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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

名探偵は推理をしない

作者: たなか
掲載日:2021/08/22

「助手君、真の名探偵は推理をしない。この言葉の意味が分かるかい?」


「おいおい、自分の頭で考えることを放棄してどうするんだ」


「それじゃあ、まるで超能力者じゃないか。いくら名探偵でも犯人の前に現れただけで自白させることなんてできないよ。そうじゃなくて、優れた洞察力を持つ探偵ならば、事件が起こる前にその兆候を発見することすら可能だということだよ」


「言いかえれば悲劇が起きてから駆け付ける探偵なんて、二流三流だということさ。本物の探偵ならば、誰かが罪を犯す前に止めてあげなければならないんだ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「主任、あの独り言を呟いている囚人は何者なんですか?」


「そうか、君ぐらいの年代だと彼のことを知らない子も多いんだろうね……少し昔話でもしようか。彼は元々、本当に優秀な探偵だったんだよ。警察も難事件が起きるたびに捜査協力を仰いでいたと聞いている。そんな彼に、ある日奇跡のような力が宿った。それこそが悲劇の始まりだったんだ」


「あっ! ESP第一世代ってやつですよね? そういや教科書にも載っていたような……」


「その通り。彼のことは直接書かれていなかっただろうが、当時の大騒ぎのことは記載してあったかもしれないね。物に宿る記憶を読み取ることができる残留記憶感応者や離れた場所の映像を見ることのできる透視能力者が現れ始めた頃だよ」


「そして、彼が授かったのは未来予知だった。最初は本人も鬼に金棒だと喜んでいたそうだ。ごく断片的な未来の映像を垣間見るだけでも彼の類稀な推理能力と合わせれば、未然に凶悪事件が起こるのを防ぐことすら可能になった。それからしばらく彼の名前を新聞で見ない日はなかったぐらいの大活躍だったよ」


「ただね、あまりにも彼は優秀過ぎた。そして、だからこそ周囲の期待も、どこまでも際限なく膨れ上がり続けたんだ。彼は一人しかいないが、世界中あらゆるところで毎秒のように事件は起きている。それら全てを解決することなんてできっこない。でも、世間はそんな無茶を彼に強いたし、彼もそれに応えようとしてしまった。その結果、何が起こったか、探偵じゃなくても分かるだろう?」


「……能力暴走ですか?」


「ああ。今でこそ能力ごとの使用目安は小学生でも学んでいるし、副作用が現れた時のための市販薬だってすぐ手に入る。だが当時はまだESP第一世代が現れて半年ほどで、まったく社会が適応できていなかった。おそらく、彼にはかなり重篤な副作用……意思とは無関係な予知の頻繁な能力の暴発や、数十年先の未来まで流れ込む能力の暴走が起きていたのではないかと推測されている」


「そして、事件の日。彼の事務所に男が怒鳴り込んできた。数日前の強盗事件で娘が殺されたのを、彼の職務怠慢のせいだと詰め寄った。かなり泥酔していたらしく、怒りが抑えられなくなった男が取り出したのは果物ナイフ。そして彼と揉み合いになった結果……」


「えっ? それなら、探偵の正当防衛じゃありませんか?」


「いいや。実際に(・・・)彼がナイフを突き立てていたのは、仕事のパートナーであり長年の友人でもある助手だったんだ。もはやその時には現実と予知の区別をすることすら難しくなっていたのだろう」


「……そんな……」


「明らかに能力の副作用が原因だったことから、情状酌量の余地はあるとされていたが、彼は一切の弁護を断り……そして今に至るという訳さ。事件以来、能力及び副作用についての研究や社会制度、教育プログラムが早急に整えられていった。まるで彼への罪滅ぼしのようにね……ちょっと長話しすぎたかな。さあ、そろそろ見回りの時間だ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 滝のような汗をかいた探偵は、ベッドから跳ね起き、苦しそうに肩で息をしていました。


「今のは……予知なのか……? これは……現実だよな……?」


 震える手で電話を掛ける探偵。


「……もう、こんな夜中に一体どうしたんですか? あれ? ……もしもし? ……もしもーし?」


「……うっ……うう……」


 体感では数十年ぶりの懐かしい、二度と聴くことの出来ないと思っていた助手の声が耳に届き、探偵は返事をすることすらできず、ひたすら嗚咽しました。何かを察したのか、彼女はしばらく黙ったまま、探偵のすすり泣く声をただ聞いていました。


「今からそちらに伺いましょうか?」


「大丈夫……もう大丈夫だ。何も心配ない…………いや…………すまない。やはり、こちらに来てくれないか。とても大事な話があるんだ」


「ええ、分かりました」



 翌日、突然探偵の口から飛び出した引退宣言に、世間は大騒ぎになりました。しかし、自分を苦しめる能力の副作用や限界寸前の精神状態について、全て包み隠さず告白した彼の言葉を聞き、多くの人々はその決断に納得しました。中にはどうしても探偵稼業を続けさせたがる者もいて、彼の元まで無理やり押しかけてきましたが、感覚同期の能力が開花した助手 兼 妻により、探偵を苛んだ数十年間分の未来予知の苦痛を味わい、あっけなく退散することになりました。


 こうして元名探偵は推理をすることをやめ、ささやかな幸せと平穏を手に入れたのでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  そう言えば探偵っていつからいて、いつ頃から推理する人になったのかな、とちょっと考えてしまいました。 [一言]  推理しない名探偵……名探偵のカード使いマルタ・サギーが思い浮かびます。…
[一言] これは面白かったです! 殺してしまった助手が奥さんだったオチは素敵。
[一言] 予知で知る未来は大体予知能力の存在しない、もしくは関与しない未来だと思ってるんですけど、こういう予知能力に関する予知もまた面白い展開になっていいですよね
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