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閉じたまぶたの向こうが明るい。
朝が来たのだろう。
起きなければとは思うものの、まだもう少し微睡んでいたい。
寝返りを打……あれ。
寝返りが打てない。
というか、そもそも布団ではなく、何かに寄りかかるようにして寝ている……?
頬にあたる感覚も、枕のそれではない。
なんというか、ツルツルしている。
頭の中が疑問符で埋め尽くされた。
仕方なしに目を開ける。
目の前に、ドラゴンのドアップがあった。
「…………なるほど、夢か」
なんてリアルな夢。
2度寝すれば醒めるかな。
そう思い再び目を閉じる。
「また眠る気か。気がついたならば起きろ」
「んん……もう少し寝かせて……」
「……は?」
「眠い……」
「今の今まで寝ていたであろう!?」
「だってぇ……」
「ならぬ。起きろ」
「えぇ……」
……あれ?
私誰と喋ってるんだ?
もう一度、目を開ける。
「全く、ようやく起きたか」
ふう、とため息をつくドラゴン。
黒い、しかし透明感のある、まるで黒曜石のような鱗。
蛇のような縦長の瞳孔を持つ銀の目は、穏やかな光を湛えている。
「む、どうした、人間の娘」
「……い」
「む?」
「きれい……」
「は!?」
ドラゴンの顎がかぱっと落ちる。
なんだか反応がいちいち人間くさくて可愛い。
「可愛い」
「な、なんっ!?」
驚愕に目を見開くドラゴン。
おっと、口に出ていたか。
夢の中は頭が緩くて困るね。
「なんだ、なんなのだ、お前は! いきなり空から落ちてきた挙句、わけのわからぬことを!」
「空から落ちてきた?」
リアル空から女の子が状態ですか?
「そうだ。ふと上を見上げたらお前が落ちてきた。我が受け止めておらねば死んでおったぞ」
違った。
普通に墜落死案件だった。
ありがとうございます、とお礼を言えば、うむ、と頷くドラゴン。
やっぱり可愛い。
「それで、お前、どこから来たのだ? まさか空からなどと言うまいな?」
「えーっと……」
うーむ、と頭を抱えて必死に思い出す。
最後の記憶がたしか、朝支度して、大学行くために家を出て、それから……。
「穴に落ちました」
「は?」
「家を出たところに穴があって、そこに落ちました」
「なぜ下に落ちて上から降ってくるのだ……」
ですよねー。
「お前、何者だ?」
「あ、大学生の相澤鈴花と申します」
「ダイガクセイ? アイジャーワシュジュカ?」
きょとりと首を傾げるドラゴン。
可愛い。
言えてないのも可愛い。
「あいざわ」
「アイジャワ」
「すずか」
「シュ、スジュカ」
惜しい。
「言いづらいなら、りん、でもいいですよ」
「リン? なぜリンなのだ?」
「すずかのすずの字は、りん、とも読むんです」
「ふむ、ならばアイジャワとあわせてアイリーンと呼ぼう。元の名に近い響きがあった方が良いだろう?」
気遣いの神か。
そして確実に名前負けする呼び名をありがとう。
「ドラゴンさんの名前は?」
「我に呼び名はない。かといって真名を教えるわけにもゆかぬ。好きに呼べ」
「じゃあ、コクヨウさんで」
黒曜石みたいな鱗だから。
私にネーミングセンスを期待してはいけない。
「良かろう」
うむ、と機嫌良さげに頷くドラゴン改めコクヨウさん。
それにしても。
「めちゃくちゃリアルな夢だなぁ、これ」
風を感じるし、土の匂いもするし、コクヨウさんが喋るたびに空気が震えるのがわかるし。
コクヨウさん、いわゆるバリトンボイスだから。
「む? 夢ではないぞ?」
「え?」