがついた。
「……え?緑の、ランプって……」
「人間、だよ。中に入っているのは」
なぜ?なんでそれが……。
「……そういえば、言っていなかったよね。
ルイスマとシナムキは、「人間」だよ」
「……は?」
「モロツゥに洗脳されて、ここに連れてこられた人間なんだ。もう、二十年以上前……「人工知能526」が、生まれる前のことだよ」
そんな……じゃあ、オレ達は……。
「……彼女達のためでもあるんだよ。シナムキはまだもとに戻ることが出来るけど……ルイスマは、もう元には戻れない。私達に出来ることは、早く楽にしてあげることだけだよ」
楽に、してあげる……。それしか、出来ない……。
「悔しいけど、これが現実だよ」
本当に、胸糞わりぃ……。他人の命を弄んで、挙句死者まで愚弄する。ランなんて、生きているのに死んでいると騙され、スズ姉に至っては無関係なのに持っている力のせいで巻き込まれた。
許せない。
モロツゥが。アイトや他の人達、兄さんと姉さんを弄んだ奴らが。
解放してあげたかった。だけど……今のオレに、そんな力はない。せいぜい、このゲームを終わらせるしか……。
結果的に、オレ達はこのミニゲームに勝った。そして、メインゲームのための役職カードを引かされる。
――オレは、怪盗だった。スズ姉を死なせてしまう原因となってしまった、あの忌まわしい役職……。
そして、このゲームを終わらせることが出来る唯一のカード。
(……オレは……)
今度こそ……。
オレはランを誘い、もう一度相談室に向かった。
「あ、シルヤ。また来たんだね」
スズ姉は寂しそうな笑顔で出迎えてくれた。気付いているのだろう。
「……メインゲーム、次で終わりだね」
「……あぁ」
「私も、参加はしないけど会場に行くことになったの。……一緒に行こうか」
それまでは、ここで幸福の時間を。
イルスアは悲しそうだった。
――スズ姉を殺すための舞台。
そして殺されても続けられたのは、本来彼女が参加しない予定だったから。もしくは、オレまで殺そうとしていたか。
まぁ、どちらでもいい。とにかく、今は皆を脱出させるために……。
「シルヤ、どうした?」
「いや、なんでもない」
ランに聞かれ、オレは首を横に振る。ランは「……そうか」と言葉少なに答えた。
――オレはランの役職を盗む。
なぜなら、彼が「身代」のカードを持っているから。彼は死ぬ気なのだろう。こんな、運任せのゲーム……絶対に、自分は死ぬだろうって。
でも……スズ姉の弟、なめるなよ?オレもスズ姉ほどじゃなくても、未来を見ることが出来るんだ。誰が身代か、なんてすぐに分かってしまう。
「……時間だね」
行こうか、とスズ姉は立ち上がる。オレ達もそれに続き、相談室から出た。
「イルスアちゃん」
「どうしたの?スズちゃん」
「……ありがとう」
なぜ最後にお礼を言ったのか、この時は分からなかった。
個室に入り、オレは画面を見る。カードをかさすと、誰の役職を盗むかという画面が出てきた。
オレは真っ先に、ランを選ぶ。予想通り、彼は「身代」だったようだ。
これで、このゲームを終わらせるための準備は済んだ。あとはオレが選ばれなければいいだけ。
そして、オレは己の最期の舞台に足を踏み入れた。
話し合いが始まる。オレは、スズ姉と同じように嘘をつくのだ。
「鍵番です」と。
それを、ユウヤさんが否定する。彼はオレが鍵番ではないと断定した。そしてフウが、鍵番だとカミングアウトした。さて、これでは誰が嘘をついているか分からないだろう。
そんな中、マイカさんがこぼした。「怪盗に盗まれた人は、結果が出るまで分からない」と。そして、ランとユウヤさんは気付いたらしい。オレが、「怪盗」であることに。
だが……もう、遅いのだ。どちらにしろ、オレは選べない。
そして……オレは、身代として一人、選ばれた。
「……シルヤ」
スズ姉はオレに近付いた。
「スズ姉、急にどう……」
「ごめんね、もう、時間がないみたい」
その言葉を理解するのに、時間がかかった。しかし、それでも構わずスズ姉は話していく。
「もうすぐで、私は電池切れになる。その前に、言わないといけないの。
――参加者の中には確かにモロツゥと関わっている人がいないけど……誰かの身内には、いる。そしてその人達が、本当の私をこのゲームに参加させるよう黒幕に言ったみたいなんだ」
「……え?それは、誰なんだ?」
「ごめ、ん……これ以上は、調べられなかった……ただ、複数人であることだけは確か……らしい……」
途切れ途切れになっている。電池が切れそうになっているからだろう。そして……きっともう、蘇ることはない。
「シルヤ……ありがと……最期にあなたを見ることが出来て、よかった……」
スズ姉がオレの方に倒れこんで、それきり、動くことはなかった。ただ、幸せそうにスズ姉は寝ていた。
「……それじゃあ、シルヤ君の処刑を始めようか」
グリーンのその言葉と同時に、首にわずかな痛みが走った。
「今、毒針を入れた。でも大丈夫。苦しくならないと思うよ」
そう言われている間に、オレはめまいに襲われる。確かに苦しくはないけれど、立っていられない。
オレは力なくしゃがみこんだ。ちょうど近くに壁があり、そこにもたれかかる。
「……すず、ねえ……」
今、そっちに行くからな……。
ありがとう、人形でもAIでも、守ってくれて。
オレは人形のスズ姉を抱きしめ、静かに目を閉じた。
「シル」
姉の声が聞こえ、目を開く。目の前にはスズ姉が笑顔で立っていた。周囲は花畑が広がっている。
「頑張ったね。えらいよ」
ほら、兄さんも待っているよ。
そう言って、スズ姉はオレの手を引いてくれた。しばらく歩いていると、エレン兄さんがオレ達に気付いたようだ。
「シルヤ。よく頑張りましたね」
エレン兄さんは近付き、頭を撫でてくれた。
オレは泣いた。ようやくきょうだいで過ごすことが出来るという事実が、うれしかった。そんなオレを、スズ姉は抱きしめてくれた。エレン兄さんは横から背を撫でてくれる。
――あぁ、やっぱ、オレは幸せ者だな。
こんなに優しい兄と姉に恵まれていたのだから。
それは、青年にとって思いもよらぬ結末だった。
まさか、弟の方が生き残るなんて。しかも、組織内に裏切り者がいたとは。
やはり、あの人形達は早急に消すべきだった。しかし、こうなってしまった以上もう既に意味がなかった。
スズエは自ら危険を冒し、内部情報を得た。アイトはこちらに協力するフリをして裏で動いていた。
嗚呼……おかげさまで、こちらの計画がめちゃくちゃだ。人間のスズエやシルヤ、エレンの身体はどこかに隠されてしまった。大方、ユウヤが連れて行ったのだろうが。
それを知っているであろうアイトも、自害してしまった。
「また、一から立て直しかなぁ」
青年は側近二人を呼ぶ。
「どうする?」
「……スズエの身体があれば、すぐにでも世界が滅ぼせたんですけどね」
女の方がそう告げた。男の方も頷く。
「成雲家のお嬢様は?」
「あちらは組織内の重鎮の不祥事の身代わりになっています。しばらくは使えないでしょうね。彼女の父親が偶然居合わせた彼女を身代わりに立ててくれなければ、あのバカ男は逮捕されていたでしょう。彼もモロツゥについていて助かりました」
「……はぁ。だから下手に不祥事を起こすなと言ったのに。お嬢様の弟も使えないんだろ?」
「そうですね。あちらの弟の方は別のことに使われているようですし」
全く……何のためにここに集まったんだが。
それにしても皮肉だと青年は思った。世界を守るための姫様達が、こうして世界を滅ぼすための道具として使われそうになっているとは。
――そういったことで言えば、ユウヤは邪魔だな……。
ユウヤは森岡きょうだいを守ろうとしている。死んだ後でさえ、その遺体を隠しているのだから相当だ。
それから、ランという青年も。まさか生きているとは思っていなかった。大方、アイトが指示を出して人形のスズエが偽物のビデオを作って見せてきたのだろう。見る人が見れば分かるように。そして何も知らないといった演技をすれば、簡単に騙されてしまう。彼もユウヤに協力するハズだ。
こうなれば……やはり、一から立て直す必要がある。どうやってユウヤとランを殺すか。スズエの遺体を奪うか。
「……ボクにとっては、バッドエンドだな」
青年の呟きを、二人の側近はただ無表情で聞いていた。
これで、シルヤ編は終了です。この後は後日談が少し残っています。
次はランが主人公になります。ここから物語が動き出していきます。それまで楽しみにしていてください。