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「ありがとうございます」
「なんの事だ。我はただ眠っていただけであるぞ」
涙が収まってからコクヨウさんに気遣いの礼を言う。
言葉とは裏腹に、ゆらゆらと嬉しそうに揺れる尻尾。
それでも本人、というか本竜は気遣いを認めたくないらしい。
なんなのこのドラゴン、私を萌え殺す気か。
ニヤつきそうな口元を手で隠す。
「それじゃあ、そういう事にしておきます」
「うむ」
詰めが甘い!
詰めが甘いよ、コクヨウさん!
そこで頷いたら気遣いを肯定しちゃってるようなものだよ!
「話は変わるが、アイリーン」
「はいなんでしょう」
「そのやたら丁寧な口調は素か?」
丁寧、か……?
「かなり崩れてると思いますけど」
「そうか? 我の知る限りで言えばかなり丁寧だと思うが」
顔を見合わせ、同時に首を傾げる。
「ふむ……。まぁ、お前は異なる世界の出であるし、その辺りは違うのかもしれぬな。こちらの世界でそのような口調を使うのは首長くらいだ。それでもお前ほど丁寧ではないが」
これでかなり丁寧って、この世界どうなってるの!?
「だから普通に話すといい。我の呼び名も、コクヨウ、で構わぬ」
もしかして一番言いたかったの、それ?
遠回しなデレ、ごちそうさまです。
「はい」
「む」
はい、という返答もお気に召さなかったらしい。
コクヨウから不満げな声が漏れる。
人間だったら片眉がピクリとしていそうだ。
「あ、えと、うん」
「うむ」
尻尾が視界の端でゆらゆらしている。
わかりやすい。
「ねぇ、コクヨウ」
「む?」
「この世界について、教えてくれる?」
「うむ、良いぞ。ただ、お前が特に知りたいのは人間についてであろう? 我はそれほど詳しいわけではない。それでも構わぬのならば教えよう」
「問題ないよ、ありがとう」
そもそも、人間についてドラゴンに訊く、ということ自体お門違いにも程があるし。
答えてもらえるだけありがたい。
「ふむ。まずはこの世界の形から教えた方がわかりやすかろう」
そう言ってコクヨウは鋭い爪で雑草が生い茂る地面に大きく丸を描く。
黒板にチョークで描くように、地面がえぐれてはっきりと線が引かれた。
「これが陸地だ。その外には果てしなく海が広がっている。詳細な形状は知らぬからこれで勘弁してくれ」
さすがに海岸の形まで描けなんて無茶は言わないよ。
でっかい丸を1つ描いただけという事実には目をつぶる。
「大陸は1つしかないの?」
パンゲア大陸かな?
「む? そうだ。お前のいた世界では1つではなかったのか?」
「6つあったよ。過去には全部くっついて1つの大きな大陸だったこともあるらしいけど」
「強大な魔物でも暴れたのか?」
どこかの神話にありそう。
「魔物とかじゃなくて、地面が動いてるの」
仕組みまで説明するのは省略。
説明する為の用語解説から始める必要があるから面倒だ。
「地面が動くのか!? 恐ろしいところに居たのだな……」
「動くといっても1年間で拳ひとつ分くらいだから全然わからないんだけどね」
私がそう言うと、自分の手を見るコクヨウ。
「あ、私の手の大きさで、だよ」
握り拳を作ってみせる。
「小さいな……」
「そりゃあ、ドラゴンと比べればね」
コクヨウは2トントラックよりも一回りか二回りほども大きい。
比較対象がないから体感で、だけど。
「我から決して離れるな。魔物らに踏み潰されるぞ」
「うん、ありがとう。気をつけるね」
「うむ」