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ズズーンッ、ズシーンッと、重たいものが落ちるような音が継続して聞こえる。
周囲で巨大な怪物でも暴れているかのようだ。
いやいやまさか、そんな非日常……と否定しかけたところで思い出す。
そういえば私、異世界に落ちたんだっけ。
それも、私なんて簡単に餌になってしまうような魔物がいる森のど真ん中に。
……踏み潰されたらヤバくない?
一気に覚醒し、ガバリと起き上がろうとして、失敗した。
どうやら何かによって身体がガッチリ抑え込まれているらしい。
その正体はツヤツヤとした鱗に被われた大きな腕。
コクヨウの前脚だ。
ほっとして力が抜ける。
ドラゴンの腕の中で安心するというのもなかなかアレだけど。
「コクヨウ、おはよう」
ダジャレではない、決して。
「アイリーン!? そうか、目覚めたか……」
よかった、と呟くコクヨウだが、その間も地響きは止まない。
「えっと、あの、コクヨウ? これなんの音?」
しっかりと抱え込まれているため、私からはコクヨウの鱗しか見えない。
「アイリーンを狙って魔物が襲ってきている」
「なぜに!?」
私何かしましたっけ!?
「お前の拾ったもの、覚えているか。丸くて透明なあれだ」
「あぁ、うん。覚えてる」
あれを拾った途端、意識がなくなったんだよね。
「あれはダンジョンのコアだ」
ダンジョンのコア、とな?
「ダンジョンの全てを司る力の結晶とも言えるもので、持っている者はダンジョンマスターとして君臨することができる。よって、それを持つ者は常に狙われるのだ」
「え、何それこっわ」
私貧弱だからすぐ死ぬと思う。
「それを今、お前が持っている」
「捨てていいですか」
「無理だ」
コクヨウにバッサリ切って捨てられた。
「コアは既にお前と融合している。身体のどこかにコアが埋まっているはずだ」
ゾッとして、慌てて身体のあちこちをぺたぺた触って確認する。
胸元、鎖骨の下辺りに手をやった時、指先に触れる何やら丸みを帯びた石のように硬いもの。
襟を少し引っ張って確認してみると、中で金の光が渦巻いている透明なビー玉のようなものが埋まっている。
中の金の渦はともかく、ビー玉のようなものには見覚えがあった。
「コクヨウ、コア、あった……」
「そうか。使い方はわかるか?」
わからない、と言いかけた途端、知るはずのないダンジョンマスターとしての力の振るい方が頭の中に流れ込んでくる。
「……たぶん、わかる」
「魔物が入れないエリアを作れるか? このままではキリがない」
相変わらず私からはコクヨウの腕しか見えないが、例の音は未だ続いていた。
さすがのコクヨウもずっとこの調子では疲れるだろう。
「わかった、ちょっと待ってね」
目を閉じて、集中する。
魔物が入れないエリア、どうすればいいだろうか?
そう考えると、方法が頭に浮かぶ。
新しい層を作ってそこを許可制にすれば、私が許可を与えた者しか入ることができなくなるらしい。
うん、この方法でいこう。
目を開くと、私にしか見えないウィンドウが視界に広がる。
大森林の地下に新しく層を作って、と。
地上の大森林からは普通に入ることができないように遮断する。
私が許可を与えた者だけが転移で入れるように。
環境はひとまず大森林と一緒でいいかな。
ただし、魔物は湧かないようにして。
あ、ダンジョンマスターがスポーンを置かない限り魔物は湧かない?
じゃあ大丈夫そうだね。
そんなふうに考えながら設定していく。
設定が完了すれば、あとは実際に作るだけ。
ウィンドウの端に数えるのも面倒なほど桁数の多い数字が書いてあり、下9桁だか10桁だかの数字が減り、代わりに新しい層が出来上がる。
どうやらダンジョンで何かを作る度、この数字が減っていくらしい。
これはあれか、ラノベでよく見るダンジョンポイントってやつ。
ふむふむと納得しながら、最後にコクヨウとダンじいに許可を与える。
「これでよし、と。コクヨウ、できたよ。ダンじいも」
「助かる」
「おぉ、ありがとのぅ、アイリーンちゃんや」
よかった、さっきから全然ダンじいの声が聞こえなかったけど、ちゃんといたね。
「私と、私が許可した人しか入れないエリアを作ったよ。転移でしか入れないの。コクヨウとダンじいにはもう許可出してあるから大丈夫」
「わかった、すぐにそこへ行こう」
「うむ、了解じゃ」
そして、一瞬の浮遊感。
どうやらコクヨウが私を抱えたまま転移したらしい。
ダンジョンマスターの能力のひとつ、マップで現在位置を確認したところ、問題なく新しい層に移動していた。
これでひとまずは助かった。