6
音の発生源は私のお腹。
空を見上げると、この世界での太陽の役割を果たす恒星は中天を過ぎつつあった。
つまりはお昼ご飯の時間である。
お腹の空き具合と恒星の位置からして、時間の読み方は太陽と同じと考えて問題ない、はず。
沈黙に支配されたその場に、くきゅるるるる、と再び響くお腹の音。
頼むから空気を読め、私のお腹。
「……何の音だ?」
コクヨウが訝しげに首を捻る。
私の顔は今、真っ赤になっていることだろう。
「あー、えーと……」
「む、どうした」
言い淀む私と、きょとんとするコクヨウ。
「お腹、空きました……」
「む?」
口を開くも、声が小さくて聞こえなかったらしい。
意を決して腹筋に力を込め、しっかりと口を動かす。
開き直り、というやつだ。
「お腹が空きました」
お風呂かよ、と心の中で自分にツッコミを入れる。
心底どうでもいいが、恥ずかしさから目を逸らしたいがゆえのツッコミだ。
「そうか……人間は物を食わねば死んでしまうのだったな……」
失念していた、としみじみ呟くコクヨウ。
やめて!
なんだか珍獣にでもなった気分になるから!
顔を両手で覆って悶える。
「むう、そうだな……あれが使えるか」
コクヨウが1人、というか1頭でなにやら納得して、もぞもぞと動き出す。
「騎れ、アイリーン。少し出かけるぞ」
「はい!?」
「お前は目を離した隙に死んでしまいそうで怖い。ならば連れて行った方がまだマシだ」
黒く艶やかな尻尾がお腹周りに巻き付いてきて持ち上げられ、コクヨウの首の付け根あたりにそっと降ろされる。
尻尾、器用だね。
「振り落とさぬよう気をつけるが、しっかり掴まっていろ」
「う、うん」
身体全体でコクヨウにしがみつく。
不格好ではあるけれど、命には代えられない。
私が掴まったのを確認したコクヨウが畳んでいた翼を広げる。
「おぉぉ……」
思わず漏れた感嘆の声に、喉の奥でくくっと笑うコクヨウ。
強めの風が吹き目を閉じる。
次いで上昇するエレベーターに乗った時のような浮遊感。
「アイリーン、見てみるといい。体勢も安定しているゆえ、少しくらいなら動いても問題ないぞ」
吹きつけていた風がそよ風程度になると、コクヨウが話しかけてきた。
促されるまま、恐る恐る目を開ける。
「ふわぁ……」
眼下に広がる深緑の森。
手が届きそうな程近くに見える空。
それらが、地平線の遥か彼方まで続いている。
「どうだ。美しかろう?」
「うん、すごい……」
元の世界では画面越しでしか見られないような大自然。
もしかしたら、画面越しであってもこんな景色は見られないかもしれない。
ここまで広大で果てしない森なんて、地球にあっただろうか。
「少しくらいなら動いても良いとは言ったが、あまり身を乗り出し過ぎるでないぞ。落ちかねんからな」
「あ、うん」
危ない危ない。
無意識のうちに身を乗り出しそうになってた。
「む、見つけた。下降するぞ」
そう呟いたコクヨウが小さく旋回する。
次の瞬間。
「ひっ……」
いきなり急降下を始めた。
ほぼ垂直に近いうえかなりのスピードが出ているぶん、ジェットコースターよりもタチが悪い。
私は一瞬引きつった悲鳴をあげつつ、目をぎゅっとつぶって力の限りしがみつくことしかできなかった。
グルルオオオォォ! とコクヨウが雄叫びをあげる。
それから間を置かずして今度はグッと急上昇。
目を開けていなくてもわかるほど、身体に重力がかかる。
両腕、両脚がプルプルし始めてようやく、コクヨウ式絶叫系アトラクションが終わった。
先程までのほのぼの飛行に戻り、ホッと一息つく。
そして今更ながら思う。
私、絶叫系無理なんだけど。
帰りの空中散歩は景色を楽しむどころではなく、ひたすらバクバクいう心臓を鎮めるのに費やしたのだった。