一章 悲劇の始まり
部活が終わり、時計を見て、オレはあいつがもう帰ってるかと靴箱を見た。……あいつの靴がまだ残っている。
珍しい。時間に割と厳しいあいつが暗くなっても校舎内にいるなんて。
オレは校門のところでスマホをいじっていると、彼女は周囲を警戒しながら歩いてきた。
「よっ!スズ!」
オレが声をかけると、ビクッと跳ねた後、彼女はこちらを見た。彼女――スズはオレと同じ赤い瞳で不思議そうにした。
「どうした?シルヤ。先に帰っていたんじゃないのか?」
「スズがまだ学校に残ってると思ってよ」
笑ってやると、スズは安心したように微笑んだ。本人には、自覚がないだろうけど。
「何なら、家まで送っていくぞ」
オレが申し出ると、「いいさ、別に。そう遠くもないしな」と一度は断られる。だが、「どうせ近くなんだし、たまには話しながら帰ろうぜ」と一歩も引かない態度に彼女は諦めたようだ。スズは、一度言い出したら折れないというオレの性格をよく知っているから。
「それで?今度は何を企んでるんだ?また勉強か?」
「さすがだな、スズ!」
もちろんそれもあるが、本当は別の理由もあった。しかしあえてそれには触れない。
「……教えるからには次の小テスト、赤点は取るなよ。あと、世界史教えてくれ」
スズは世界史が苦手だ、だから他の教科を教える代わりにオレが世界史を教えるという暗黙の約束がなされていた。
「サンキュー、スズ」
二人でそんな会話をしていると、電柱に貼り紙が貼っていた。それを見て、スズは黙り込む。その貼り紙はストーカーに注意というものだった。
「……なぁ、スズ」
いつまでも見ている彼女に、オレは意を決して言った。
「マジな話、お前彼氏でも作った方がいいんじゃないか?」
スズは黙り込む。ずっと一緒にいたオレが、それで悩んでいることを知らないと思わないでくれよ。これでもお前の親友であり、弟なんだからな。
「……悪いけど、全く考えてないな」
「お前ならそう言うと思ったぜ。……でも、彼氏作らなくても誰かに相談はしろよ。オレでもいいんだからさ」
やはり、姉さんらしい。この姉は一人で何でも抱え込んでしまうのだから。
それを感じさせまいとしているのか、彼女が笑ったのでオレも同じように笑った。
そうして再び歩き出そうとしたところで――後ろから視線を感じた。スズが振り返ると、血相が変わった。
「――シルヤ、走るぞ!」
腕を掴まれ、スズの家まで走った。例のストーカーがいたのかもしれない。
「だ、大丈夫か?スズ姉……」
息を切らしながらそう聞くと、彼女は「あ、あぁ……」と頷いた。
しかし、安心したのもつかの間、家の違和感に気付く。……電気がついていないのだ。今日は、両親が帰ってくるとスズは言っていたハズなのに。
「……スズ、背中に隠れろ」
オレはスズを後ろに庇い、恐る恐る玄関のノブをひねった。――玄関は開いていた。そのことを疑問に思いながら、オレ達は入る。
「失礼しまーす……」
小さく呟く声さえ、響いて聞こえた。
リビングの電気をつけると、そこには――倒れている本当の両親の姿。
「お父さん!?お母さん!?」
スズは二人に駆け寄る。
なぜだろう。もう二度と、会えないような気がした。
「す、スズ!すぐ警察と救急車を呼ぶから――!」
オレがスマホで救急車を呼ぼうとして――何者かに後頭部を強く殴られ、その痛みと衝撃で気を失った。
次に目覚めた時、オレはあおむけに寝かされていた。
「こ、ここはどこだ!?」
「落ち着け、シルヤ」
先に起きていたらしいスズの声に、少し冷静になる。するとどこからか機械のような声が聞こえてきた。
『えー、覚醒したのが確認されましたので放送いたします。
最初の試練を開始します。今からお二人には、そのベッドから脱出してもらいます。なお、鍵は一つしかありません。どちらが使うかご相談してください。制限時間は五分です』
ど、どういうことだよ……!?
タイマーが動き出したのか、ピッピッと無機質な音が聞こえてきた。
「ど、どうしたらいいんだ……!?」
オレがパニックになっていると、スズはポケットを探った。そして、
「シルヤ、お前が鍵を使え」
鍵が、オレに渡される。それを受け取り、
「お前、いいのか?死ぬかもしれないんだぞ」
オレは聞いた。するとスズは最大限の笑顔をオレに向けて、
「お前なら、私を絶対に助けてくれるだろ?」
そう、言った。それを見て、オレは信頼されているのだと思った。覚悟を決め、必死に鍵を差し込もうとする。でも震えて、なかなか差さらない。
ようやく自分の拘束を解いたオレは、必死になってスズの拘束を解こうとした。しかし、力づくでは解けない。
「……シルヤ、鍵を見ろ」
そう言われ、オレは鍵を見た。それは僅かに剝がれていた。どうやらメッキで塗装されていたらしい。よく気付いたな、スズ。
「なるほど。サンキュー、スズ!」
オレは近くにあったやすりを使ってそれを削り、鍵を差し込むと拘束が解けた。それと同時に音も鳴りやんだ。
スズが立ち上がると、扉が開いた。その先は真っ暗で何も見えなかった。
「……そういえば、天井に何があったか見たか?」
先に進む前に、スズに聞かれる。オレは「いや、よくは……」と首を振った。
「ギロチンだ。あおむけに寝かせる分、犯人も悪趣味な奴だな」
「ゲッ……マジかよ……お前、よく冷静でいられたな」
それを知っていたのに冷静に判断出来る人はそうそういない。オレだったら絶対に無理。大の大人だって、きっと。
「誰か一人が冷静でいないといけないだろ」
だが、この姉はそれが出来てしまうのだ。その理由を知っているオレは出来る限り明るく「そうだな」と笑った。
きっと、彼女は気付いているだろう。オレが悲しい思いをしていることに。だけど、あえてそこには触れないでいてくれた。
オレはスズの手を握り、暗闇の中を歩き出した。スマホがあればよかったが、あいにくそんな都合よく出来ていない。
「大丈夫か?スズ」
そう聞くと、「お前こそ」とスズが紡ごうとして、足が浮く感覚を覚えた。
……浮く?
違う、これは……。
「お、おい!落ちてるぞ!」
そう叫びながらスズを抱きかかえ、必死に庇った。せめて姉さんだけでも怪我をさせたくねぇ!
クッションのような、柔らかいところに落ちた。あー、いて……。
「スズ、大丈夫か。……スズ?」
スズが気を失っていることに気付き、オレは仕方ないと光が見えるところまで抱えて向かった。
そこには、同じように誘拐されたのだろう人達が集まっていた。
「君達も、誘拐されたのかな?」
金髪の男性に話しかけられる。見るからに胡散臭い。
「……あぁ」
君達も、ということはここにいる人達は皆、もしかして……。
いや、誘拐犯が混ざっているかもしれないのだ、油断は出来ない。オレはしばらくスズの傍にいたが、
「あの、少しお話、お聞かせ願えますか?」
黒髪の、赤いエプロンをつけた男性に呼ばれる。雰囲気は、どこかスズに似ている気がして思わずスズから離れてしまった。
しばらくして、スズが起きたらしい。オレに近付いてきて、
「悪かった、気を失っていたみたいだな」
謝ってきた。さすがにここで名前を言うとヤバいと思い、
「……どちら様ですか?」
オレがそう返すと、「何を言っているんだ?スズだ。幼馴染を忘れるなんて酷いぞ、シルヤ」と言われた。こいつ、変なところで抜けてるよな……。
「……もしかして、縄跳びが苦手なスズさんですか?」
「おま、わざとか……」
隠せないと思ったオレは笑って答えた。スズは本当に心配していたようで、ホッとした表情を浮かべた。
「へぇ、スズちゃんにシルヤ君、ねぇ」
すると、金髪の男性がオレ達の名前を復唱した。それにしまったと思ったのか、スズは少し焦りの表情を浮かべたけど、すぐに戻った。こういうとこ、ホント抜けてるよなぁ……。
金髪の男性は皆に声をかける。
「皆、ここでどうこう言っていても仕方ない。分かることは自分の正体だけ……だから、自己紹介から行こうじゃないか」
彼はそう言うが、誰も何も言おうとしなかった。少なくともオレは彼を怪しんでいるから。
「……私は、エレンと申します」
そんな中、あの黒髪の男性が名乗った。それに続いて、同じく黒髪の見た目からして実に怪しい男性といかにも外国人と言った風貌の男性が名乗る。カナクニさんとゴウさん……他に名乗る人はいないようだ。
「スズさん、でよろしいですか?」
「はい」
エレンさんがスズに話しかけた。彼は後ろになぜかフライパンやフライ返しなどを持っていた。
「……そういえば、その後ろの調理道具は……」
スズの質問に、エレンさんは一つ差し出し、
「一ついりますか?」
そう言った。「いえ、お構いなく……」とスズは苦笑いを浮かべていた。マイペースな人だなぁ。なんか、スズをもっとマイペースにしたみたいだ。
どうやら彼はシェフで、いつも通り下処理をしていると何者かが急に入ってきて、気付けばここにいたという。つまり、オレ達と似たような状況。
カナクニさん……いや、先生は高校教師をしているらしい。見た目だけだと、どうしても教師には見えないが。
「やはり、私は怪しいのでしょうか……」
自覚はしているらしい。久しぶりに教え子に会って、勉強を教えていたと答えた。嘘をついているわけではなさそうだ。
「でも、高校教師ねー。どうにも信用出来ないかなー?」
「カナクニ先生を馬鹿にしないでください!」
金髪の男性がぼやくと、ピンク髪の女性が反論した。
彼女はハナさんと言い、芸術大の学生で、高校時代はカナクニ先生に教えてもらっていたようだ。確かに、芸術大学の学生と言われ、納得出来る容姿をしている。
ゴウさんは野球選手で、モロツゥという孤児院の出身らしい。やはりと言うべきか、心当たりはないようだ。
モロツゥ……。
どこかで聞いたことあるような……。確か、誰かに聞いて……。
ここまで聞いているのだから、そろそろオレ達も話すべきか。
「オレ達は見て分かる通り、木野山高校の生徒だ。実は、最近スズがストーカー被害に遭っていて、今日は迎えに行ったんだ。そしたらそいつに鉢合わせしてしまってな。家まで走ったら今度は電気がついていなくて、中に入ったらスズの両親がリビングで倒れていたんだ。警察と救急車を呼ぼうとしたところで、後ろから鈍器で殴られて、気付いたらここにいたんだ」
そう言うと、金髪の髪の男性はスズを見た。
「それにしては、スズちゃんは痛がらないよねー。シルヤ君はさっき痛がっていた気がするけど」
そうだった。そういえばスズの頭を見ていなかった。
金髪の男性がスズの頭に触ると「……ちょっと血が出てるねー」と呟いた。スズは心当たりを思い出そうとしているのか、少し戸惑っていた。
「気付いていなかったの?」
「スズはいろいろ事情があって、怪我をしても自分では気付けないっす。……スズ、わりぃ。オレが気付いていたらよかったな」
スズは無痛病で失感情症だ。自分ではすぐに気付けない。そのことに謝るとスズは「いや、大丈夫だ」と答えた。
金髪の男性は深く聞いてこなかった。それに安堵する。
他の人達も名乗り始める。
「……あたしはマミ。一応、歌手だ」
「俺はミヒロ」
「ぼ、ボクはユウヤ。恥ずかしいけど、フリーターなんだ……」
「ぼくはフウっていうニャン」
一人囚人服着ていないか?それに、フウと言った男の子はスズに似ているような……。
スズはまず、フウに話しかける。留守番をしていて、おかあさんを待っていたらピンポーンと音が鳴って玄関の扉を開けたら黒服の男達がいた、とのことだ。
「なるほど……怖かったな」
スズが頭を撫でると、フウはすぐに懐いた。それはどこか、絶対的な信頼を向けているようにも見える。
今度は紫色の髪の少女に話しかけた。しかし、まだ話せそうな状況ではなさそうで「ごめんね、また、後で話を聞いてもいいかな?」と出来る限り優しく告げていた。
「ユウヤさん、でしたね。何か、覚えていることは……」
銀髪の男性に尋ねると、彼は「ごめんね、ボクも、バイト帰りで何者かに連れ去らわれたってことしか……」と答えた。マミさん、ミヒロさんにも尋ねているが、やはり有力な情報は得られなかった。
「そういえば、あなたの名前は……?」
金髪の男性の名前を聞いていなかったことを思い出したようで、スズは尋ねる。彼は「あれ?名乗ってなかったっけー?」と軽いノリで名乗った。
「俺はケイ。一応、おまわりさんだよー」
「……おまわりさんって、つまり警察、ですか?」
「正確には、「元」だけどねー」
……軽い。これ以上心強い味方はいないハズなのに軽すぎる。スズってこういう男性苦手だったような……。
スズはもう一度、少女に声をかける。
「大丈夫?話せるかな?」
「うぅ……はい。わ、わたしは、キナと言います……その……」
「思い出したくないなら、無理に話さなくていい」
昔のスズのように、キナは怯えていた。きっと相当残酷なことが目の前で起こったのだろう。
「そういや」
不意に、ゴウさんが箱を取り出した。部屋に置いてあったから、持ってきたとのこと。なんでも、これを運ぶのが試練だったらしい。
「ロックがかかっていますね」
エレンさんがその箱を見て、呟く。スズはそれを見て、すぐに打ち込む。すると、ロックが解除した。
「すごいな、スズ!なんで分かったんだ?」
オレが興奮気味に尋ねると、簡単だとスズは答えた。
「画数だ。しは一、す、れ、ゆは二、れ、けは三、き、ふは四になる。つまり、答えは「21234324」だ」
「なるほどねー。結構簡単だけど、答えに至るまでに少し時間がかかりそうなものだねー」
ケイさんがやはりのんきに告げる。やっぱ、スズはすげぇや。
「頭、いいんですね」
ハナさんが褒める。弟としては姉が褒められて嬉しいが、「いえ、私は頭がいいわけでは……」とスズは否定した。まぁ、スズからしたらあまりいい思い出がないからな。
「ですが、この状況で柔軟に考えることの出来る人はなかなかいません。スズさんは高校生でしたよね?」
「そう、ですね」
「やはり、そういった判断力を求められる部活動に入られていたのでしょうか?」
「いえ……確かに中学の時は剣道部でしたが……今は美術部に入っていて……」
「そうなのですか?てっきり常に冷静でいなければ負けてしまうような部活動にでも入っているのかと思ったのですが」
「えっと……」
「あー!スズ!箱の中身見ようぜ!」
カナクニ先生の質問にスズが困っていることに気付き、わざとらしくそう告げた。
危ないものかもしれないからとケイさんが代表して開ける。そこに入っていたのは……女性の頭部。
「…………っ!」
スズがビクッと身体を震わせたのを見て、オレは手を握った。
「ひっ!」
「に、人間の頭だニャン!」
キナとフウが怯える。しかし、ユウヤさんがじっとそれを見て、「……いや、それ、多分人形だよ」と答えた。ケイさんが箱の中身を確認して、
「どうやらそうみたいだねー」
紙を見せながら、頷いた。その紙には「カラダアツメ」と書かれていた。
――本当に、悪趣味だな……。
人のトラウマを思い出させるようなことをさせるなんて。いや、そもそもこんな大人数誘拐している時点で、人の心など、持ち合わせていないか。
スズは少し考え、「……仕方ないので、別々に探索しましょうか」と提案した。
「スズ、大丈夫なのか?」
祖母の時を思い出すだろうに。スズは安心させるように微笑んだ。
「仕方ないさ。本当はこんな悪趣味なこと、したくないが……やらないと何があるか分からない。それに、恐らく隠しカメラで見られているしな」
「え、マジで⁉」
「ん。一つはあそこだ」
スズが後ろを指す。確かに、監視カメラがあるな……。
とにかく、探索しないことには始まらない。皆で脱出するために協力しなければいけないのだ。
「スズ、一緒に探索しないか?」
オレが聞くと、「ボクもいいかな?」とユウヤさんも言ってきた。スズが頷いたので、ユウヤさんと一緒に、ケイさんはエレンさんやゴウさん、ミヒロさんと一緒に、カナクニ先生はハナさんやマミさんと一緒にキナとフウを見ながら探索するとのことだった。
まずは左側の部屋を調べる。ここはどうやら遊技場みたいだ。
探索していると、スズが何か見つけたらしい。それを見ると、
デスゲームの参加者の皆様へ
皆様には殺し合いをしてもらいます。なお、詳しい説明はフロアマスターがさせていただきます。
そう、書かれていた。二人で顔を見合わせ、
「ユウヤさんにも話そうか」
ユウヤさんにもそれを見せると、ユウヤさんは少し考えた後、「ケイさん達にも伝えよう。何か分かるかもしれない」と言った。途中、酒場に寄った。そこではカナクニ先生達が探索していたのでユウヤさんが対応している間にスズは周囲を見渡していた。
「あの……」
オレも少し周囲を見ていると、キナが話しかけてきた。
「スズさんとシルヤさんって……似ていますよね?顔立ちとか、雰囲気とか」
「あぁ、まぁ……」
ここで正直に言うわけにはいかない。オレは「確かにな、偶然だよな」と笑った。
「ふふっ、そうですね。お二人は親友ですもんね」
まだ怯えが入っているが、少しさっきよりは落ち着いたらしい。
「スズさん、皆でケイさんのところに行こう」
ユウヤさんに声をかけられて、オレ達はケイさん達のところに向かった。
ケイさん達がいた場所は、たくさんの人形が置かれているところだった。ケイさんに事情を話していると、扉が閉まった音が聞こえた。
目の前に、拳銃が現れる。それと同時に声が聞こえてきた。
『最初のゲームだ。ここに、死んだ奴らの人形がある。その中から未成年を撃ち抜け。一人でも間違えたら、拳銃を扱っていた人間の首輪が発動して死ぬ。まぁ、せいぜい死なないことを祈ってるよ』
目の前の人形には、確かに名前が書かれていた。
「まずは、脱出出来るか調べるべきかなー?」
ケイさんに言われ、オレ達は周囲を見渡す。しかし、脱出は出来そうになかった。こうなればもう、やるしかない。
「……確か、酒場にヒントがありましたね」
スズが言うと、フウが慌てた。
「ど、どうしようニャン……ぼく達、ちゃんと見てなかったニャン……いつもなら覚えてるのに……」
「黒板に書いてあった名前だよな……成人と未成年って……あたしも覚えてねぇ……」
オレも、よく見ていなかった。こうなれば頼みの綱は一つだけ。
「スズ、覚えているか?」
スズに聞くと、彼女は笑った。
「もちろん。未成年は「ナコ」「ナナミ」「ユミ」だ」
そうやって、スズは人形を見ていたが、
「……あれ?」
不意に、呟いた。「どうした?」とオレは聞くが、
「いや……重要なことではない」
そう、言った。それが嘘であることはすぐに分かった。いつも相手を見て話すスズ姉は嘘をつく時、目線を逸らす癖があるから。でも、それを今問い詰めても意味がない。
「……マミさん、キナを、見ていてください」
スズは怯えている少女を女性で一番の年上であろうマミさんに任せ、拳銃を持った。
「きさん、命かかってるぜよ!?怖くないのか!?」
「……どう、でしょうね……」
ゴウさんの質問にスズは曖昧に答え、構えようとする。
あぁ、分かっていないんだ。
スズは、自分では恐怖も分からない。だから簡単に、自分を犠牲に出来てしまう。
オレはその小さな手に自分の手を重ねる。
「オレが、やるよ」
そう言うと、スズは首を傾げた。
「……大丈夫なのか?もし万が一でも間違えたら死ぬぞ」
やっぱり、この姉は優しい。どんな時でもオレを気遣ってくれる。
だからこそ、死なせたくない。
「もちろん、分かってる。でも、大丈夫だ。お前を信じているからな」
オレの声はかすかに震えていた。本当は怖い。でも、大丈夫。この姉についていけば、絶対に道は拓ける。そう、分かっているから。
「……分かった。託すぞ、「相棒」」
「任せろ」
オレはスズから、拳銃を受け取った。
弾は既に装弾されていた。震えるオレの背を、スズは優しく触れてくれる。それだけで、安心出来た。
「スズ……」
「大丈夫だ、私を信じろ」
その言葉に、オレは頷く。
オレ達の信頼関係を、見くびってもらっては困る。
まずは「ナナミ」と書かれた人形に標準を合わせ、引き金を引いた。大きな音が鳴り響く。――首輪は、発動しない。
「よ、よし……次は」
「ナコだ」
今度は「ナコ」と書かれた人形を撃ち抜く。……これで、あと一体。
――あぁ、本当に、怖い……。
「スズ……スズエ」
気付けば、スズエの名前を呼んでいた。「どうした?シル」とスズエはオレを見る。
「手、握ってくれ……震えて、合わないんだ」
オレの腕は先程の比ではないほど震えていた。恐怖で、標準が合わない。
「分かった」と、スズエはオレの手を包むように握ってくれた。そして、最後の一つ――「ユミ」に、標準を合わせてくれた。
そうして、一緒に人形を撃ち抜いた。――首輪は、発動しなかった。
『ちっ。全問正解だ、つまんねぇな。拳銃は元の場所に戻しておけ』
その放送と共に、扉が開く。それで一気に緊張が解けた。
「はぁあ……!よかったぁ……!」
「お疲れ、シル。今回はさすがに嫌な汗をかいたよ」
力が抜けてへたり込むオレの頭を、スズは優しく撫でてくれる。
「それにしても、怖い時に私を名前で呼ぶ癖は本当に抜けないな」
困ったような、それでいて少し嬉しそうなその顔は姉のものだった。
「なんだろうな……名前で呼んだら、スズエはすぐに来てくれる気がするんだ。小さい頃からずっとそうだったから」
「そうだな。小さい頃はお前、ずっと私の後ろに隠れていたもんな」
懐かしい記憶だ。オレは昔、泣き虫でいつもスズの背中に隠れていた。怖くなった時にいつもスズを呼んでいた。
本当に、安心するんだよな。
スズなら、必ず駆け付けてくれるって分かっているから。
「スズエ……?スズちゃんの本当の名前?」
ケイさんが首を傾げ、そういえばスズは本当の名前を名乗っていなかったと思い出す。
「そうですよ。私は森岡 涼恵……「スズ」は愛称なんです。まぁ、呼びやすい方で呼んでくれていいですよ」
「スズエ、か。いい名前だね」
ユウヤさんがスズに笑いかけた。
「だけどよ、ケイがやればよかったんじゃねぇの?」
ミヒロさんがそう言うと、ケイさんは少し青くなった。
どうやら、ケイさんはとあるトラウマで銃が持てなくなってしまったらしい。これ以上は詳しく聞かなかった。
「それじゃあ、探索に戻りましょうか」
ある程度落ち着いたことを確認してくれていたらしく、スズがそう提案する。それに反対する人はいなかった。オレ達は先ほどと同じメンバーで探索を再開した。
オレとスズは、双子の姉弟で乳離れする前にオレが憶知家に引き取られた。
そもそも、オレ達を育ててくれていたのは祖父母とひとりおじさんだった。本当の両親は仕事ばかりで、子供に目もくれないのだ。
それは祖父母やおじさんが亡くなった時も同じだった。
スズ姉が心に深い傷を負っているというのに、あの両親はあろうことかほったらかしにしていたのだ。それで、結局憶知家の母さんが対応することになった。幸い、カウンセリングの先生がいい人だったので何とか乗り越えることが出来た。
祖父が死んだ後、スズ姉からは人間らしい感情がほとんど見えなくなった。おじさんはそんな姪の病気を治そうと必死に研究していたが、ある時スズ姉の目の前で車に飛び込んでしまったのだ。
そこから、スズ姉は引きこもるようになってしまった。あの明るかった姉の姿は、どこにもなかった。外に出ることをせず、オレが来た時は持ってきたおもちゃで遊ぶが、一人の時は家にある研究資料を見ていたようだ。あんな大きな家に幼い子供一人きりなんて、あまりに孤独だっただろう。
カウンセリングの先生は、そんなスズ姉にいつも寄り添い、家にまで来てくれた。そして、課題を出されたというのだ。
――スズエは他人に頼ることが苦手だから、頼ることを覚えようか。
高校を卒業したら、また会おう。その時に達成出来ていたら、何かご褒美をあげる。
もちろん、達成出来ていなくてもいい。ゆっくりやっていったらいいんだよ。
そう言われたとオレに話してくれた。オレは真っ先に、手伝うと申し出た。
久しぶりに見たあの笑顔を、オレは忘れない。
スズ姉は孤立することが多かった。周囲はクールで大人びた雰囲気の、ギフテッドで頭もいい彼女に恐れ多くて話しかけることが出来ないのだ。
そんなこともあり、どうしても集団になじむことが出来なかった。ただ、誰に対しても平等に手を差し伸べる彼女は決して嫌われているわけではない。何かあったらすぐに解決してくれるスズ姉は、憧れられる存在だった。
大きくなるにつれ、美人になっていくと「高嶺の花」とまで言われるようになっていた。運動も出来て成績優秀なスズ姉はまさに「才色兼備」と呼ぶにふさわしかった。
もちろん、スズ姉にも苦手なことがある。それは歴史……その中でも世界史だけは、どうしても出来なかった。本人曰く、「興味がない」とのこと。スズ姉は興味がないと、徹底して覚えないのだ。
ネコだなぁ……。
それも、相当気まぐれなネコ。しかし純粋で、誰よりも美しい心を持っている女性。
そんな彼女を、誰かの血で汚したくはない。
しかし、現実は非情なのだと教えられた。