第2章「白夜」・2
血みたいに赤い不気味な月が浮かぶ寒空の下、『彩羽学園』の校舎内は満遍なく霜で覆われていた。現実離れした光景だが、そんな一面真っ白な閉鎖空間に動いている影がひとつある。空から大量に降り注ぐナイフのように鋭利な羽を躱すその少女は長い黒髪がとても対照的で目を引く。
「現実世界にも影響を及ぼしかねないほど強力な『支配領域』……内側から破壊するのは難しい……」
身体のすぐ横を氷の羽が通り抜けていくが、眉一つ動かさず白はその敵を見定める。彼女の前に君臨しているのは青白く透き通った身体をした巨大な鳥だ。翼を悠然と広げ、宙に浮かぶその『怪鳥』がこの領域を支配している。白は凍結した校舎の廊下をスケートリンクのように滑ってゆき、『怪鳥』との距離を詰めていく。
「――!」
いきなり『怪鳥』が嘴を大きく開け、喉奥から青い光を発生させた。攻撃の合図だ。しかし白も迎撃に打って出る。
「……『死想の聖母』」
声とともに白の背後から片翼片角の『死神』が現れ、目前にまで迫っている青い閃光を大鎌を回転させて防ぐ。四方に飛散した閃光は床や壁に当たるとそこから凍結が広がるが、白はそれに目もくれず、そのまま『死想の聖母』の大鎌で『怪鳥』の胸元を斬りつける。
「届かない……」
しかし大鎌は『怪鳥』の身体に触れる寸前で食い止められており、傷一つ刻んではない。しかし白は距離を取られないように更に攻撃を与えようとするが、何故か背後から氷の羽根が襲いかかり、咄嗟に身を捻って攻撃を躱す。
「今度は後ろから……? どうなっているの……?」
『怪鳥』は白の前方におり、どう考えても彼女の背後から攻撃を仕掛けることはできない筈だが、どんなトリックを使ったのかこうして死角から羽根が飛んできた。続けざまに前方の『怪鳥』が羽根を飛ばし、それをガードする白は周囲への警戒を強めるが、
「……!」
今度は横から羽根が飛んできているのに白は気付いた。今はこうして前方から遅いくる攻撃をガードしているので横からの攻撃は防げない。咄嗟に白はその場を跳んで回避を狙おうとするが、横から飛んできた羽根は別の方向から飛んできた弾によって相殺される。白が弾丸が飛んできた方向を確認するとそこにはふたつの影があった。
「深雪さん!」
「夜見くん……?」
夜見蒼と『彷徨える影』は凍結した廊下を滑るように疾走し、双銃で『怪鳥』を牽制しつつ白のそばにやってくる。『怪鳥』の方も敵が増えて警戒を強め、ふたりから距離を取った。
「どうしてここに?」
「あのままキミたちを見捨てて逃げることはできなかったんだ。だからここに来た」
「……そう。助かったわ」
白の感謝はあっさりとしているが、わずかに口元が緩んでいるようにも見えるが、蒼はそれに気づかず、『怪鳥』に双銃で攻撃をしている。しかしふたりがかりでもあの『怪鳥』はダメージを受けているようには見えない。
「私たちであの『ニラートマン』を倒しましょう。これ以上好き勝手はさせない」
「うん、でもまだこの力を使いこなせてないから、サポートお願いしてもいいかな?」
「構わない。それでアレに勝てるなら」
「ありがとう」
白と蒼はその場から走り出し、『怪鳥』を挟むようにして距離を詰め、両側から攻撃を仕掛ける。蒼が『彷徨える影』の射撃で牽制し、動きが止まったところを白が『死想の聖母』で斬りつけるという連携だが、『怪鳥』の動きは早く、捉えることができない。
「ダメだ当たらない!」
「私が囮になる。キミはアイツが動きを止めたら攻撃をして」
「え、ちょっと!」
すると白は蒼の制止を振り切り、『怪鳥』目掛けて『死想の聖母』の大鎌を投げつけた。クルクルと横に回転する大鎌は『怪鳥』のすぐ横を掠めつつ大きな弧を描いて『死想の聖母』の手元に戻る。すると『怪鳥』はターゲットを白に定めて再び嘴を開ける。また冷凍光線を浴びせるつもりのようだ。
「今……!」
「うん……!」
しかしそれはチャンスでもある。蒼は『怪鳥』が大きく広げた口の中目掛けて『彷徨える影』の射撃を浴びせる。複数の弾が命中し、『怪鳥』を青い爆発が包む。
「当たった!?」
「まだダメ、防がれた」
しかし煙が晴れて姿を現した『怪鳥』には傷一つ無い。どうやら二枚の翼で咄嗟にガードをしたようだ。
「ならもう一発!」
対する蒼は『怪鳥』に食い下がり、『彷徨える影』を先行させた。
「待って夜見君、横から攻撃が――」
しかしその時白が珍しくやや焦ったような声を発し、わずかに蒼の動きが硬直する。
「え……?」
見ると蒼の左側から複数の羽根が飛んできているのが見えた。『彷徨える影』は『怪鳥』の方に向かわせているのでそちらを頼ることはできず、運動神経の無い蒼にこの攻撃を咄嗟に躱すなど不可能。
「夜見君――!」
蒼をフォローするため、白が『死想の聖母』とともに腕を伸ばして駆け寄るがそれも間に合いそうもない。
「深雪さ――」
蒼も彼女に手を伸ばし、ついに互いの指先が触れる。しかしそれとほぼ同じタイミングでふたりのもとに大量の羽根が殺到し、蒼の目の前は真っ暗になった。