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暴れる心臓をどうにか鎮めるのに成功して周りを見る余裕が帰ってきた時、ちょうど元いた場所が見えてきた。
頼むから急降下着陸はやめてね。
遠い目をしながら心の中で思う。
口に出す気力はもはやなかった。
心の声が通じたのか、ゆっくりと高度を下げていくコクヨウ。
助かった。
木々の間にぽっかりと開いた広場の上でゆっくり旋回しつつ降りていく。
地面スレスレまで近づき、階段の残り3段を飛び降りた時くらいの衝撃で着陸した。
行きと同じように尻尾で持ち上げられ、とすんと地面に降ろされる。
今更ながら脚が震え出し、腰が抜けてその場にへたり込んでしまう。
とりあえず、言いたいことが1つ。
「コクヨウ」
「む?」
「急降下も急上昇もやめるように。私あれ苦手」
「むぅ、すまない……善処しよう」
ちょいちょい。
「私がいたところでは、善処する、というのは、前向きに検討した上で却下する、という意味で使われることが多々ありました」
「む? そうなのか。では、頑張る」
可愛いかよ。
だがそれとこれとは話が別だ。
どうして恐怖の空中散歩に連れ出されなければいけなかったのか訊かねば……ん?
「なんかいる」
真っ白な鹿だ。
木の枝のような角には、果物と思しきカラフルなものがたくさんぶら下がっている。
果物もそうだが、何よりもおかしいのはその尺度。
世界最大と言われていたヘラジカよりも更に大きいように見える。
角を除いても4、5メートルはあるんじゃない?
さすが異世界、謎すぎる。
ただ、その鹿っぽい何かは座り込んでしまっているため、目測が正しいかどうかは定かではない。
立ったらコレジャナイ、なホッキョクウサギみたいなのはやめてよね。
でもなんとなく遠い目をしているのはわかる。
奇遇だね、私も今そんな気分だよ。
「うむ、これを持ってきた」
「元の場所に返して来なさい」
ついつい反射的に返す。
動物はそんな気軽に拾ってきちゃダメです。
自分の面倒も見られていないのに飼えません。
「何故だ? お前が腹が空いたと言うから探したのだぞ?」
食えと?
私にこの鹿さんを食えと?
無理です。
「せめて果物とか……」
そこまで言って気づいた。
鹿さん、角に果物っぽいもの生ってるね。
「うむ。そやつの角にあるだろう?」
よかった、そっちだったか。
さすがに生きている姿を見てしまった鹿さんのお肉は食べたくない。
「これは驚いた。こんな所に人間……いや、小人族かの? がおるとはのぅ……」
突然聞き覚えのない声がした。
発生源は……鹿さん!?
鹿さん喋ったあぁぁっ!?
しかも声からしておじいちゃん!
「いやはや、不思議なこともあるものよ……」
先程までは遠くを見ていた目をまん丸くして何やら呟いている。
いやあの、鹿のおじいちゃん?
「私、人間……」
断じて小人族ではない。
地球産ではあるけど、間違いなく人間です。
「おや、人間であったか。であれば可哀想に、まだ幼体であろうに親と離れ離れとは……」
ようたいって……幼体?
いやいやいやいや。
「19歳ですぅ。来年成人ですぅ」
膨れっ面で自己申告する。
こっちの世界では何歳で成人なのか知らないけど。
「「……え?」」
ねぇ、なんでコクヨウも驚いてるの?
「それは、すまんのぅ……。そうか、もう一人前になる寸前であったか……」
「我もその、てっきり、まだ小さい子どもであるものと……すまぬ」
何故に⁉
「わしが見たことのある人間と比べて小さかったものでのぅ」
「うむ、そうだな」
なにやらわかり合ってうんうんと頷く2人、というか2頭。
え、なに、私そんなにちっさいの……?
「大きさからして、生まれたてでもおかしくないと……」
「「いや、それはない」」
華麗なボケをかました鹿のおじいちゃんに、コクヨウと声を揃えてツッコミを入れる。
「確かに、ステータスは死にかけの赤子のようではあるが……」
「待って。ねぇ待って」
今私のステータスについて衝撃的な例えを聞いた気がする。
貧弱とか、脆弱とか、実は気を使った言い方だったんだね。
直接言った方がマイルドとはこれいかに。
「なんと、死にかけの赤子……」
おじいちゃんも反応するんじゃない。
例えだから。
実際に死にかけてるわけじゃないから。
そもそも赤ちゃんじゃないし。
「だが安心しろ。そやつの角の果物を食えばそれもなんとかなるはずだ」
「なるほどのぅ、そういうわけであったか」
納得顔のおじいちゃん。
もぞもぞと動き……だんだんと焦り出す。
「む、むぅ……。しまったぞ、腰が抜けてしもうておる。すまぬがお嬢さん、こちらへ来てくれんかのぅ」
「ごめんなさい私も腰抜けてる」
「なんと……」
ということで。
「コクヨウ!」
さっきみたいに尻尾で移動させて!
腰抜けたの、コクヨウのアクロバット飛行のせいだし。
「むぅ、仕方あるまい」
コクヨウはいかにも渋々です、と言わんばかりの声音で返事をし、私を尻尾で持ち上げておじいちゃんの横に移動させる。
「そら、たんとお食べ。色のしっかりついたものが熟しておる証拠だぞ」
私が果物を採りやすいよう頭を寄せてくれるおじいちゃん。
言われてみれば、白っぽく色が薄いものと、濃くはっきりと色がついているものがある。
「捻るようにすると上手く採れるからのぅ」
みかんのように鮮やかなオレンジ色の果物に目をつけ、おじいちゃんのアドバイス通りネジを回すようにして収穫する。
手に持ってまじまじと観察すると、色だけでなく形や質感そのものもみかんにそっくりだ。
ぺろんとこれまたみかんのように皮を剥く。
薄皮に包まれた果肉が姿を現す。
うん、中身もみかんだ。
「いただきます」
「うむうむ。ゆっくりお食べ」
ひと房だけ、口に入れる。
「うん、みかんだ……」
結論、みかんだった。
他の色はどうなのだろう。
そう思ってピンクや黄緑のものも剥いてみる。
どうやら果肉は皮と同じ色をしているらしい。
黄緑はともかく、ピンクのみかんって何とも言えないなぁ。
意を決して口に放り込む。
「うん、みかんだ」
結果、全て色がおかしいだけのみかんだった。
ということはしばらくご飯は全部みかん?
なんてこった……。
でも食べるものがあるだけマシだよね。