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六章 つらくも優しい記憶

 オレ達はまず、ロビーに来た。そこには人形達含め、今まで犠牲になった人達の絵画が飾られていた。「悪趣味ぜよ……」とゴウさんが呟く。その言葉ももっともだ、いくら何でも悪趣味すぎる。エレン兄さんの絵画から目を逸らしつつ、オレは周囲を見渡した。スズ姉が処刑されている絵画はないようだ。それだけが、オレにとって唯一の救いだった。

 キナが、一つの絵画を見ていることに気付く。それを見ると、ベッドのようなものが内側に折りたたまれ、そこから血が飛び散っている絵画だった。恐らく、キナの姉のものだろう。

「キナ、見ないでいい。つらくなるだけだ」

 オレが彼女の肩に手を置くと、「……はい。それは分かっているんです」と頷いた。

「でも、お姉ちゃんは優しかったから……どうしても、忘れられないんです……」

「……そうか」

 大切な人ほど、忘れられないものだ。花に命を奪われたスズ姉……その時の光景が、今でも鮮明に頭に残っている。

(……会いたい)

 そして、謝りたい。気付かなくて、犠牲にしてしまって悪かったって。

 その時、後ろから足音が聞こえてきた。聞き覚えのある、しかしもうここにはいないハズの人の……。

「……シルヤ?」

 優しい、その声は。間違うわけがない。

 振り返ると、そこにはスズ姉の姿があった。あの時と、まったく同じ顔で。

「す、ず、姉……」

「……っ!?シルヤ!?どうした、泣いているのか?」

 スズ姉は心配そうな顔をしながら駆け寄ってきて、オレの肩を優しく掴む。

 よく見ると、姉の首にはあの忌まわしい首輪はなかった。服装も、わずかに違う。あぁ、彼女は人形、なのか。

 それでもよかった。もう一度、スズ姉に会えたのなら。

「何か、つらいことでも……。あぁ、あった、よね……」

「……っ。スズ姉、もしかして自分の処刑されている映像、見たのか?」

「……うん。私は人形だっていうのも、理解してるよ。私の方もいろいろあってね。それより、今はシルヤのこと。どうしたの?」

 そう言って、頭を撫でてくれる彼女はやはりスズ姉で。

「わっ!……こら、いきなり飛びついてきたら危ないよ」

 飛びついたオレを、スズ姉は優しく笑って撫でた。

「うー……スズ姉ぇ……」

「もう。いつの間にそんな甘えん坊に戻ったの?」

 困ったような、それでいてまんざらでもなさそうな雰囲気の姉にオレは懺悔する。

「……ゴメン、スズ姉。オレ、スズ姉守れなかった……」

「……あれは、私が勝手にやったことでしょ?シルヤが謝ることないよ」

「でも、それでスズ姉、オレの代わりに……」

 嫌でも思い出すのだ。あの時の光景を。

 本当は、死ななくてもいい、何ならこのゲームに参加しなくてもいい人だったのに。オレのせいで、死んでしまった。オレが殺したも同然だ。

「……シルヤ」

 名前を呼ばれ、オレはビクッと身体を震わせる。

「お姉ちゃんが、いつ、あなたを責めたの?」

「え……?」

「お姉ちゃんはシルのせいで死んだなんて、一言も言っていないよ。恨んでもいないんだ」

 恐る恐る顔を上げる。そこには、あの時と同じ、慈しみの目を向けているスズ姉がいた。

「むしろ、弟を守れたんだ。……本当の私も、後悔なんてきっとしていない。だから安心しろ。だって、あなたはお姉ちゃんの自慢の弟なんだから。もっと自信を持て」

「スズ、姉……」

「ほら、だからもうくよくよするな。お姉ちゃんはいつでも、いつまでもシルの味方だ」

 あぁ、やっぱりスズ姉は、オレが欲しかった言葉をくれる。笑って、背中を押してくれる。

「それでもつらい時は、いつでも頼れ。泣きたい時だって、胸くらいは貸してやるさ」

「――――……っ!」

 オレは、スズ姉のその言葉に耐えていた涙を流した。

「……しばらくは、泣いたらいいさ。そうやって、また前に進んでいけ」

 スズ姉はオレの頭に顎を乗せ、ぎゅっと抱きしめて、撫でてくれた。表情は見えないが、きっと姉の顔をしているのだろう。そのことに感謝する。

 そうしてしばらく泣いて、顔を上げた。

「ほら、ハンカチ」

「ん……」

 オレはそれで目を拭く。そして、疑問を抱く。

「そういや、スズ姉、なんで人形が……?」

 シナムキは確か、スズ姉の人形はないと言っていたハズだが。

「あぁ……私の人形はこれだけだよ。いろいろと事情があってね……」

 どこから話したものか……とスズ姉は考え込む。そして、

「私はもともと、このゲームの参加者じゃなかったって言うのは、シナムキから聞いたよね?」

「あぁ……二か月前に急に決まってどうのこうのって……」

 そこまでは聞いた。スズ姉は続ける。

「その代わりに、私はフロアマスター……まぁ、アイトのサポート役を務めるハズだった。まぁ、実際なら敵になっていたということだな。そのために、私は作られた。それが、去年の秋だったかな?だから、少し服装が違うでしょ?」

 確かに、ネクタイがリボンになっているし、オレがあげたアクセサリーもない。何なら包帯すら巻いていなかった。

「……って、え?フロアマスターの……サポート役?それに何でスズ姉が?」

「あー……フロアマスターやそのサポート役になる人形には条件があってね。そのうちの一つが「参加者ではない」というものだったんだ。その当時なら、私もアイトもその条件を満たしていた。だから選ばれたんだよ。ちなみに、私をサポート役にしたいと言ったのはアイト本人だ」

 あいつ……と思っているとスズ姉は続けた。

「私も、最初に作られた時は驚いたものだよ。その前の記憶があったからね。いきなり研究所なんて、どんなフィクションだと思ってたし。それで、アイトに事情を聞いてため息をついたな」

「えっと……敵になるハズだったってことは……今は違うの?」

 ユウヤさんが尋ねると、彼女は頷いた。

「そうですよ。急に本人が参加させられることになってしまって、サポート役は出来なくなって……基本的に、裏方に回っていましたね。あとはアイトの保護者になってました」

「保護者って……」

「時々かまってちゃんになるんですよ、あいつ……まぁ、それで本当はこうやって表に出てくることはないハズでした」

「どういうことだ?」

 ランが尋ねる。スズ姉は「結局、本当の私が参加することになったのは首謀者達の都合だからね」と答えた。

「確かに、二十一人の参加者がいた。でも、そのうちの一人が、ゲームが始まる前に死んでしまって、二十人になったんだよ。本当は、そのまま進むハズだったんだ」

「つまり、スズちゃんは……」

 ケイさんのハッとした表情に、スズ姉は続けた。

「二十二人目の、招かれざる参加者ということですね。ここら辺の詳しいことは、上の階のモニター室にいるアイト用の私のAIが知っていると思います。私が詳しく知っているのは、フロアマスターのこととゲームのことぐらいですから」

 本当に、サポート役として必要なことしか知らないのだろう。スズ姉は眉をひそめていた。

「ただ、アイトからは皆のサポートをしていいって言われているから、やってほしいことがあれば支障がない程度に出来るよ」

「グリーンから?」

 なんでだ?そんなことをしない方が有利だろうに……。それに気づいたのか、スズ姉は「私達と首謀者の目的は違うの」と言った。どういうことだ?

「……私とアイト、シナムキの目的は、「皆を生かすこと」だったの。だから本当は、最初の試練とやらの時も私達が助けに入ろうと思ってた。私達が担当だったからね。だけど……最初の試練の担当から外されたせいで計画が狂っちゃってね。結果的に、被害者がたくさん出てしまった。多分、私達の計画が首謀者達の耳に入ってしまったんだろうね」

 「あいつらの計画は人形の私でも胸糞悪いものだと思ってたからね……」と苦々しい顔をした。担当だったって……確かに、彼女達なら助けるつもりだっただろう。それだけ、首謀者はこのデスゲームに執着しているということだ。快楽殺人者か、それとも目的があるのか。

「……っと、そろそろ探索した方がいいんじゃない?話ぐらいなら後からでも出来るし、分からないことがあったらいつでも聞いて」

 確かに、そろそろ別のところも探索しないといけないだろう。その前に、スズ姉に頼みたいことがある。

「なぁ、スズ姉」

「どうしたの?」

「これ、解析出来るか?」

 オレは被害者ビデオをスズ姉に渡す。それを受け取り、「あぁ、これか。出来るけど……どうしたの?」と首を傾げられた。

 オレは彼女にしか聞こえない声で事情を説明する。

「あー……なるほどね。分かった、やってあげるよ。ここで解析しているから、夜時間にまたここに来て。あ、それとこれ」

 代わりに、スズ姉は地図をくれた。五階には個室と食堂、温泉があるようだ。夜、過ごすとなると五階になるだろう。今は十一時……十九時を目安に休むことにした方がいいだろう。

「リング場が隣にあるけど……そこ、罠が仕掛けられてるからね。一応、私が担当していたから首謀者側に気付かれないように簡単にしてるけど」

「それならいっそ解除していてほしい……」

 オレが苦笑いを浮かべると、スズ姉はため息をついた。

「私も、所詮はあいつらのルール内でしか動けないからね……ったく役から外したんだから自由にしていいだろ、あいつら……」

 ……超がつくほどの味方だ。なんでここまでしてくれるのか。

「……シルヤの言いたいことは分かるよ。それは後で教えてあげる」

 スズ姉は笑って、ソファに座りパソコンを使う。どうやら解析するようだ。

「スズ姉ちゃん!」

「……ん?あぁ、えっと……確かフウ、だったな」

 フウが駆け寄ってくると、スズ姉は思い出すような素振りをした後、彼の名前を呼ぶ。どこか戸惑っているような雰囲気だった。

「その……私達はここにいるから……」

 レントさんがそう言ってロビーの探索をする。フウはスズ姉の隣で「あのね!」と話していた。まぁ、確かにあの様子じゃ引きはがすのもな……。

 攻略法を聞き、オレ達はリング場へ向かった。本当のことを言っていたらしく、すぐに解くことが出来た。

 水が流れてきていたせいか、ふと寒さを覚え「それにしても……寒いな」と思わず口をついて出てしまった。

「確かにそうだな。寒い」

 すると、ランはそう頷いた。確かに息も白くなっている。

 しかし、他の人形達は首を傾げていた。……あぁ、スズ姉の言っていたことは本当だったんだと思い知った。

 その後、オレ達はロッカー室に着いた。不意に、天井を見ると、そこには――血がついていた。

 ――待ってくれ、これってもしかして……。

 小さい頃、スズ姉がポツポツと話したことを思い出す。もしかして、これはばあちゃんの……血、なのか……?

 本物のスズ姉がここにいなくてよかった……と思いながら、オレ達はここを後にする。


 十九時になり、一旦休憩しようということになった。オレはランと一緒にロビーに向かい、スズ姉に会う。

「スズ姉、どうだった?」

「シルヤの言う通りだったよ」

 これ、返すねとスズ姉はCDを渡した。

「なぁ、シルヤ。これ、なんだよ?」

「話していいなら、話すけど」

 ランの質問にスズ姉は聞いてきた。オレは「……あぁ、話そうか」と頷いた。

「これは被害者ビデオだ。ラン達が殺された時の映像」

「な……!そんなもん、なんで……」

「オレだって、好き好んで見たくねぇよ。でも、理由があってな」

 オレは誰もいないことを確認して、告げた。

「お前、生きているんだって本当のスズ姉が手紙に遺してくれてたんだ。だから、解析を頼んだ」

「……は?」

「ラン、私の手首を触ってみろ」

 スズ姉は自分の腕を戸惑っているランの前に出した。ランは恐る恐る、手首に触れる。

「どうだ?私から脈打っているような動きを感じるか?」

「……いや」

「お前の手首を触ってみたらいい」

 その指示に、ランは自分の手首を掴む。

「……うごい、てる……」

「人形は、鼓動がない。飲食もしないし、暑いだとか寒いとか分からないんだよ。痛みや触覚とか、人間みたいに感じるところはあるみたいだけどね」

 つまり、彼は……人間、ということだ。

「……そう、だね。二人には話しておこうか」

 座りなさい、とスズ姉は端に寄る。オレ達は頷き、座った。

「……さっきも言った通り、私もアイトも、所詮はルールの中でしか動けない、ただの「操り人形」だ。特に私は役から外されている。だから本当は、こうやってお前達に関わることは許されないんだ」

 それはつまり、スズ姉はルールを破ってしまっているということだ。

「多分、私は……もしかしたらアイトも、お前達がここのフロアを抜けたら壊されるだろうね。だから、そうなる前に伝えるんだ」

 彼女は真剣な瞳で、オレ達を見つめた。

「本当は、怪盗カードはこの階から使用されるハズだった。なぜなら、怪盗が身代を引けばこのゲームが終わるという裏のルールがあるから。でも、最初のメインゲームに怪盗カードがあったのは、奴らの気まぐれだ。だから、最初のメインゲームの怪盗カードではこのゲームは終わらなかった。

 ――だから、このゲームが終わるためには……怪盗が、身代を盗んだうえでその怪盗が選ばれないようにしないといけない。そうしないと……このゲームは最後の一人になるまで終わらない」

 ただ、その身代を盗んだ怪盗は死んでしまうけどね、とスズ姉は悔しそうに告げた。つまり、一人を犠牲にして皆を助けることが出来る……ということだ。

「どうするかは、お前達が決めたらいい。私はあくまで中立的な立場だ。こうやって情報を教えることは出来ても、お前達の行動を止める権利も、アイトの行動を止める権力もない」

 オレ達は俯く。この情報はかなり、重要なものだったからだ。

「他にも聞きたいことがあるなら答えるよ」

 そんな重い雰囲気を吹き飛ばすように、スズ姉は笑った。

「……そういや、スズ姉。フウが駆け寄ってきた時、少し戸惑っていたよな?」

 そのことを思い出し、オレは尋ねる。スズ姉は「あぁ……」と何を言うか少し考えて、

「他の参加者の情報に関しては既にインプットされているんだけど……フウのだけはほとんどないんだ」

 そう答えた。

「どういうことだ?」

「他の人達は生まれた時からの経歴をインプットされているの。ランのものも入ってる。だけど……フウのだけはこの二、三年の経歴しか入っていないんだ。だから自信がなくてね」

「マジか……」

 そこまでインプットされているというのもすごいが、そんな中でフウのだけがほとんどないというのもある意味すごい。

「容量が足りなかったのか?」

「足りなかったら、そもそもここまでの記憶も保存されないと思うよ?と言うより、それなら本来の参加者じゃない「森岡 涼恵」のものをインプットさせないだろうし。純粋に、情報がないだけなんだと思う」

 それもそうか。だけど、そうだとしたらフウは何者なんだ?

「参加者の中にモロツゥ側の人間はいないし……独自で調べてみたんだけど、やっぱり経歴は不明なんだよね」

 ……フウはスズ姉に似ている。まさかとは思うが、そんなことはあり得ない。

「あ、そうそう。フウのことで思い出したけど。彼、自閉症らしいね。だから接し方には気を付けてあげてね」

「自閉症って、確か……」

「他人とのコミュニケーションが苦手だったり、こだわりが強いものだね。ただ、記憶力がよかったり一部の勉強が異様に出来たりすることもあるみたい。多分、あの服装だったりネコちゃんのクッションを持っているのはそういったのが理由なんだろうね。あれがないと緊張するのかも」

 なるほど……。それなら気を付けないといけないな。

 こうして話していると、スズ姉を一緒に過ごした日々を思い出す。

「……ありがとう、スズ姉」

「どうしたの?急に」

「何となく言いたくなっただけだ」

 不思議そうに見ていたが、スズ姉は深く聞いてこなかった。

 不意に、ランがスズ姉をじっと見ていることに気付いた。

「どうした?ラン。スズ姉に惚れたのか?」

「な、ち、ちが……!」

 おー、分かりやすい。スズ姉は全く分かっていないみたいだけど。

「ラン、顔が赤いぞ?熱でもあるのか?」

「なっ、なんでもねぇ!」

「そうか?」

 典型的なイケメンイベントだー。まさか生で拝めるとはなー。

 ランとかユウヤさんだったら、すぐに認めるけどなー。

「それじゃあ、今日はもう休んだ方がいいよ。何なら、寝るまで歌でも歌ってあげるよ」

 しれっと送っていこうとするその姿はまさにイケメンそのものだ。オレが弟じゃなかったら惚れてたぞ……。

 さすが、無自覚モテ女だ。高嶺の花だ。人形になってもなお、それは変わっていない。そのことにオレは安心した。


 朝時間、起きるとスズ姉が「おはよう」と笑いかけてくれた。ランは既に起きていたようで、スズ姉が使っているパソコンをのぞき込んでいた。

「ラン、いつの間に仲良くなってたんだ?」

 ニヤニヤすると、ランは「い、いや、だから早く起きたから……」としどろもどろになる。ここまで挙動不審になっているのに、スズ姉はやはり分かっていない。こういう鈍感なところはやはり姉だ。

「あぁ、一応エレベーターを使えるようにしていたんだ。ある程度の罠も解いているよ。それから、さすがに相談室が開くシステムがちょっといろいろアウトだったから、アイトとイルスアちゃんに聞いて解除しておいた」

 相談室……?とオレは地図を見る。どこだ……?

「この、手を繋いでいるプレートだよ。見て分かる通り、ペアで手を繋いで入る部屋なんだけど……」

「……あー……」

 ……確かに、年齢差とか性別の関係だとかでちょっと……となる。まぁ、スズ姉は全く気にしないだろうけど。

「私は基本的に、この相談室にいるよ。何かあったら呼んでくれて構わないから」

 そう言って、スズ姉はパソコンを置いて相談室に向かった。

 一度食堂に集まり、そのことを伝える。

「じゃあ、スズちゃんの人形は相談室にいるんだね」

「そうっす」

「じゃあ、後で行くニャン!」

 フウがピョンピョンと跳ねながら笑った。本当にスズ姉によく懐いているなぁ……。

 オレ達はエレベーターに向かう。どうやら上の階だけならいけるようだ。

「どちらに乗ります?」

 聞くと、「俺は左に乗るぜ」とタカシさんはそっちに乗った。オレは右に乗る。すると皆なぜかこっちに来てしまった。

「おい!こっち来いよ!特にそこの銀髪!お前ペアだろうが!」

「嫌だよ。男二人だけって」

 しかし、さすがに狭いっすよ、ユウヤさん。

 オレはため息をつき、左のエレベーターに乗った。

「これでいいですか?」

 必然的に、ランはこちらに来る。ユウヤさんも渋々来てくれた。まぁ、これでどうにかなっただろう。

「はぁ……シルヤ、お前いい奴だな……野郎だけってのに……」

「いえ、どちらにしても狭かったので」

 エレベーターに罠がないかスズ姉のパソコンで確認しながら、上がっていく。しかし無事にどちらも着いたようだ。合流し、六階を探索する。

 最初に来た場所は、会社の一室のようだった。パソコンがつくようで、電源を入れると――なぜか、スズ姉の情報が出てきた。

(……え?)

「これは……!」

 レントさんが挙動不審になる。それを見たタカシさんが彼の胸倉を掴んだ。

「お前、何か知ってんのか!?」

「そ、その……!」

 オレはスズ姉のデータを失礼ながら見る。

「……去年の身体測定と大体あっています」

 ついでに、オレのデータも出てきたので見たがそちらもほぼ正確だった。去年のデータなので、僅かな違いは仕方ないものと割り切るにしても。

「オレ達の共通点、ねぇ……見ている限り、何もないように思えるんだけど……」

 オレ達のところのように家族関係が複雑なところが多いが、関係ないようだし。そもそもスズ姉はもともと参加するハズじゃなかったというところを考えると、他に理由があるだろう。

(……ん?)

 名前の下に丸バツが書いてあることに気付いた。スズ姉のところだけ、バツがついている。それ以外は丸で、最後の空欄にも丸がついていた。

(これが、本来の「二十一人目」……)

 慌てていたのか、消し忘れているところもある。

(虐待を受けていた……三年前に死亡……)

 ……なんでこんなところだけ残して……。

 いや、待て。もしかして……。

 個人情報の管理をしていたのは、スズ姉の人形なのか?これはオレ達に何かを伝えたいから……?

 あの姉なら、あり得る話だ。でも、スズ姉の人形が作られたのは去年の秋頃……三年前に殺された参加者のことなんて、どうでもいいハズだ。それなのになぜ……?関係者でもない限り、こんなことはしないだろうに。

 なんて、そんなことを考えている暇はない。次に来た場所は、本棚がたくさん置いてある場所だった。ここは図書室、だろうか。ところどころ隙間がある。一度通り過ぎ、次の場所に来た。

 そこは教室だった。机の上にスズ姉のものによく似たカバンが置いてある。

「これは……」

 中身を確認すると、そこに入っていたのは――花のブローチ。スズ姉が、つけていたものと同じものだ。

「……ほんとに、趣味わりぃ」

 オレは震えながら、それを優しく包む。

「なぁ、それは……?」

 ランが聞いてくる。ケイさんが「ラン」と止めるが、

「いえ、大丈夫っよ。これは、あいつ……スズ姉の、形見なんだ。これは、オレが誕生日の時に渡したものなんだよ」

 ――ありがとう、シルヤ。大事にするね。

 そう言って、笑ったスズ姉を思い出す。あの日々が、ずっと続くと思っていた。

「……本当に、姉貴に恵まれてたな……」

 何を渡しても喜んでくれた姉は、倍にして返してくれた。今回だって、死と引き換えに命を守ってくれた。そして人形でも、こうして守ってくれる。

「シルヤ君」

「大丈夫っすよ。ちゃんと、前を向いて歩きます。スズ姉に、言われたから」

 くよくよするなと。前を向いて歩けと。その言葉が、オレの背を押してくれる。

「そう……。強いね、シルヤ君は。ボクは兄が殺された時、そうなれなかったよ」

「……ユウヤさんにも、兄貴がいたんすか?」

「うん。君達と同じ、双子の兄がね」

「そうだったんですね……」

 その兄が亡くなったのが、小学生の時だったらしい。両親は放任主義で、兄弟同士の方が話しやすかったようだ。性格は真逆だったが、それでも仲がよかった。亡くなった後、落ち込んでいる時に寄り添ってくれたのがその時に出会ったエレン兄さんだったらしい。

「本当に、君達きょうだいは似ているよね。傷ついた人に寄り添って、支えてくれる……」

「いえ、オレはただスズ姉の真似をしているだけで……」

「ううん。そういうのって、簡単には出来ないんだよ」

 そう言って、ユウヤさんは本当の兄のように頭を撫でてくれた。

 モニター室に向かうと、一つ小さいモニターが目に入った。

(なんだろう、これ……)

 何気なくつけると、

「ひゃっ!?」

 なんと、私服姿のスズ姉が映ったのだ。これは……。

「あ、シル……?」

「えっと……人工知能ってやつか?」

「い、一応そういう理解で大丈夫だと思う……」

 少し内気な性格なのか、しどろもどろになっている。そういや、モニター室にAIのスズ姉がいるって言ってたな。

 ……なんというか、幼い気がする。昔のスズ姉っていうか……。

「あの、言動がオリジナル?より少し幼い気がするんだけど、理由は分かる?」

 ユウヤさんが尋ねると、AIスズ姉は「うーん……」と考え込み、

「なんかの事件がなかったら、こんな風に育っていたんだろうなって、アイト君は言っていたよ?私は、そのことについての記憶はないから何か分からないんだけど……」

「事件……」

「ユウヤ君は何か知ってるの?」

「ぐっ……!」

 AIスズ姉のその呼び方に、ユウヤさんは胸を押さえた。まぁ、あれは……本人を知っていたら破壊力抜群だもんな……。

「どうしたの?」

 しかし純粋なAIスズ姉はよく分かっていない。さすがスズ姉、期待を裏切らない……。

「えっと……知らなくていいってことだ、スズエ……ちゃん?」

「そう?それならいいんだけど……ラン君、だったよね?」

 ランが膝をついてしまった。

 やめてあげてこれ以上は……!

 あまりの可愛さにマジで死者が出てしまう。ただでさえギャップ差が激しいんだから。

「えーと、シルヤ君。もしかしてあれがスズちゃんの本来の性格……?」

「……そうっすよ。ギャップ差が激しいっすよね」

 ケイさんの質問にオレは頷く。この性格から、あのクールな性格になるのだから。人間何があるか分からない……。

「へぇ、かわいいじゃねぇか」

 タカシさんはモニターに近付いた。

「……えっと、タカシ君、でいいの?あ、でも大人の人だから、タカシさん、だよね」

 ちょっと待ちなさい。ユウヤさんも大人の人なんですが。確かに童顔だけど。それともあれか?二十歳までは「君」でオッケーって教えか?

「……………………」

 動かなくなったタカシさんに、レイさんが状況を確認した。

「……気を失ってる」

 まさかボクサーまでもその可愛さにやられてしまうとは……。幼いスズ姉、恐るべし。

「かわいいー!このスズちゃん、持ち帰っていいかな!?」

 マイカさんがモニターを持とうとすると、

「だーめ。このスズエはボクのなんだから」

 どこから現れたのか、グリーンがAIスズ姉のモニターを抱えてそう告げた。

「アイト君。どうしたの?まだ夜時間じゃないよ?」

「スズエの声が聞こえたから、もしかしてって思ってね。いじめられてたの?」

「いじめられてないもん。シルとしゃべってるだけだもん」

 実際、本当にそうなんだよなぁ……。

 何ならこちらの方がやられていた節まである。しかもまたやられている人がいるし(ケイさんとレイさん、それからマイカさん)。多分、子供っぽい言動がグッと来てしまったのだろう。

「こ、これが……ギャップ萌えというものか……」

 最初にやられていたユウヤさんがようやく立ち上がった。何か口走っている気がするが、言及するのはやめておこう。彼の尊厳のためにも。

「かわいいでしょ?」

「持って帰りたいぐらいにはな」

 ランがそう言った。ゴメン、オレもすっごく羨ましいと思う。マジで持って帰りたい。可愛すぎる。

 というより変なこと口走らないでくれ。頼むから。オレの中で皆のイメージが変わっちまうから。

「でもダメ。このスズエはボクのなんだから」

 ……そういえば、人形のスズ姉が「アイト専用のAI」と言っていたような……?

「アイト君、どうしたの?なんか、寂しそう……」

「何でもないよ、スズエ。いじめられたら呼ぶんだよ」

「え、あ、うん……」

 言うだけ言って、グリーンはどこかへ行ってしまった。

「えっと……スズ。ちょっと聞いてもいいか?」

 分かりやすいように、このAIスズ姉は「スズ」と呼ぶことにする。

「うん。別に構わないよ?」

「このゲームには、本当は何人集められる予定だったんだ?」

 オレの質問に、AIスズ姉は「えっと……確か……」と考えて、

「男性が十三人、女性が八人の計二十一人、だったハズだよ?どうしたの?」

「その……二十人になったっていうのは知っているか?」

「……うん。アイト君が泣きながら言ってたもん。「本当は二十人で行われるハズだったのに、本物の君を巻き込んでしまってゴメン」って」

 その言葉に、少し違和感を覚える。

「……なぁ、その、本来の二十一人目って誰か、知ってるか?」

 尋ねると、画面越しの姉は目を下に向けた。

「……知ってる、けど……教えられない。口止めされているもん。でも、シルも知っている人だよ」

 オレも、知っている人……?それに、誰に口止めを……?

「ごめんね。参加者達に個々人のことを私から教えることは許されていないの。許可が出るか、参加者じゃない人達になら教えてあげることが出来るんだけど……。参加者かどうかは分からないけど、ここに個人情報はあるから見たらいいよ」

 そう言って、AIスズ姉はファイルを開いてくれた。

 そのファイルは、明らかに参加者じゃない人達を含めた、たくさんの人の情報が入っていた。

「……見きれねぇよ……」

「……だよねぇ……なんか、モロツゥが集めたものみたいで……」

 うなだれるオレに苦笑いを浮かべるAIスズ姉の腕に、ファイルが抱えられていることに気付いた。

「なぁ、スズ。その腕のファイル、なんだ?」

「えっ!?だ、ダメ!これはアイト君に絶対死守するように言われてるの!」

 ガバッ!と隠すように抱える。……そんなことされたら、見たくなってしまうのが人間というものだ。

「へぇ、そんなに大事なものなんだな?」

「え、し、シル?なんでそんな怖い笑顔をしているの……?」

 AIスズ姉が怯えたような表情を浮かべる。

「これは無理やりにでも見させてもらおうかな?」

「だ、ダメダメダメ!シルでもダメなの!」

「さーて、何が隠されてるのかなー」

「わー!アイトくーん!」

「はいはい呼ーばーなーいー」

 オレは涙目になっているAIスズ姉からそのファイルを奪い取る。わーわー言っているスズ姉が新鮮だ。

 そのファイルの中身を確認すると、

「えっと……。…………」

 ……ポエムが書かれていた。しかもほぼスズ姉に対するもの。小説もあり、そっちはその……恥ずかしい内容だ。とても口に出せない。

「うぅう……!アイト君に怒られる……!」

「……スズ、この内容は知ってるか?」

「え、いや、見るなって言われてるから知らないけど……」

「……そうか……」

 よかった。いくらAIでも、スズ姉にこれを見せていたらぶん殴りに行くところだった。

「な、何が書かれ」

 プツンと電源を落とす。

「いや、何があったんだよシルヤ!?」

「オレは何も見ていない恥ずかしいポエムだとか小説だとか見ていないうんオレは見ていないんだ」

「本当に何が書かれてたんだ!?」

 耳まで真っ赤な自信がある。めっちゃ恥ずかしかった。弟だからこそ、姉に対するあんな内容は見られない。誰かこの弟心を分かってくれ。

 ランが電源をつけると、AIスズ姉は画面の端からのぞき込むようにこちらを見ていた。

「……ら、ラン君?」

「そう怯えないでくれ」

「うぅうう……!そ、その……私の方も、答えられることなら答えるから……さっきの、アイト君に言わないで……」

「あぁ、うん。シルヤがあんな調子だし、まぁ言わねぇけど……」

 ジーッと小動物のように純粋な瞳で見ている。しかし心を開いたのか、恐る恐る出てきた。

「それで、その……何について聞きたいの?」

「あー、その……参加者の共通点って、なんだ?」

 それは気になっていた。すると彼女は「聞かされていないの?」と驚いた様子で聞いてきた。

「まぁ、それに関しては教えるなとは言われていないからいいけど……。これ、見たことない?」

 AIスズ姉は画面に「同意書」と書かれたものを映した。

「これ……!」

 見覚えがある。いや、見覚えがあるどころではない。オレはそれに名前を書いた。

「これに署名した人が参加するって言ってたよ」

「……スズ姉は、書いたのか?」

 気になって尋ねると、AIスズ姉は首を横に振った。

「ううん。本当の私はこれに書いてない。その証拠にほら」

 今度は別の画面が映し出された。そこには参加者の名前と、同意書の有無が書かれていた。

「これね、二か月前に更新されたの。書いていないのが分かるでしょ?」

 ……確かに、「森岡 涼恵」と書かれた隣の同意書の有無に関しては「無」と書かれていた。つまり、スズ姉は……書いていない。

「まぁ、本当の私もアイト君とは去年、一度だけ会ってるんだけどね。私が把握している限りでは、だけど」

「そうなのか?」

「シルも会ってるハズだよ。アイト君、「久しぶりにシルヤ君とスズエさんに会えるんだ」って喜んでたもん」

 そうだったか?よく、覚えていない……。

 「もしかして、覚えてないの……?」と聞かれ、オレは頷く。

「……確かに、ここには記憶を消す機械があるけど……いつ、持ち出されたの……?」

「どういう……」

「ここにはね、いろいろな機械が置かれているの。人形に本人の記憶を埋め込む技術だとか、その記憶を読み取る機械だとか。もちろん、不都合な記憶だって、消すことが出来る機械もあるの」

 そんな、フィクションみたいな……と思うが、こうして同意書を書いたのにどんな経緯で書いたのか覚えていないのだから、信じるしかないだろう。

「誰にだってね、願いっていうものはあるものなの」

 不意に、AIスズ姉は大人びた雰囲気で話し出した。

「私が「森岡 涼恵」として生み出されたのだって、アイト君の願いがあったから。私は彼に「自由」と「愛」を教える役目を背負った」

「どういう……」

「もともと、私は「人工知能526号」と呼ばれていたの。こういった情報を管理するだけに生まれた存在。姿も性格も、こんな感じじゃなかったし。でも、アイト君と接するという役目を持った私は「森岡 涼恵」という少女の姿をかたどったAIになったの」

 人工、知能……。

 つまり、オレ達が生まれるずっと前から……このゲームは計画されていた。でも、どんな理由で……?

「ここからは、私から聞いたって言わないでね?」

 そう前置きをして、AIスズ姉は答えた。

「モロツゥはね、この世界を壊そうとしている。そしてそのために、私達きょうだいの力を利用しようとした。私達のこの力は、成雲家のお嬢様が持つ力と同じように世界をも滅ぼすような力だから。多分、エレンお兄ちゃんが生まれた時に、思いついたんじゃないかな?誰が言い出したかは私も分からないけど……私が生まれた時には、既に計画が立てられていた」

 エレン兄さんが、生まれた時……。兄さんも、オレ達と同じ力を使えるとユウヤさんが言っていたから、あり得る話だ。

「それ以上のことは、私もよく分からない。私より前に生まれた人工知能なら教えられていたのかもしれないけど……」

「他の人工知能は……?」

「もう、ないハズだよ。私しか残っていない。奴らにとって、私は「最高傑作」らしいからね。こっちからしたらたまったものじゃないけど……」

 苦々しく、彼女はそう言った。あぁ、AIスズ姉も感情があるんだな……。

 そういえばと尋ねてみる。

「そういや、スズはフウって知っているか?」

「ふう……?」

「ぼくだにゃ!」

 オレがフウを持ち上げると、AIスズ姉は驚いたようで、

「シルが二人いる!?」

 そんなわけの分からないことを言ってきた。

「オレじゃねえよ!」

「え、じゃあ、シルの子供?」

「年齢が合わないだろ……」

「だ、だよね……。えっと、フルネームは?」

「珠理 風だにゃ」

 フウが伝えると、「えっと……そんな名前の子、いたっけ……?」とファイルを見始める。

「記憶にないのか?」

「うん……私のところにはインプットされていないね……。ついこの間更新されているから、新しい情報もあるハズなんだけど……フウ君の情報は、ほとんどないみたいだね」

 どこにあったかな……?とファイルの中をガサガサ探し出した。そんなにないのか?

「たーまーりーふーうー……あ、これかな?でも、ここ三年間の記録しかないね……一応、確認ね?フウ君は今、十二歳?」

「うん」

「えっと……三年前に、珠理家に引き取られた……これも合ってるかな?」

「うん……」

「でも、それより前の記録がないね。心当たりはある?本当のご両親とか」

「……多分。でも、あまり話したくないニャ……」

「……そっか。なら、無理やり聞くわけにはいかないね。少なくとも、モロツゥ側の人間は参加者の中には絶対にいないし」

 裏を返せば、モロツゥ側の人間がいた場合は問い詰めていたということか……。

「……あ、あの」

「どうしたの?」

「あ、あとで、話、聞いてほしいニャ……」

「……みんながいない方が話しやすいこと?」

「うん……多分、皆混乱するから……」

「分かった。……シル、そこのモニター、あるでしょ?」

 不意に指名され、大きなモニターを見る。下には当然ながら、それを操作するためのキーボードがあった。

「それに、首輪の管理システムがあるハズだよ」

「え……!?ホントか!?」

「うん。……でも、操作出来るのはペア解除だけだと思うよ。他のパスワードは私もよく知らないの」

 どこかにヒントはあるかもしれないけど……アイト君のことだし、とAIスズ姉は呟く。オレが見てみると、確かに首輪の管理システムがあった。パスワードがかかっているが……。

「526がパスワードだよ」

「了解」

 言われた通りの数字を入力すると、何かが解除された音が聞こえた。どうやらこれでペア解除が出来たらしい。

「それから、隣にある人形部屋の人形達も使ってね。そうじゃないと、たくさんの人が死んでしまうの」

「え、どういう意味だ?」

「次のミニゲームはね、ロシアンルーレットなの。指定された人数だけ人形達が入っていた棺の中に入って、どこに敵の人間が入っているかって当てるゲーム。もちろん、その棺が選ばれたら中の人は死ぬ。それは嫌でしょ?」

 ……スズ姉って、割と協力的なんだな……アイト用というのなら一応、敵側なのに。

「……私だって、死んでほしくないの。生存者にも、人形達にも。だって、皆「生きている」んだもん。たとえ壊されたとしても、皆を守れるならそれでいいよ。多分それは、アイト君だって同じだと思う」

 壊される……そうか、そのリスクを背負って教えているのか……。自分が殺されるかもしれないって……。

「怖く、ないのか?死ぬかもしれないのに」

「怖いよ。すっごく怖い。本当は死にたくない」

 即答だった。そうか、このスズ姉には恐怖があるのか。

 本当のスズ姉も、きっと……怖かったのだろう。自分では感知出来なかっただけで。でも、最期まで……笑っていた。

「でも、皆が死ぬことの方がもっと怖い。私は本来、ただの「人工知能」。生まれてくるハズのなかった存在なんだから、私が死ぬのが道理でしょ?でも、皆は違うの。皆は誰かに望まれ、愛されて生まれてきたんだ。たとえどんな環境で育ったとしても、人間って最初はそんなものなの。そうじゃなければ、きっと生まれてこなかった」

「…………」

「シル。私はね、「生きろ」なんて言わない。だって、遺された方にとってはそんな言葉、ただ辛いだけの、呪いの言葉だから。死にたいって思ったっていい。泣いたっていい。たまには弱音も吐くだろうね。どんなことがあってもいいんだ。「自分の信念を貫け」。ただ、それだけでいいんだ。それだけで、あなたに託した人達は報われるんだよ」

 AIスズ姉はモニター越しに手を出す。オレはそれに自分の手を重ねた。

「大好きだよ、シル。きっと、本当の私だってそう思っているし、ずっとあなたを見守っているよ。だって、あなたはお姉ちゃんの、自慢の弟だもん」

 だから、そんなに泣きそうな顔をしないで。

 穏やかなこの少女はやはり姉だった。昔のような柔らかい雰囲気になっただけで、本質は全く変わっていない。

「……オレも、大好きだ、スズ姉。姉さんは、オレの最高の姉弟だ」

 そう言って涙を流すオレを、ユウヤさんとランは撫でてくれた。

 確かに、スズ姉が死んだ時はつらかった。この身が引き裂かれるぐらい、痛かった。だって、オレ達は二人で一つだったから。

 でも……優しい記憶が、オレを支えてくれる。それだけで、どれほど救われたか。

 優しい歌声が聞こえてくる。オレもそれに続いて、言葉を紡ぎ出した。

「いつか失い奪われても その絆は途切れることはない だって悪い人なんていないから」

 その歌詞が、胸に深く刻んだ。

 そう、誰も悪い人はいないのだ。アイトも、ただの犠牲者で。皆、生きるために必死なだけなのだ。それを……モロツゥは楽しんでいる。

 なら……終わらせよう。悲劇しか生まないこのゲームを。

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