四章 それは毒のように身体に染みる
『参加者の皆さんは、三階に上がってきてください』
その放送が流れ、オレは重い足を引きずって階段を上る。
その先には、まるでホテルのようなロビーが広がっていた。「よく来たな」と少年のようなオレンジ色の髪の人形が声をかける。その隣には水色の髪の女性人形。
「オレはナシカミ。こっちはシナムキ。ここのフロアマスターだ」
「そ、その……ワタシ達以外にももう一人、おられまして……。「モリナ」という、受付人ですが……」
モリナ……受付人、か……。
どうやら今度はゲームでチップを集めなければいけないようで、個室をあげるからそれを明日から四日でやれということらしい。
……四日。長いような短いような。
まぁ、文句を言える立場ではないか。今は皆を守ることに集中していなければいけない。兄さんと姉さんに、託されたから。
オレ達は与えられた個室で休息した。が、眠ることが出来ない。こういう時、スズ姉のところに行ったら一緒に寝てくれたのにな……。
そんなことはもう出来ないので無理やり寝ようとするが、意味をなさない。諦めてロビーに行き、ソファに座る。本棚があったので、そこにある本を読む。
それは脳や記憶について書かれたものだった。スズ姉なら、分かったのかな……。
読み終わり、こうしている時間がもったいないと探索をした。
「おや?」
不意に後ろから男性の声が聞こえ、振り返る。そこにはひげを生やした黒髪の男性が立っていた。
「あなたは……エレンの本当の弟ですか」
その質問に黙っていると、肯定ととらえたらしい。
「初めまして。エレンの義父です」
「……初めまして」
「あぁ……エレンによく似ている……」
恍惚とした雰囲気に、オレは震える。こいつ……オレ達を「道具」としか見ていない……。
そもそも、ここにいる時点でまともな人間ではないか。ここにスズ姉がいないことだけが幸いか。
「あの子があなたを守りたいと思う気持ちが分かりますね……あなたが女性ならば、もっとよかったのに……」
冷や汗を流しながら後ずさりすると、一歩詰め寄られ……それを繰り返していると、
「ねぇ、何しているの?」
緑のニット帽に赤色のマフラーを巻いた男性……ユウヤさんがオレの前に出た。
「あぁ、あなたは……あの忌まわしき「守護者」の……」
「悪いけど、これ以上彼に近寄らないでもらおうか」
ユウヤさんがそう言うと、「人ならざる血を引いているくせに……」と舌打ちして立ち去った。それを見送ったユウヤさんはオレの方を見た。
「大丈夫だった?シルヤ君」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます。その、「守護者」ってなんですか?」
あいつが言っていた言葉を尋ねると、ユウヤさんは一度黙って、「……君は、自分がとある巫女の血を引いているってことは知ってる?」と聞き返された。
「……いえ、知りません」
そんなこと、初めて知った。ユウヤさんは「君のお母さんは、何も言わなかったんだね」と一つため息をついて、説明した。
「君達きょうだいに流れる巫女の血……「祈療姫」って言うんだけどね、その人が神の血を引いていて不思議な力を使えたんだ。そして君達末裔に、その力を使える人が生まれると言われている」
その言葉を聞いて、オレは目を見開いた。心当たりがありすぎたからだ。
「……その、力って何ですか?」
違うと、そうじゃないと言ってくれ。
しかし、その祈りは通じなかった。
「己の血で他人の怪我を癒したり、未来を見ることが出来る力だよ」
「…………」
それは、まさにスズ姉に当てはまっていた。
「……それ、スズ姉持っていたっす……」
正直に言うと、ユウヤさんは分かっていたように小さく笑った。
「……そうだろうね。そして君も、同じような力を持っているんだよね?」
そう言われ、ドキッとする。なんで、それを……?
「君のお兄さん……エレンさんも、持っていたからね。女の子が一人持っていたら、他のきょうだいも持っている可能性が高いんだってボクも聞かされているんだ。そしてボクは、巫女を守る役目を背負う家系の血筋なんだ」
巫女を守る、役目……。
「なら、ユウヤさんもスズ姉を守ろうと……思っていたんですか?」
「当たり前だよ。ボクは彼女の守護者になるハズだったからね」
ユウヤさんは辛そうにしていた。守るべき人を失ったら、それが大切な人であったなら、とてつもなく辛いものだ。自分が、一番よく知っている。
「君達のお母さんはね、本当はよそ者であるお父さんと結ばれるのは反対されていたんだ。よそ者の血を引いていると、力が弱くなるって信じられていたから。だから、君達は母方の祖父母と会ったことはないでしょ?」
そういえばそうだ。オレ達は母親の祖父母に会ったことがない。両親も連れて行く気がないらしいので、あまり気にしなかった。
そこで、ふと嫌な予感を覚える。
「じゃあ、スズ姉が一人だけ森岡家に残っている理由は……」
「君が思っている通りだと思うよ。スズエさんは女の子で、特別な力を持っているからだよ。それを君達の両親は利用しようとしていたんじゃないかな。多分、森岡家のおじいさんおばあさんは知らなかったと思うけどね」
そういうことだったのか……。あの両親は、スズ姉を利用する目的で……。
「でも、スズ姉は……」
「そうだね、死んでしまったけど……まだ十分に利用価値があるんだよ」
「どういう……」
オレの質問にユウヤさんは言いにくそうにしながら答えた。
「その……君達の力って、死んだ後も残っていることがあるんだ。そしてスズエさんはそんな人だと思う」
「じゃあ、スズ姉は……死んだ後も利用されるってことっすか……!?」
「あまり認めたくないけど……そう言うことだね」
死してなお、不条理に利用されるなんて……どうしてスズ姉がそんな目にあわないといけないんだ。あんな、優しい姉が。
「ただね、ボク、メインゲームの前にスズエさんに言われたんだ。もし自分に何かあったら、シルヤ君を守ってほしいって」
「……………………」
「本人に自覚がなくても、主君に君を託されたんだ。だからボクは、君をちゃんと守るよ。まぁ、男に言われても困るだろうけど」
ユウヤさんは手を出した。オレはそれを握り返す。「友情」が芽生えた瞬間だった。
次の日から、ゲームが開始された。オレは基本的にフウと一緒にやるようにしていた。
「シルヤ兄ちゃん、すごいニャン!ありがとうニャン」
「構わないさ。運動は得意だしな」
スズ姉がいなくなった「寂しさ」を埋め合わせているというところもあるというのは否定しないが、実際フウといると落ち着く。スズ姉と遊んでいるみたいで。
夜、やはり眠れないオレは受付のところに向かった。そこには数枚のCDが落ちていて、部屋にモニターがあることを思い出した。部屋に持ち帰り、スズ姉が遺したものと一緒に見る。
(秋原 蘭……スズ姉が生きていると言っていた、男の子……)
この、学ランの男子高生がそうだろう。確かに違和感がある。だが、こういう解析はスズ姉の方が得意だったしなぁ……。
(教えてもらえばよかった……)
オレはコードの読み込みと修理・解体の方が得意なのだ、出来ないことはないが……難しい。
それから、スーツ姿の男性……なんでスズ姉の名前を知っていたのだろうか?
(スズ姉のための、舞台……)
だが、スズ姉は死んでしまった。もし「殺すため」ならば、もう続ける理由はない。それ以外の理由もあるハズだ。
これ以上は辛くなるだけだから明日考えることにしようと片付けていると、ノックの音が聞こえた。扉を開くと、フウが立っていた。
「どうしたんだ?」
「うぅ……怖い夢を見たニャン……」
フウは泣いていた。当然だろう、昨日今日で人が三人も殺されたのだから。しかも、そのうちの一人はよくなついていたお姉さんだ。悪夢を見てしまってもおかしくない。
「ほら、中に入れ」
オレはフウを中に入れて、ベッドに寝かせる。その隣に、オレは転がった。
「オレと寝るのは平気か?」
「うん……」
「今日は一緒に寝るから、何かあったら起こしてくれよ」
オレはフウの頭を撫でながら、笑いかけた。フウはオレにすり寄ってきた。
「兄ちゃん……おやすみ……」
「あぁ、おやすみ」
フウが寝たことを確認して、オレも目を閉じた。
シル……。
スズ姉は血を流しながら、オレを見て微笑んでいる。
血が止まらないの……。
彼女はオレに尋ねてきた。
なんでなのかな……。
酷く大きく、血だまりが広がっていく。
おかしいよね……。私、痛みなんて分からないハズなのに、痛いんだ……。
スズ姉の目から、涙が流れた。それさえも、赤くなっていった。
ハッと、目が覚める。時計を見るとまだ寝てから一時間程度しか経っていないらしい。隣ではまだフウが寝ていた。
それが、幼き日のスズ姉と重なる。姉さんも……こんな風に、寝ていたな……。
守らなければ。
兄さんと姉さんに託された、この小さな命も。
結局眠れずに時間が経ち、フウが起きてきた。
「おはよう、フウ。よく眠れたか?」
「うん……ありがとニャ……」
「別にいいさ」
フウがうつらうつらしている間に、オレはカフェオレを淹れた。
「ほら、カフェオレ、飲めるか?」
それを渡すと、フウは受け取って一口飲んだ。
「……おいしいニャン」
「よかった。それ、飲み終わったら食堂に行こうな」
何が食べたい?と聞くと、サンドイッチがいいと答えが返って来て、オレは「了解」と頷いた。スズ姉もサンドイッチをよく食べてたな……。なんでも、片手で食べられて楽なのだとか。スズ姉らしい理由である。
一緒に食堂に向かい、サンドイッチを作っているとキナが来た。
「シルヤさん、おはようございます」
「おはよう、キナ。お前もサンドイッチを食べるか?」
「はい、いただきます」
キナも座り、オレは二人の前にサンドイッチとスープと温かい飲み物を置いた。三人で食べていると、他の人達も食堂に来た。
「おいしそうだねー。シルヤ君、料理出来るんだねー」
ケイさんがスープを見てそう呟いた。スズ姉ほどではないが、憶知家の母さんやスズ姉から教えてもらっていたからオレもある程度料理が出来る。
「おまわりさんは苦手だからねー……」
「そうなんですか?」
ユウヤさんが代わりに作ってくれている間に、ケイさんと話をした。
「スズちゃんに教えてもらってたのー?」
「そうっすよ。スズ姉はなんでも出来たので基本的には教えてもらってたんです」
「確かに、スズエは頭がいい印象があるな」
マミさんも入ってくる。事実、スズ姉はギフテッドで本当に頭がいい。
「でも、世界史と縄跳びは出来なかったんすよね……」
「どんな天才にも苦手なものはあるものさ」
ミヒロさんはそう言って笑った。
(確かになぁ……)
あとは食事をあまりしない。時間を忘れてしまったり孤独感に苛まれるからだと言っていた。恐らく、後者が主な理由だろうけど。だからなんだかんだと世話を焼いてしまう。
――スズ姉は本当に、寂しがり屋だもんなぁ……。
今頃、天国で兄さんと一緒に過ごしているだろうか。……そうだったら、いいけどな。
そこで、ユウヤさんがサンドイッチを持って戻ってきた。
朝食後、まだゲーム場が開いていないのでオレは救護室に向かう。そこには機械がたくさんあった。
「あ、あわわわわわ……!し、シルヤさん。その機械は……」
これ……どこかで見たことがある。だけど、どこだったのかが思い出せない。
「あまりかからないでください……」
「わ、分かった」
得体のしれない機械をむやみやたらに触るわけにはいかない。
他には……少し違和感がある。壁に触れると、隠し部屋が出てきた。
「なぁ、ここは……?」
「し、知られてしまったなら……特別ですよ……?」
オレはシナムキに許可を得て、中に入った。
そこには、人形があった。オレ達参加者の人形もたくさんある。その中で、違和感を覚えた。
(……あれ?)
スズ姉の人形が、一つもない。被害者ビデオに映っていた人達のものさえあるというのに。
「なぁ、なんでスズ姉の人形がねぇんだ?」
シナムキに聞くと、彼女は俯く。
「……そ、その……スズエさんの弟さんであるあなたにこういうのは酷かもしれませんが……」
シナムキはオレを見る。その瞳は、辛そうなものだった。
「スズエさんは……本当はこのゲームに参加しないハズだったんです」
「……え?」
「彼女は、全く違う理由でこのゲームに参加させられたんですよ。だから、ここに彼女の人形はないんです」
どういうことだ……?つまり、スズ姉は……本当に、このゲームとは無関係の人間だったのか?それで、理不尽に命を奪われたのか?
「え、えっと……それが決まったのが、二か月前だったんです……こう言ってしまうと言い訳にしかなりませんが……ワタシともう一人のフロアマスターは、最初は止めたんです」
「そんな……」
……確かに、スズ姉がストーカー被害に悩み出した時期と重なる。
「そ、その、それで……エレンさんに、もう一人のフロアマスターの方が伝えたんです。スズエさんが、モロツゥに狙われているって……」
兄さんに……じゃあ、もしかしてストーカーって……スズ姉を守ろうとした、エレン兄さんだったのか?そうだとしたら、つじつまが合う。
「す、すみません……」
「……いや、事情は分かった。だけど、なんでオレに話したんだ?」
そういうのは普通、敵に伝えるものではないだろう。シナムキは、
「……ワタシは、確かにモロツゥ側ではありますが……同時に、皆さんの味方でもあります。特にスズエさんは守らなければと思っていたんです……」
そう、だったのか……。だとしたら、シナムキは中立的な立場ということか。
「その、もうすぐゲームの時間なので……」
そう言われ、オレはゲーム場に向かった。
途中のゲームで怪我をしてしまったミヒロさんの手当てをしていると、彼が珍しく、自分のことを話し出した。
どうやら、マミさんとは兄妹であること、自分が殺人の罪を着せられて刑務所に入れられたこと、だが実際は殺人なんてやっていなく、アリバイもあること、その前はマミさんとバンドを組んでいたこと、マミさんに迷惑をかけてしまうからと他人のフリをしていたことを話してくれた。
オレはその話をすぐに信じた。だって、兄妹を大切に思い、自分の気持ちに蓋をしてまで守ろうとする彼が、そんなことをするわけがないのだから。もし仮にしたとしても、理由があるに違いない。
「……なぁ、もし俺達兄妹に何かあったら……マミを、優先してくれ。頼む」
彼はオレに、そう懇願した。
期限の四日目。オレ達は全部のチップを回収した。
「ねぇ、シルヤ君」
ユウヤさんがオレを小さな声で呼んだ。
「どうしたんすか?」
「その……チップを、フウ君とキナちゃんに渡さない?」
その言葉に、オレは疑問符を浮かべる。
「どうしてっすか?皆平等になってるのに……」
「だからこそだよ。……多分、奴らは何か企んでいる。だから、念には念を入れたいんだ」
「なるほど……」
確かに一理ある。頷き合ったオレ達はフウとキナを呼んだ。
「フウ、これを持ってな」
オレは手元にチップを一つだけ持ち、後はフウに渡した。フウは首を傾げながらもそれを受け取る。ユウヤさんも同じように、キナに渡した。
そうして受付に向かうと、ナシカミとシナムキが立っていた。
「おう、皆来たなー」
ナシカミはわくわくした様子でオレ達のチップを確認した。そしてオレとユウヤさんのチップの数を見て、
「あー、少ないのは野郎二人かー……皆同じ数だけ持ってたらフウとキナを人質に取ろうと思ってたのに……」
残念そうにそう言ったのだ。ユウヤさんの言う通りだったかと目配せをする。
オレとユウヤさんは透明な板に背中合わせで磔にされる。オレは目の前に細い筒が向けられている方に、ユウヤさんは赤いスイッチが二つ付いている方に。
「ごめんね、シルヤ君……」
「いいっすよ、別に。フウとキナを犠牲にするよりマシだし」
こそこそと話していると、ナシカミが「じゃ、ルールを説明するぞー」と罪悪感もなしに言った。
「シルヤの目の前には毒矢を放つ銃がある。五分ごとにシルヤに刺さっていくぞー。ユウヤは二回、そのボタンを押したらシルヤの代わりに毒矢を受ける。ただし、ユウヤの方はその二回を受けたら確実に死ぬぞー。だから考えて使えー。謎を解いたら、二人は解放されるからなー。制限時間はー……シルヤが死ぬまでだ。じゃあ、スタート」
開始の合図と共に表示されたのは、440の数字。あれが何かという話だ。
皆が乗っているタイルには、物がたくさんあった。その下には、針の山。
「あ、あの数字はなんだニャン!?」
「どこかにヒントがあるかなー?」
「は、早くしねぇと……!」
あの数字は一体……。
何か手かかりがないか周囲を見渡していると、
『五分経ちました。一発目を発射します』
そのアナウンスと共に、腕に毒矢が撃たれた。
「いっ……!」
ものすごい激痛に、思わず声が出た。
「だ、大丈夫!?」
ユウヤさんが慌てたように聞いてくる。だが、痛みが強すぎて答えることが出来なかった。
「……物」
「え?」
ユウヤさんが呟いた言葉に、キナが反応する。
「多分、針の上に物をあのキロ数落とすんだよ」
「なるほど、つまり、あの針は秤……」
少し毒が回っているのか、頭がボーッとしている状態でユウヤさんの言葉を聞く。皆は物を落としていくが、それでもまだ残っているらしい。
『十分経ちました。二発目を発射します』
もう一本、腕に刺さる。これは……思ったよりやばいな……。
(フウやキナだったら、二発で死ぬぞ……)
オレは男で身長が高いし、それなりに鍛えているが、それでも辛いのだ。フウとキナは、もしかしたらマミさんとハナさんも耐えられないだろう。スズ姉でギリギリか。
「こ、これ以上何をしたら……!」
「……そのタイル、何枚か外れませんか?」
ユウヤさんは小さな音を聞き逃さなかったらしい、皆に尋ねる。すると、ゴウさんが試したようで、
「と、取れるぜよ!」
「よかった……それを落とせば……」
しかし、無情なアナウンスが聞こえてきた。
『十五分経ちました。三発目を……』
「待って」
後ろから、何かを押した気配を感じる。
「いっ……!なるほど、これは……相当きついね……」
ユウヤさんの声が聞こえてきた。オレの代わりに受けてくれたようだ。
「ユウヤ!?」
「ボクのことはいいから、早く!」
ユウヤさんが叫ぶと、皆が必死にタイルを落とした。どうやらそれでピッタリになったらしい。
「なんだよー。一人ぐらい死ぬかと思ったのにー」
ナシカミがつまらなさそうに、オレとユウヤさんを解放する。
「げ、解毒剤です……」
シナムキに小さいビンを渡され、オレ達はそれを飲んだ。
「大丈夫?」
「なんとか……」
命に関わるほどではなさそうだけど……。若干ふらふらする……。頭や腕も痛いし、かなりギリギリだったようだ。
ケイさんの肩を借り、部屋まで向かう。そして、ベッドに寝転がった。
「すみません……」
「大丈夫だよー。シルヤ君、あんまり無理しないでねー」
ケイさんはそう言って、頭を撫でた。
「男に頭を撫でられるのは嫌かもしれないけど、我慢してねー」
「いえ……なんか、落ち着くっす。スズ姉にいつもしてもらってたんで……」
「……本当に、いいお姉ちゃんを持ったんだね」
ケイさんの言う通りだ、オレは本当に素晴らしい姉貴を持った。
「こうやって眠れない時、スズ姉がいつも撫でてくれたんです。困ったことがあった時も、スズ姉に相談したらすぐに解決してくれて……」
優しく、温かい記憶だ。
中学生の時、捨て猫を拾ってきてしまったことがある。
「こら、シルヤ。お前の家では動物は飼えないんだろ?それなのに拾ってきちゃダメだろ」
「でも、かわいそうで……」
スズ姉が猫を見て、あきれたように言った。だけど、オレももう一度捨てるわけにもいかない……なんて考えていると、
「……仕方ないな。飼い主が見つかるまで、私の家で面倒見てやるよ」
猫を抱えて、スズ姉はそう言ってくれた。
「でも、迷惑じゃないか?」
「どうせ親は帰ってこないんだ。会話もしないんだし、別にいいだろ。その代わり、しばらくはお前も泊まれよ?」
「あぁ!」
そうやって、飼い主が見つかるまで猫の面倒を一緒に見ていた。
本当に、なんでも解決してくれた。
ここにスズ姉がいたら、すぐに解決してくれたのだろう。いつもの笑顔で「仕方ないな」と言いながら。
そんなことを思い出しながら、オレは眠りについた。
シルヤ。
スズ姉が笑って頭を撫でてくれる。
お前は生きてね。
その手が消えていく。
自分の信念を貫くんだよ。
オレは、涙を流した。
そこで目が覚める。頭がボーッとすると思いながら、腕で顔を覆う。毒は抜けているが、少しけだるさが残っている。
「……スズ姉……」
オレは姉の名前を呟く。
――傍に、来てくれよ。
呼んだら、来てくれるんだろ?そう、約束してくれただろ?
頬に、何かが伝う。水滴が布団を濡らした。
懐かしく優しい記憶が、オレをさらに追い詰める。
――いっそ、責めてくれた方が楽だった。
脱出の糸口が見えないまま、メインゲームが始まった。今回は役職を、個室で受け取ることになっている。
目の前のモニターに映し出されたのは……平民という文字とクワの絵柄。どうやらオレは今回、なんの役もないようだ。
『あ、そうそう。今回怪盗はいないからなー』
(…………)
怪盗、か……。
スズ姉を死なせた、あのカード……。正直、すごく憎い。なんでスズ姉があんな目に合わなきゃいかなかったのかって。
(……今は、そんなことを考えている暇ないだろ?)
オレは晴れない気持ちのまま、メインゲームの会場に足を踏み入れた。
皆が集まり、議論が開始される。
「さて……今回は怪盗がいないんだったねー」
ケイさんが口を開く。
「そうっすね……」
「なら、まずは賢者だという人、カミングアウトしようか」
その言葉に、カミングアウトしたのはゴウさんとハナさんだった。
「なるほどね……それなら、鍵番が誰か言ってくれる?」
ユウヤさんが告げる。
「……ケイ、じゃ」
「け、ケイさん、です……」
同じ答えか……。
「そっか……これじゃ、意味ないかもね……」
「な、なんでっすか?」
「身代は、自分に入れてほしいんだよ。君なら分かるんじゃないかな?」
あぁ、確かに。
あの時……オレは悩んだ。スズ姉を助けるために嘘をつくか、皆を助けるために犠牲になるかって。悩んで、カミングアウトする前にスズ姉が自ら犠牲になるために「鍵番だ」と嘘をついたのだ。あの時の傷が、染みた。
つまり、どちらかが身代の可能性が、高い。
「……なぁ」
その時、ミヒロさんが顔を青くしながら告げた。
「俺に、票を入れろよ……」
「は……?な、何言ってんだよ!ミヒロ!」
その提案に真っ先に叫んだのはマミさん。当たり前の反応だ、兄が自ら志願したのだから。
「マミ」
ミヒロさんは静かに笑う。
「俺は、どうせここから出ても「殺人犯」というレッテルが貼られているんだ。無実の証明って言っても、どれぐらいかかるかも分からない。それなら……お前達に託したいんだ」
彼はそう言った。その言葉に、嘘偽りなどない。それに、彼がそんな器用なこと、出来るわけがない。
マミさんは泣いていた。なんで兄が犠牲にならないといけないのか、と。
しかし無情にも、終わりの合図が鳴り響く。
「……分かり、ました。皆、先に入れてください。ボクが、責任を取りますから……」
ユウヤさんは覚悟を決めた様子で、そう告げた。恐らくこの中ではまだ若いだろうに。
そうして、ミヒロさんに三票、ゴウさんに三票、ハナさんに三票が入った。オレは、ミヒロさんに入れた。ユウヤさんは――。
「はーい!集計が終わりましたー。結果は……ミヒロに決定!」
ミヒロさんに、入れたようだ。
「ユウヤ……!なんで、兄貴に入れたんだよ……!」
マミさんが泣きながら、彼の胸倉を掴む。ユウヤさんは何も答えず、ただ寂しそうにしていた。
――あぁでも、こうするしか、なかったんだ……。
ごめんなさい、マミさん。きょうだいを失う辛さは、オレが一番よく分かっているのに。ユウヤさんを責めることが、出来ない。
だって、彼は自ら憎まれ役を買って出てくれたのだから。
「そ、その……身代は……ハナさん、です……」
「……………………」
ハナさんは俯いていた。シナムキは俯いたままだった。
「それでは、まずはハナさんの処刑から開始しましょうか」
モリナがスイッチを押すと、ハナさんのおなかの周りに鉄製の物がつけられて、
「ぐっ……ぅ……!」
強く、締め始めた。血を吐き始め、呼吸が荒くなっている。あぁ、こんなに、残酷な殺され方をしてしまうところだったのか、オレは……。
「……フウ、キナ、見るな」
オレは幼い二人を抱きしめ、見えないようにした。
――この光景を覚えているのは、オレだけでいい。一度でも、皆を犠牲にしようと考えた、自分だけで。
やがて、ハナさんは……絶命した。
「さーて。次は……」
「させねぇよ」
ナシカミがワクワクしながらボタンを押そうとするが、ミヒロさんがタックルをした。
「せっかく、勇気をもらったんだ。殺されるにしても……お前を壊してから死んでやる」
その宣言通り、彼はナシカミを壊した。
「これで、殺された奴らの無念が少しでも分かったか?」
「が……ががが……」
そのまま、モリナにも飛びかかろうとして――ミヒロさんのおなかから、血が飛び散った。その血が、近くにいたオレにかかる。
「本当は、ワタクシが手を出すことは禁止されているのですが」
そう、モリナが手に持っていた銃で何発も撃っていたのだ。
ミヒロさんは倒れて――息を引き取った。
自分自身の「心」が、ガラガラと崩れていく音が聞こえてきた気がした。