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三章 非常に残酷な最初の結末

ここから、スズエ編とは物語が変わっていきます。

「スズエが○○を引いていたら」という前提です。

 探索していると、何かのカードが落ちていることに気付いた。それを拾うと、そこには「身代」と書かれていた。

(みが、わり……?)

 どういう意味だろうかと思いながら、オレはポケットに入れた。一瞬だけ、姉がこっちを見た気がした。

 隠し部屋のパソコンをどうにかしようということになり、オレ達三人は隠し部屋に入る。ユウヤさんがパスワードを適当に打っている間に、オレ達は周囲を調べていた。

 しかし、特に見つからなかったようでユウヤさんがそのパソコンを持っていくことになった。


 最初のところに集まり、これからのことを話し合う。そこで、ケイさんがスズを連れてモニター室に向かうことになった。

「大丈夫かな……?」

 ユウヤさんが呟く。オレは「きっと大丈夫っすよ」と笑った。明るくしないと、怖くて立てなさそうだったから。

「シルヤ兄ちゃん!」

「どうした?フウ」

 オレがしゃがみこみ、フウに目線を合わせると彼は「構ってほしいニャン」と腕を伸ばした。その姿がどこか、昔のスズを思い出させた。

「いいぞ。何をしてほしい?」

「高い高いしてほしいニャ!」

 ねだられるものも可愛い。オレは「分かった、ほら!」と抱き上げた。

「シルヤ兄ちゃん、大きいニャ!おとうさんとは違うニャ!」

「父さんか……。どんな人なんだ?」

 オレが聞くと、フウは「今のおとうさんは本当のおとうさんじゃないニャ……」と俯いた。

「あのね、本当のおとうさんとおかあさんは忙しそうだったけど、構ってくれたニャ……。でも、今のおとうさんはぼくに構ってくれないニャ……酒ばっかり飲んで……今のおかあさんに無理させてるにゃ……」

「そうなんだな……」

 それは、相当寂しいだろう。スズも、両親が全く帰ってこないのでいつも寂しい思いをしていた。

 それに、親が違うのも悲しいものだ。特に、それを知っているとなんで捨てられたのだろうと子供は思ってしまう。

「……フウ、実はオレも、本当の両親じゃないんだ。理由があって、引き取られたんだよ」

 だから、思わずそんな話をしてしまった。

「シルヤ兄ちゃんもなのかニャ?」

「あぁ。まぁ、オレの場合は本当に赤子の時に引き取られたんだけどな」

「でもぼく達、同じニャン」

 確かに。養子に出された者同士、仲良く出来そうだ。

 そんな話をしていると、二人が戻ってきた。そこで情報を伝えられる。

「それから、あの映像は他の被害者のものだったねー。皆、見なくて正解だったかもー」

 そうなのか……それなら、あとでスズに聞いてみよう。あの、「身代」のカードのことも相談したいし。

 少しだけ、スズの表情がおかしい気がしたのは気のせいだろうか。

 二階に向かおうと言われ、皆ついていった。このタイミングだと思い、ついて行こうとしていたスズを呼び止めた。

「スズ」

「どうした?シルヤ」

 振り返るスズに、オレは目を見開く。

 ――なぜか、スズ姉が血に染まっているように見えた。

 ほんの一瞬だけだったが、確かにそう見えたのだ。そして、あのカードのことを思い出す。本当に相談した方がいいのかどうかと。

 スズはオレの話を聞こうとしてくれた。しかし、どうしても嫌な予感が拭えなかった。

「……やっぱ、何でもねぇ」

 そう言って笑うと、「そうか?……何かあったら、すぐに言うんだぞ?私はお前の味方だからな」と首を傾げながら告げた。

「ん……ありがと」

「二人共、どうしたのー?」

 ケイさんに呼ばれ、二人で後を追いかけた。「二人は恋人なのか?」とミヒロさんが尋ねてきたのでオレ達は首を傾げ、

「いえ、恋人ではないですよ」

「親友っす」

 そう言うと、「そうなのか?それにしてはとても仲がいいと思うが……」とマミさんが疑問符を浮かべていた。確かに、男女の親友など珍しいかもしれない。オレ達は生まれた時からの……いや、腹の中にいた時から知り合いで、何なら姉弟なのだから。

「姉ちゃん、抱っこしてほしいニャー」

 フウがスズに腕を伸ばし、ねだる。スズは「ん、いいぞ」と抱き上げた。……こうして見ると、本当にきょうだいや親子に見える。

 フウはスズの腕の中で震えていた。先ほど、カナクニ先生が目の前で死んだのだから仕方ないだろう。目の前で人が殺された時ほど、辛いものはない。それが大切な人であるなら、なおさら。それを知っているからこそ、スズはただフウの頭を撫でていた。

「……ニャ?スズ姉ちゃん、首に何かかけてるかニャ?」

 フウがスズのシャツを掴んで、首を傾げた。あぁ、ちゃんとつけていてくれたのか。

「あぁ、ネックレスをつけているんだ。特に隠しているわけでもないから、見てもいいぞ」

「うん!」

 フウはスズのシャツの下からネックレスを引っ張り出した。

 それは、オレがあげた花をかたどった飾りのついた、シンプルなものだった。

「姉ちゃんも、アクセサリーをつけるのかニャ?」

「シルヤからもらったものだよ。自分では買わないからな」

 胸ポケットの赤い花のアクセサリーも、オレがあげたもの。スズは、花が好きだったから。花言葉や誕生花も頭に入っている。

 その場に、穏やかな空気が流れた気がした。

 二階に着くと、二つの部屋があった。そして、その先には……。

(メインゲームの会場……)

 緊張感が周囲を包んだ。あそこに行けば……誰かが必ず、死んでしまうのだ。

 オレ達はまず、部屋を調べる。……片方は温泉らしい。なんか変な生き物が「ボク、生きてるよ……」と言っていた気がする。調べたいが、時間がないのでやめよう。

 もう片方の部屋は……箱の間と書かれていた。

「スズちゃん、どうしたの?」

 ケイさんがスズの肩を叩き、聞いてくる。スズは「ここ……誰かが殺されたんでしょうね」とわずかに顔色を悪くしながら告げた。

「……スズちゃんって、警察になれるかもねー」

「どうしたんですか?」

「普通の人なら気付かないよー。ここで誰かが殺されたなんて」

 確かになんで分かったのだろうか。壁もきれいになっているのに。理由はすぐに分かった。

「……目の前で、死んだ人がいましたからね」

「……森岡 ひとりさんだね」

 あぁ、そういうことか。ひとりおじさんも、スズの目の前で、車に飛び込んで自殺してしまったと言っていた。それが本当なのか、オレには分からないけど。

 なんか、違う気がするんだよな……。

 だって、おじさんはスズ姉のことを本当の娘のようにかわいがっていた。だから、スズ姉の前でそんなことをするハズないのだ。しかも、じいちゃんとばあちゃんが死んだ直後に。

 だけど……スズはそう思っていないらしい。姉は一度思い込むといつまでも自分を責めてしまうのだ。

 ケイさんはスズの頭を撫でた。

「……忘れるなとは言わないけど、あまり気に病んだら駄目だよー。きつい時は大人に頼ることも大事だからねー」

 その通りだ。だが、スズはそれが出来ないところがある。だからこそ、オレがいち早く気付くようにしているのだ。

「……行こうか」

 ケイさんのその言葉に頷き、部屋を出た。

 しばらく探索を続けていると、放送が流れた。

『メインゲームの時間になりました。参加者の皆様は、各自ご自分の部屋に行かれてください』

 とうとう、始まってしまうのか……。

 オレ達は顔を見合わせ、固唾を飲んだ後、自分の名前が書かれた部屋に入った。

 そこにはモニターがあり、ルイスマが映っている。

「おい!何やらせる気なんだよ!」

 オレが叫ぶが、ルイスマは動かない。それで、これが事前に撮られたものだと気付く。

『では、ルールを説明させていただきます。

 皆さんに役職が渡ったハズです。役職は「平民」、「賢者」、「鍵番」、「身代」……それから、「怪盗」。今回は「鍵番」か「怪盗」のどちらかがいます。

 平民は、役を持たない人です。

 賢者は、占いのおかげで鍵番が誰かを知っています。

 鍵番は、選ばれたら全滅してしまう役職です。

 身代は、選ばれたら生き残る役職です。裏を返せば、選ばれなければ死んでしまいます。ただし、票数が三票あり、選ばれたら誰か一人と一緒に脱出出来ます。

 怪盗は、誰かの役職を盗むことの出来る唯一の役職です。ただし気を付けていただきたいのは、仮に身代を引いてしまったら票数は一つしかなく、一気に不利になってしまいます。

 全滅を避けつつ、多数決で誰を処刑するか話し合ってくださいね。詳しいことはルールブックを読んでください』

 つまり、オレは選ばれなければ……死ぬ。

 どうしたら、いいのだろうか?感情を取るべきか、理を取るべきか……。

 スズと、脱出したい。もちろんその気持ちはある。だが、皆を死なせたくない……。

 机の上には、食事と紙やペンが置いてあった。最後の晩餐になるかもしれないから、という意味だろう。こんな状況で食べる気にはならないが。

 こういう時、スズ姉はどうするんだろう?

 悩んでいる間に時間になり、メインゲーム会場に足を踏み入れた。

「では、話し合いを開始してください」

 ルイスマが笑顔で開始を宣言した。こいつ、楽しんでやがるな……。

 なんて、そんなことを考えている暇はない。

「と、とにかく、鍵番が誰か知らなきゃ……」

 ハナさんがそう言うと、ユウヤさんが首を横に振った。

「カミングアウトしたところで、その人が本当に鍵番だと証明は出来ないよ」

「じゃ、賢者を先に……」

 マミさんが言うが、同じ理由で、それもあまり意味がない。せめて、もう少し話し合いがまとまってからだとケイさんが言った。

「な、なぁ、怪盗が何盗んだかにもよるんじゃないか?」

「シルヤ、それを聞いたところで何になるんだ?」

 オレの言葉にスズが聞く。ゴウさんが「一つの手がかりにはなるぜよ」と言った。

「……では、怪盗は誰のものを盗んだのか教えてくれませんか?」

 返事はない。

「まぁ、妥当だよねー」

 ケイさんが呟く。それにスズも「言ってしまったら、選ばれてしまう可能性が高いですからね」と答えた。怪盗が役職を持つ人のものを引くのは五分の一……そうなると、ほとんど平民になってしまう。見ていない限り、狙って盗めないだろう。

「ど、どうしたらいいニャン……?」

 フウは不安そうだ。こんな幼い子を犠牲にしたくない。

「……すみません、先に言っておきます」

 不意に、スズが手をあげる。

「鍵番は、私です」

 話し合いが進みそうにないことを見越してか、カミングアウトしたのだ。それに反論したのはエレンさん。

「待ってください」

「どうしたぜよ?」

「鍵番は……いないハズなんです」

 どういうことだ?どちらかが嘘をついているということ、なのか?

「なんで分かるんですか?」

「……私は、賢者、です」

 スズは笑みを浮かべている。それはいつもの優しいものではなく、挑戦的な笑みだった。

「あのさ、互いに、鍵番の絵柄は分かる?」

 ユウヤさんが尋ねると、「絵柄はないハズです」と二人揃って告げた。これではどうしようもないじゃないか。

 もう少し議論しようとしたところで、話し合いが終わる合図が鳴る。

「ど、どうするんだ!?」

 マミさんの焦りに、ケイさんは冷静に答えた。

「エレンに入れるしかないだろうねー。賢者だってカミングアウトしたから」

 賢者はただ鍵番が誰か分かるだけ。つまり、票を入れても、問題はない。

 オレは泣きそうになりながら、票を、入れた。

 票数は、エレンさんに集まった。オレも、エレンさんに入れたのだ。

「あはは!では発表しましょう!皆さんの言う通り、賢者はエレンさんでしたー!鍵番もいません!そして、かわいそうな身代は……うふふ!シルヤ君でしたが、スズちゃんに変わっています!スズちゃんは怪盗でした!」

 それに、目を見開いた。

 待ってくれよ。それじゃあ、スズは……皆を助けるために、わざとあぁ言ったのか?

 ……いや、違う。

 オレを、助けるためだ。そうじゃなきゃ、スズはわざわざオレの役職なんて盗みはしなかった。

「……シルヤ」

 スズはオレの方を見た。その赤い瞳には、姉としての慈愛が含まれていた。

「お前は、絶対に生きろよ?お姉ちゃんの分まで、ね」

「……っ!こんな時に、姉貴ぶるなよ……!」

 親友、幼馴染、そして――双子の、姉。

 大事な、そんな人がオレの代わりに殺されそうになっているのだ。

 オレ、心に誓ってたんだよ。

 何があってもお前を守るんだって。幸福を、愛情を知らないお前を、救いたいんだって。オレにはそれすら、許されないのか?

 生きることを許されていたお前が、生き残るべきだろ?

 それなのに、なんでお前は笑っていられるんだよ?

 置いていかないでくれ。

 一人にしないでくれよ。

 涙が溢れ出る。溢れて溢れて、全く止まってくれない。

「うふふっ。そんなお二人に最悪な報告です。

 ――実は、エレンさんはあなた達のお兄さんですよ」

「…………えっ……?」

 エレンさんは、俯いている。そして、思い出した。

 幼い日の、優しい記憶を。

「……やっぱり、そうだったんだね」

 スズは呟く。

「スズエ……気付いて、いたんですか?」

 エレン兄さんが姉さんに驚いた瞳を向ける。スズ姉は泣きそうになっていた。

「だって、私達に向ける目は……兄のものだったもん」

 あぁ、だったらオレは……。

 しかし、無情にもその時間は来てしまう。

「あはははは!まずはスズちゃんから処刑を開始します!」

「ま、待ってくれよ!」

 オレの叫びなど虚しく、ルイスマは何かのボタンを押した。

「……っ。何をした?」

 何か違和感を覚えたのか、スズ姉は首を押さえた。ルイスマは笑いながら答える。

「人の花の種を体内に入れたんですよ。ほら、もうすぐ……」

「……え……」

 ――スズ姉の身体から、ツルが生えてくる。それが、腕に、足に、胴体に絡まっていく。

「スズエ……!――スズ姉!」

 オレは必死に、手を伸ばす。スズ姉は小さく微笑みながら、

「しる……や……もう……そんなに……なくなよ……」

 そう、言った。ルイスマは「あらあら。意識なんてとっくに曖昧になっている頃合いですのに。まぁ、苦痛はないでしょうけどね」となおも笑っていた。

「待って……!死なないでくれよ……!スズ姉……!」

「しる……もう……ほんとうに……なきむしだな……」

 力なく笑うスズ姉は、これから死にゆく人には見えなかった。

「……こしつ……いって……そこ、に……」

「スズ、姉……」

「……しるや……」

 今まで、ありがとう。

 そこまで言って、スズ姉は目を閉ざした。それと同時に血のような真っ赤な花が咲く。

 オレは倒れたスズ姉に近付いた。

「スズ姉……!スズ姉……!目を開けてくれよ……!」

 必死に身体を揺さぶる。――目は、開かなかった。何度名前を呼んでも、いつものように「どうした?シル」と言ってくれない。困ったように「仕方ない奴だな、お前は」と笑ってくれない。「大丈夫だ」と、頭を撫でてくれない。

 雫が、スズ姉の頬に落ちる。目覚めてほしいと、叶うわけもないことを願いながら。

「あはははははは!スズちゃんの絶望した顔を見たかったですが、シルヤ君の絶望した顔もいいですね!それじゃあ、次はお兄さんを処刑しましょう!」

「悪いですが、あなた達の思い通りにはさせません」

 気付けば、兄さんは自分の手首を包丁で切っていた。

「なっ……!貴様……!何して……!」

「シルヤ、よく聞きなさい」

 オレは兄さんの顔を見る。

 エレン兄さんは青い顔で笑っていた。死に逝くというのに、笑いかけていたのだ。

「シルヤ、あなたに全てを託します。どうか、兄さん達の分まで生きて、この残酷なデスゲームを終わらせてください。兄さんは、あなたを……おまえを、信じているから」

 あぁ、なんて綺麗な散り様だろうか。少なくともオレには、その死に様は美しく見えた。

 兄さんは地に倒れこみ、事切れた。

 置いていかないでくれ、兄さん、姉さん。

 そんな、心の声は意味をなさなかった。

 オレは時間の許される限り、二人を抱きしめて泣き続けた。

「シルヤ君……」

 ケイさんがオレの背を撫でてくれた。だけど、オレの心は満たされなかった。

 だって、こんな残酷なことがあるか?本当の両親の安否も分からず、養子に出された後もずっと一緒だった姉と生き別れていた兄をこんな風に亡くして。オレ達が、何したって言うんだよ……。

 オレの中には、「絶望」という言葉しか、なかった。

 ユウヤさん以外の人達は既に外に出ていた。

「ケイさん、もう少しそのままにしようよ。シルヤ君だって、きょうだいを一気に失って辛いハズだから……」

「……そうだね」

 二人は泣きじゃくるオレの傍にいてくれた。

 やがて、涙が枯れたオレはケイさんの肩を借りて静かにその場を去った。

 不意に、スズ姉の言葉を思い出す。

 ――個室、行って。

 何か、あるだろうか。そう思ってオレはスズ姉が使った個室に向かった。そこには置き手紙があった。

『シルヤ、ゴメンね。最後まで、あなたを守れそうにないよ。だけど大丈夫、お姉ちゃんはいつまでも、あなたの味方だからね。

 こうやって置き手紙を残したのは、シルヤに気付いたことを伝えるため。多分だけど、この先「秋原 蘭」という男の子に会うと思うんだ。彼は生きている。被害者ビデオの解析は出来なかったけど……最初の人形を撃ち抜くっていうゲームの時、彼の名前だけなかった。だから、違和感があったんだ。だって、あいつは「死んだ奴の人形」と言っていたから。

 全てを押し付けてしまってごめんね。もし生まれ変われるなら……また、双子がいいね、私達。今度は普通の家庭に育って、ちゃんときょうだいとして過ごしたいね』

 その手紙を読んで、オレは握り締めた。そして、近くにあったCDを持って個室を出た。

 皆と合流すると、フウが駆け寄ってきて「大丈夫かニャ……?シルヤ兄ちゃん……」と心配そうに見てきた。オレは「大丈夫だ」とその頭を撫でた。

 ……大丈夫なわけがない。

 スズ姉がもういない。その事実が酷く、胸を締め付けた。兄さんとも、もっと話したかった。でも、もう叶うことはない。

「シルヤ、その……」

 マミさんが何か言おうと言葉を選んでいるのか、続きがなかった。

「……スズエと、姉弟、じゃったんやな……」

 ゴウさんが呟く。ミヒロさんは「すまねぇ……悪いこと、しちまったな……」と謝られる。

「……いえ、大丈夫です」

 オレはただ、それしか言えなかった。


 スズ姉は、少し内気なところがあったがいつも優しくて明るかった。

「ほら!こっちこっち!」

 姉以上に内気で後ろに隠れていたオレを、そうやって引っ張って皆の輪に入れてくれた。スズ姉はあの事件の精神的衝撃でそのことを忘れてしまったみたいだけど。

 あの事件から、スズ姉は変わってしまった。元々優しい心の持ち主だった姉の心はボロボロに踏みにじられたのだ。あの時、カウンセリングの先生がいなかったら、本当にどうなっていただろうか。

 病室で、首まで包帯を巻いた暗い顔のスズ姉を見た時……オレは、スズ姉を守りたいと思った。

 同時に、そんな風にした犯人を許せなかった。明るかったスズ姉をこんな風に暗くした奴が。

 あの時のように明るくなってほしい。いや、あの時のようにじゃなくてもいいから、スズ姉に幸せになってほしい。だってスズ姉は、何も悪いことをしていないのに理不尽に奪われただろ?

 でも……結局オレは、スズ姉に守られてばかりだった。高校に入学してすぐに不良に絡まれ、オレが庇うように前に出て手首を深く切られた時、スズ姉は不良のその刃物を持っていた手首を掴んで「……失せろ」と怖い顔で言って逃走させた。

「大丈夫?シル。ごめん、お姉ちゃんがボーッとしていたばっかりに……」

 そう言って、スズ姉は自分の指を切ろうとした。

「いや、いいよ。スズ姉」

「本当に?痛いんじゃないのか?」

「これぐらい何ともないって」

「……だったら、せめて病院に行こうよ。これは深すぎるよ」

 そう言って、スズ姉は怪我に触れないように気をつけながら病院まで連れて行ってくれた。

 後日、スズ姉は腕輪を渡してきた。

「これ、前のお詫び」

「別にいいって」

「そんなわけにもいかないだろ。……見ていて、痛そうだし」

 スズ姉は、自分が負ったわけでもないのに泣きそうな目でオレを見ていた。本当に他人のことになると優しくなるんだから、と思いながら、それをつけるとピッタリ傷痕が隠れた。

「サンキュー、スズ。……でも、自分を傷つける真似はするなよ」

 スズ姉の血には、怪我を癒す力がある。無痛病でもあるので、スズ姉はすぐに傷つけてしまうのだ。

 それから、スズ姉は花が好きだった。よく花言葉だとか、誕生花だとかを調べていた。

「へぇ……私達の誕生花って、ゼラニウムなんだね」

「そうなのか?どんな花言葉だ?」

「えっと……「真の友情」「尊敬」「信頼」だって。まるで私達の関係みたいだね」

 そう言って、スズ姉は笑った。

 その大好きな花に殺されるなんて、皮肉もいいところだ。

 ……いや、むしろよかったのかもしれない。苦しまずに死ぬことが出来たのなら。そう思ってしまうオレは、もう狂っているのだろうか。

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