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全食みかん問題は一旦横に置いといて。
「ごちそうさまでした」
しっかりと手を合わせてごちそうさまをする。
「それは人間がやるという食後の挨拶かの? 良い子だのぅ」
おじいちゃん結局私のこと子ども扱いしてません?
気のせい?
それはさておき。
「ねぇ、コクヨウ」
「うむ?」
「さっき鹿のおじいちゃんの角に成ってる果物を食べれば私の貧弱ステータスがどうにかなる的なこと言ってたけど、どういうこと?」
「あぁ、そのことか」
そう言って、コクヨウは説明をしてくれた。
この世界に存在するものは生物であろうと無生物であろうと、全て、大なり小なり魔力を含んでいる。
さらに、それが生物であった場合、その保有している魔力は生存率を上げるために使われるらしい。
具体的には、ステータスが上がるとか、体調を最善の状態に保つとか。
つまり、私に鹿のおじいちゃんの魔力たっぷりな果物を食べさせることでステータスを上げようという魂胆である。
「魔物は生まれると、周囲の魔物を狩って食い、ステータスを上げていく。獲物を追いかければ体力が上がり、攻撃を受ければ防御の仕方を学ぶ。だがお前がそれをやると確実に死ぬ。ゆえに食物でどうにかするしかない」
ということらしい。
私にも死ぬ未来しか見えない。
だってさっきコクヨウが、この辺りの魔物に軽くじゃれつかれただけで死ぬって言ってたし。
こういう森の中って、ラノベとかだと中心部に行けば行くほど魔物が強くなるのがお約束だし。
うん、大人しくみかん頬張っておきます。
「ご馳走になります、鹿のおじいちゃん」
「うむうむ、しっかり食べて大きくおなり」
おじいちゃん、私これ以上は大きくなれないです。
「ところでお嬢さんや」
「なぁに?」
「わしにも名前、くれんかの?」
「え」
ピシリとフリーズする。
ネーミングセンス皆無の私にそれ言う?
言っちゃう?
「というか、どうして私がコクヨウって付けたと……」
「ドラゴンは仲間内で呼び合う時、鱗の色で呼ぶと聞いたことがあってのぅ。呼び名があるドラゴンというのは他種族と関わることの多い個体がほとんどじゃ。じゃがそこの黒いのは他種族と関わることはまずない、大森林の主とも言える存在。そうすると、お嬢さんが付けた以外に理由はなかろう?」
「そうなのか……」
……って、え?
「主? コクヨウが、主?」
「そうじゃよ」
「まぁ、そうだな」
さらっとなんでもない事のように肯定しないで!?
え、じゃあ私主のお腹の上でのんきに寝てたの!?
あわあわと脳内大惨事な私に、おじいちゃんが声をかけてくる。
「そういうことでの、わしも名前が欲しいのじゃ」
おじいちゃんが軌道修正を入れてきた。
名付け、流れていかなかったか……。
わくわくしているのが丸わかりなおじいちゃんに、名付けから逃れることを諦めた。
「うおぉ……」
頭を抱える。
頑張れ私の脳みそ!
「……ビャクダン、というのはどうですか」
白い鹿と木みたいな角から連想して、白檀。
お香の一種でもあり、ほのかに甘みのある、すぅっとした爽やかな香りが特徴。
爽やかながら天然が入った性格の鹿のおじいちゃんにも合っている……と、思う。
名前としてはちょっと語感が微妙かもしれないけど。
「おぉ、ビャクダンか。不思議な響きじゃが、それもまた良き良き」
良き良き。
おじいちゃんが、良き良き。
笑いそうになるのをぐっと堪える。
ほわほわとした空気を生み出している様子から、無事お気に召したらしい。
ほっと胸を撫で下ろした。
「あ、でも呼びづらいから、普段はダンじいって呼んでもいい?」
「ダンじい、じいか。うむうむ、良いぞ」
鹿なので表情こそ変わらないが、ニコニコ笑っているのが簡単にイメージできるくらい嬉しそうなダンじい。
「お嬢さんのことはどう呼べば良いのかの?」
ダンじいがこてりと首を傾げる。
可愛い。
コクヨウの時と同じように名乗ろうと口を開く。
「アイリーン、だ」
前に、コクヨウが答えた。
尻尾が巻きついてきて持ち上げられ、コクヨウのお腹のところに降ろされる……かと思いきや、前脚の間に降ろされ、抱え込まれる。
う、動けない……。
「ほう、アイリーンか。あいわかった」
それ、本名じゃなくてコクヨウが付けてくれた呼び名なんだけど……まぁいっか。
私もビャクダンのことダンじいって呼んでるし。
コクヨウも呼び名で、本名は別にある的なこと言ってたし。
「ドラゴンは懐に入れたものをとことん大事にするというのは、本当だったんじゃのぅ」
ダンじいが何やらふむふむ頷いている。
確かに、私今コクヨウの懐に入ってるね。
物理的に。
「そしてそれを他者に奪われることを嫌う、というのも本当のようじゃの」
「ダンじいとちょっとお喋りしてただけだよ?」
奪われる、というほど大袈裟なことじゃないと思うけど。
「うむ、ドラゴンは基本的には長命ゆえに何事にも無関心じゃ。しかしの、それゆえに執着心も強いという。一度関心を向ければ、とことんそれを追うのじゃと。お嬢さん、難儀なことじゃのぅ」
ダンじい、めちゃくちゃドラゴンに詳しい。
難儀って、コクヨウに目付けられたねドンマイってこと?
チラッとコクヨウを見ると、バッチリ目が合った。
「お前の話は面白い」
あぁ、なるほど。
話し相手になればそれでいいと。
確かに、異世界人ほど面白い話し相手もいないだろう。
「まぁ、お前も面白いが」
「私は珍獣か」
「そういうところだぞ」
くつくつと楽しそうに笑うコクヨウ。
これは珍獣扱いで間違いないね。
「ん、あれ? 何これ」
私の足元で何かがキラリと光を反射した。
手を伸ばして拾ってみると、掌大のビー玉のようなもの。
「おい、待てそれはっ!」
「え?」
焦ったようなコクヨウの声に驚いて、上を見上げる。
〘マスター登録を開始します〙
「え、な、何?」
頭に鳴り響く機械的な音声。
直後、本日二度目の暗転を果たした。